新しいアクションファイル
はタンザニア・ザンジバル
です |
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タンザニア・ザンジバルの良心の囚人18名の無条件釈放を求めるアクションです。
18名は
Ramadhan Shamna Abdi
Abdullah Said Abeid
Abbas Zam Ali
Said Zam Ali
Machano Khamis Ali
Nassor Seif Amour
Shariff Haji Dadi
Juma Duni Haji
Hamad Masoud Hamad
Hassan Mbarouk Hassan
Hamad Mmanga Khalfan
Mohamed Ali Maalim
Pembe Ame Manja
Soud Yusuf Mgeni
Zulekha Ahmed Mohamed (f)
Hamad Rashid Mohamed
Zeina Juma Mohamed (f)
Hamza Makame Omar
*f は女性
このうちの3名が柏グループの担当となります。
ザンジバルについて(背景)
タンザニア連合共和国を構成する地域(自治州)。
タンザニアはタンガニーカと呼ばれる本土とザンジバルと呼ばれる島部からなる。
タンガニーカは1891年にドイツ領になり、イギリスの委任統治領、信託統治領を経て1961年に独立した。
ザンジバルは1890年にイギリスの保護領となり、1963年の独立。両国は1964年に統合に合意、タンザニア連合王国ができたが、同年、タンザニア連合共和国となった。
本土とザンジバルでは合邦以前も互いに交流はあったが、その文化は相当違いがあり別の文化圏と見たほうが妥当。
具体的には、ザンジバルは95%の住民がイスラム教徒であるが、本土はキリスト教30%、イスラム教30%、その他40%と言われている。
ザンジバルは大きく分けると2つの島からなっている。
Pempa(ペンパ)とUnguja(ウングジャ)である。後者が政治経済の中心であり普通ザンジバルと呼ばれている。
ペンパはかつてクローブ(香辛料)で栄え、ザンジバルの経済を支えたが近年はクローブ貿易の衰退で産業がなく、インフラ・高等教育が立ち遅れている。政府予算が回ってこないことでペンパ住民は不満を抱き、国会選挙では野党CUF(the
Civic United Front)を支持している。
もう一方の与党CCMの議席すべては本島から得ている。
CCMは官僚をすべて本島出身から選び、CUFとCCMとの対立は地域紛争となってきている。
選挙前のCUFへの政治活動の弾圧、票の取り扱いの不正、CUFシンパへの弾圧といった背景のもとで18人の良心の囚人が生まれたと思われる。(荒井真一ザンジバルホームページを参考にさせていただきました。)
ファイルを十分検討し今後もザンジバルについては書きこんでいきます。
アムネスティのニュース・リリースについては以下を参照して下さい。
*TANZANIA:
Zanzibar opposition leader may be arrested
on fabricated treason charges
*TANZANIA:
Zanzibar opposition members jailed on fabricated
treason charges must be
released
BBC ONLINE NETWORKのアーカイブ
*Zanzibar
deadlock broken
*Britain's
concern over Zanzibar detainees
リンク集
CUF(the
Civic United Front)のページ・・CUF関係のニュース増えています(一部スワヒリ語)、18人の良心の囚人のページやCUFの政策のページなど。与党CCMと手を結ぶメインのページには、話し合いで解決しようという意思が感じられます。
荒井真一ザンジバルホームページ・・ザンジバルの情報満載のページ
Africa News・・当グループがナイジェリアを担当したときに情報収集したホームページ
アフリカのニュースは日本には入ってきません 国別のニュースを知るのに便利
地域別、国別になっていますから、各国のニュースをスピーディーに知ることができます。
またトピック別にも検索でき、環境、ビジネス、教育、宗教などの項目があります
タンザニアの地図
タンザニア議会のページ(Parliament
of TANZANIA)
UNPO(Unrepresented
Nations and People Organization)・・・国際機関に代表権を持たない国や人民のための機関
ザンジバルも加盟しています
柏グループもUSAキャンペーンに参加しています。
USAキャンペーン第3弾は子どもの人権です
米国国務長官(Ms. Madeleine Albright)宛ての手紙キット届いています。
6月の例会で手紙書きしました。
キャンペーンチームから送られてきたキット(リーフと葉書)を少し加工して柏グループ用葉書もつくりました。
ワープロ用ラベルシートを葉書サイズに切って、本文と宛名を一面におさめました。
一面におさめたので本文の和訳は入っていません。
裏がシールになっているので、これを手持ちの絵葉書などに貼ります。
ちょっと窮屈でサインや差出人欄が狭いですが、ご容赦を。
死蔵している京都や奈良などの観光絵葉書やアムネスティの絵葉書などを活用してください。
例会でこのシートを会員に配りましたが、グループ外のかた(どなたでも)でこのシートが欲しいかたには送ります。
住所・氏名・必要枚数を明記の上、メールを谷口まで。
無料で送付いたします(太っ腹!)
遠慮なくどなたでも。
皆の評判を聞いて良ければ、このシール状のシートはいろいろな手紙書きに活用したいと思っています。
グループのTさんは誉めてくれました、嬉しい!
USAキャンペーンについては下記のホーム・ページをごらんになってください。
USAキャンペーン第4弾はスタンベルトです。
管理の中の残虐?
法執行におけるスタンベルトやその他の電気ショック器具
「電気はどんな人にも通じる言語を話します。翻訳の必要などありません。すべての人が電気を恐れています、そしてこれは合法的なものです。」
--- デニス・カウフマン、スタンテック社社長 1998年2月4日
スタンベルトとは?
