【63】 「想ひ 出の、あの"美人アナ"は今?」
小田和 朗
「前回の『想ひ出の、NHKの名、迷アナウンサー』 の時と同じように、対談に入る前に先ず、犬市先生のプロフィールから簡単に紹介させていただきます。
犬市 圭 (イヌイチ ケイ)
"女子アナ評論家"、1905年生まれ、100歳(前回より1つ歳をとって、めでたく)、"蔵前尋常小学校"卒業、代表作には、『ビバ! 女子アナ』、『女子アナパラダイス』などがある。
これでよろしいですね? ところで前回の対談の際に、"アナウンサー大百科"を近々に上梓なさるとのご決意を伺ったように記憶しておりますが、その件は……?」
犬 市
「いやあその件だが、ワシも100の大台を過ぎた近頃では、目はかすむわ、手は震えるわ、耳は遠くなるわ、舌がもつれるわで、遅々として筆が進まんで困っておる。先だってやっと冒頭の3行目を書き終えたばかりだ。『アナウンサー評論の急先鋒として、我が国のマスコミ界を常にリードしてきた"犬市 圭"が、その評論活動の集大成として、……』」
小田和
「先生! あれから1年をかけてじっくりと推敲なさった3行でしょうが、私にはただの自讃 にしか聞こえませんが」
犬 市
「なにを言うか。無礼者! 書き出しが決まれば、後はたて板に水 。流れるように筆は進むわ」
小田和
「楽しみにしておりますです。さて歴史に残る美人アナと言えば、」
犬 市
「勿論、陽子たんだ!」
野際陽子 (NHK、1936年富山市生まれ。立教大学英米文学科卒業)
犬 市
「女子アナ史上歴史に残る美人アナと言えば、先ず思い浮かぶのが、今なお女優として大活躍している野際陽子だわな。これに異論を差し挟む不心得者はおらんだろう。
1958年(昭和33年)に、立教大学を卒業と同時に、驚異的な競争率を突破して、アナウンサーとしてNHKに入局した。
余り知られてはおらんが、彼女は立教に在学中は、"ミス立教 "にも選ばれたほどの美女で、今流行りの『ミスキャンパス』出身の女子アナのハシリでもあったわけだ。
彼女が入局した1958年というのは、わが国でもやっとテレビが普及し始めた頃で、どこの家にもテレビがあると言うわけではなかったし、最近物忘れの激しいワシの記憶違いでなければ、当時の人気プロレスラー"力道山"の試合を、ファンが街頭テレビに群がって観ていた という時代っだたかも知れない。
NHKに限らず、当時の女子アナというのは、あくまでの男性アナが中心の放送局では、刺身のつまのような存在で、女子アナ、いや女性アナウンサー が現在のように、ニュースを読むことなどは考えられず、ましてや男女アナウンサーが並んですわり、交互に情報を伝えるという現在の報道スタイルは想像に絶することだった。よく勘違いして流布されるんだが、彼女がNHKに在籍中は、美人アナとしてそこそこの人気はあったとしても、女性アナとして、絶大な人気を誇ったということはなかったと思う。
4年間勤めたNHKを62年に辞めてフリーとなり、TBSの『女性専科』の司会を5年間務めた後、彼女は女優に転身し、昭和63年にTBSドラマの『悲の器』でデビューした。
女優としての代表作は、古いところでは同じTBSの『キイハンター』(68年)かな? そう言えば確か、別れた元夫のアクション俳優・千葉真一 とは、このドラマでの共演が縁で結婚したはずだ。
現在でも老いてなお(失礼!)、TVドラマに引っ張りだこで、嫁姑の修羅場を演じさせたら彼女の右に出る者はいない」
小田和
「私には、昔美人の若いお婆ちゃんにしか見えないんですが……」
頼近美津子 (NHK、1955年広島県生まれ。東京外国語大学英米語科卒業)
「世代が異なる"野際陽子"は別格として、遂にNHKにも元祖と称えられる美人アナが相次いで登場した。
その1人が"頼近美津子" だ。彼女は米国籍の父を持つ日系2世だが、幼少時に『桐朋学園大学・子どものための音楽教室』でピアノとチェロを学び、大学を卒業後の78年NHKに入局した。
"永 六輔"の『テレビファソラシド』でピアノの弾ける新人アナ の異名を取り、その美貌と感じのよさで一躍人気アナウンサーとして脚光を浴びることになった。その後『ニュースワイド』などでもキャスターを努めた。
