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見なおされた日本伝統の技 |
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体全体を整えることによって、痛み・痺れ等の症状や関節の動きが改善し、自分本来の体の動きが出来るようになります。特に背骨を中心に整えるために自然治癒力が活性化します。
【得意な症状】
鞭打ち症などの首痛 肩こり テニス肘などの肘痛 手首痛 腰痛 膝痛 小児喘息 歪み矯正
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【方法】
”すじもみ”という日本古来の技術で体を弛めてから関節を調整し、歪みを正すことによって体全体を整えます。
【どうして効果があるのか】
優秀な監督と優秀な選手がいても、指示が素早く正確に届かなければ、混乱して良い試合結果をだすことは出来ません。人間の体を、脳が監督で手足や内臓などが選手と置き換えて考えてみて下さい。脳からの指示は背骨の中の神経を通って伝達されます。背骨は指示の幹線道路なのです。
ここから手足や内臓などに指示が行きます。もしも背骨がずれたりして、神経を圧迫しますと手足や内臓は健全に働けません。腎臓の機能が落ちて治療していても治らなかった方が、背骨の歪みを正しただけで治ってしまうことも良くあります。この場合は腎臓が悪かったのではなく、脳からの指示が不正確なため、腎臓はどのように働いて良いかがわからなかったです。他の臓器にも、同じことがいえます。
神経を圧迫されますと、痛みやしびれもおこります。神経圧迫から来る痛みやしびれは、これを取り除けば解消するのです。
また、筋肉や腱などが硬くなっていると、正常に関節を曲げる事が出来ません。これらを弛め、癒着していた関節を正常に動くように調整してあげるだけで、痛まないで動かす事が出来るようになります。
【柔整体との出会い】
「明治の日本を見たければブラジルに行け」という言葉があります。日本になくなってしまった文化が、色々な分野で残っているからです。
私も柔整体にはブラジルで出会いました。やはりこれも日本では無くなってしまった技術でした。足の治療に来られた方が、その場で歩けるようになってしまい、来院時に使われていた松葉杖を忘れて帰られる。小児喘息が治ってしまう、或は楽になったために次の人が紹介で来院される。等々、医学書には治らないと書かれている症状でも、その場で治ってしまう沢山の事実を目の当たりにしました。非常に驚きました。何処でも治らない症状の人が最後に頼ってくる場所、医師やその家族でさえも頼ってくる最後の場所でした。
”最後の”というのは、来られる方は治療が痛いことを知っていられる為に、決死の覚悟で来られるからです。先生は治す為には患者がどんなに痛くても悲鳴をあげても最後までやり通してしまうのです。(健康管理の為に受けるなど体が悪くない人は痛くはない)
日本でずっとソフトでデリケートな体への接し方を学んできた私は、自分の体験とのあまりの違いに驚きました。それでも治療効果の現実を知り、意を決して柔整体を学ぶことにしたのです。
先生の名は鈴木朝治といわれ、戦後移民された方です。治療の名人というだけではなく、中国語一級通訳士の先生は、日本では博物館の学芸員をされていました。思想・芸術・食文化等々非常に多岐にわたって造詣の深いインテリです。第二次世界大戦の時には、日本軍の兵士として戦地に行かれました。戦地では医師も医療物資も不足していたために、手技の治療技術が多いに役にたったということです。
柔整体のルーツは根来忍者の使っていた武術に由来するそうです。つまり戦いのための人を殺す技術です。彼らは敵に捕まれば殺されてしまいますので、負傷した時にはとにかく自力で逃げなくてはなりません。この時に人を殺す為に身につけた技を、生かす為に使ったのです。
先生の元で一緒に治療しながら身につけた技術は、私の治療技術を一気に引き上げてくれました。私の在籍した年には、プロチームの世界大会で優勝した、ブラジルの男子バレーボールチーム、”ヘポルト スザノ”でトレーナーとして働きました。 一人でブラジルに渡り、当時は無名だった私が当時世界一といっても良い強豪チームに入ったのは、チーム幹部の肘を柔整体で治した事がきっかけでした。この頃からアルゼンチンにも乞われて治療に行くようになりました。アルゼンチン側からの要望は「何処に通っても治らないので、どんなことをしても良いので治してくれ。」というものでした。しかも例外を除いて、同じ人には1回だけしか治療時間がなかったのです。ここでも柔整体が役にたちました。その場で治療効果が出た人が多かった為に、多くの方に喜んで戴けました。
同じ歌を歌っても歌い手が変わると感じが変わります。治療技術にも同じ事がいえます。どんなに修行しても、むしろ修行すればするほど、その人らしさが出てきます。私の場合はどうしてもソフトになってしまいます。日本に帰ってきてから、益々その傾向が強くなっています。数少ない日本古来の柔整体伝承者として、伝承責任をどのように果して行くのか責任を感じているこの頃です。
 
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