<神戸2002>
神戸ルミナリエ、復興と再生への道
ふたつのショート・ショート付〜2002年12月22日〜

ベルサイユ展は神戸ルミナリエの関連イベントだ。神戸市立博物館でルミナリエのプレ・イベントとして10月に始まりルミナリエが終了する12月25日まで開催された。私たちが訪れた12月22日は3連休の中日に当たり、人、ひと、ヒトでごった返していた。一点を鑑賞するのに物凄い時間とエネルギーを要し、モノによっては半分近くが人の頭の中に埋もれていた。それでも豪華華麗なフランスの宮廷芸術の一端を日本に居ながらにして少しだけ味わうことが出来た。
1643年から1789年。それはルイ14世、ルイ15世、そしてルイ16世と彼に若くして嫁いだマリー・アントワネットがフランス革命で断頭台に消える日まで繰りひろげられた宮廷生活の軌跡だ。時代とともに様式もバロック・古典・ロココと移り変わる。108点の美術工芸品は華麗で逞しく、またある時は繊細にして優雅に、ブルボン王朝の栄華の時を物語る。
神戸市立博物館は震災で1年間の休館を強いられたそうだ。復旧後、オルセー美術展を特別展示した。当時、フランスではシラク政権下でムルロア環礁をはじめとする南海の仏領地で核実験をおこなっていた。世界中がその愚かな行為を批判し、フランス製品の不買運動に発展した。環境保護団体のグリンピースはパラシュートで降下するなどのパフォーマンスを行い世界中にアピールした。やがてフランスは世界中の圧力に屈したのか、あるいは充分な実験結果を得たのか、ともかくも七回目の実験を最後にすべての核実験を終了することとなる。オルセーの特別展示は、そんな微妙な情勢下で開催された。オルセーはフランス近代絵画の最高峰の作品群を所蔵しており、私にとってもベルサイユ以上に興味の対象である。にも関わらず私は同展を見なかった。それは心の片隅にあったシラク政権へのわずかなる抵抗だった。
当時のフランスの行為を、狂気乱舞する男女の恋愛物語に見立てた。ラベルは言うまでもなくフランス近代の作曲家であり、「ボレロ」は同じメロディと同じリズムを繰り返しながら巨大なひとつのクレッセンドを形成するという特異な形式(ボレロ式クライマックスという)を持つ彼の代表作である。ショート・ショートは、まず原子爆弾の原理を説きはじめる。
愛と狂気のボレロ
〜1995年11月作成・社内の金利情報誌に掲載〜
陽子と中性子はお互いに引きつけあって原子核をつくります。そこに一個の中性子をぶっつけます。すると原子核はバランスをくずし、原子核の中の中性子が原子核を飛び出します。
飛び出した中性子は別の原子核を分裂させます。これを核分裂といいます。この分裂を繰り返す時、巨大なエネルギーが発生します。このエネルギーを爆弾に利用したのが原子爆弾です。
おおっ、マダーム。ボンジュール、ウジュジョ、ジュヌールブィジョジョカトゥリーヌ、ウブブブィバョョョブニエール。お元気ですか。いけない、いけないと思いつつ、再び手紙を書いてしまいました。私の耳からは、今も二人で聞いたあの曲、「パリの空の下」のアコーディオンの響きが離れません。おおっ、マダ〜ム。私はセーヌのほとりに面した私の家で、妻との退屈な日々を悶々とした気分で過ごしています。マダ〜ム、教えて下さい。この狂おしい気持ちを一体どこにぶっつければいいのでしょうか。
