| ① |
赤い鳥
ペリー提督来航記
鈴木三重吉著 |
幕府よりアメリカ大統領に贈られた狆3頭、その内2頭は大分長く生きた。
ペリー提督に贈られた狆2頭、1頭は航海中死んだ。
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| ② |
産経新聞コラム
SUSIとハンバーグ
『狆』 |
幕府より米国のピアース大統領に狆2頭、ペリー提督に狆2頭、英国のヴィクトリア女王に狆2頭が贈られた。
米国大統領と英国女王へ贈られたペアーはどうなったか。両国の公文書に狆が手元に届いた記録がない。
航海途中に死んだらしい。
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| ③ |
柳川当清航海日誌
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ペリー提督来訪6年後、万延元年(1860年)の遣米使節がニューヨークのペリー邸を訪問。『2匹の狆来て衣類を嗅ぎ、日本人なるを知りて大いに喜び羅ることきわまりなし』の記述
(産経新聞のコラムに掲載)
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| ④ |
犬の帝国
岩波書店発行
アーロン・スキャブラント著
本橋哲也訳 |
徳川将軍家がアメリカのペリー提督に4頭の狆を贈った。
ペリー提督はその内の2頭の狆(スパニエル)ミヤコとシモダは英国のスターリング提督経由でヴィクトリア女王に贈っている。女王が受けとった記録もないので、船旅の間に死んでしまったのかもしれない。
他の2頭の狆マスター・サム・スプーナーとマダム・イェドは、アメリカに向かう船旅で死んだ
ペリー提督は、更に2頭の狆イドとジャップを他の処から手に入れて娘に送ったが、1頭だけ船旅に耐えて生き残った。
1860年の遣米使節が亡きペリー提督の夫人をニューヨークの娘婿のベルモント家に訪ねたときに、一行が家に入るやいなや喜んで出迎えたのが、その狆であった。
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| ⑤ |
ながさき経済
日英交流150周年
扉が開いたその時
長崎経済研究所発行
岩崎隆幸著 |
1854年日英和親条約締結時に、英国のスターリング提督が長崎奉行水野筑後守に所望して、ヴィクトリア女王への献上品として2頭の狆が贈られた。
この狆は、目付永井岩之丞が長崎中を探して買い求めた雌雄で十両もする名古屋産の最良種の狆であった。
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