ようこそ風組へ 最終更新日 2008/08/14

見つけていただき、ありがとうございます。
「おわら風の盆」に関する情報を、できるだけ集めました。
八尾町の人たちへのお礼、私の頭の中を整理しておきたいという気持ちから、作成を始めました。
「風組(kazegumi)」のサイトが、何かのお役に立てれば幸いです。
できるだけ誤りのない情報の提供を目指していますが、
観光客の私には、当サイトの内容の正確性を保証できません。
そのため、当サイトのご利用によって損害等が生じましても、私は責任を負いません。
確実な情報が必要な場合は、関係各位へお問い合わせ下さいますよう、お願いいたします。
私の能力、Windows での動作・表示が確認できない、全ての人が常時接続ではない、などから、
CSS や Script なども使わず、できるだけシンプルな、軽いページにしておきたいと思います。
匿名で始めた当サイトでしたが、2002年8月5日に、作成者名を記しました。
風組・吉田和之
以下に、「履歴」「公開まで」を書いておりますが、長くなりましたし、
私のためのメモのような部分も多いので、上から、お探しのページへお進みください。

履歴
●2008.08.14
「富山市国外向け総合サイトVisit-Toyama」(http://www.visit-toyama.com/)様から、リンクの依頼がありました。ありがとうございます。
「富山市国外向け総合サイトVisit-Toyama」は、2008年4月に富山市広報課が開設した、富山市を訪れたいと考えている外国人にわかりやすく紹介するサイトです。日本語のページもあります。
●2008.06.19
アクセス数が200000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
6月19日は、唐招提寺の第81世長老「森本孝順」(1902.11.17-1995.06.19)の亡くなった日です。
唐招提寺の開山忌舎利会(6月5日から6日)では、鑑真和上(688-763.05.06)の座像、鑑真和上に捧げられた東山魁夷(1908.07.08-1999.05.06)の障壁画と襖絵を拝見できるのですが、森本孝順さんのお声を聴くのも楽しみでした。ある年の舎利会、森本孝順さんらの後に続いて鑑真和上の御廟で献香(竹芯香でした)、行道することができました。
唐招提寺(http://www.toshodaiji.jp/)
●2007.12.09
表組みのあるページに、ALIGN 属性の左寄せを指定する align="left" を書き加えました。
HTML文書の表組みでは、セル内のデータの左右方向を指定する ALIGN 属性を省略すると左寄せ表示になるため、ALIGN 属性を書きませんでした。けれども、左寄せ表示にならない場合もあり、表内の表示に不揃いがあったようです。申し訳ありませんでした。
私の環境(Mac と Firefox)では、訂正前も後も同じ表示になるため確認できません。表示が乱れているようでしたら、ご連絡いただければ幸いです。
●2007.07.01
諏訪町公民館のページを作りました。
●2007.03.08
アクセス数が150000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
3月8日は、版画家「池田満寿夫」(1934.02.23-1997.03.08)の亡くなった日です。
NHK特集「池田満寿夫推理ドキュメント 謎の絵師・写楽」(1984年7月1日放送)、実作者として写楽に迫っていく姿、今でも覚えています。この番組はNHKアーカイブスで再放送(2006年12月3日)されました。
池田満寿夫美術館(http://www.ikedamasuo-museum.jp/index.htm)
●2006.12.25
宝塚歌劇団生徒一覧に、卒業(退団)した生徒さんを加えました。
宝塚歌劇団生徒一覧は、2006年6月16日、つむぎ(pou)様がリンクしてくださっています。ありがとうございます。
つむぎ(pou)様の宝塚のブログは下記です。
花咲かば告げんと言ひし山里の(http://blog.livedoor.jp/tumugi_sakurako/)
●2006.12.17
長い間、このページを更新していませんでした。
初めはアクセス数1000毎に、その後は10000毎に、風の「盆」に因み、故人を取り上げてきました。
100000に近づいた頃、女優の宮城千賀子(佐藤ユキ 1922.11.26-1996.08.07)について書いていたのですが、一日早く超えてしまいました。宝塚時代の芸名は「東風うらゝ」(こちうらら)、幸せな晩年ではなかったようです。
ご覧いただく人が増えるとともに、齟齬が生まれてくるようになりました。110000の時は、超えた日そのものを特定できませんでした。また、故人も重複するようになり、扱いに苦慮しています。
12月17日は、「春日若宮おん祭」(奈良市)で、浄闇の中、神が出御・遷御される日。私には、貴重な体験でした。
春日大社-春日若宮おん祭-(http://www.kasugataisha.or.jp/o_index.html)
すべてのページ、HTML 4.01 Transitional のDOCTYPE宣言にシステム識別子 "http://www.w3.org/TR/html4/loose.dtd" を指定しました。
●2006.08.11
「寿司一」(http://www.geocities.jp/susiititoyama/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2006.08.06
アクセス数が100000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月6日は、広島に原爆が投下された日です。
朗読劇 『この子たちの夏 1945・ヒロシマ ナガサキ』(http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~CJK/konoko/konoko_fs.htm)
●2006.08.01
福島一区コミュニティセンターのページを作りました。
公共交通のページ、2006年の「おわら風の盆」に運行される臨時列車の時刻を、越中八尾駅着ではなく、富山駅発に変更しました。
●2006.07.21
アクセス数が95000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月21日は、評論家の「江藤淳」(江頭淳夫 1933.12.25-1999.07.21)の亡くなった日です。
奇しくも、昨年も、一昨年も、この日に超えました。
江藤 淳(http://meigen.ivory.ne.jp/meiku/etoujun.htm)
●2006.06.27
アクセス数が90000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
6月27日は、演出家の「隆 巴」(仲代恭子 1931.05.15-1996.06.27)の亡くなった日です。
1975年から夫の仲代達矢(仲代元久 1932.12.13-)と私塾「無名塾」を主宰し、多くの俳優を育てました。「隆 巴」という名は、父の隆蔵、母の巴から一字ずつ取ったものです。
無名塾(http://www.mumeijuku.net/)
●2006.05.16
アクセス数が85000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
5月16日は、落語家の人間国宝・五代目「柳家小さん」(小林盛夫 1915.01.02-2002.05.16)の亡くなった日です。
「小さん」が栗之助を名乗っていた前座時代の1936(昭和11)年、二等兵として麻布の歩兵第三連隊に入隊しました。歩兵第三連隊第七中隊長・野中四郎(1903.10.27-1936.02.29)の指揮下、何も分からないままに動員され、警視庁を襲撃・占拠。2.26事件です。叛乱軍とされた緊張の中、命令で「子ほめ」を演じたという逸話も残っています。
社団法人 落語協会(http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx)
●2006.02.24
アクセス数が80000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
2月24日は、仏教学者の「河口慧海」(1866.01.22-1945.02.24)の亡くなった日です。
経典を求めて、日本人で初めて鎖国状態のチベットに潜入したのが河口慧海でした。それは、ヒマラヤ山脈を越えるという大冒険でした。
河口慧海(http://www.toyo.ac.jp/enryo/gallery/h11/h11_1.htm)
