1999年関連公演グローブ座「夏の夜の夢」 (観劇日)1月9日…東京グローブ座・1階J列センター・14日…1階J列センター・17日…1階C列上手から 低く響く雅楽。仄暗い舞台上にゆらめく蝋燭の炎は人間の人生のはかなさを伝えているかのよう。パック(上杉祥三)の有名なラストシーンの台詞を冒頭にも持って来ることで、この舞台のすべてはパックの夢の中の出来事のようにも感じさせる。 ……と、しみじみとした口調で書き始めたが、実際の舞台はアドリブ満載。喧噪と爆笑のうちにあっという間に3時間ちょっとが過ぎるのだけれど、ふっとした瞬間に上記のような「(人間の)苦み」のようなものが感じられる。「動」と「静」、「緩」と「急」の中で立ち上る不思議な感触。それが、このグローブ座版の「夏の夜の夢」の魅力なのだろう。 ヒッポリタとティターニアの二役の加納さん。特にティターニアはゴージャスでグラマラスな迫力。(デイリーヨミウリに載っていた公演評では加納ティターニアが「キャンプになりすぎないところがいい」という表現になっていて、外人の人との感覚の違いを感じる) 恋人たちのうち、前回公演と一番印象が変わったのが、ヘレナの西牟田さん。前回は松浦佐知子さんで、なんというか「年増の深情け」的な感じを受けていたのだけれど、西牟田さんはとても元気で魅力的。でも、ディミートリアスに邪険にされても追い求めてしまう悲しさがあって。魔法の花の汁によってディミートリアスとライサンダーがヘレナに襲いかかるシーンはレイプのようで、正直言って見てるのが辛いけれども、その中で「私は心を残していきます」……「ディミートリアス」というヘレナの台詞に胸がつかれる思いだ。 「リトル・ミー」 (観劇日)2月7日…東京芸術劇場・1階K列センターから 大浦みずき主演のブロードウェイ・ミュージカル。貧しい生まれのベレ・ポイトリン(大浦)がお金持ちの坊ちゃん(福井貴一)に恋をして、いろいろな男達を踏み台にしながら富と名誉と地位を得るまでを、明るくハイテンポに描くミュージカルコメディだ。 やはり踊っている大浦みずきさんは大変魅力的で、謝珠栄の振付が良い(演出も謝)こともあり、特に1幕の終わりの方のリフト多用のダンスが見応えがある。転換も早く(映写を舞台全面に使っているのもいい効果だ)楽しいミュージカル。ただ、前向きでエネルギッシュな感じはあるのだが、ボインの色ぼくろちゃんというノーティな役どころは大浦の本来の持ち味と相反しているように思う。こういう典型的なアメリカンギャル!という役より、もうちょっと知的で影がある感じの役の方が彼女のいい部分が出るように思うのだが……。(でも、ダンス主体のミュージカルでそういう女の人が主役の作品ってあまりないのかしら??) 陰山泰さんはベレの伝記をまとめる作家で、いわば狂言回しの役。非常に的確にきちんと役どころを演じている印象。水下きよしさんはベレの初恋の相手(福井)のお母さん(!)の役。その頑固な分からず屋の様子は、大きい体から出てくる迫力とあいまってぴったりだ。ほか何役か演じているが、映画監督の役のなんとも言えないおかしみも印象的。久々舞台登場の海峡ひろきさん。意外(?)なほどすんなり女役にはまり、派手な美貌とスタイルの良さはやはり目を引く。 「ドラマリーディング・アンティゴネ」 (観劇日)2月14日…シアタートラム・後ろから2番目の列下手側から(自由席) 「ブレヒト・ドラマリーディング」はブレヒトの作品を台本を持ったまま役者さんが語る……というシアタートラムの企画のシリーズ。低料金(今回は1500円)が功を奏してか前売りチケットは完売して公演も1回追加、当日は当日券の立ち見のお客さんもいっぱいという盛況ぶりだった。 今回はギリシャ悲劇を題材に取った「アンティゴネ」を上演。まず劇場に入ると舞台正面に椅子が20個ほど並べられ(ロングブーツがおいてある椅子もある)、舞台面上手下手にも2脚ずつおいてある。せりを下げた形で真ん中にグランドピアノがおいてあるのが見える。客電が落ちぬ前に語り手の4人が登場し、やがてそのセリの中から毬谷友子がふいに登場。その一瞬で意識を集中させる印象の付け方が毬谷さんらしい。 「リーディング」ということで実際の動きは殆どなく、台詞だけで語られていくのに少々違和感があり、それに自分の気持ちを慣れさせるのに少々手間取る。毬谷さんの火のように熱いアンティゴネ像はくっきり伝わってくるし、佐藤誓さんの冒頭のちょっとひねたような突き放し方と、長老と使者の演じ分けも明確だ。