| 【あ】 |
| 赤間啓之 |
| 柄谷行人の『自由、平等、友愛』に関するいくつかの考察 (「現在思想」 1994.04.01 青土社) |
| 浅田彰 |
| 小林秀雄と柄谷行人のあいだにあるもの。 (「広告批評」92号 1987.03 マドラ出版) |
| 戦争の記録 (柄谷行人『内省と遡行』講談社学術文庫 1988.04.10 解説) |
| 現代批評史ノート (柄谷行人編『近代日本の批評 昭和篇〔下〕』福武書店 1991.03.15) |
| 『柄谷行人初期論文集』をめぐって (批評空間Web CRITIQUE 2002.04.10) |
| 東浩紀 |
| ジャック・デリダと柄谷行人 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 柄谷行人『探究』の紹介 (東浩紀『郵便的不安たち』 1999.08.01 朝日新聞社) |
| 解説 (柄谷行人『ヒューモアとしての唯物論』講談社学術文庫 1999.01.10 解説) |
| 9・11と文学の言葉 (集英社新書Webコラム 哲学往復書簡2002 第1回 2002.02.05) |
| 八〇年代とフェイクな繋がり (集英社新書Webコラム 哲学往復書簡2002 第3回 2002.03.22) |
| 批評が生きられる必要はない (集英社新書Webコラム 哲学往復書簡2002 第9回 2002.07.29) |
| 安彦一恵 |
| 柄谷−加藤論争について ("DIALOGICA" 第7号 1998.08.25) |
| アマリル・チャナディ |
| 想像の共同体を捉え直す 音声中心主義とネーション・ステートをめぐる柄谷の考察 (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 池内輝雄 |
| 『意味という病』の<意味> (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 池田房雄 |
| 柄谷行人論 (「自由時間」2号 1981.01.01) |
| 池田雄一 |
| 『探究U』 新しい数学の可能性 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| カントとともにサドを― 『柄谷行人初期論文集』について (批評空間WebCRITIQUE 2002.04.24 批評空間) |
| 井口時男 |
| 持続と切断 (柄谷行人『畏怖する人間』講談社文芸文庫 1990.10.10 解説) |
| 言語とモラル 日本の近代批評と柄谷行人 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 柄谷行人―ジャンルの危機とパラドックスとしての批評 (井口時男『批評の誕生/批評の死』 2001.05.30 講談社) |
| 宿命と単独性 小林秀雄と柄谷行人 (「ユリイカ」 2001.06.01 青土社) |
| 石川巧 |
| 『批評とポスト・モダン』を読む快楽 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 石川忠司 |
| 「探究」について (「群像」臨時増刊号 1992.05.15 講談社) |
| 石阪幹将 |
| 『畏怖する人間』 <党派的>な邪推を超えて (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 石原千秋 |
| 論争家としての柄谷行人 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 伊東乾 |
| 小林秀雄論 序説 没交通について (「ユリイカ」 2001.06.01 青土社) |
| いとうせいこう |
| 「カール・マルクス」その可能性の中心 (「群像」臨時増刊号 1992.05.15 講談社) |
| イナン・オネル |
| 回帰する主体:プロレタリアート 柄谷行人イスタンブル講演の意義 (「atプラス」02号 2009.11.08 太田出版) |
| 今井裕康 (三浦雅士) |
| 現代芸術の転換は可能か (「カイエ」 1978.08.01 思潮社) |
| 今村忠純 |
| 『言葉と悲劇』 単独者のトポス (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 岩井克人 |
| 柄谷行人『隠喩としての建築』(T) (岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』 1985.01 筑摩書房) |
| 解説 (柄谷行人『隠喩としての建築』講談社学術文庫 1989.03.10 解説) |
| 岩見照代 |
| 『日本近代文学の起源』 制度と反復 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| ウィリアム・ヘイヴァー |
| 哲学の所在 あるいは考えることは何ができるか (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 江中直紀 |
| 名と引用の彼岸 (「杼」no.2 1983.12.10 エディションR) |
| 大黒弘慈 |
| 柄谷行人、批評と経済学 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 貨幣蓄蔵の哲学 (「批評空間]U-5 1995.04.01 太田出版) |
| 大澤信亮 |
柄谷行人論 (「新潮」 2008.11.01 新潮社) |
| 大澤真幸 |
| 柄谷行人、予言の呪縛 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 王寺賢太 |
| 「批評」の空虚をこえて (「週刊読書人」 1999.05.26 読書人) |
| 大杉重男 |