さて、マダ〜ム。立場上、小難しい「経済」の事に触れることをお許し下さい。マーストリヒト条約が発効し少しずつ少しずつEU(欧州連合)が動き始めたようです。あとは99年1月をめどに為替レートを固定します。さらにその後のいつの日にか、ユーロと呼ばれる単一通貨に移行するのです。これによって欧州は積年の夢である統合を図ることが出来るのです。もちろん我がフランスが、ドイツとともに中核をなす国である事は言うまでもありません。マダ〜ム、欧州の歴史は分裂と侵略の繰り返しでした。もう分裂はいやです。侵略もこりごりです。その為にもフランスは強くあるべきです。持つべきものを持たねばなりません。マダ〜ム、その長い分裂の歴史に、いよいよピリオドが打たれるのです。偉大なる統合でもって。
しかしながら苦難の道は今しばらく続きます。構造的な失業問題、慢性的な財政赤字、そして何より各国の経済力の格差。
ああっ、マダ〜ム。つい、一方的な話になってしまいました。あなたの近況を聞かせて下さい。あなたの生活を教えて下さい。それにしてもグリーンピースは苦手だ。あなたはどうですか?お返事をマダ〜ム。
おおっ、ムッシュ。ジャンポール、ベロベヘローモント、ウィ、トレビアーンコ、ジュジョジョジュニョール。私はお元気ざます。だから、決して気になさらないで。私には私の、あなたにはあなたの、生活があるのですから。でも、あなたと私の心を少しだけ落ち着かせるために、今の生活を書きますざます。
ああっ、ムッシュ。私には「お経済」の事は分かりません。だから絵画についてのお話。96年にオルセー美術展が日本で紹介されるざます。日本の国立西洋美術館にも、おフランスの名品を集めた「松方コレクション」が常設されているざます。でもオルセーの素晴らしさには、きっと圧倒されることでしょう。19世紀後半のパリの息吹を感じ、不買運動なぞ、どこかへ忘れ去ってしまうざましょう。そう、おフランス文化の前に日本人はひれ伏してしまうのです。おほほほほっ。
たいへん、ムッシュ。主人が帰ってきました。またお返事をくださいざます。いえいえ、いけませんざます。それから、それからグリーンピースは苦手ざます。私の好きなものはトリュフざます。ざまざま、ああっ主人が・・・・・・・ざます。
おおっ、マダ〜ム。お返事ありがとう。決してどんな時もあわてないで。書きかけの手紙は隠せばすむのです。ところでマダ〜ム。シラクはやるようです。国内の政権支持率も低下の一途。世界中から避難ゴーゴー、大馬鹿者と言われながらも、やるのです。再び会える日は近いのです。今度はファンガタウファ環礁ではありません。再びムルロアなのです。ああっ、マダ〜ム、私の力であなたのご主人をどこかへ追いやってしまいましょう。また情報が入り次第知らせます。ジュテーム。
ムッシュ。また、あなたに会えるのね。それはいつ、いつ、いつ、五木ひろしなの?その日、あなたの力で主人をどこかへやってしまうのね。ところで、どうしてグリーンピースが空を飛ぶの。あれはソラマメざますか?おおっ、主人が帰ってきたざます。私、あわてないざまざまざます。お手紙を、ムッシュ「中性子」。
おおっ、マダ〜ム。前略、前略。その日は、10月27日です。いよいよ会えるのです。あなたはそこに行けばいいだけ。あとは私があなたに近づきます。ご主人も別の誰かと一緒になるでしょぅ。南太平洋の美しい海で、二人の愛と狂気のエネルギーを放出しましょう。誰にも気兼ねなく。さあ、行きましょう。南太平洋へ。ああっ、マダ〜ム「陽子」。私の頭には何度も同じメロディとリズムが聞こえてくるのです。あのラベルの「ボレロ」のメロディとリズムが聞こえてくるのです。ああっ、あのメロディとリズムが私から離れない。いいえ、私は決して狂ってはいません。そうです。私は狂っていません。ぬはははははははは。さあ、南太平洋へ、いざ。ぬははははははははははっ。
ええっ、ムッシュ。私にも聞こえます。ボレロのメロディとリズムが。ああっ、わくわくするざます。その日が待ち遠しい。聞こえてくる、あのメロディとあのリズム。何度も何度も繰り返す。あなたは決して狂っていません。私も狂っていません。お〜っ、ほほほほほほほほほっ。白鳥麗子ではございません。いざ、南太平洋へ。お〜っ、ほほほほほほほほほっ・・・・・・・・・ざます。