ただ、視覚的にあまり変化がないあまり単調に感じられる部分があるのと、素に近い作りで一種「演技力検査」みたいに見えてしまうのはマイナスかな、とも思う。誓さん含め、4人の長老達の衣裳が上着とズボンのバランスが悪いのも気に掛かった。 ENBUゼミ加納幸和クラス公演「海神別荘」 (観劇日)2月21日…中野・ザ・ポケット・後ろから2番目センターから(自由席) ENBUゼミの加納さんのクラスの生徒さん8人(女性ばかり)が行う公演で、私自身は「海神別荘」の舞台を見るのは初めて。(「海神別荘」自体、波津彬子さんが漫画にしてるのを読んだだけ)……加納さんがこんなに大勢女性を演出してるのを見るのも初めてというか(笑)。 「素ネオかぶき」というのは役者さんが素(紋付き袴姿で、役柄に合わせた衣裳をつけない)で演じ、舞台も素舞台(後ろに金屏風が三つおいてあるだけ)というもの。花組芝居の本公演では「ザ・隅田川 再演ニ非ズ」で演じているけれども、それを今回のように、演技経験が比較的浅く、また同じクラスで一年学んできたとはいえ、劇団のように同一の文法を身につけているわけでない人たちが演じて果たしてどうなるのか。そんなちょっとした危惧を抱きつつ客席に座ったが、実際舞台が始まってみれば時計を気にすることもなく(私にしてみればこれは結構珍しい)大変面白く拝見した。 見てまず思うのは、一種、「素ネオかぶき様式」として確立し得るものがあるのではないかということ。 たとえば惑星ピスタチオのパワーマイムも一人何役も一瞬にして切り替わり、素舞台で場面もどんどん切り替えていくけれども、ピスタチオの場合はいわば映画的(ズームとかカメラがパンしてる映像だとか)な視点(文法?)を演劇に取り入れているのかな、というふうに私は感じる。 今回は出演者が8人、大きい役が比較的少ない「海神別荘」(長い台詞がある役が5人?)なので、あのとき見せた、同じ人の役柄が途中で切り替わるというのはなかったけれども、(まあ、あまり経験のない役者さんがそれをするのは難しいかも)演劇的なスペクタクルさ、例えば円を描いて歩いていた人の中から若君がふっと浮かび上がるシーン、若君が鎧を身につけるのを他の出演者が持っている扇で表すシーンなどは非常に印象的だ。 正直に言えば、役者さんの身体の動きとしてはまだまだで、とっぱしの扇を持って一列に登場するシーンとかも、「う、本当はカッコいいんだと思うけれど、動きが……」と思ってしまう。 ただ、そういう動きが云々ということを超えて、徐々に海神別荘の世界に引き込まれていけたのは、やはり加納さんのそれこそ波のように繰り出していく演出の鮮やかさと主役の若君の人間像がくっきり表れていたからだと思う。若君の龍神としての強さ、きりりとしたところなど様々な面が良く出てきたし、特に最後の方、美女を殺せ、という場面で上手の方で(照明も陰影がつくように際だたせていましたが)見せる残酷な表情は「うぉぉ」というほどカッコ良かった。変に「オトコ」を作っていないのに若君になれていたのがよろしかった。このように役者が引き立つように見せるのも加納さん一流の演出法なのかも。この人は、また(今度は女性の役でも)見てみたい。 あと、じいの役をやってらした方も、台詞が明確で良かった。鏡花の台詞というよりは狂言みたいな雰囲気の台詞回しでしたが(^^;。 紋付き袴であっても、袖から覗く腕はやはり女性のもので、黒紋付きの下から見える赤い襦袢(?)との映りもよい。 何より最後の方の、美女と若君とが婚姻の契りをするために腕に傷を付けてお互いの血を口にする…というシーンの艶めかしさ(有り体な言い方をしちゃえばエッチな感じ……悪い意味ではないよ)も女性ならではのもの、という気がした。 最後に一つ。せっかくパンフ作るなら配役も書いてほしい。誰がどの役やってるかってやっぱり知りたいから。 文化法王庁「怪物図鑑」 (観劇日)3月7日…シアター・トップス 中段センターから 中脇樹人さんの主宰するユニット・文化法王庁の第1回公演。作・演出は佐藤博之さんで、中脇さんの中学時代のご友人だった方だそう。江戸時代、五番町夕霧牢に集められた囚人たち、石川五右衛門(高荷邦彦)、ザビエル(原川浩明)、夕霧太夫(八代進一)、茂左衛門・実は天草四郎(中脇樹人)の因縁の糸が絡み合う様を描く。 こういう時代の設定を易々と担えてしまうのが、花組の役者さんならではのところ。 