●2005.11.16
アクセス数が75000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
11月16日は、ジャズ・ピアニストの「トミー・フラナガン」(Tommy Flanagan 1930.03.16-2001.11.16)の亡くなった日です。
レコード「OVERSEAS」(UPS-2-E)を引っ張り出してきましたが……
Tommy Flanagan Biography(http://homepage1.nifty.com/toshiyuki/tommybio.htm)
●2005.10.31
「ダイドー祭りドットコム」(http://www.dydo-matsuri.com/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2005.10.16
「聞名寺」のページを作りました。
聞名寺
●2005.09.20
アクセス数が70000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月20日は、バイオリニスト・作曲家の「パブロ・デ・サラサーテ」(Pablo de Sarasate 1844.03.10-1908.09.20)の亡くなった日です。
私の最初に買ったレコードが「ツィゴイネルワイゼン」だったような記憶が……。
おんがく日めくり(http://www2.yamaha.co.jp/himekuri/view.html?ymd=20010920)
●2005.09.02
アクセス数が65000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月2日は、言語学者の「ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン」(John Ronald Reuel Tolkien 1892.01.03-1973.09.02)の亡くなった日です。
昔、評論社から6巻の文庫本で発行された「指輪物語」(The Lord of the Rings)を購入したのですが、その文字の小ささに、読まないままに歳月だけが過ぎてしまいました。
Home Page - The Tolkien Society(http://www.tolkiensociety.org/)
●2005.08.22
アクセス数が60000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月22日は、脚本家の「向田邦子」(1929.11.28-1981.08.22)の亡くなった日です。
不思議に思っていた、向田邦子の若い頃のブロマイドのような写真、その答えが「向田邦子の恋文」(向田和子・著、2002年7月25日、新潮社・発行)にありました。「向田邦子の恋文」は今年8月1日、新潮文庫として発行。
向田邦子文庫 Mukoda Kuniko Collection − 実践女子大学図書館(http://www.jissen.ac.jp/library/mukoda/index.htm)
●2005.08.01
「おわらのど自慢コンクール」表彰者(1998年から2004年)のページを作りました。
「おわらのど自慢コンクール」表彰者
●2005.07.21
アクセス数が55000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月21日は、評論家の「江藤淳」(江頭淳夫 1933.12.25-1999.07.21)の亡くなった日です。
松岡正剛の千夜千冊『犬と私』江藤淳(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0214.html)
●2005.05.13
「写真の旅人 ふじた花桜の世界」(http://www.fujita-h.jp/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2005.04.27
八尾町から八尾曳山祭を独立させて別のページにしました。
●2005.04.15
アクセス数が50000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
4月15日は、女優の「グレタ・ガルボ」(Greta Garbo 1905.09.18-1990.04.15。本名は Greta Lovisa Gustafsson)がニューヨークで亡くなった日です。
「奥さまは顔が二つ」(Two-Faced Woman、1941年)を最後に36歳で引退、出演した作品は28本でした。
1999年6月16日、遺骨が故郷スウェーデンのストックホルム南部の墓地に埋葬されました。
Greta Garbo - The Ultimate Star(http://home.hiwaay.net/~oliver/garbo.html)
●2005.03.16
おわら風の盆のページの派生として、簡略なおわら年表のページを作成しました。
●2005.01.16
前夜祭から私と前夜祭を独立させて別のページにしました。
また、このページのトップにあるアイコンを、最初に使っていた五葉木瓜に戻しました。私の家紋です。
●2005.01.01
自分でも辿り着きにくいページや忘れていたページがあり、トップページにサイトマップを付けました。
また、このページは「履歴」と「公開まで」だけとし、「作成環境(Mac)と@nifty」は別のページにしました。
●2004.10.31
アクセス数が45000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
●2004.09.16
「@nifty」の「homepage」利用規約の第6条(自己責任の原則)に次の条文があります。
「ユーザーは、自己のホームページのトップページ上に自己のメールアドレス(ニフティに登録し、着信拒否設定をしていないものに限り、以下同様とします。)を明示するものとします。」
規約に従い、トップページのメールアドレスを「kazegumi@mac.com」から「@nifty」のアドレスに戻しました。意図的に規約に反していたのは、匿名にするためと、スパムメールを避けるためでした。けれども、作成者名を記しましたし、「@nifty」のアドレスに多数のスパムメールが送られてくるようになり、「@nifty」のアドレスを秘匿する意味がなくなりました。
アップルの有料サービス「.Mac」は更新しませんので、「kazegumi@mac.com」というメールアドレスは消滅します。
トップページの言葉も変えました。
●2004.09.01
アクセス数1000毎に、風の「盆」に因み、故人を取り上げてきました。アクセス数が41000を超え、誰かの事を書くべきなのですが、今は彼女のことだけを偲びたいと思います。1000毎の記事は、しばらく止めます。
●2004.08.26
アクセス数が40000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月26日は、詩人の「田村隆一」(1923.03.18-1998.08.28)の亡くなった日です。
NHK教育テレビで、田村隆一が使っていた万年筆を見ました。MONT BLANC ではなく PARKER でした。DUOFOLD の Orange だというのも、おしゃれな田村隆一らしかったです。
田村隆一詩集(http://www.kcn.ne.jp/~tkia/trp/)
●2004.08.18
アクセス数が39000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月18日は、作曲家の「古関裕而」(1909.08.11-1989.08.18)の亡くなった日です。
古関裕而の作品の低音部、太古から続く逞しい生命力を感じさせます。現在行われている全国高等学校野球選手権の大会歌「栄冠は君に輝く」(作詞・加賀大介)も古関裕而の作品。
古関裕而−歌い継がれるメロディー(http://www7.plala.or.jp/edih/)
●2004.08.16
「http://member.nifty.ne.jp/kazegumi/」を、送り火と共に閉鎖しました。
「@nifty」の都合により、「http://member.nifty.ne.jp/」のサービスが8月31日で終了、削除となります。そのため、不本意ながら、2月2日に「http://homepage3.nifty.com/kazegumi/」へ移転し、5月1日で「http://member.nifty.ne.jp/kazegumi/」の更新を停止していました。