南太平洋・仏領ムルロア。1995年10月27日、現地時間午後1時。フランスは狂気の三度目の核実験を行った。
〜挿入画は、フランス核実験を機に永島慎二、ちばてつやをはじめとする日本マンガ家協会大阪支部の有志から構成するComic Boxという団体が開催した「非核まんが・アニメーション・アート展」の招待作品の一つで鈴伸一さんの「文化が泣いているぞ」〜
1945年8月6日そして9日に、広島、長崎と相次いで原子爆弾が投下された。街は一瞬に破壊された。多くの人々が瞬時に逝った。
第二次世界大戦中、神戸の街もまた激しい空襲で傷ついた。妹尾河童は神戸で過ごした少年期・青年期の様子を、彼の自叙伝的小説「少年H」の中で語っている。ユニークなイラスト入りの「河童の覗いた」シリーズのエッセイに勝るとも劣らぬ妹尾河童らしい見事な描写と観察力で、少年Hが逞しく生き抜いた時代を生き生きと描いている。
手塚治虫は宝塚で育った。彼の代表作のひとつ、「アドルフに告ぐ」は第二次世界大戦中の神戸を舞台にしている。かつて私は、やはり彼の代表作である「ブラック・ジャック」に託して阪神・淡路大震災にかかるショート・ショートを書いてみた。これは震災直後の金融や経済面に焦点をあてたものである。
ブラック・ジャック
〜1995年2月作成・社内の金利情報誌に掲載〜
1995年1月17日、男のからだに激痛が走った。最初、男はたいしたことはないと思い、再び立ち上がろうとした。しかしながら傷はおもいのほか深く、やがて男は自分の意識が遠のいていくのがわかった。男は腹部を刺されたのだった。男は気を失った。
「ピノコ、オペの用意だ」
「はーい。先生」
ピノコはあわただしくオペの準備を始めた。ブラック・ジャックは自分の手の消毒を終え、運ばれてきた患者の様子を観察した。
「これはいけない。行政は一体、何をしていたんだ。応急処置が適切になされていない」
「先生、患部は胃のやや下、十二指腸のあたりなの?」
ピノコがのぞき込んできた。
「ああ、そうだ。大阪の下。うーん、震源地は淡路島の北側の海底。そこから神戸、西宮、宝塚にかけて活断層と呼ばれる大きな切れ目が広がっている。ピノコ、血圧はどうだ」
「日経平均株価」が下がっているわ。どんどん下がって1万8千円台を割れたところ。1日で千円も下がったわ」
「よし、とりあえず切れた血管をつなごう。オペ開始だ。・・・・・・メス・・・・・鉗子」
ブラック・ジャックは見事な手さばきで手術を進めた。彼は、主要動脈である中国自動車道を名神高速につなぐのに成功した。だが、新幹線は寸断されたままである。東海道本線は臨時のバイパスで対処した。静脈にあたる神戸港の復旧には時間がかかりそうだ。その他、毛細血管である神戸市内の国道、県道の渋滞を少しずつ緩和した。さらに陸、海の機能の麻痺を体外を通るバイパス、つまり空路の増便で代替した。
ピノコが、ブラック・ジャックの額の汗をふきながら言った。
「目撃者のはなしによれば、犯人は心臓を狙ったようよ。それを避けようとして腹部を刺されたの。もしも東京だったら、さらに被害は拡大していたわ」
「ピノコ、輸血の準備は出来てるか?」
「ええ、全国から義援金が。それから多くの金融機関の特別復興融資。日銀は資金需要の高まりに対し、多めの資金を供給、短期金利を低位安定させているの。それから早々と海外からも援助が。先生、患者さんが苦しんでる」
「ああ、余震だ。しかし山場は過ぎたと思う」