| 批評家としての柄谷行人 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 二十一世紀への挨拶 (柄谷行人、蓮實重彦『闘争のエチカ』河出文庫 1994.02.04 解説) |
| 啓蒙と洗脳の結婚 (「文學界」 2001.12.01 文藝春秋) |
| 「重力」はなにをしようとしているのか? (「重力01」 2002.02.28 「重力」編集会議) |
| 雑誌、同人誌の構想と現実 [連続インタビュー:絓秀実] (「重力01」 2002.02.28 「重力」編集会議) |
| 大塚英志 |
| それはただの予言ではないか ―「戦時下」の「文学」について (「小説TRIPPER 2001冬季号」 2001.12.25 朝日新聞社) |
| 大西巨人 |
| 冬の部 柄谷行人(大西巨人『春秋の花』 1996.04.15 光文社) |
| 【か】 |
| 笠井潔 |
| 外部の人間 (笠井潔『外部の思考、思考の外部』 1988.06.25 作品社) |
| 外部としての自然 (笠井潔『外部の思考、思考の外部』 1988.06.25 作品社 [原題:隠喩としての外部]) |
| 商品の記号体系と外部 (笠井潔『外部の思考、思考の外部』 1988.06.25 作品社) |
| 他者への転回 (笠井潔『外部の思考、思考の外部』 1988.06.25 作品社) |
| 柄谷行人論 ―超越性と外部体験 (「シコウシテ」 1989.09.25 白地社) |
| 日本の二〇世紀精神 (笠井潔『黙示録的情熱と死』 1994.06.20 作品社) |
| 顧みて、いま―戦後思想家列伝 柄谷行人 (「東京新聞」1995.07.25 夕刊 東京新聞社) |
| ボナパルティズムという問題 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 八〇年代と「否定神学」の行方 (集英社新書Webコラム 哲学往復書簡2002 第8回 2002.06.27) |
| 加藤典洋 |
| 畏怖と不能 ―絶対主義批評の二重拘束 (「文藝」 1983.08.01 河出書房新社) |
| 批評は今なぜ、むずかしいか (「文學界」 1988.04.01 文藝春秋、竹田青嗣『批評の戦後と現在』1990.01.19 平凡社) |
| 「外部」幻想のこと (「文學界」 1988.08.01 文藝春秋) |
| 「七〇年代のラディカリズム」をめぐって (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 戦争と、〇.五グラム (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 裏切るとは隊列を離れること、隊列を離れ…… (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| モラルについて (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 鎌田哲哉 |
| 統制的理念の不可能性と不可避性 柄谷行人の「我慢」への疑問 (「批評空間」U-21 1999.04.01 太田出版) |
| NAMへの自立、NAMからの自立 進行中の批評(1) (「早稲田文学」 2001.01.01 早稲田文学会) |
| 解説 (柄谷行人『<戦前>の思考』講談社学術文庫 2001.03.10 解説) |
| 有島武郎のグリンプス A 内村鑑三との闘争 (「批評空間」V-1 2001.10.01 批評空間) |
| 「重力」はなにをしようとしているのか? (「重力01」 2002.02.28 「重力」編集会議) |
| 雑誌、同人誌の構想と現実 [連続インタビュー:絓秀実] (「重力01」 2002.02.28 「重力」編集会議) |
| 有島武郎のグリンプス B 『或る女』についてのノート (「批評空間」V-3 2002.04.01 批評空間) |
| 憲法第九条のグローバリゼーション (「理戦 68」 2002.04.05 実践社) |
| 『柄谷行人初期論文集』書評 (批評空間Web CRITIQUE 2002.04.12) |
| 「闇斎学と闇斎学派」について (「新現実 vol.2」 2003.04.01 角川書店) |
| 一九六八年革命について (「重力02」 2003.04.10 「重力」編集会議) |
| 神谷忠孝 |
| エディターとしての柄谷行人 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 川村湊 |
| 批評のラディカリズム 柄谷行人 (川村湊『批評という物語』 1985.05.30 国文社) |
| 批評の誕生 (『近代日本文学の起源』講談社文芸文庫 1988.06.10 解説) |
| 柄谷行人論 ―畏怖・恐怖・外部 (「シコウシテ」 1989.09.25 白地社) |
| 『畏怖する人間』 ●畏怖と闘争 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 柄谷行人と現代文学 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 湾岸戦後の批評空間 (川村湊『戦後批評論』 1998.03.25 講談社) |
| 木畑壽信 |
| 批評への意志 ― 吉本隆明と柄谷行人 (「情況」1997.05.01 情況出版) |
| 木股知史 |
| 『終焉をめぐって』 単独性の論理 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 柄谷行人論 ―宇宙缶詰の内と外 (「シコウシテ」 1989.09.25 白地社) |
| 木村一信 |
| 『反文学論』 近代文学を「裏返す」試み (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 栗坪良樹 |
| 柄谷行人●マルクスその可能性の中心 (「國文學解釈と教材の研究」6月臨時増刊号 1982.06.25 學燈社) |