1999年6月4日に公開して以来、愛着のある URL でした。最後に目にしたアクセス数は「32529」でした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
●2004.08.11
「homepage3」のアクセス数が38000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月11日は、指揮者の「ラファエル・クーベリック」(Rafael Kubelik 1914.06.29-1996.08.11)の亡くなった日です。
1986年に引退していたクーベリックが、1990年5月12日、「プラハの春」音楽祭で「我が祖国」を指揮した様子は感動的でした。
Rafael Kubelik(http://www.kubelik.org/)
●2004.08.05
「homepage3」のアクセス数が37000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月5日は、俳優の「サー・アレック・ギネス」(Sir Alec Guinness 1914.04.02-2000.08.05)の亡くなった日です。
新しい映画ファンには、「STAR WPRS」(1977年)の「Obi-Wan Kenobi」として記憶されているでしょう。1959年に「Sir」の称号が与えられました。
Alec Guinness - A Man of Many Parts(http://www.murphsplace.com/guinness/entry.html)
●2004.07.28
「homepage3」のアクセス数が36000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月28日は、小説家の「江戸川乱歩」(平井太郎 1894.10.21-1965.07.28)の亡くなった日です。
「幻影城」とも呼ばれる「江戸川乱歩」の旧自宅土蔵書庫が、8月に初めて一般公開されます。隣接する立教大学が、2002年に遺族から土地と蔵書を購入(建物は寄贈)、修復工事を行っていました。
旧江戸川乱歩邸(http://www.rikkyo.ne.jp/~koho/ranpo/index.html)
●2004.07.21
「homepage3」のアクセス数が35000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月21日は、評論家の「江藤淳」(江頭淳夫 1933.12.25-1999.07.21)の亡くなった日です。
「江藤淳」は自分の死後のことを考え、妻に著作権を生前譲渡していたと記憶しています。でも、妻の慶子が1998.11.07に病死。次の年、自ら命を絶ちました。遺書は下記に。
江藤淳(http://www004.upp.so-net.ne.jp/kuhiwo/dazai/eto.html)
●2004.07.13
「homepage3」のアクセス数が34000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月13日は、作曲家の「アルノルト・シェーンベルク」(Arnold Schoenberg 1874.09.13-1951.07.13)の亡くなった日です。
若い頃の作品「浄夜」(原曲は1899.12.01に完成)を、16日が命日のカラヤン(Herbert von Karajan 1908.04.05-1989.07.16)が残した大きな遺産「新ウィーン楽派管弦楽曲集」(POCG-3695/7)で、久し振りに聴いてみようと思います。
Arnold Schoenberg Center(http://www.schoenberg.at/)
●2004.07.05
「homepage3」のアクセス数が33000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月5日は、元衆議院議長の「桜内義雄」(1912.05.08-2003.07.05)の亡くなった日です。
「桜内義雄」は、亡くなるまでの56年間、宝塚歌劇団が公認する唯一のファンクラブ「愛宝会」の会長を務めました。
幼稚舎からの慶応ボーイで、予科生の時に「東京宝塚会」に入会したという古くからの熱心な宝塚ファンでした。「東京宝塚会」は戦時中にバラバラとなり、1947(昭和22)年の宝塚歌劇の東京公演再開時に、男性ファンが集まって誕生したのが「愛宝会」です。
桜内義雄元衆院議長が死去。91歳(http://www.sanin-chuo.co.jp/news/2003/07/07/01.html)
●2004.06.25
「homepage3」のアクセス数が32000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
6月25日は、歌舞伎俳優の「二代目尾上松緑」(1913.03.28-1989.06.25)の亡くなった日です。
昔、国立劇場で、初代尾上辰之助(1946.10.26-1987.03.28 三代目尾上松緑を追贈)の舞台稽古を見せてもらったことがありました。観客席には尾上松緑の姿がありました。それは名優二代目尾上松緑・舞踊の名手四世藤間勘右衛門というよりも、情愛に満ちた藤間豊という父親の姿でした。自分の誕生日に息子の尾上辰之助(藤間亨)を亡くすというのは悲しすぎます。
藤間流(勘右衞門派)歴史(http://www.fujima.gr.jp/history/index2.html)
●2004.06.14
「homepage3」のアクセス数が31000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
6月14日は、作曲家の「ヘンリー・マンシーニ」(Henry Mancini 1924.04.16-1994.06.14)の亡くなった日です。
4つのオスカーを受賞したマンシーニ、彼の流麗な音楽が無かったならハリウッド映画も寂しいものに。
Henry Mancini Website(http://members.home.nl/mancini/)
●2004.05.31
「TOPICS」のページ、記事には日付だけでなく、年号も表記するようにしました。
画面をスクロールさせると、何年の記事なのか判別しにくくなったためです。
このページと「TOPICS」、記事を少し追加しました。記事が多くなると画面表示に時間がかかるようになりますが、ページは分割しないでおこうと思っています。
●2004.05.31
「homepage3」のアクセス数が30000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
5月31日は、登山家の「ガストン・レビュファ」(Gaston Rebuffat 1921.05.07-1985.05.31)の亡くなった日です。
ガストン・レビュファは登攀だけに満足せず、著作や映像によって、アルプスと登山の美しさを紹介し続けました。
「星と嵐」(Etoiles et Tempetes 1954年)は山岳文学大賞に、翌年には映画「星と嵐」を発表。
Gaston Rebuffat(http://www.rebuffat.com/)
●2004.05.21
「homepage3」のアクセス数が29000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
5月21日は、俳優の「藤山寛美」(稲垣完治 1929.06.15-1990.05.21)の亡くなった日です。
新喜劇よりも、一度でいいから、シェイクスピア(William Shakespeare 1564-1616)の作品を演じた藤山寛美が見たかったです。
上方芸能人顕彰(http://www.art-space.gr.jp/kamigata/h2c.html)
●2004.05.11
「homepage3」のアクセス数が28000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
5月11日(新暦では6月20日)は、新選組副長の「土方歳三」(1835.05.05-1869.05.11)の亡くなった日です。
函館・五稜郭から弁天砲台へ救援に向かい、一本木と異国橋の間で銃撃に倒れたといいます。
土方歳三資料館(http://www.hijikata-toshizo.jp/)
●2004.05.08
リンクしていただいたサイトを、履歴の中に埋没させておくのは申し訳ありませんので、トップページに掲載するようにしました。
5月8日は、男優の「ジョージ・ペパード」(George Peppard 1928.10.01-1994.05.08)の亡くなった日です。
「ティファニーで朝食を」(Breakfast at Tiffany's 1961年)よりも、「ブルー・マックス」(The Blue Max 1966年 John Guillermin監督)での野心的な将校役が強く記憶に残っています。
