東大寺二月堂修二会(お水取り) 最終更新日 2008/12/17
二月堂内陣での「達陀(だったん)」(3月13日、正確には14日1時過ぎ)、
12〜14日の後夜(ごや)の呪禁(じゅごん)作法の直前に行われます。
●修二会
正しくは「十一面悔過(けか)」の法会(ほうえ)で、毎年二月一日から十四日間勤修されたので「修二会」と呼ばれます。
悔過は、本尊の名を唱えながら、その姿や力を讃え、わが身を地に投げ打って罪障を懺悔し、禍や災難を除くことを祈願する法要。二月堂本尊・十一面観音菩薩(秘仏)の前で行うことから、十一面悔過と呼ばれます。
『法華経』普門品の『観音経』(鳩摩羅什・訳)ではなく、『十一面神咒心経』(玄奘三蔵・訳)に基づくため、「観世音(かんぜおん)菩薩」ではなく「観自在(かんじざい)菩薩」と唱えられます。
●練行衆
俗界を離れて修二会に参籠する僧を練行衆と呼びます。修二会の運営は、練行衆を中心とする参籠衆に委ねられます。
東大寺開山で初代別当の良弁(689-773)の命日である12月16日、開山忌法要の行われる前に、華厳宗管長(別当)から翌年の練行衆11名が発表されます。練行衆は、東大寺とその末寺の僧から選ばれます。
四職(ししき)
和上(わじょう) 練行衆に戒を授ける(3月1日と8日)
大導師(だいどうし) 最高責任者として修二会を指揮
咒師(しゅし) 密教的修法(神道的作法も)を行う
堂司(どうつかさ) 修二会の進行役
平衆(ひらしゅ)
北衆之一(きたのしゅのいち) 平衆の統率役。総衆之一(そうしゅのいち)と呼ぶことも
南衆之一(みなみのしゅのいち) 平衆の次席
北衆之二(きたのしゅのに)
南衆之二(みなみのしゅのに)
中灯(ちゅうどう) 書記役。かつては複数だったので中灯之一とも
権処世界(ごんしょせかい) 処世界の補佐役
処世界(しょせかい) 雑用役
●2009年の練行衆
和上 北河原公敬・東大寺上院院主
大導師 狹川普文・東大寺庶務執事
咒師 橋村公英・東大寺教学執事
堂司 田方広真・景福寺住職
北衆之一 黒川佳応・施法寺住職
南衆之一 森本公穣・東大寺福祉事業団常任理事
北衆之二 上野周真・大仏殿副院主
南衆之二 尾上徳峰・祥明寺住職
中灯 池田圭誠・金龍寺徒弟
権処世界 筒井英賢・龍松院徒弟
処世界 中田定慧・隔夜寺徒弟
●2008年の練行衆
和上 北河原公敬・東大寺上院院主
大導師 狹川普文・東大寺庶務執事
咒師 平岡昇修・東大寺財務執事
堂司 田方広真・景福寺住職
北衆之一 上司永照・東大寺学園常任理事
南衆之一 鷲尾隆元・東大寺上院副院主
北衆之二 上野周真・大仏殿副院主
南衆之二 尾上徳峰・祥明寺住職
中灯 池田圭誠・金龍寺徒弟
権処世界 佐保山曉祥・宝珠院徒弟
処世界 筒井英賢・龍松院徒弟
●2007年の練行衆
和上 森本公誠・東大寺別当
大導師 北河原公敬・東大寺執事長
咒師 狹川普文・華厳宗教学部長
堂司 平岡昇修・東大寺上院院主
北衆之一 田方広真・景福寺住職
南衆之一 上司永照・東大寺学園常任理事
北衆之二 鷲尾隆元・大仏殿副院主
南衆之二 黒川佳應・施法寺住職
中灯 上野周真・東大寺上院副院主
権処世界 尾上徳峰・祥明寺住職
処世界 池田圭誠・金龍寺徒弟
和上の上野道善さんは、服忌(母が2月11日に死去)のため、森本公誠さんに代わりました。
●2006年の練行衆
和上 上野道善・大仏殿院主
大導師 筒井寛昭・華厳宗庶務部長