81年に、フジテレビにスカウト され、これはあくまでも噂の域を出ないが、3千万円とも言われる契約金で移籍した。
フジテレビで『小川宏ショー』のアシスタントなどで活躍していた彼女は間もなく、フジサンケイグループの2代目議長である鹿内春雄氏に見初められて結婚 するが、88年に春雄氏は43歳の若さで病死した。
失意のうちに90年、彼女は2人の息子と共に渡米し、スミソニアンの美術館・博物館を日本に紹介する団体のボランティア・スタッフを務めた。
その後子育てに専念していたが、93年には久し振りにNHKでテレビ出演し、また96年にはNHKの大河ドラマ『秀吉』 に、"お市の方"役で出演したりもしている。
同年12年振りにフジテレビに『来日直前!三大テノール』のキャスターとして復帰後、現在は特技の英語やピアノを生かして、コンサートプランナー として活動するほか、クラシックコンサートの企画構成なども手がけ、テレビ出演やナレーション、司会や執筆など幅広く活動している。
小田和
「あれほどの美貌に恵まれながら、人生は平穏というわけにはいかなかったんですね」(しんみり)
古藤田京子 (NHK、プロフィールの詳細不明)
犬 市
「2人目が古藤田京子 だ。『生活ホットモーニング』、『スタジオ102』、『おはよう広場』など、主に報道・教養・家庭番組で長い間キャスターを務めていた。頼近美津子ほどの派手な人気はなかったが、頼近に劣らない美貌と清楚で理知的な印象 で、男女のファンは多かったはずだ。
86年にNHKを退職後、フリーのアナウンサーとして『お母さんの勉強室』、『クラシックアワー』など、NHKの教育・教養番組を担当していたが、98年よりNHK放送研修センターに復帰し、つい最近まで日本語センターのチーフアナウンサーとしてナレーションやインタビューを担当していた。
不思議なことに彼女のプロフィールが余り明らかにされていないので詳しいことは分らんが、古藤田も頼近美津子と同様に幼少からピアノの専門教育を受けていたらしく、ワシが始めて彼女を意識したのは、"永 六輔"の「テレビファソラシド」の番組中で、彼女が頼近と、"ミルズ"の『愛のオルゴール』 かなんかをピアノで連弾 した時だな。日本を代表する美女アナ2人の連弾に、いささかでもクラシックの素養があるこのワシが、うっとりと聴きほれながら、いくらプロ級の腕前とはいえ、たかが女性アナ2人に、公共の電波を使って全国ネットで連弾をさせるなど、NHKもなかなか味なことをやるなと感心したものだ。まあどうせ"永 六輔"のさしがねだったんだろうが。
彼女も頼近同様、クラシックコンサート のナビゲーターやら司会の仕事で多忙な日々を送っているようだが、コンサートでの出演者への、彼女の知性にあふれたインタビューで癒される人も多いと聞いて喜んでいる」
小田和
「先生にクラシックの素養がおありだなんて知りませんでした。それに"ミルズ"の『愛のオルゴール』なんて曲をご存知だったなんて、すっかり先生を尊敬してしまいました」
犬 市
「いやそれ程でも……(汗)、それじゃあ次に、"楠田枝里子" に移ろうか」
小田和
「えっ、楠田ですか? だって彼女は今もあちこちのテレビに出ずっぱりの大活躍で、ここで採り上げるのは、"あの美人アナは今?" というタイトルにそぐわないと思うんですが」
犬 市
「実はワシもそう思わんわけでもないが、あの女子アナ界究極のスレンダー美人 をここで避けて通るのは、画竜点睛を欠くことにならんかね。 というわけで……」
楠田枝里子 (日本テレビ、1952年三重県伊勢市生まれ。東京理科大学理学部卒業)
「理科大卒業の74年に、アナウンサーとして日本テレビ入社し、『ズームイン朝』や『おしゃれ』などの名物番組を担当して注目を集め、一躍局の看板アナとなったが、81年にフリーとなって独立した。
以後、フジテレビ『のなるほど!ザ・ワールド』、日本テレビの『世界まる見え!テレビ』など本格的な海外情報番組のメインキャスター活動、またそれと平行して、「ロマンチック・サイエンス」や「不思議の国のエリコ」などの科学エッセイや絵本などの多彩な著作活動 を行い、今なお八面六臂の活躍をしている。