george peppard(http://torimino.cool.ne.jp/george.html)
●2004.05.01
「member.nifty.ne.jp」が終了となるため、「homepage3.nifty.com」へ移転して約3ヶ月経過しました。
「homepage3.nifty.com」のアクセス数が「member.nifty.ne.jp」のアクセス数を越えた時にと思っていましたが、なかなか「homepage3.nifty.com」の方をご覧いただけません。そのため。「member.nifty.ne.jp」から「homepage3.nifty.com」へ自動的に移動するようにしました。
今後、「member.nifty.ne.jp」は更新せず、閉鎖しようと思っています。
5月1日は、「アイルトン・セナ」(Ayrton Senna da Silva 1960.03.21-1994.05.01)の亡くなった日です。
今年もイモラ・サーキット(アウトドローモ・エンツォ・ディノ・フェラーリ)で F1 サンマリノ GP が行われましたが、イモラ・サーキットは今年が最後になるかもしれないと言われています。
Ayrton Senna da Silva Memorial Museum(http://www.senna-web.com/)
●2004.04.21
「メンバーズホームページ」のアクセス数が28000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
4月21日は、ヴァイオリニスト・指揮者の「ウィリー・ボスコフスキー」(Willi Boskovsky 1906.06.16-1991.04.21)の亡くなった日です。
1933年にウィーン・フィルのメンバーになり、1939年から1970年までコンサートマスターを務め、1955年から1979年までのニュー・イヤー・コンサートでは弾きながら指揮をしました。ウィーンの音楽の化身のような存在でした。
WIENER PHILHARMONIKER(http://www.wienerphilharmoniker.at/)
●2004.04.20
「homepage3」のアクセス数が27000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
4月20日は、指揮者の「ジュゼッペ・シノーポリ」(Giuseppe Sinopoli 1946.11.02-2001.04.20)の亡くなった日です。
パドヴァ大学で医学も学び、脳神経外科、神経科の博士号を取得したジュゼッペ・シノーポリ。ベルリン・ドイツ・オペラで「アイーダ」第三幕の指揮中に心臓発作で倒れ、病院に運ばれたましたが、到着前に亡くなったといいいます。若すぎる死でした。
GIUSEPPE SINOPOLI IN MEMORIAM(http://www.rodoni.ch/busoni/sinopoli/giuseppesinopoli.html)
●2004.03.10
「メンバーズホームページ」のアクセス数が27000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
3月11日は、詩人の「金子みすゞ」(金子テル 1903.04.11-1930.03.10)の亡くなった日です。
26歳で服毒自殺した「金子みすゞ」。没後70余年を経て、その生涯が映画になりました。
みすゞ(http://www.kinokuniya.co.jp/01f/misuzu/INTRO/INTRO.html)
●2004.02.02
ニフティ株式会社から「メンバーズホームページ終了のお知らせ」メールが届きました。
最初にスタートした「メンバーズホームページ」ですが、後発の「@homepage」とサービスを一本化するための措置で、2004年8月31日をもって現在のhttp://member.nifty.ne.jp/kazegumi/は終了・削除となります。そのため、急遽、新しく下記の URL を確保し、移行しました。
http://homepage3.nifty.com/kazegumi/
新しい URL に変更していただければ幸いです。
新しいアクセスカウンタの置いてあるサーバーは、アクセスが多いためか動作が遅く、なかなか表示されませんが、初期値を26000にセットしました。
加入している.Mac.(http://www.mac.com/WebObjects/Welcome.woa?aff=consumer&cty=JPamp;lang=ja)への移行も考えたのですが。
●2004.02.02
アクセス数が26000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
2月2日は、建築家の「谷口吉郎」(1904.06.24-1979.02.02)の亡くなった日です。
「谷口吉郎」には建築家としての多大な業績の他に、「博物館明治村」の初代館長という一面もありました。
旧制第四高等学校(現・金沢大学)の同窓生でもあった「谷口吉郎」と「土川元夫」 ( 元名古屋鉄道株式会社会長 )は、1962年に明治の洋風建築保存のための財団を設立し、1965年3月18日に「博物館明治村」が開村しました。
博物館明治村(http://www.meijimura.com/)
●2004.01.20
「栗原成和の水彩画画廊」(http://www.geocities.jp/kuri_plan/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2004.01.09
アクセス数が25000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
1月9日は、マラソンランナーの「円谷幸吉」(1940.05.13-1968.01.09)の亡くなった日です。
1964年の東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷、その遺書は心に迫ります。
円谷幸吉(http://www004.upp.so-net.ne.jp/kuhiwo/dazai/tsumuraya.html)
●2004.01.01
年賀に、松の内だけ、トップページの画像を変えてみました。1996年9月3日に諏訪町で撮影したものです。年賀状にも使いました。観光客も少なかったので撮影できた写真だと思います。この頃はフラッシュも使用しており、弱く発光させています。
●2003.12.08.
アクセス数が24000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
12月8日は、「ジョン・レノン」(John Winston Lennon 1940.10.09-1980.12.08)の亡くなった日です。
昔、丸善の東京・日本橋店(http://www.maruzen.co.jp/home/tenpo/nihonbashi.html)の階段で、下りてくるのと擦れ違ったことがありました。どこかで見たことのある顔だなと思ったらオノ・ヨーコ(小野洋子 1933.02.18-)で、その後ろにジョン・レノンがいました。
ジョン・レノン・ミュージアム(http://www.taisei.co.jp/museum/index.html)
●2003.11.11.
アクセス数が23000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
11月11日は、映画評論家「淀川長治」(1909.04.10-1998.11.11)の亡くなった日です。
「淀川長治」は1987年の末に過労で体調を崩してから、テレビ朝日が近いこともあり、横浜市鶴見区の自宅から港区赤坂の東京全日空ホテルへ移り、その34階の部屋で晩年を過ごしました。
映画関係の遺品は、「川喜多記念映画文化財団」に寄贈されました。
川喜多記念映画文化財団(http://www.kawakita-film.or.jp/)
●2003.11.09
「踊り」のページに「おわら演技発表大会」での四季踊りの写真を、「衣装」のページに「富山県民謡おわら保存会」(本部)の衣装の写真を追加しました。また、四季踊りの写真、衣装(女性)の写真は、クリックすれば少し大きな写真を見ることができるようにしました。
11月9日は、演劇評論家「尾崎宏次」(1914.11.24-1999.11.09)の亡くなった日です。
その評は実に的確でした。夫人は宝塚歌劇団出身の「春日千鶴子」(1934年から1941年まで在団)で、宝塚に演出家としてのニコラ・バタイユを紹介したのも「尾崎宏次」でした。
●2003.10.19.