咒師 平岡昇修・東大寺上院院主
堂司 田方広真・景福寺住職
北衆之一 上司永照・東大寺学園常任理事
南衆之一 黒川佳應・施法寺住職
北衆之二 森本公穣・東大寺福祉事業団常任理事
南衆之二 上野周真・東大寺上院副院主
中灯 尾上徳峰・祥明寺住職
権処世界 橋本聖顯・東大寺大仏殿副院主
処世界 狹川光俊・東大寺勧学院詰
●2005年の練行衆
和上 上野道善・大仏殿院主
大導師 北河原公敬・執事長
咒師 狹川普文・東大寺福祉事業団理事長
堂司 田方広真・景福寺副住職
北衆之一 上司永照・東大寺幼稚園長
南衆之一 森本公穣・同寺福祉事業団常任理事
北衆之二 上野周真・東大寺上院副院主
南衆之二 尾上徳峰・祥明寺住職
中灯 橋本聖顕・大仏殿副院主
権処世界 狹川光俊・北林院徒弟
処世界 林明寛・阿弥陀寺徒弟
●2004年の練行衆
和上 森本公誠・清凉院住職
大導師 上野道善・真言院住職
咒師 筒井寛昭・龍松院住職
堂司 平岡昇修・上之坊住職
北衆之一 田方広真・景福寺副住職
南衆之一 橋村公英・正観院住職
北衆之二 上司永照・持宝院住職
南衆之二 鷲尾隆元・地蔵院住職
中灯 尾上徳峰・祥明寺住職
権処世界 橋本聖顕・龍蔵院徒弟
処世界 狭川光俊・北林院徒弟
●2003年の練行衆
和上 森本公誠・東大寺上院院主
大導師 上野道善・東大寺執事長
咒師 筒井寛昭・大仏殿院主
堂司 狹川普文・東大寺教学執事
北衆之一 田方広真・景福寺副住職
南衆之一 清水公庸・東大寺学園常任理事
北衆之二 上司永照・大仏殿副院主
南衆之二 黒川佳應・施法寺副住職
中灯 尾上徳峰・祥明寺住職
権処世界 橋本聖顕・東大寺上院詰
処世界 狹川光俊・大仏殿詰
●2002年の練行衆
和上 森本公誠・清凉院住職
大導師 北河原公敬・中性院住職
咒師 筒井寛昭・龍松院住職
堂司 佐保山堯春・宝珠院住職
北衆之一 平岡昇修・上之坊住職
南衆之一 田方広真・景福寺副住職
北衆之二 上司永照・持宝院住職
南衆之二 黒川佳應・施法寺副住職
中灯 上野周真・総持院住職
権処世界 尾上徳峰・祥明寺住職
処世界 橋本聖顕・聖顕坊住職
●構成
前行 別火(2月20日〜末日)
本行 開白作法 祓い(2月28日、18:00過ぎ)
袈裟賜り(3月1日、01:00過ぎ)
授戒 上七日授戒(3月1日、袈裟賜りの直後)
下七日授戒(3月8日、12:00)
一徳火(3月1日、02:00)
開白法要(3月1日、一徳火の直後)
惣神所(3月1日、日没の直後)
六時作法 悔過作法 日中 13:00
日没 1日は例外、日中のあと。
ただし5日、7日、12日、14日は数取懺悔のあと
初夜 19:00。ただし、12日、14日は例外
半夜 初夜の直後
後夜 法華懺法のあと、または走りの直後
晨朝 後夜の直後
祈願作法 初夜(初夜の悔過作法の直後)
後夜(後夜の悔過作法の直後)
呪禁作法 初夜(初夜の祈願作法の直後)
後夜(後夜の祈願作法の直後)
付帯作法 食作法 連日12:00。8日は例外
例時作法 連日。日没の直後
数取懺悔 5日、7日、12日、14日。日中の直後
法華懺法 1〜4日、8〜14日。半夜の直後
走り 5〜7日、12〜14日。後夜の直後
達陀 12〜14日。後夜の呪禁作法の直後
別作法 実忠忌 5日。初夜の悔過作法の直前
小観音 7日出御(初夜の悔過作法の直前)
後入(後夜の悔過作法の直後)
水取り 12日。後夜の悔過作法の途中
