濁         点




 およねと寅吉夫婦は倦怠期のさなかにありました。
 その寅吉が十日間の予定で遠くの町に出稼ぎに行ったのです。
 九日目に寅吉から電報が届きましたが、およねは目が悪くて小
 さな字がよく読めません。
 仕方なく隣家の独り者作冶を呼んで、読んでもらうことにしました。
 この作冶、前からおよねに気があって、いい機会だと、ちょっと電
 報の文字を細工して読んだのです。
    「およねさん、さあ読みますよ。
       ”ミ、ス、テ、タ、カ、エ、レ、ヌ。
                     ト、ラ、キ、チ”
     即ち、”見捨てた、帰れぬ。 寅吉”と書いてありますよ」
    「えっ、でも作冶さん。
       何か濁点(ダクテン)のようなものが一つ、二つ.......?」
    「ああ、これですか?
         これはインキが飛んだあとですよ」
    「まあ、見捨てたなんて、ひどいことを!」
    「きっと、向うの女といい仲になって、
           それで、およねさんを捨てたのですよ。
                         とんでもない男ですね」
    「本当に。いくら倦怠期だとはいえ、
                  わたしを捨てるなんて、アアン!」
 と、その場に泣き崩れるのを、作冶ぐっと抱きしめ、その場に押し
 倒して...............。

 ところがそれから三日目、何と!寅吉が帰ってきたではありません
 か! およね、怒りに声をふるわせ、
    「あんた!今ごろ何しに戻ってきたの?」
    「何しに、って、ちゃんと電報を打っただろう。
             ”水(ミズ)出た、帰れぬ”
     と」
    「えっ、あんた!み、みずが出た!?」
    「そうさ。あっちは大雨で予定日に戻れなかったので、それで....」
    「アア!わたし、作冶の奴にだまされたのだわ。
                     体まで奪いやがって!........」


 

浅草橋JOKE研究所
原辛わら江選