衣装 最終更新日 2007.07.16

各町が、独自の衣装をもっています。
揃いの衣装の踊り手は、25歳以下の未婚の男女に限られます。
青年団、生徒、児童、幼児、と細かく区分されている町もあるようです。

このページの記述を、「おわら風の盆 公式ガイドブック」(2003年8月、越中八尾観光協会・発行)に使って下さいました。そのため、「おわら風の盆 公式ガイドブック」と重複する部分があります。
「おわら風の盆 公式ガイドブック」には、青年団男女・地方の衣装写真と詳しい説明があります。


各町の青年団の女性の衣装
十一の町(「富山県民謡越中八尾おわら保存会」の十一の支部)の衣装が現在のように定まった時期については、よく知りません。色名は、私が実際に見た印象です。
(東町は1991年、諏訪町は1996年、西町・天満町は1999年、本部は2003年、他は2000年に撮影した写真です)

東新町 ●東新町(ひがししんまち)
JR越中八尾駅から最も遠く、坂の一番上にあります。薄い橙色の地色に、黒帯、黄の帯締め。
後ろ姿に折り鶴の模様を散らします。袖と裾の橙色の部分に、おわらの歌詞があります。
この町の小学生女子だけ、水色の手甲・脚半に赤い襷という早乙女姿です。
西新町 ●西新町(にししんまち)
東新町と平行する町です。薄い牡丹色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) の衣装と色違いのような感じですが、裾模様が高い位置にあります。袖の胴の色の濃い部分に、おわらの歌詞があります。
現在の衣装になる前は、袖の地色と濃い部分との堺に白い線がありました。
諏訪町 ●諏訪町(すわまち)
薄い柿色の地色に、黒帯、黄の帯締め。
「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) の衣装と同じようです。
袖の胴の色の濃い部分に、おわらの歌詞があります。
見慣れているせいもありますが、この淡い地色が好きです。それも、洗い晒した色が。
上新町 ●上新町(かみしんまち)
諏訪町と平行する町です。薄い鴇(とき)色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
後ろ衿、袖、胴に格子の模様があります。
他の町のような、帯状になった色の濃い部分がありません。
上半身、下半身にそれぞれ、少し大きな字でおわらの歌詞があります。
鏡町 ●鏡町(かがみまち)
白に近い鳥の子色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
肩・袖・裾に、しぼりのような紫の雲取り模様が入ります。芸妓の風を残すような艶っぽい衣装です。1978(昭和53)年からの衣装で、再放送で見た「新日本紀行」(1976年に放送)では、現在と違う衣装でした。鏡町と東町は、おわらの歌詞が染められていません。
東町 ●東町(ひがしまち)
抹茶色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
この町だけ、帯は黒無地ではなく、黒に金銀の市松模様です。袖・裾に、地色と橙色との市松模様があり、花や葉を散らします。町娘というよりも、お嬢さん風。
東町と鏡町は、おわらの歌詞が染められていません。
西町 ●西町(にしまち)
東町と平行する町です。
薄い茜色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
肩から袖先に波のような模様、裾に亀甲のような模様があります。
袖と胴の色の濃い部分に、おわらの歌詞があります。
今町 ●今町(いままち)
薄い柿色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) や「諏訪町」の衣装と似ていますが、肩から袖先、裾の模様が少し違うようです。今町の方が大人っぽいと思います。
袖と胴の色の濃い部分に、おわらの歌詞があります。
下新町 ●下新町(したしんまち)
朱の地色に、黒帯、赤の帯締め。
あまりに鮮やかで、初めて見たときは驚きました。袖と裾に大きな白い稲穂。
上半身の前・後、裾の帯状の若草色の部分におわらの歌詞があります。
天満町 ●天満町(てんまんちょう)
天満宮のある町らしく、薄い紅梅色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
袖と裾に斜めに濃い模様の部分があります。
模様のない部分に、大きな文字のおわらの歌詞があります。
福島 ●福島(ふくじま)
薄紫がかった桜色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) の衣装と色違いのような感じですが、福島では、裾に稲穂を描き、小鳥を散らします。
袖と胴の色の濃い部分に、おわらの歌詞があります。
本部 「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部)
薄い柿色の地色に、黒帯、赤の帯締め。
「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) と諏訪町支部・今町支部の衣装は類似しているのですが、見分け方は、帯揚げが緑なら「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) 、帯締めが黄なら諏訪町、帯締めが赤でも帯揚げが緑でなければ今町です。

今町の人から、小川千甕*・作の「おわら歌詞」、今町では「おとり」に濁点をつけて「おどり」にしたということを教えてもらいました。ありがとうございました。
あらためて見直してみると、西新町、諏訪町、西町、今町、福島の衣装は「富山県民謡越中八尾おわら保存会」(本部) の衣装と基本デザインが同じようで、袖に描かれている「おわら歌詞」も同じだということに気づきました。本部、諏訪町、福島が「おとり」、西新町、西町、今町が「おどり」でした。また、別のデザインの上新町、下新町は「踊り」でした。


下の写真は、諏訪町の浴衣の袖の部分です。袖に抜かれている小川千甕・作の「おわら歌詞」は、現在の平仮名と同じ字もありますが、変体仮名なので判読しにくい字もあります。
向かって左から順に、諏訪町の袖に書かれているもの、全部を漢字に戻したもの、現在の平仮名にしたものを示してみました。