八代さんが怪誕身毒丸のカーリーでの主演経験が大きく出ていたのか、舞台での存在感がずんと増していたのが嬉しかった。あと、アンコールになって歩く姿が「夕霧太夫」→八代進一になっていて、それが全く別物であったのがすごく面白かった。あの、スパッと変われるところが、八代さんのいいところなんでしょうね。 そして、中脇さん。お疲れ様でした。でも、もっともっとはじけてほしいです。これが役者としてジャンプアップするきっかけとなってほしいと思います。期待を込めて。 世田谷パブリックシアター「ガリレオの生涯」 (観劇日)3月16日…世田谷パブリックシアター M列センターから (ごめんなさい、実は風邪をひいて朦朧とした頭で見ていたので……、ちょっと記憶が……(^^;) 泪目銀座「サニー・コースト・セレナーデ」 (観劇日)3月19日…スペースゼロ Q列センターから (結末に触れてますので、未見の方はご注意!) 岡山県の離れ小島・美鼻島を舞台にした、この「サニー・コースト・セレナーデ」。直訳すると「日がいっぱい当たる浜辺の小夜曲」……矛盾しているんだけれど、その矛盾がこの舞台をそのまま表しているのかも。つまり、「現実」と「ファンタジー」と。相反する二つをしっかり抱え込んで見せる舞台なのだ。 全労災演劇フェスティバル参加作品で、フェスティバルテーマは「こんな夢のような話に笑ってたまるか」とある。確かに、岡山県の小島にスタジオが出来て、アイドルのレコーディングに集ったバックミュージシャンが帰ってしまっために、地元の人(小学校時代、合奏コンクールで優勝した経歴を持つとはいえ)とアイドルがレコーディングする……、夢物語だし、あり得ないことかもしれない。それでも、それがあるリアルさを持って胸の中にまともに響いて来るのは、それぞれの人たちの「現実」がきっちり描かれているから。 18年前は大人気だったアイドルだったのに、今は自分のヒット曲のリメイクのバックコーラスに参加しなければならない歌手・キャシー竹谷(森若香織)や、橋が開通し交通が便利になって家業の魚屋の商売が成り立たなくなったために、サラリーマンをしているおおにっしん(有馬自由)…。テンポ良く笑いを交えながら演じている中で、だんだん人々の現実の姿が見えて来る。(だから、決して上演時間2時間20分は長くはない) キャラメルボックスふう……、という意見もあったようだが、すみません、ここ4年くらいはキャラメルを見ていないので4年前くらいの作風との比較になってしまうけれど。もしキャラメルボックス、というか成井さんがこれを書いたら、多分おおにっしんは「僕、この島で魚屋をやるよ」という結論になるのではあるまいか(^^;。それはそれで前向きなんだろうけれども、でも、それってファンタジー(あり得ないこと)だよね(^^;。現実の世界では、確かに橋が開通して交通が便利になったら、この島の魚屋で買い物をする人はいなくなって、魚屋は続けられないだろう……。実際の世界では、本当に好きなことができることってそうそうない。そういう現実の痛みを正確に見つめているからこそ、なお、作者の福島三郎の目線は温かく、また、最後のレコーディングの前の場面に(台詞と重なって登場人物が一人ずつ出て来て)一人一人の現実をきっちり浮かび上がらせる手法も生きて来る。 登場人物はそれぞれのキャラクターがきっちり立っていて、皆印象深い。 ふっと心に明かりが灯るような……、そんな舞台だった。 シアターオリンピックス「忠臣蔵」 (観劇日)5月5日…清水港特設広場 静岡で行われているシアターオリンピックスに参加、「市民参加100人」「平田オリザ脚本・宮城聡演出・加納幸和主演」という企画に惹かれ、静岡まで向かう。 果たして…、あのロケーションで、そしてあの人数で……、まさに「二回きり」 しか成立しない演劇空間であった。 忠臣蔵でありながら、極めて日本的な意志決定ののらりくらりさが展開される面白さ、繰り返される討ち入りのダンスシーンの迫力…など、見どころはたくさんあるけれども、やっぱり加納さんの大石がとても素晴らしい! 最初の中央の通路を出て来るカッコ良さ、あの空間で人々の意識が大石に集中する瞬間の気持ち良さといったらない。最後のダンスシーンもそうだけれど、あれだけの集団を背負っての大主役ぶり、カリスマ性に圧倒される。 メジャーリーグ「8人で探すリア王」 (工事中) P4「われらヒーロー」 (観劇日)5月15日…アゴラ劇場 すごくひりひりしているかと思えばそうでもないというか。どこかに それを弛緩しているようなちょっと突き放したような感じがして。 いい意味での「中途半端」さが印象に残る舞台だった。 アゴラに入ると白い幕が中央を横断していて、そのむこう側にも客席が ある。そちら側に行ってみると役者さん達が衣裳をつけて客席側を 見ている。お互いに見つめ合ってるような感じで特殊な緊張感。 でも、それすらも耐えられないほどのものでないというか。(いや、 私こういう緊張感ってわりと苦手なんだけど……(^^;) 最近自分が舞台を見ようと思う大きい要素の一つとして、「視点・視覚が