手術が終わり、輸血が開始された。ブラック・ジャックは白衣をとり、近くのイスに腰掛けた。ため息をつき、目をつむった。彼は思った。オペ後にいつも思うことを。そう、人間のからだとは実によく出来た小宇宙だと。

縦横に張り巡らされた交通網の血管群。ライフラインと呼ばれるミクロの世界の生命線。昼夜を問わず活動する都市と呼ばれる臓器。さらに、そこで活動し生きる個々の細胞。彼らは一定のルールのもとで活動している。それは法律であり、モラルであり、社会通念である。このミクロの世界のものやルールが、一つ狂っても修復に時間がかかる。今回のような大きな傷であれば、まさに気が遠くなるようなエネルギーが必要だ。
オペの時、この男のからだに古い相当に大きな傷跡があるのが分かった。今回の患部にもその戦争の爪痕は残っていた。彼はかつてそれを見事に克服してきたのだ。彼を支えてきたものは強靱な精神力にほかならない。都市機能を破壊する大きな衝撃がやってきた時、本来、彼は大パニックに陥るはずだ。彼も瞬時そうなったのだろうが、じっと我慢をしながら、再生のチャンスを待ったのだろう。その持ち前の精神力で、大きく秩序を乱すことなく。
苦痛にゆがむ彼は、今、生きようとして、その邪悪なものと戦っている。まさに、その陣痛の苦しみを持って、新たなる再生の道を歩もうとしているのだ。
ところで天災だろうが人災だろうが、肝心なことはなんだ。人間はある事象が起きたとき、その原因を調査、分析する。そして反省し、そのことを教訓とする。ここまでは得意だが、これに基づいて新たな実践を行うのが少しだけ不得意な生き物だ。教訓を時代の流れの中で異質なものにしてはいけない。ひとたび元気になって、忘却という便利な機能を使いすぎてはいけない。きちんと管理出来るシステムを創らなくてはいけない・・・・・・・。
そこまで考えて、彼はふと我に返った。
「ピノコ、患者の様子はどうだ」
「血圧も少し落ち着いてきたわ。株価は建設、土木など復興需要関連株を個人投資家が買って賑わっている。自力で上昇しようとしていねわ。為替はもっと円安に振れるかと思ったけど、今のところは、少しだけ円高」
「そうか、でもまだ経済再生には時間がかかりそうだな」
「先生、治療費はいくら請求します?」
「ああ。患者さんの体力が少し回復して考えよう。まあ、ざっと見積もって、社会資本の損失だけでも5〜6兆円程度だ。民間の被害額も含めれば・・・・気が遠くなりそうだ。国債で借金してもいいし、所得税減税を取りやめてもいい。まあ、政府は好きなようにするがいいさ」
神戸ルミナリエは震災の犠牲者のためのレクイエム(死者のためのミサ曲)である。震災後、毎年開催され、今年で8回目を迎える。ルミナリエには都市の復興と再生への願いが込められている。だから5時半にイルミネーションがともされる瞬間の歓声はとても感動的だ。当然に花火が打ち上げられてあがる歓声とは異質なものを感じる。ステンドグラスをイメージした作品と清楚な教会音楽的なバックミュージックが織りなす独特の雰囲気が気分を盛り上げてくれる。6000人もの犠牲者を出したあの日から8年。痛みと悲しみと期待と希望とが渾然一体となって神戸の人々の心に去来する。私たちには決して推し量.ることが出来ない様々な想いがここに渦巻いている。
長引く不況に構造的な産業の変化が追い討ちをかける。仕事に就けない人、自宅を建てられず仮設住宅から離れられない人が多いと聞く。復興と再生への道のりは今だ半ばだ。
行進が始まる。ただ、前へ前へと人の波に身を任せて前進するだけである。だが、この前進が意味するものは復興と再生への行進に他ならない。人々は、そして私たちは、ルミナリエの道を進んだ(写真=大きな歓声があがり携帯電話やカメラで人々は思い思いに写真を撮る)。