全米の警察や刑務所においてその使用は増えつづけている電気ショック装置/武器の一つ。
遠隔操作により、その着用者に5万ボルトの電流を8秒間流すことのできる装置。
主に公判中または移送中に保安上の危険があると思われる囚人に使用される。
この他に、スタン銃やスタンシールド、テーザー銃などがある。
テーザー銃とは、矢尻のつけた金属ワイヤーを通してターゲットと人間に電気ショックを与えるもので、
1991年のロドニー・キング暴行事件の際に世界的に非難を受けた。
1999年1月にアムネスティが実施した電話調査では、その使用に対する許容度に差があるものの、20州の矯正局がスタンベルトの使用を認めていると答えた。
地方レベルでの使用状況についての包括的調査を行なっていないが、地方レベルでは州レベルよりもスタンベルトの使用がはるかに一般化していると思われる。
スタンベルトが最も危険な囚人以外の対象にも使用されているという証拠が挙がっており、使用が日常的になりつつある司法管区もあるとアムネスティは指摘する。
ただ、単にその人が訴えられている、もしくは有罪となった罪状だけで決定されていた例が報告されている。ニューオリンズでは、特別隔離室に入れられている比較的危険の少ない囚人達を病院に輸送する際にも使用されている。
「その囚人たちがエイズ・ウィルス(HIV)に感染しているために隔離されているということを考えると、彼らは安全性の基準によってではなく医学的な状態によって恣意的にスタンベルトを着用させられていると判断できる」とアムネスティは言う。
---HIV陽性の囚人にスタンベルト使用という記事がPEACENETで読めます。
法廷におけるスタンベルトの使用
「・・予備尋問の間中ずっと、私を訴追した側によって保安ベルトの装置がもとめられました。その精神的ストレスとベルトに仕組まれた、50000ボルトの電気ショックのことばかりが気になり、私は自分の裁判手続きがまったく理解できなくなりました。・・」 ロイ・メランソン(終身刑で服役中)
他の電気ショック器具を用いた拷問や虐待の報告
スタンベルトの使用禁止を求めるだけでなく、アムネスティはスタンガン、スタンバトン、スタンシールド、テーザーを含む、その他すべての電気ショック器具の使用とその効果について厳正な調査を行なうまで、その使用は中止されるべきだと考えている。
今行動の時
スタンベルトやその他電気ショック器具の使用禁止を要請する手紙を書いてください。
・アムネスティはスタンベルトの使用は残虐でひどい刑罰の一形態であり、どのような状況でも使用すべきでないと考えていること
・実際スタンベルトで受ける電気ショックはひどい苦痛であること
・また電気ショックを与えられたときの医学的影響がきちんと研究されていないこと
・囚人の取り扱いに関する国際的基準を破っていること
などを指摘してスタンベルトの使用を禁止するように要請してください
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スタンベルト
News5のページより
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スタンガン |
News5のスタンベルトについての記事
*当HP管理者に葉書を請求するか、USAキャンペーンのページ(バナーにリンクを貼ってあります)からダウンロードして、手紙を書いてください。
USAキャンペーン第5弾は難民です
迷宮に彷徨う : 難民申請者の拘禁
システムの犠牲者
どの難民申請者も、自分の家や家族、友人たちから引き離されたという、恐怖や苦しみに満ちた物語を持っている。米国において、鉄格子の中に閉じ込められている難民申請者たちは、さらにもう一つの物語を持っている。それは不安定と拒絶、緊張に満ちた物語である。
1994年、18歳のモハメッド・ハッサンはソマリアで家族を殺害され逃れた後、ニューヨークのJFK空港に到着した。入国帰化局は正式の文書を所持していなかったとして、彼を空港で拘禁し拘置所に運んだ。更に刑務所を転々と移動させられ、約半年後やっと弁護士がついた。
入国管理裁判では彼の話を信じたが、ソマリアに彼が安全な場所があるとして庇護を与えることを拒否した。モハメッド・ハッサンはこの決定に対し控訴し、刑務所に残った。アムネスティ米国支部の助けで弁護士を得た彼は、1996年12月にやっと難民と認められた。入国帰化局が別の難民申請者のケースと混同したり、刑務所職員が弁護士と会わせなかったりという事実が報告されている。
2年の年月と6度の刑務所間の移動と4つの異なる刑務所での生活を経た後のことである。
米国政府に対する勧告
・難民申請者は地方及び郡刑務所に拘禁されるべきでない。その拘禁は他に手段がない限定された状況においては、難民申請者という立場に適した場所で拘禁されすべきである。難民申請者は犯罪者・容疑者と一緒に監禁すべきでない。
・被拘禁者が手かせ足かせのような残酷で非人道的な扱いを受けないよう定めた正式な手続きを含む、難民申請者が拘禁されている場合の特別なガイドラインを発行しそれらを守らなければならない。
・医療的なそして精神的な健康管理は難民申請者は無料で受けることができなければならない。
・政府当局は拘禁されている女性難民申請者に注意を払うべきである。女性被拘禁者は女性特有の健康や衛生が必要である。
他
難民の地位に関する条約(難民条約)
第31条 締結国は、(中略)不法に入国し、または不法にいることを理由として刑罰を科してはならない。
Lost
in the Labyrinth: Detention of Asylum-Seekers
AMR
51/51/99
UNHCR
入国帰化局のホームページ
- Immigration and Naturalization Service
(INS)