| 『意味という病』 ●マクベスの闘争 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| クレール・ユオ |
| 柄谷行人の言説精神 ロラン・バルトと中国の考察を通して (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 黒沼克史 |
| 柄谷行人 ― 逆立ちしても考える(黒沼克史『逆立ちする<有名人> 宮沢りえから柄谷行人まで』1991.04.25 文藝春秋) |
| 小泉義之 |
| 未来の他者に対する畏怖 (「文學界」 2001.12.01 文藝春秋) |
| 高祖岩三郎 |
| 柄谷行人における翻訳 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 柄谷行人とアメリカの発見 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 交通空間と翻訳 (「批評空間]U-5 1995.04.01 太田出版) |
| 紅野謙介 |
| 『批評とポスト・モダン』 ●生きられる「批評」 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 小阪修平 |
| 柄谷行人 ゲーデル的問題、脱−構築、内部と外部 (「わかりたいあなたのための現代思想・入門U 1990.03.25 JICC出版局) |
| 後藤明生 |
| 柄谷行人と私 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 小林恭二 |
| 柄谷行人掌論 (「群像」臨時増刊号 1992.05.15 講談社) |
| 小林敏明 |
| 柄谷とカラタニの間あるいは永続する他性 (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 古俣裕介 |
| 『小林秀雄をこえて』 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 小森陽一 |
| 『マルクスその可能性の中心』 ●偏差としての読むこと (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 解説 (柄谷行人『マルクスその可能性の中心』講談社学術文庫 1990.07.10 解説) |
| 柄谷行人―生きることとしての書くこと (「情況」 1994.03.01 情況出版) |
| 柄谷行人と夏目漱石 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 子安宣邦 |
| 江戸思想史と<外部性> (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 【さ】 |
| 酒井信 |
| 『柄谷行人初期論文集』書評 無死満塁 (批評空間WebCRITIQUE 2002.05.15 批評空間) |
| 佐藤泰正 |
| 柄谷行人 日本近代文学の起源 (「國文學解釈と教材の研究」11月臨時増刊号 1983.11.25 學燈社) |
| ジェフリー・ウェイト |
| 複数の「建築の意志」を後にして (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 島弘之 |
| 小林秀雄への共感的反逆 ─後発者柄谷行人の"場所" (島弘之『<感想>というジャンル』 1989.03.10 筑摩書房) |
| <探究>というジャンル―1980年代の柄谷行人 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 解説 (柄谷行人『反文学論』講談社学術文庫 1991.11.10 解説) |
| ジャック・デリダ |
| Introduction to Kojin Karatani's "Nationalism and Ecriture" (「Surfaces」 Vol.V.201.1 1995.12.31) |
| 島田雅彦 |
| 知的ゲリラ (柄谷行人『批評とポスト・モダン』福武文庫 1989.01.19 解説、島田雅彦『ヒコクミン入門』集英社文庫 2000.02.25) |
| 島村輝 |
| 『内省と遡行』 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 絓秀実 |
| 柄谷行人 マルクスの中の漱石 (「現代思想」 1980.12.01 青土社) |
| 柄谷行人 (柄谷行人ほか共著『<批評>のトリアーデ』 1985.10 トレヴィル) |
| 「貧しさ」について (柄谷行人『意味という病』講談社文芸文庫 1989.10.10 解説) |
| 教育者、柄谷行人 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 鈴木貞美 |
| (鈴木貞美『日本の「文学」概念』 1998.09 作品社) |
| 関井光男 |
| 対話者としての柄谷行人 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 【た】 |
| 高澤秀次 |
| ポスト全共闘と柄谷行人 (「情況」1994.08.01 情況出版) |
| 高橋源一郎 |
| 「柄谷行人」に関する十の質問 (「杼」no.2 1983.12.10 エディションR) |
| 批評は今なぜ、むずかしいか (「文學界」 1988.04.01 文藝春秋、竹田青嗣『批評の戦後と現在』1990.01.19 平凡社) |
| 高橋順一 |
| 「明晰な知性」の運動 (高橋順一編『現代思想の境位』 1984.04.01 エスエル出版会) |
| 自然史的認識について ― 吉本隆明と柄谷行人のマルクス像 (「情況」1997.05.01 情況出版) |
| 高橋敏夫 |
| 「他者」としての情況 柄谷行人と現代批評 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 竹田青嗣 |