アクセス数が22000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
10月19日は、チェロ奏者「ジャクリーヌ・デュ・プレ」(Jacqueline Du Pre 1945.01.26-1987.10.19)の亡くなった日です。
昨年も書きましたが、この日は、やはりジャクリーヌを思い出します。「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」(Anand Tucker 監督、1998年、英国)という映画もありましたが、原題の「HILARY and JACKIE」のままの方が好ましかったと思います。また、この映画の基になったのは、姉の Hilary と弟の Piers とが書いた「A Genius in the Family」(日本では1999年ショパン社から「風のジャクリーヌ」として出版)です。
ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ(http://www.cinematopics.com/cinema/new2000/hilaryandjackie/)
●2003.10.03
「Maman's diary」(http://www.d2.dion.ne.jp/~maman/index.htm)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2003.09.30.
アクセス数が21000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月30日は、男優「ジェームス・ディーン」(James Byron Dean 1931.02.08-1955.09.30)の亡くなった日です。
自動車事故死で、ジェームスが運転していたのは「Porsche 550 Spyder」でした。
The Official Site of James Dean(http://www.jamesdean.com/)
●2003.09.19
トップページのメールアドレス「kazegumi@mac.com」を使い続けるために、Apple の有料サービス「.Mac」を更新しました。このサービス、Mac OS 9.x 利用者にはメリットが多くありません。
9月19日は、小説家「今東光」(1898.03.16-1977.09.19)の亡くなった日です。
今東光は、平泉の中尊寺貫首も務めた天台宗大僧正・今春聴で、瀬戸内寂聴(1922.05.15-)の師です。
遊戯三昧〜今東光伝(http://toukouden.hp.infoseek.co.jp/index.html)
●2003.09.14
アクセス数が20000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月14日は、モナコ大公妃「グレース・ケリー」(Grace Patricia Kelly 1928.11.12-1982.09.14)の亡くなった日です。 女優としての最後の出演作品は「上流社会(High Society)」(Charles Walters 監督、1956年)でした。
Grace Kelly Online(http://www.geocities.com/Hollywood/Academy/5003/)
●2003.09.06
「fujiko's homepage」(http://www.fitweb.or.jp/~fujiko/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2003.09.06
アクセス数が19000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月6日は、映画監督「黒澤明」(1910.03.23-1998.09.06)の亡くなった日です。
1971年12月22日に自殺未遂。あの時に亡くなっていれば、「デルス・ウザーラ」(DERSU UZALA 1975年)以後の作品は生まれていなかった。
黒澤明の世界(http://www.asahi-net.or.jp/~zc2t-ogw/MKHome/AKHome/AKHome.htm)
●2003.09.03
アクセス数が18000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月3日は、「折口信夫(釈迢空)」(1887.02.11-1953.09.03)の亡くなった日です。
古典学者、民俗学者、歌人、詩人として多くの業績を残しました。石川県羽咋市の気多神社近くに、折口信夫と戦死した養子の春洋(はるみ)との父子墓があります。
折口博士没後50年記念事業の紹介(http://www.city.hakui.ishikawa.jp/topjp/kousitu/koho/sonota/2003/2003_08orikuti.htm)
●2003.09.01
アクセス数が17000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
9月1日は、仏師「松久朋琳」(1901.10.22-1987.09.01)の亡くなった日です。
最澄(767.08.18-822.06.04)の出家得度1200年を記念して再建された、比叡山の法華総持院東塔の五智如来が松久朋琳の作です。
松久朋琳の世界(http://www.matsuhisa-jp.com/bussho/hori.html)
●2003.08.30
「NPO法人シニアネット久留米」(http://www.senior-net.gr.jp/snk/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2003.08.29
アクセス数が16000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月29日は、映画監督「藤田敏八」(1932.01.16-1997.08.29)の亡くなった日です。
「ツィゴイネルワイゼン」(鈴木清順・監督、1980年)で青地豊二郎を演じた姿が、強く印象に残っています。
藤田敏八(http://www.jmdb.ne.jp/person/p0310620.htm)
●2003.08.29
「JA9NEG の home page」(http://www2.nsknet.or.jp/~okino/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
●2003.08.24
アクセス数が15000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月24日は、映画監督「溝口健二」(1898.05.16-1956.08.24)の亡くなった日です。
入院していた京都府立医科大学付属病院で、見舞客に次回作「大坂物語」の構想を話していたといいます。
「西鶴一代女」(1952年)で監督賞、「雨月物語」(1953年)で銀獅子賞、「山椒太夫」(1954年)でも銀獅子賞と、ベネチア国際映画祭で3年連続受賞しました。
溝口健二 人と作品(http://www.fsinet.or.jp/~fight/mizoguchi/)
●2003.08.16
アクセス数が14000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月16日は、海軍中将「大西瀧治郎」(1981.06.02-1945.08.16)の亡くなった日です。
「特攻隊生みの親」とされる大西は、渋谷区南平台の軍令部次長官舎で割腹自決しました。
敗戦後の軍人の身の処し方、いろいろでした。
大西瀧治郎(http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/sinpu-oonisi.htm)
●2003.08.05
アクセス数が13000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
8月5日は、女優「マリリン・モンロー」(Marilyn Monroe 1926.06.01-1962.08.05)の亡くなった日です。
マリリン(Norma Jean Mortenson)には異父姉(Berniece Baker Miracle)があり、温かい交流があったようです。
「マリリン・モンロー/わが妹、マリリン」(バーニース・ベイカー・ミラクル&モナ・ラエ・ミラクル著 株式会社共同プレス・1997年発行 ISBN4-89613-657-8)
Marilyn Monroe's Official Web site(http://www.marilynmonroe.com/)
