あかん。
←ウラ目
初日金曜日、まるで当然のごとく、電投でヤラレまくり。何やら不安な気持ちを胸に抱きながらも、新幹線に乗って現地へと向かう。途中米原付近で雪のため現地到着が遅れ、ますます気が滅入る。
東神奈川からオケラバスに乗って現地へ。乗り場が分からず、一本遅いバスになってしまった。
本場では4Rから打ち始める。当たることは当たるが、どれも押さえばかり。11Rが終わった時点で、マイナス2千円。
しかし、最終ブルーマリン賞は、他のレースとは少し違うぞ。何たって、今をときめく「栃茨」ラインが乗っているんだ。
本来、儂の主義としては神山のドスジなんていうのは買わない。しかし、オッズを見て目がくらむ。
「おお、神山−後閑のドスジでも、枠で400円もつくぞ」(枠順等は予想ページを見ろ。)
実は前のレースで、2万5千円投資で2万8千円回収といういまいち奥歯に物の挟まったような取り方をしたので、ここらで一発決めたかったのである。
「よーし、転がしだ」
一声そう叫び、まわりのFMCNの人々の蔑むような目にもめげず、この世で最低の車券といわれる神山の番手まくり車券を買ってきたのである。転がしで280枚というのは何だか半端な気がしたので、もう二千円足して300枚にする。ちょっと心配になって、裏も二千円押さえる。
さあ、これで完璧だ。あとは決定放送を待つばかりだ。
レースは既に書いたように、濱口の程度をわきまえぬブロックにより神山がとばされ、そしてその瞬間儂の車券もトンでしまったのです。
ゴール前、神山と同枠の池尻が必死に追い込むのをすがる思いで見つめていたが、結局三着止まり。そもそも後閑が連に搦まぬことには話にならない。
結局、マイナス340枚の成績で一日を終えたのである。これぐらいの負けは珍しくもないのだが、主義に反して神山から勝負して負けたとあって、晩のFMCNの宴会(=競輪中年愚連隊)で記憶をなくすまで呑み、夜行の寝台急行で帰るはずが、なぜか気が付いたら新子安駅のホーム。折角取っていた寝台券も無駄にして、夜行の鈍行で尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのである。
(97.01.30)