| 世界認識のパラドックス―ゲーデル問題によせて― (「杼」no.2 1983.12.10 エディションR) |
| 夢の外部 (竹田青嗣『現代批評の遠近法』 講談社学術文庫 1998.03.10) |
| 批評は今なぜ、むずかしいか (「文學界」 1988.04.01 文藝春秋、竹田青嗣『批評の戦後と現在』1990.01.19 平凡社) |
| 「疑い」の条件と根拠 (「早稲田文学」 1989.10 早稲田文学会) |
| 文化の"理由"について (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 「生活の要求」と「義の要求」 (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 育てあげられる「可能性」へ (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 「汝殺すなかれ」という戒律 (加藤典洋、竹田青嗣『世紀末のランニングパス』 1992.07.06 講談社) |
| 資本主義・国家・倫理 ―『トランスクリティーク』のアポリア (「群像」 2002.09.01 講談社) |
| 田口律男 |
| 『ヒューモアとしての唯物論』 <のんきな患者>のように (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 田島正樹 |
| はじまりの宗教批判 (「文學界」 2002.06.01 文藝春秋) |
| 立川健二 |
| 『探究U』 ●フィロロジー、あるいは愛の論理 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| (立川健二『誘惑論 ―言語と(しての)主体』 1991.09.20 新曜社) |
| 崔元植 |
| ヤヌスの二つの顔、日本と韓国の近代 柄谷行人の『日本近代文学の起源』を読んで (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 坪内祐三 |
| 一九七九年のバニシング・ポイント (高橋康也編『批評の創造性 21世紀文学の創造8』 2002.02.22 岩波書店) |
| 出口顕 |
| 今日の固有名 (出口顕『名前のアルケオロジー』 1995.09.25 紀伊國屋書店) |
| テリー・カクラン |
| ヘゲモニー、伝統の帝国についての考察 (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 富岡幸一郎 |
| 「歴史」認識の行方―小林秀雄と柄谷行人 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 富岡多惠子 |
| 尼崎のゴンタ (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 【な】 |
| 内藤誠 |
| 構成力をめぐって (「杼」no.2 1983.12.10 エディションR) |
| 永井均 |
| 世界宗教の外部へ ―柄谷行人『探究』批判 (永井均『<魂>に対する態度』 1991.02.05 勁草書房) |
| 中上健次 |
| わが友 柄谷行人 (中上健次『鳥のように獣のように』1994.02.10 講談社文芸文庫) |
| 読書ノートから 柄谷行人『意味という病』 (中上健次『鳥のように獣のように』1994.02.10 講談社文芸文庫) |
| 自同律に不愉快を表明するぼくの自意識 (中上健次『鳥のように獣のように』1994.02.10 講談社文芸文庫) |
| "意味"を剥離する批評 (「週刊読書人」 1980.03.31 読書人) |
| 柄谷行人への手紙 (中上健次『風景の向こうへ』 1983.07.20 冬樹社) |
| 青い血、青いアザ―柄谷行人 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 中島一夫 |
| 媒介と責任 ―石原吉郎のコミュニズム (「すばる」 2000.11.01 集英社) |
| 『柄谷行人初期論文集』書評――柄谷行人とフーコー (批評空間WebCRITIQUE 2002.05.15 批評空間) |
| 仲正正樹 |
| マルクスの学位論文における『偶然』の問題―柄谷行人がやり残した問題 (「情況」 2001.10.01 情況出版) |
| 中村三春 |
| 『隠喩としての建築』 ●不可逆性とメタファー (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 『探究T』 他者とコミュニケーション (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 中山昭彦 |
| 『探究T』 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 丹生谷貴志 |
| 柄谷行人、様相主義と「出奔」 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 『マルクスその可能性の中心』 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 根岸泰子 |
| 『日本近代文学の起源』 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 野家啓一 |
| 柄谷行人の批評と哲学 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 危機の探究者―『探究T』を読む (柄谷行人『探究T』講談社学術文庫 1992.03.10 解説) |
| 野村幸一郎 |
| 柄谷行人の批評言語 交通、自己/他者、形式化、差異、風景、自己言及性/決定不可能性、世界宗教、 超越論的主体/超越論的動機、教える―学ぶ、戦前の思考 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| ノラ・ビーリッヒ |