諏訪町の袖    おわら         於和良         おわら
  おとり能        於止利能        おとりの
  笠き天         笠幾天         笠きて
    古゛左゛れ       古゛左゛禮       ござれ
   忍ぶ夜道は       忍不゛夜道波      忍ぶ夜道は
    月明可り        月明可利        月明かり

*小川千甕(おがわ・せんよう )は、京都市出身の画家。1882(明治15)年-1971(昭和46)年。仏画師北村敬重の門弟となり、さらに浅井忠(1856−1907)に洋画を学びました。

衣装に描かれた歌詞
(帯に隠れている部分、表記などに正確でない部分があります。変体仮名は改めました。)


東新町 浮いたか瓢箪 かるそに流れる 行先ゃ知らねど あの身になりたや 古謡
来る春風 氷がとける うれしや気ままに オハラ 開く梅 古謡
ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オハラ 春の風 小杉放庵*・作
西新町 おわらおどりの 笠きてござれ 忍ぶ夜道は 月明かり 小川千甕・作
恋のつぶてか 窓打つ霰 あけりゃ身にしむ オワラ 夜半の風 水田竹圃*・作
ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風 小杉放庵・作
諏訪町 おわらおとりの 笠きてござれ 忍ぶ夜道は 月明かり 小川千甕・作
恋のつぶてか 窓打つ霰 あけりゃ身にしむ オワラ 夜半の風 水田竹圃・作
ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風 小杉放庵・作
上新町 上下 おわら踊りの 笠きてござれ しのぶ夜道は 月あかり 小川千甕・作
鏡町 衣装に歌詞は描かれていません
東町 衣装に歌詞は描かれていません
西町 おわらおどりの 笠きてござれ 忍ぶ夜道は 月明かり 小川千甕・作
恋のつぶてか 窓打つ霰 あけりゃ身にしむ オワラ 夜半の風 水田竹圃・作
ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風 小杉放庵・作
今町 おわらおどりの 笠きてござれ 忍ぶ夜道は 月明かり 小川千甕・作
恋のつぶてか 窓打つ霰 あけりゃ身にしむ オワラ 夜半の風 水田竹圃・作
ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風 小杉放庵・作
下新町 八尾よいとこ おわらの本場 二百十日を オワラ でヽ踊る 渡辺紫洋・作
おわら踊りの 笠きてござれ しのぶ夜道は オワラ 月あかり 小川千甕・作
ゆらぐ釣橋 手に手をとりて 渡る井田川 オワラ 春の風 小杉放庵・作
八尾坂道 わかれて来れば 露かしぐれか オワラ はらはらと 小杉放庵・作
天満町 唄の街だよ 八尾の町は うたで糸とる オワラ 桑もつむ 中山 輝・作
福島 おわらおとりの 笠きてござれ 忍ぶ夜道は 月明かり 小川千甕・作
来る春風 氷がとける うれしや気ままに オワラ ひらく梅 古謡
ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風 小杉放庵・作

*小杉放庵(こすぎ・ほうあん)は、栃木県日光市出身の日本画家。1881(明治14)年-1964(昭和39)年。1935(昭和10)年頃より、放庵を放菴と署名するようになりました。
*水田竹圃(みずた・ちくほ)は、大阪出身の日本画家。1883(明治16)年-1953(昭和28)年。
*中山輝(なかやま・てる)は、富山県出身の詩人、 後に北日本新聞社の代表取締。1905(明治38)年-1977(昭和52)年。


黒帯を用いるのは、昔、衣装を揃えようとした際に帯まで手が回らず、ほとんどの人が冠婚葬祭用の黒帯なら持っていたから といわれています。帯締めは、東新町と諏訪町が黄で、他は赤です。
編み笠
町回りが始まった頃、照れや恥ずかしさから、手拭いで顔を隠して踊ったといわれています。それが編み笠に変わりました。あどけない少女も、編み笠をかぶると別人のよう。巧みな演出となりました。
編み笠をかぶると、誰だか分からなくなることもありますが、私は髪飾りで判断していました。毎年、変わっていて、彼女たちの僅かに個性を主張できる部分なのでしょう。
草履
赤い鼻緒が白足袋に映えて、美しいです。


青年団の男性の衣装
各町とも、女性の衣装のように、それぞれの法被に特徴があります。
黒地の法被に黒股引、黒足袋に黒い鼻緒という、精悍な装いは各町共通です。
衿に町名が入りますので、区別できると思います。(今町の「今」は、変体仮名で「以満」と書かれています)

鏡町の法被鏡町の法被●鏡町(かがみまち)
両方の襟に白抜きで「八尾 鏡町おわら」。
全体に花や葉を散らし、裾は黒と紫の市松模様です。
右の写真のように、背中には、稲穂で囲んだ五三の桐の紋が描かれています。

左の写真は、まだ男性の茶髪が珍しかった1997年9月1日、頭髪全体を金に、前髪を赤に染めた鏡町の若者で、最も目立っていました。
鏡町の法被●諏訪町(すわまち)
両方の襟に白抜きで「諏訪 おわら」。
裾の斜めの市松模様には、菊と桐の花。袖口にも飾りがあります。
背中には、稲穂で囲んだ「諏」の文字。

いつも諏訪町へ出かけているのに、諏訪町の衣装を紹介していないのは申し訳ないので、探してみました。1994年に撮影していました。


法被
法被に股引という、野良着を型どった衣装ですが、素材は羽二重だといいます。
「かかし踊り」とも呼ばれる、力強く躍動的な「男踊り」。そのシルエットの美しさの秘密が、ここにもあります。木綿では、あの美しさは出ないでしょう。

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