●2003.08.05
匿名にしておりました「風組」のホームページ、このページに「風組・吉田和之」と、作成者名を記しました。
8月5日は、能囃子方・高安流大鼓「安福春雄」(1907.01.01-1984.08.05)の亡くなった日です。
舞台を支える強靱な気力、大好きでした。
「安福春雄」が盗まれた紋付(紋所が「丸に洲濱」)を、アラン・ドロン(Alain Delon 1935.11.08-)が映画「サムライ」(LE SAMOURAI 1967年)の中で着ていたという不思議なこともありました。
●2003.07.19
アクセス数が12000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月19日は、大蔵流狂言師「三世・茂山千作(十一世・茂山千五郎)」(1896..08.30-1986.07.19)の亡くなった日です。
「千五郎」が当主名で、当主を譲ると隠居名「千作」を名乗ります。
お豆腐狂言 茂山家(http://www.soja.gr.jp/index.html)
●2003.06.30
アクセス数が11000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
6月30日は、ジャズ歌手「アンリ菅野」(1948.08.07-2000.06.30)の亡くなった日です。
アンリ菅野公式ホームページ(http://www.ideaeast.net/anli/)
●2003.05.31
アクセス数が10000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
5月31日は、写真家「木村伊兵衛」(1901.12.12-1974.05.31)の亡くなった日です。
2003年5月17日から7月6日まで、富山県福岡町の「ミュゼふくおかカメラ館」で写真展「木村伊兵衛の世界 蘇る昭和の人と街」が開かれました。
木村伊兵衛の世界 蘇る昭和の人と街(http://www.camerakan.com/special/kimura/index.html)
●2003.04.26
アクセス数が9000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
4月26日は、「ドミニック・オーリ」(Dominique Aury 1907-1998.04.26)の亡くなった日です。
彼女は1954年に、「ポーリーヌ・レアージュ」(Pauline Reage)の名で「O嬢の物語」(Histoire d'O)を発表しました。この作品が、「ジャン・ポーラン」( Jean Paulhan 1884-1968)への恋文のようなつもりで執筆され、彼女は47歳、彼が70歳だったと知ったときは心が動きました。
ポーリーヌ・レアージュ(http://members.aol.com/lachette/Moonlight/review_reage.htm)
●2003.03.15
JRのダイヤ改正を機に、公共交通のページ、列車を最初に、飛行機が最後になるようにしました。
未明に満行下堂、1252回目の東大寺二月堂修二会(お水取り)が終わりました。
東大寺(http://www.todaiji.org/)
●2003.03.08
アクセス数が8000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
3月8日は、版画家「池田満寿夫」(1934.02.23-1997.03.08)の亡くなった日です。
昔、兵庫県立近代美術館(2002年4月に移転し、兵庫県立美術館と名称を変更)で偶然に見た「ヴィーナス」シリーズ、立ち去りがたいものがありました。この時は、「金山平三」(1883-1964) の芝居絵を見るのが目的で、金山の絵も素晴らしかったのですが。
池田満寿夫美術館(http://www.ikedamasuo-museum.jp/index.htm)
●2003.01.13
アクセス数が7000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
1月13日は、フランスの映画監督「マルセル・カミュ」(Marcel Camus 1912.04.12-1982.01.13)の亡くなった日です。
代表作が「黒いオルフェ」(Orfeu Negro 1959年)。この音楽を手がけたのが「アントニオ・カルロス・ジョビン」(Antonio Carlos Jobim 1927-1994.12.08)。映画で使われていた曲が「ルイス・ボンファ」(Louiz Bonfa 1922.10.17-2001.01.12)の「カーニヴァルの朝」(Manha de Carnaval)。
Marcel Camus (マルセル・カミュ)(http://movie.goo.ne.jp/cast/63306/)。
●2003.01.01
年賀に、松の内だけ、トップページの画像を変えてみました。昨年と同じく、年賀状に使用した写真です。年賀状を受け取っている人は、このホームページを知らないので、流用しても許されるでしょう。
記録では、1992年9月3日に鏡町で撮影したようですが、写した時の記憶がないのです。キヤノンの100mmF2(このレンズが好き)だと思います。
●2002.11.21
アクセス数が6000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
11月21日は、写真家「前田真三」(1922.06.03-1998.11.21)の亡くなった日です。
前田真三さんが Photo Library「丹渓」を設立し、写真活動に入られたのが1967(昭和42)年。「丹渓」へ写真を借りに行った時、廊下で会釈された美男、それが前田真三さんでした。
丹渓(http://www.jprc.co.jp/tankei/)
●2002.10.19
気になっていたトップページの言葉、「哀しくて美しい夜祭り」を変えました。
「あわれ」(しみじみとした感動や感情、そうした感情を起こさせる状況)という言葉では誤解されそうなので、「哀し」を遣っていたのですが。
10月19日は、チェロ奏者「ジャクリーヌ・デュ・プレ」(Jacqueline Du Pre 1945.01.26-1987.10.19)の亡くなった日です。
多発性硬化症(MS)という難病に苦しんだ生涯を知っているせいではないのですが、彼女の弾くエルガー(Sir Edward William Elgar 1857.06.07-1934.02.23)の「チェロ協奏曲 ホ短調 作品85」を聴くと涙が止まりません。「バルビローリ」(Sir John Barbirolli 1899.12.02-1970.07.29)指揮、1965年8月19日の録音です。
Jacqueline du Pre Home(http://www.jacquelinedupre.net/)
●2002.10.05
アクセス数が5000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
今年の「風の盆」が終わって一月、更新することも少なくなったのですが、訪ねていただきありがとうございました。
10月5日は、小説家「武田泰淳」(1912.02.12-1976.10.05)の亡くなった日です。
「徒然草」に「よき細工は、少し鈍き刀を使ふといふ。妙観が刀はいたくたたず。」(第二百二十九段)とありますが、武田泰淳は、感性を酒で少し鈍らせてから執筆したといいます。久し振りに、「女について」(1948年8月)を読んでみました。
武田泰淳(http://www.asahi-net.or.jp/~pb5h-ootk/pages/T/takedataijun.html)
●2002.09.28
Apple の有料となったサービス「.Mac」へ不本意ながら継続加入し、トップページのメールアドレスを「kazegumi@mac.com」に戻しました。一年間、「.Mac」の様子を見ることにしました。
9月28日は、トランペット奏者「マイルス・ディビス」(Miles Davis 1926.05.26-1991.09.28)の亡くなった日です。
the Official Miles Davis Web Site(http://www.milesdavis.com/home.htm)
Apple から、「.Mac」へ移行を督促するメールが頻繁に届きました。昔は、Apple にユーザー登録しても、来る文書は、American Express の勧誘か、UNICEF への寄付依頼くらいだったのですが。
●2002.09.23
TOPICSのページ、参照できる URL を記すようにしました。
9月23日は、漢学者「頼山陽」(1780.12.27-1832.09.23)の亡くなった日です。