結願作法 【内陣】涅槃講 12:00
牛玉宝印 涅槃講の直後
神供 牛玉宝印の直後
結願法要 咒師日没(神供の直後)
大導師初夜(惣神所の直後)
惣神所 咒師日没の直後
灌頂護摩 大導師初夜の直後
後行 【礼堂】涅槃講 15日13:00
観音講 18日08:00
●前行
前行の日程・内容についてはこちら
20日、練行衆以下の参籠衆全員が別火坊(べっかぼう、戒壇院を利用)に入り、俗界との接触を断った精進の日々、本行への準備をします。
末日、二月堂下の参籠宿所に移る。
●本行(3月1日〜3月14日)
一日に六回、日中(にっちゅう)、日没(にちもつ)、初夜(はんや)、後夜(ごや)、半夜(はんや)、晨朝(じんじょう)と、「悔過法要」を繰り返し、それに「付帯作法」や「別作法」が加えられます。
3月5日の例
809(大同4)年3月5日が、修二会行法の創始者とされる実忠和尚(じっちゅうかしょう)が亡くなった日のため、供養の法要が勤められます。
10:00頃 娑婆古練挨拶(参籠5年目に過去帳読役を勤めると「古練(これん)」と称される)
(練行衆は勤行と入浴以外には参籠宿所から出ることが許されないため、挨拶に訪ねてくる)
11:30 食作法(食堂で食事。これ以後、深夜に下堂するまで飲食しない)
12:20頃 日中上堂(登廊から二月堂内へ)
12:35頃 日中の勤行
12:55頃 数取懺悔
13:05頃 内陣掃除、休憩
13:20頃 日没の勤行
13:50頃 例時作法
14:00頃 内陣掃除、下堂、入浴、仮眠
17:30頃 処世界上堂
18:40頃 三度の案内
19:00 初夜上堂(練行衆の足下を照らす松明が大きくなり、「お松明」は修二会の別名にも*)
19:40 実忠忌の勤行
20:30頃 初夜の勤行
21:30頃 初夜の大導師作法 過去帳
23:30頃 初夜の咒師作法
00:05頃 半夜の勤行
00:25頃 内陣清掃、本手水。走りの準備。処世界部屋に退出して休憩
00:40頃 走り 香水
01:10頃 後夜の勤行
01:35頃 後夜の大導師作法
02:00頃 後夜の咒師作法
02:20頃 晨朝の勤行
02:30頃 下堂、就寝
*松明
他の日よりも大きい12日の籠松明が有名ですが、松明は毎日使われます。12日と14日が練行衆の数と同じ11本で、他の日は「処世界」が先に上堂しているため10本。「北衆(学侶)」「南衆(堂衆)」という言葉が残っているように、昔は別の入口(北出仕口、南出仕口)から二月堂に入ったため、南出仕口から入った僧の松明だけが、西側に張り出した欄干を通りました。北出仕口から入った僧の松明は、北出仕口の前で消され、欄干は通りませんでした。
急に作ろうと思ったページで、対象も大きく、まだ作成途中・思案中です。申し訳ありません。(2003.03.15)
作成に当たっては、『東大寺お水取り』(著者代表・堀池春峰、1996年5月1日・小学館発行、ISBN4-09-680751-6)を参照しました。
食堂の鍵を撮影していて、新藤普海さんに叱られた事がありました。その新藤さんも、216世別当に在任中の2001(平成13)年3月17日、亡くなられました。74歳でした。
上記著者代表の東大寺史研究所長・堀池春峰さんも2001(平成13)年8月31日に亡くなられました。82歳でした。
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