限定されない」ことにあるんじゃないかな、という気がしていて。
テレビや映画のフレームでははみ出してしまうような、いろんな情報
が役者さんから伝わってくるのをキャッチすることが好きなのかも
と思い始めている。 内容としては、第2次大戦前(?)のヨーロッパの家族的な巡業劇団の中で、
それを継ぐお婿さんの婚約パーティの一夜に起こった出来事。
それぞれの人のきしみ、人間関係が徐々に分かってくるのが興味深い。
一座のお母さんが役者さんの社会保険料をケチろうとする話とか
妙におかしい。 桂さんのラバンが、二人の女性を渡り歩く色男であるように見えて、その実、 誰も愛してないみたいで。特に無言で他の人を見てるときの視線が無意識に 人柄を表しているかのよう。 一座の息子(大井靖彦)、次女(角舘玲奈)も、なんだか乾いた感じというか 何考えてるのかよく分からないというか(^^;。いや、表面的に「大人になる のを拒否してる」みたいなことは分かるんですけれど、それ以上のものが 裏にありそうな感じ。 明らかに「コミュニケーション崩壊!」というんじゃなくて、ちょっと ずつちょっとずつ壊れていっているような。そういう点でもなんだか 「中途半端」な感覚が気持ちにひっかかる舞台でした。 そういえば、フランス人二人の意味もよく分かっていなかった(^^;。「劇場の影」 というパンフの説明を読んで「ああ、そうかぁ」と思ったけれど、なんとなく 腑に落ちていない私です。 (観劇日)5月21日 2回目の観劇。結構印象が変わってきました。 まず、「劇場の影」というフランス人二人の存在がすんなり頭の中に入って きたこと。役名を理解した(^^;ということ以上に、これは見てる角度(L字型に なっている客席の、角の部分近くで見てました。ナイスポジション)による のかもしれません。 なんだか、自分自身がアゴラ劇場の影になったというか、壁と同化したと いうか。そんな感覚でした。白い幕の向こう側にいたときは見えなかった、 役者さんが化粧を落としたりしてる姿が見えたりして、覗き見感覚(?)が そう感じさせる元になっているのかもしれません。 ラバンの耳に影がいたずらするところとか、妙〜に可愛くて気に入っていたり する(笑)。 なんか冴えない中年の脇役役者というには上手すぎるかも(^^;、と1回目は 見えたチシック氏(誓さん)も、今回はその理屈っぽさに人柄を感じたりして(笑)。 というのはあるのだけれど、結構ラバン・モードで見ていたのも本当で(^^;。 こういう何考えてるか分からない人って、実生活にいたらやっかいだと思うけれど(^^;、でも一瞬見せる、底知れぬところがとっても魅力的ですね。 新国立劇場「羅生門」 (工事中) BKBライブ (ライブ日)…9月21日 桂さん、植本さん、大井さん、八代さんによるライブ。 (ゲストでドラムスの秋葉さん) ライブのレビューを書くのはとっても 野暮ですけれどね(^^;ゞ。役者さんがやるライブなので、ただ「音楽を やる」というのでなく、「音楽をやる自分を演じる」みたいな音楽を 対象化した感じがするのがとっても好きなのです。楽しかったし〜。 前回(5年くらい前?)に見たときは、桂さんが「デヴィッド・ボウイ みたい〜」と思ったのが印象深かったのですが。いや、桂さんがボウイに 似てるってことじゃなくて、ステージでの在り方が似てるってことで、 ボウイもコンサート上では(マイムもあったりして)「ボウイを演じてる」 という感じがしてたので。でも今回はそういうふうに思わなかったな〜。 もしかして、舞台での身の在り方というのが、徐々に変わりつつあるの かしら?>桂さん。 スペシャルゲストの加納さんが、説明もなく出てきて、説明もなく去って 行って、その後何も触れられずアンコールにも出てこなかったのが、 妙にツボにはまりました(笑)。でも、とってもキャンプでしたね〜。 また見たいものです。 |