昔、京都市東山区の長楽寺にある「頼山陽」の墓を訪ねた時、すぐ近くに日本画家「鈴木松年」(1849−1918)の墓があり、驚きました。
頼山陽史跡資料館(http://www.pref.hiroshima.jp/kyouiku/bunka/raisan/raisan.html)
●2002.09.11
このページの構成を変え、「履歴」が最初になるようにしました。
リンクしていただいた方の URL を記すようにしました。
9月11日は、女優「夏目雅子」(1957.12.17-1985.09.11)の亡くなった日です。
彼女の目に、興福寺の阿修羅像を思ったのは私だけではないと思います。
そして、同時多発テロ。
夏目雅子オフィシャル ホームページ(http://homepage2.nifty.com/masako-n/)
●2002.09.08
「雲の峰」(http://www2.ocn.ne.jp/~riki/index.htm)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
「雲の峰」(旧俳句通信)は、朝妻力様主宰の、「俳句は17文字の自分詩、一日一行の自分史 をモットーに楽しみつつ俳句を学習する俳句結社誌」です。「投句。添削・質問コーナー」もあります。
●2002.09.07
アクセス数が4000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
2000を超えたのが7月26日、3000を超えたのが8月29日でしたから、驚いています。
珍しく晴天が3日続いた「おわら風の盆」。残暑が厳しく、晴天も八尾町の人には嬉しいような……。
私、まだ夏の疲れが。皆様、来年まで、お体を大切に。
9月7日は、洋画家「鴨居 玲」(1928.02.03-1985.09.07)の亡くなった日です。
自画像に固執した57歳、自殺だったと思います。玲が尊敬していた父の悠が亡くなったのも57歳だといいます。
没後15年 一期は夢よ 鴨居玲展(http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/siryo/00exhibi/kamoi15/exhibition_kamoy.html)
●2002.08.30
「富山情報ナビ impulse」(http://www.impulse-navi.ne.jp/toyama/)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
「地域情報ナビ impulse」は、各方面へのリンクを網羅したサイトです。「富山情報ナビ」は、富山県でNEC販売特約店をされている(株)トヤマデータセンター様が担当されているようです。2002年末に「東京情報ナビ」がオープンし、全国47都道府県版の総合ポータルサイトとなりました。
●2002.08.29
アクセス数が3000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
「風の盆」が近づくとともに、急に増えました。
8月29日は、女優「イングリッド・バーグマン」(Ingrid Bergman 1915.08.29-1982.08.29)の生まれ、亡くなった日です。
The Official Ingrid Bergman Web Site(http://www.cmgww.com/stars/bergman/)
●2002.08.21
「おわらのホームページ」(http://www.ctt.ne.jp/~kgv/owara.htm)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
高木伸一様の『おわら好きの病』が高じて開設されたホームページで、「八尾町おわら資料館」からもリンクされています。掲示板もあります。
●2002.08.05
メールアドレスを、「kazegumi@mac.com」から「@nifty」のアドレスに戻しました。
Apple が、「iTools」サービスを9月30日で終了し、新しく年間99.95ドルの有料サービス「.Mac」としました。Apple は昔から、釣った魚に餌は要らないと思っているような会社でしたが、ささやかな抗議です。
私のように、「iTools」ではメールアドレスしか利用していなかった人も多かったと思います。有料化は、iMac の販売店を制限した事に続く愚行で、Apple は200万人近くの顧客メールアドレスを失うことになるでしょう。
8月5日は、「本田宗一郎」(1906.11.11-1991.08.05)の亡くなった日です。
創業者を知らない社員も増え、ミニバンのメーカーのようになった HONDA。業績は好調のようですが、HONDA らしさは、どこへいったのでしょうか。
本田宗一郎は私財を投入して1977年12月27日に財団を設立しました。
財団法人 本田財団(http://wwwsoc.nii.ac.jp/hf/)
CIVIC、ACCORD、CITY TURBO の後、つなぎとして最終生産の CITY を購入し、長く待っているのに、ホンダは MT のコンパクトカーを製造してくれません(何の魅力もない LOGO のような車は論外)。Fit も欧州では MT を供給しているのに。
待つのを諦めて、新しくなった MINI COOPER の MT を購入しました。三か月待ちで、登録日は奇しくも三島由紀夫の命日。安全性への配慮から、大きく重くなった MINI ですが、楽しい車です。でも、低速時のハンドリングがチョット。HONDA が ROVER に資本参加していた時代に 、新しい MINI を作ってほしかったです。
●2002.07.26
アクセス数が2000を超えました。ご覧いただき、ありがとうございます。
7月26日は、演出家「武智鉄二」(1912.12.10-1988.07.26)の亡くなった日です。
「武智歌舞伎」で薫陶を受けた「市村竹之丞」(現、中村富十郎 1929.06.04-)と「中村扇雀」(現、中村鴈治郎 1931.12.31-)、ともに人間国宝になりました。
光彩の時 聞き書き|中村鴈治郎(1)(http://osaka.yomiuri.co.jp/kousai/030106.htm)
●2002.06.04
1999年に公開してから3年。今年も 長講会に行けませんでした。
全体的に直そうかと思っていたのですが、ワールドカップが始まり、それどころではなくなりました。
6月4日というと1989(平成元)年の天安門事件を思い起こさせ、いい記憶がありませんでした。これからは、日本がワールドカップで初めて勝ち点を記録した日として記憶します。
フランス大会ではオランダ(Netherland)の攻撃サッカーが好きで、ダビッツ(Edgar Davids)に注目しながら、応援していました。特に、韓国を5-0と翻弄した試合は強く記憶に残っています。その時のオランダの監督ヒディンク(Guus Hiddink)が、今大会の韓国の監督なのですから、韓国も思い切ったことをやります。今大会、応援しているのはアイルランド(Ireland)で、目に付くのがダフ(Damien Duff)です。
●2002.05.01
ホームページを公開すれば、ソースも公開することになります。ページ数も少ないので、ソースを自分で管理できるように、全部、テキストエディタによる手打ちに戻しました。タグの意味・使用法をかなり忘れていました。ストレスが少ないので使い続けている Mac OS なのに、手打ちというのは相当のストレスでした。でも、気分的にはスッキリしました。
5月1日は、「アイルトン・セナ」(Ayrton Senna da Silva 1960.03.21-1994.05.01)の亡くなった日です。
セナが居なくなったF1、障害物レースのようになったF1、つまりません。ミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)が好きではないのも一因ですが。
ホンダ・エンジンも勝てないし、16戦15勝だった1988(昭和63)年が夢のようです。
ホンダ・レーシングチームには、本田宗一郎がレース現場に来ると勝てないというジンクスがありました。レースが大好きな宗一郎も自覚していて、現場へ行くのを我慢していたようです。ホンダのF1復帰後、宗一郎が初めてレース観戦をしたのが1986(昭和61)年のオーストラリア・グランプリ。次の年は、鈴鹿で初開催となった日本グランプリを観戦、どちらも勝てませんでした。そうした宗一郎に、1988(昭和63)年の日本グランプリ、目の前でホンダの勝利をプレゼントしたのがセナでした。
●2002.04.03
煩雑になってきたので、ページを分割したり、統合したりしました。