小田和
「女性に対する先生のご趣味が分りました。痩せてるヒトがお好きだったんですね。巨乳好みでなくて救われました。もうお歳なんですから」
河野景子 (フジテレビ。1964年宮崎県生まれ。上智大学フランス語学科卒業)
犬 市
1988年、上智大学を卒業と同時にフジテレビに入社した。
彼女は大学在学中に"ミスソフィア" に選ばれ、またファッション誌『CanCam』のモデルとしても活躍しており、既に知る人ぞ知るの存在だったが、その頃から17年も経過した現在に至るも、女子アナ採用におけるフジテレビの、派手好みが変わっていないのが面白い。
『FNNモーニングコール』、『FNN World Uplink』などで活躍後、91年から1年間パリ特派員 を努め、帰国後は『FNNスピーク』などでキャスターを担当した。
同期入社の2人の女子アナに、"有賀さつき" と"八木亜希子" がいたが、当時は『花の三人娘』 と呼ばれ、女子アナブームの全盛期を飾ったものだ。
94年に何故かフジテレビを退社後は、女優としても活躍し、日本テレビの『家なき子』などにも出演した。
95年に8歳年下の"貴乃花" と、6ヶ月の身おもで電撃結婚をし、その後3児をもうけている。
結婚数年後から次々と、貴乃花家サイドのお家騒動 に巻き込まれ現在に至っているが、彼女がその問題解決にどこまで関与してきたかは不明だ。
従来の"貴乃花後援会"との絶縁、中野区の部屋から距離を置いた品川区に居を構えるなど、相撲部屋の親方らしからぬ貴乃花の一連の行動が、マスコミから、景子夫人のさしがねではないかと疑われているが、真偽は明らかではない」
小田和
「現役の頃から河野アナのことを、濃い とか、けばい とか中傷する人が少なくはありませんでしたが、でもあの頃のテレビ局の女子アナ達の中では、最も華のあるアナ だったと、私も思いますよ」
犬 市
「ここで"河野景子"を採り上げて、"有賀さつき"と"八木亜希子"を採り上げなかった理由が、お前さんにも少しは分ったようだな」
木村優子 (日本テレビ。1961年東京都中央区生まれ。聖心女子大学教育学科卒業)
犬 市
「引退したアナで、清純アナの代表がNHKの"古藤田京子"だとすれば、民放の代表は、なんと言っても"木村優子" だろう。もっとも週刊誌によると、シモネタ への乗りは結構いいらしいが。
83年に日本テレビに入社した。バラエティや情報番組の司会から、ニュース番組やスポーツ番組のリポーターまでなんでもこなす女子アナとして局上層部の信頼も厚く、40歳を過ぎてもアナ、というよりキャスターとして第一線に立った。
92年には報道局社会部へ移ったが、宮内庁クラブで皇太子ご成婚取材、司法クラブで検察、裁判の取材などをこなし、94年からは、「NNNニュースプラス1」のキャスター。報道局解説委員などを努めた。
現在は広報部副部長 の要職にあるが、社長の覚えもめでたく、直接に社長から名指しの仕事もあるらしい。
ワシは未婚だと思っていたが、結婚しているという噂もある。一体どっちなんだ?」
小田和
「ゆーこちゃんは、私にとっては、永遠に"隣のきれいなお姉さん" です。絶対に結婚していて欲しくはありませ〜ん」
中村江里子 (フジテレビ。1969年東京生まれ。立教大学経済学部卒業)
犬 市
「当時セレブ な女子アナと言えば、"中村江里子" をおいて他には見当たらなかった。
創業130年を越す、老舗楽器屋の「銀座十字屋」の娘 として生まれ、91年にフジテレビに入社した。
『どう〜なってるの?!』、 『スーパータイム』など、 数々の人気番組に出演し、同期入社の"近藤サト" とは、女子アナの人気を分け合った。育ちの良さがその容姿ににじみ出ていて、まさに「セレブの匂いが香り立つ 」ようなアナだった。
もっともそれ故に、女性からは敵視されることも多かったけどな。
99年にフジテレビを退社した後は、フリーとして日本テレビの『THE夜もヒッパレ』などで 活躍したが、2001年に交際中のフランスの実業家シャルル・エドワード・バルト氏と結婚し、04年には女児(NAT SUE=なつえ)にも恵まれて、現在はパリで幸せに暮らしているらしい」
