私はNiftyを1991年から使っています。

プロフィール

blog 今日を生きた証
http://keikato.cocolog-nifty.com
2004年3月から書いています。

自己紹介文
子供のとき科学者志望、進学して理工系学生、就職して機械系エンジニア、転身して今はシステムエンジニア、会社経営者、東京都台東区在住です。

興味のあること
コンピュータ,カメラと写真レンズ,オーディオ,自転車とくにロードレーサ,江戸東京の歴史,株式投資,散歩,自然科学とくに物理学と宇宙,テクノロジー全般,子供のしつけと教育

コンピュータ暦

学年 やってきたこと
1977 中1 デジタル回路のイロハをやっていた。
マイコンの本を入手。インテル8080の機械語を学ぶ。そのあとに高級言語BASICの存在を知る。
1978 中2 NEC TK80がほしくてたまらない。近所のハムショップにTK80BSと共にあり、入り浸って迷惑がられる。
COSMAC CDP1802を使ったマイコンを自作するんだと貯金を始め、電源を作った。結局完成せず。
1979 中3 マイコン貯金でCASIC FX502Pを衝動買い。いい買い物だった。友人のSHARP EL5100と張り合う。
NEC PC-8001の出現に衝撃を受ける。
近所の電気店でSHARP MZ-80Kをいじりまくる。理解ある店員でよかった。
1980 高1 高校入学祝いにNEC PC-8001とグリーンモニタを買ってもらう。徹底的に活用。I/O誌、ASCII誌が毎月楽しみ。
1981 高2 ASCIIのGAME/PCに感動。GAMEで書いたコンパイラで自分自身をコンパイルしてバイナリを得るところは興奮。
ASCIIのTL/1もよかった。整数長8bitなのでポインタは上位下位に分けてコーディングは面倒。
1982 高3 ディスクドライブは高価すぎて買えず、PC-8001はいまだにカセットテープ。
1983 大学1
(仮面浪人)
上京して、PC-8001と戯れる。FGU-8000なるフルグラフィックユニットを入れて640x200ドット表示して遊んだが、ソフトもなく使いこなせなかった。
冬に帰省したら父が買ったPC-10030があった。どうして買ったのか分からず。MS-DOS 2.01に触れる。JS-WORD、マルチプラン、N100-BASIC、ロードランナーが付属。これにはまると大学受験が危ないと予感し、遠ざけた。
1984 大学1 サークルに入部。部室でApple IIの文化に触れる。なぜ自分もロビン電子のコンパチ機を作らなかったのだろう。PC-9801もあったがムーンボール専用機となりキーボードが壊れた。
セガMark IIIのスペースハリアーにはまる。Beepという雑誌でいうところのセガ人となる。
1985 大学2 サークル先輩がIBM 5550を部室に持ち込んで受託開発していた。当時はDesMet C、Lattice C、Optimizing C86を使っていた。あのころ私は横目で眺めていただけだった。貴重な経験、かかわっておくべきだった。
1986 大学3 PC-9801で画像取り込みをしてカレンダーを作成するハードとソフトを作り、学園祭で稼いだ。
仲間は次々とPC-9801を購入。私はPC-10030があるからと意地でMS-DOSアプリケーションを移植していた。
1987 大学4 研究室でHP9000のHP-BASICに触れる。振動と制御のシミュレーションはみなこれで書いていた。
論文作成は一太郎ver.3が一般的だった。花子を苦労して使う猛者もいた。
1988 大学4
(留年)
機械設計演習の図面を提出したが途中審査をうけておらず落とされた。必須科目なので留年確定。
4月の初回講義で提出したら「コンパクトに設計されている」と即受理された。1年間の時間ができた。
Macintosh Plus、40MBハードディスク、ImageWriterを買った。50万円ぐらい。当然ながら衝撃をうける。Macを買う前にInside Macintoshを買ってあった。Lightspeed Pascalで少し作った。Macプログラミングには雑誌MacJapanがよかった。
原子炉の会社で原子炉診断ソフト開発のアルバイトを引き受けた。Macプログラムと比べてしまうのでやる気が急速低下。できたプログラムは役立たず。若かった。
1989 修士1 研究室にMacを布教活動。MacDraw, Cricket Graphが大人気。あっという間に論文執筆の基本ツールに。
UNIX版HP9000が導入され、管理者をやっていた。BASICコンパイラでもCでもコードが書け、高速だった。BASICとコンパチなCライブラリ(画面・プロッタ出力)を作った。
1990 修士2 Smalltalk/Vでのシミュレーションの論文を書き始めた。指導教官も理解できていないので、結果はめちゃくちゃなものに。
Smalltalk/Vを高速に動かすためにMac PlusにTotal Systems IntegrationのGemini030/25を搭載。SIMMとかCPUの接触不良でまったく安定せず。30万円も投じたのに。
1991

1999
自動車
エンジニア
この期間はまったくの不遇というしかない。Mac SE、PowerBook 180を購入。
SEはSE/30同等までパーツ交換した。PowerBook 180を1999年まで辛抱強く使った。
1994年ごろ、MacTCPとMacPPPを使ってNiftyとTCP/IP over PPP接続し、MozaicブラウザでWebサイトにアクセス成功した。インターネットの可能性に衝撃を受けた。
会社ではMS-DOS 6.0 -> Windows 3.0 -> Windows 95 -> Windows 98と順当にバージョンアップしていった。
Windowsはよくダウンした。ファイルサーバとプリンタサーバはNetwareで、こちらもよくダウンした。
会社では課長以上のPCでないとインターネットのWebサイトにアクセスできない。まあ実務で使う必要はあまりなかったが。
2000

2004
システムエンジニア 一気にコンピュータ漬けに。サーバの仕事はLinux, Solaris、デスクトップPCとノートPCはWindows 2000。プライベートでは転職する直前に買ったNEC LavieNXを使い倒した。Windows 98SE -> 2000アップグレード、デュアルブートでRed Hat Linux 6.2。Solarisは急速に使われなくなり、逆にLinuxはどんどん増加。WindowsはXPになった。
2004
会社経営者 仕事PCは前職の会社から買ったVAIO Z505VR/Kなどを3台。仕事にサーバに検証に使い倒した。さすがに古くなり故障が心配なこととモバイル性が高い機種にしたくなり、電撃的な登場のVAIO type T(TX90S)の限定色を購入。ほかにAppleScript動画変換の開発のためiBook G4もあるがすぐに役割を終え、寝るときの寝室持込みMacになった。
2002 これから書く これから書く
2003 これから書く これから書く
2004 これから書く これから書く
2005 これから書く これから書く
2006 これから書く これから書く
2007 これから書く これから書く

Copyright 2007 by keikato