| 分割される他者 シュリーマン・タウト・レーヴィット (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 【は】 |
| Hazard Adams |
| INSIDERS AND OUTSIDERS |
| 蓮實重彦 |
| 芸術家 柄谷行人 (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 戦闘の光景 ―柄谷行人『探究』T・Uを読む (「文學界」1990.01.01 文藝春秋) |
| 柄谷行人 またはサラエボに住む人びとも、雨が降れば傘をさして外出する (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 花田俊典 |
| 『<戦前>の思考』 ロマン派という隠語 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 久間十義 |
| キミの石は全部死んでいる (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 日野啓三 |
| 不可解に立つ (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 福田和也 |
| 柄谷行人氏と日本の批評 (福田和也『甘美な人生』 1995.05.30 新潮社) |
| 柄谷行人の「転回」 ―あるいは如何にしてわれわれは革命なしに世界の変革を夢見るか (福田和也『現代文学』 2003.02.23 文藝春秋) |
| 藤井貞和 |
| 起源論の陥穽 ―柄谷行人『日本近代文学の起源』批判 (「文藝」 1991.08.01 河出書房新社) |
| (藤井貞和『湾岸戦争論』 1994.03.01 河出書房新社) |
| ブレット・ド・バリー |
| 柄谷行人の『日本近代文学の起源』 (「現代思想」 1989.04.01 青土社) |
| フレドリック・ジェイムソン |
| 異なる近代を鏡として (「批評空間」U-1 1994.04.01 太田出版/『Origins of Modern Japanese Literature』への序文) |
| 本多秋五 |
| 『無条件降伏』の意味 (「文藝」 1978 河出書房新社) |
| 【ま】 |
| 松本常彦 |
| 『隠喩としての建築』 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 真鍋正宏 |
| 柄谷行人の批評言語 外部/内部、内省/遡行、起源、制度、自然、固有名、非対称の関係、独我論、態度の変更、交換、小説の小説性 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 水田宗子 |
| ジェンダーのメタフォアと批評の言語 (「群像」臨時増刊号 1992.05.15 講談社) |
| 水村美苗 |
| 柄谷行人とポール・ド・マン (「國文學解釈と教材の研究」 1989.10.20 學燈社) |
| 村井紀 |
| 柄谷行人 『探究I・II』 (「國文學解釈と教材の研究」 1994.11.10 學燈社)) |
| 村上龍 |
| 自問自答 (「群像」臨時増刊号 1992.05.15 講談社) |
| 室井尚 |
| 柄谷行人論 ―単独者と交通 (「シコウシテ」 1989.09.25 白地社) |
| 冥王まさ子 |
| 台風一家 (「文藝」 1985.09.01 河出書房新社) |
| 森村修 |
| 柄谷行人における切断と反復 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 理性の運命 柄谷行人の「超越論的批判」と超越論的現象学 (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 【や】 |
| 山城むつみ |
| 『内省と遡行』 窮通のエクリチュール (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 山田俊治 |
| 『闘争のエチカ』 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 芳川泰久 |
| 『漱石論集成』 二重の否定という批評的契機 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 吉沢明 |
| 「本当のマルクス」への違和感 ―柄谷行人氏の講演を聞いて (荒岱介編『テロと報復とコミュニズム』 2001.11.30 実践社) |
| 吉田司 |
| 現代の肖像:柄谷行人 ネット・マルクス主義 (「AERA」2001.07.02 朝日新聞社) |
| 思索と現実の間で (「文學界」 2001.12.01 文藝春秋) |
| 与那覇恵子 |
| 『終りなき世界』 歴史の並行と反復 (「国文学解釈と鑑賞別冊」 1995.12.10 至文堂) |
| 四方田犬彦 |
| これは批評ではない (「杼」no.2 1983.12.10 エディションR) |
| 【ら】 |
| リヴィア・モネ |
| 母=他者としての芸術家のセルフ・ポートレイト 柄谷行人における数学、自伝、ヴィジュアル性 (「現代思想」臨時増刊号 1998.07.10 青土社) |
| 【わ】 |
| 鷲田小彌太 |
| マルクスの共産主義は何でないか 柄谷行人の一文に触発されて (「情況」 1994.05.01 情況出版) |
| マルクスとマルクス主義 ― 吉本隆明と柄谷行人 (「情況」 1997.05.01 情況出版) |
| 渡部直己 |
| 「柄谷行人」vs「金井美恵子」 (「杼」no.2 1983.12.10 エディションR) |
| 「天下の朝日」にこう書くと読者はこう怒る (「早稲田文学」 2002.01.01 早稲田文学会) |