夜のプール。
プールサイドに女の子がいる。
伊里野は手摺に掴まり、水面を見つめている。
榎本と椎名は物陰に隠れた。
浅羽が伊里野に近付いていく。
そして、
「泳ごう」
と言った。
プールの中。
伊里野はビート板につかまり、バタ足で泳いでいる。
あの夜、そこから手を放させようとした時、邪魔が入ったのだ。
「じゃあ、そろそろビート板を卒業だ」
そう言って、伊里野の手を取る。もうその手首に金属球は存在しない。
『電気の味がするよ』
あの夜、伊里野はそう言った。
 
「も〜〜〜〜〜、何やってんのかしら」
「いいねぇ。俺も泳ぎたいぜ」
「あの夜、あの二人、あんなことしてたの?」
「知らねえよ。俺がここに来た時、二人とも水から上がって逃げようとしてたから」
「ふーん」
 
今、伊里野は泳いでいる。バタ足で、息継ぎも出来ないけれど、とにかく泳いでいる。
プールの浅い側で泳いでいる限り、苦しくなれば足を付けて立てばいい。
その繰り返しで、伊里野は15mを泳ぎ切った。
 
「加奈ちゃん、泳げるようになったみたいね」
「ここで見てるだけじゃあいつらが何喋ってるのかわからん...」
「しかたないでしょ。もう浅羽君に任せたんだから」
「まあな。...この後の事だって考えてあるんだが、あいつが自分を取り戻してくれないことにはな」
 
伊里野と浅羽がプールから上がってきた。
その伊里野の表情が遠くのビルのネオンを受けてぼんやりと見える。
また駄目だったのか。
椎名がそう思った時、
「にゃーん」
猫の声がした。
伊里野がびくっと立ち止まる。
小さな影が伊里野と浅羽に向かって走ってくる。
影が、伊里野に跳びかかった。...いや、飛びついた。
「ーーー校長?」
伊里野の口から発せられた言葉。
「伊里野!?」「加奈ちゃん!?」
榎本と椎名も思わず叫ぶ。
伊里野が喋った。自分の意思で。
良くわからないが、かつての逃避行の際に可愛がっていた猫と再会し、そのおかげで伊里野の自我が戻ったと言うことなんだろうか。
「伊里野!」「加奈ちゃん!」
満面に笑みを湛えて駆け寄る榎本と椎名。
 
「あー、とうとうばれちゃったか」
浅羽の声。何?何がばれたって?
「校長、校長...」
伊里野は猫にほおずりしている。
「もう限界。もう十分。楽しかった。浅羽、だからホントのこと言おう」
「...どういうことだ?」
 
 
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