小田和
「"セレブ"は、どこまで行っても"セレブ"だし、今後もずっとセレブであり続けるんでしょうね」
近藤サト (フジテレビ。1968年愛知県春日井市に生まれ、岐阜県土岐市で育つ。日本大学芸術学部卒業)
犬 市
「近藤本人が語っているんだが、日大芸術学部の学生時代に、指導に来ていた(?)、当時のフジテレビの大物アナの"露木 茂" の目に留まり、彼の勧めで91年にフジテレビへ入社した。
『スーパータイム』、 『ワーズワースの冒険』などの人気番組で活躍したが、在社中に歌舞伎俳優の"坂東八十助" (現10代目坂東三津五郎)と不倫関係に陥り、その八十助との結婚のために98年に寿退社した。
しかしその結婚は1年7カ月で破たんし、2000年には八十助とも離婚した。
離婚会見で近藤は、『私は子供ができることを望んでいましたが、それが誰かの意思によって阻まれるのは理解できなかった」と訴えた。坂東には別れた妻との間にもうけた長男巳之助がおり、複雑な後継者問題 が絡んでると憶測された。
03年にイベント企画会社社長の"今岡寛和" 氏とのいわゆる"できちゃった再婚"で、翌年に男児を出産している。
同期入社の中村江里子は"生来のセレブ"だったが、近藤サトは"セレブ願望型" だったというのがワシの個人的意見だ。
"江里子"にしても"サト"にしても、『並みの男にはとても太刀打ちできる相手じゃない』と思わせる雰囲気がその全身からただよっていた。
小田和
「最近の女子アナに見られる、いわゆる"スター気取りの勘違いアナ" のルーツは、案外ここら辺にあるのかも知れませんね」
犬 市
「的はずれなことを言っちゃいかんよ。彼女らは毅然としてありのまま。我々の方がいろいろ妄想しては夢を膨らませ、勝手に勘違いしてたのだわさ」
進藤晶子 (TBS、1971年大阪府生まれ 、神戸松蔭女子学院大学文学部卒業)
犬 市
「筑紫哲也の『NEWS23』のスポーツキャスター、『「筋肉番付』、『「上岡龍太郎がズバリ! 』、『「所さんの20世紀解体新書』などの人気番組を担当して、おごりのない親しみやすさと嫌味のないルックスで、女子アナファンの圧倒的な支持を得て、TBSの看板アナに上り詰めたが、01年の3月に 『JNNニュースの森』を降板して、9月に惜しまれながらTBSを退社した。
その後ニューヨークに在住しながらの、約1年間の充電期間をを経て、02年にTBSの『W杯サッカー放送』のメーンキャスターとして復帰した。
『進藤晶子のBeautiful Hit Magic』、『危ないダンディー』、『儲かりマンデー!! / がっちりマンデー!!』などの番組を立て続けに担当し、05年4月からは、母校・神戸松蔭女子学院大学で非常勤講師を務めている。
しかし正直に言って彼女にはアナウンサーとしてはやや軽いところがあるので、歴史に残る美人アナ としてここで採り上げるのにはいささかの迷いはあったが、まあ美人であることには違いない」
小田和
「そう言えば、今年になって全く唐突に、結婚報道がありましたね」
犬 市
「進藤アナが、人気女優の松嶋菜々子の実兄 とハワイで結式を挙げるというスポーツ紙のスクープ記事で日本中が騒然となったが、その後進藤アナが、自身のホームページで「残念なことに、今回の報道は事実ではなく、相手とは面識すらもない」と告白して、誤報ということで決着した。人騒がせな話しだ」
<その後>
進藤晶子アナは、プロゴルファーの深堀圭一郎と今年(H18年)の2月上旬に、都内の区役所に婚姻届を提出し、晴れて結婚しました 。
小田和
「もう紙面がありませんが、他にもここで採り上げたい"美人女子アナ"はいますか?」
犬 市
「小林...麻央……」
小田和
「あれっ? 先生、年甲斐もなく顔を真っ赤にして! 彼女はデビューしたての新人だし、それにアナウンサーじゃありませんよ!」
平成17年10月13日
(ここで掲載の"美人アナ"は、あくまでも"犬市 圭"翁の個人的好みによって選ばれたものです)