4月3日は、宝塚歌劇団月組の「世れんか」(1951.01.30-1980.04.03)の亡くなった日です。
「世」は「せい」と読みます。愛称は「ハム」。毎年、桜の季節になると思い出します。4月の東京宝塚劇場での公演は、6月に結婚するための退団公演になるはずでした。彼女の死が、私に宝塚の魅力を教えてくれました。
●2002.03.30
アップルの「iTools」で試してみたら、「kazegumi@mac.com」のメールアドレスが取れました。「iTools」は Mac OS 9.x または Mac OS X のユーザが利用できるアップルのサービスです。
●2002.03.15
アクセス数が
に。
サーチエンジンにも登録せず、知人にも教えていないホームページですが、見てくださる人がいるようです。1000を超えそうになったので、記念に自分でスクリーンショットを撮りました。
3月15日は、詩人「堀口大學」(1892.01.08-1981.03.15)の亡くなった日です。
私が入学した高校の校歌、作詞が「堀口大學」で、うれしかった記憶があります。作曲は團伊玖磨(1924.04.07-2001.05.17)でした。
●2002.01.01
年賀に、トップページの画像を変えてみました。1991年9月3日に東町で撮影した写真です。
nifty から連絡があり、メンテナンスの案内を掲示するため、一週間だけで終わりましたが。
そのメンテナンスも nifty の都合で途中から延期に。
●2001.11.04
各ページで、最終更新日を表示するようにしました。
後で調べてみると、11月4日は、踊りの神様といわれた「七代目・坂東三津五郎」(1882.09.21-1961.11.04)の亡くなった日でした。
私が、もっと早く生まれていたら見ることができたのに。
坂東三津五郎公式ホームページ(http://www.kabuki.ne.jp/mitsugoro/)
●2001.09.24
日程などのページを追加しました。
後で調べてみると、9月24日は、「西郷隆盛」(1827.12.07-1877.09.24)の亡くなった日でした。
自決跡を訪ねて、こんな所でと驚いた記憶があります。
西郷南洲顕彰館(http://www.h2.dion.ne.jp/~saigou/)
●2001.09.13
「八尾四季」(http://www.cty8.com/hirohiro/index.htm)様が、リンクしてくださいました。ありがとうございます。
「八尾四季」は、「八尾曳山に命をかける男達と、おわら風の盆を愛する全ての方々の憩える世界」です。地元ならではの世界があります。掲示板もあります。
●2001.08
アクセスカウンタを設置しました。
「見ました」というメールをいただくようになり、不思議に思い、Google(http://www.google.co.jp/)で検索してみると、このホームページが出てきました。サーチロボットが巡回していったようです。サーチロボットの存在は知っていましたが、見つかることはないだろうと思っていました。それでも、念のため、著名な人以外の名前は伏せておきました。
アクセスカウンタを設置してみると、意外に多くの人の目に触れているようで、自分でも驚きました。
検索を拒否するタグを設定しない限り、インターネットでは秘密にしておけないようです。
検索もリンクも自由ですが、サーチエンジンには今後も登録しないでしょう。
●2001年
背景を白にしました。
いつ頃か、はっきりしないのですが、本文の文字を黒、背景を白にしました。
最初は、夜の写真が多く、写真と背景との境を目立たなくさせるために、黒い背景に白い文字でした。印刷しようとして気づきました。
●2000年
あまり更新しませんでしたし、はっきりした記録・記憶がありません。
●1999.06.04
初公開。金曜日の早朝でした。
6月4日というのは「最澄」(767.08.18-822.06.04)の命日なのです。
この日、比叡山延暦寺(http://hieizan.or.jp/)の浄土院で長講会が行われます。長講会が始まる前までにアップロードを完了したい、という個人的な思いがありました。
検索エンジンへ登録せず、誰にも知らせませんでした。

公開まで
●「風組(kazegumi)」は、最初、「宝塚」関連のホームページを作成するつもりでした。以下は、簡単な経緯です。
●1998(平成10)年1月1日、宝塚歌劇団(http://kageki.hankyu.co.jp/)に、「花組」「月組」「雪組」「星組」に続いて、五番目の組が65年ぶりに誕生しました。
「宙組」(そらぐみ)です。
私は、小学生でも読むことができる「風組」(かぜぐみ)の誕生を希望していたのですが、残念ながら実現しませんでした。
常用漢字(1945字)の「宙」には「そら」という字義はありますが、常用漢字表(1981年10月、内閣告示)では「そら」という訓が示されませんでした。
そのため、学校教育では「チュウ」という音しか教えませんし、公用文書・新聞などでは常に「そら」と振り仮名を付けなければなりません。「風」や「組」は、二年生で、「宙」は六年生で学習します。
●「宝塚歌劇団」に「風組」が誕生しませんでしたので、「NIFTY-Serve」、現在の@nifty(http://www.nifty.com/)に「風組」を作るため、「http://member.nifty.ne.jp/kazegumi/」という URL を確保しました。
テキストエディタで少しずつHTML文書を作成し始めたのですが、私の環境も変化し、更新し続けていくのは困難な作業となり、途中で挫折してしまいました。
宝塚歌劇団理事長(当時)植田紳爾への憤りが、作成を始め、また、止めた一因でもありました。
けれども、「kazegumi」という URL を放置しておくのも残念ですので、「風」にゆかりという強引な理由で、「おわら風の盆」のホームページにしました。
2004年6月29日、裸の王様・植田紳爾の理事長退任は喜ばしいことですが、後任が小林公平の長男・小林公一とは……。もはや宝塚歌劇団は小林家のものではありません。小林家のすべきことは、新しい才能の発掘と抜擢です。
1969年から1974年まで理事長を務められた荒木秀雄さんが、2005年1月26日に亡くなられました。歌劇団の親会社の阪急電鉄出身でしたが、名理事長だったと思います。内海重典(1999.03.01、死去)先生、喜多弘(1999.12.05、死去)先生が亡くなり、お目が悪くなられたけれども柴田侑宏先生が頼みの綱です。
2000年2月2日17時、宝塚ホテル・宝寿の間で行われた生徒主催の喜多弘先生「お別れ会」には、現役の生徒や卒業生、600人が全国から駆け付けたといいます。厳しい先生でしたが、やはり慕われていたのですね。
●「おわら風の盆」と「宝塚歌劇」との類似点は、素人だということでしょうか。「風の盆」にプロはいませんし、「歌劇団員」を「生徒」と呼び続けるように、歌劇団の目指すのは「よき社会人」「よき家庭人」の育成です。
また、ともに別離をともなう世界です。
「風の盆」の踊り子も、「宝塚」の生徒も未婚に限られ、いつまでも続けることはできません。そろいの浴衣の踊り子は25歳以下という不文律もあり、今年踊っていた子が、来年も踊っているという保証はありません。
そして、新しい担い手が現れる世界でもあります。
1997年まで踊っていた子が、1999年には赤ん坊を抱いていました。その赤ん坊だった子が、2000年には諏訪町を動き回っていました。
●宝塚歌劇団生徒一覧
自分で利用するためと、「宝塚」関連のホームページだった痕跡を残しておくために「生徒一覧」を復活させました。(2001年11月)
宝塚歌劇団生徒一覧(448名、2008年8月18日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(373名、2002年1月1日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(378名、2003年1月1日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(397名、2004年1月1日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(417名、2005年1月1日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(428名、2006年1月1日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(421名、2007年1月1日現在)
宝塚歌劇団生徒一覧(432名、2008年1月1日現在)

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