観音寺競輪場


 生活の中心を競輪が占めるようになって、もう何年経つだろうか。

 せっかくの週末、ほかにするべき有意義なことはいくらでもあるし、車も買ったし、バイクも買った。でも、結局は阪神電車に飛び乗って競輪に行ってしまう。
 まあ、毎週打っているだけなら特に珍しくないかもしれないが、自分が他の競輪客と比べて異質、ある意味で異常だと感じるのは遠征の多さ。西日本で開催される特別競輪には当たり前のように泊まりがけで出かけるし、そのほか、やれ記念だ、やれSシだ、挙げ句の果ては「ローカル気分を味わいたい」などとほざいて新幹線に乗ってヒラ開催に出かけたりしている。いつしか、遠征するのが当たり前だという思考ルーチンになってしまっているのだ。

 そんな、今の遠征付けの起源とも言えるのが、ここ、観音寺である。

 学生時代住んでいた、岡山で競輪を覚えた。初めは当然玉野に通っていた。でも、玉野だけでは開催が少なすぎる。月に二節しかないし、それも休日を挟むとは限らない。
 覚え初めで「猿」状態の私は、常に欲求不満を抱える状態であった。でも、ある日ごく簡単なことに気がついた。「よその競輪場に行けばいいじゃないか。」
 当時取っていた日刊スポーツの瀬戸内版には、四国全場と玉野、広島の出走表が掲載されていた。このうち、高松と観音寺ぐらいなら、十分日帰り可能じゃないか!!!

 と言うわけで、次の土曜日、私は岡山駅に立っていた。岡山からは瀬戸大橋を渡る「観音寺行き」なんていう普通列車がある。まさしく俺のためにある列車じゃないか!!

 観音寺駅からバスに乗り、ついにたどり着いた競輪場。玉野とは違う、その空間。背筋がゾクゾクっとした。別に、玉野と観音寺では大した違いがあるわけではない。設備だって、客の数だって、似たようなものだ。強いて言えば、食い物に関して観音寺のほうが若干マシというぐらいか。
 でも、そんな大した違いがない競輪場でも、何か感じるものがあった。その瞬間から、私の遠征志向が確定したのであろう。

 このときは、平成4年のダービートライアルであった。配分の看板が、当時、瀬戸内を背負って立つホープと言われていた三宅  伸(岡山64)。しかし、当日朝の新聞を見ると、肝心の三宅が欠場となっている。そのときは、「おいおい、伸ちゃん、トライアル欠場してどうすんよ〜」と思ったものだが、後に知ったところでは、この欠場の原因が、「再起不能かも」と言われた練習中のあの大事故だった。
 そんなこともあり、このときの初「遠征」は強く印象に残っている。

 さて、このときは初遠征だと言うことで興奮したのだが、案外手軽に行けると言うことで、岡山で競輪を打っていた2年半の間に10回以上はこの観音寺に行っている。最初は遠征だと思っていたが、いつのまにか準ホームとなってしまった。
 しかし、そんなに慣れ親しんでいる割には、勝った記憶というのが一度ぐらいしかない。相性としては最悪だろう。だけど、当時は「近いから」というだけの理由で瀬戸大橋を渡って通いつめたものだ。
 まあ、今になって考えると、近いという以外に、なんとなくひなびた雰囲気が好きだったというのもあったのだが。

 バンクの特徴はやや先行不利か。それより問題なのは、ここの番組屋。現在は知らないが、私が通っていた3年前ぐらいはゾロ目が一番人気になるような番組を平気で組んでいた。
 平成7年に完成した新特観席はなかなか良い。昨年、3年ぶりに行ったときに入ったのだが、地方競輪場としてはトップクラスであろう。ただ、行ったのが平日のヒラ開催だったので席は半分も埋まらなかったが。どんなにサービス向上してもこの市勢規模ではどうしても限界があるかもしれない。
 食い物は、まあ大したことはない。しかも、店は減少傾向が続き、私が初めて行ったときに比べると半減している。
 地方競輪場が抱える問題の典型例のような競輪場だ。

 なお、最近無料バス乗り場の所に酒も扱っているコンビニができた。これは福音といえよう。


アクセス

 JR予讃線観音寺駅から無料バス。電車到着にあわせて運行されていると思う。また、新居浜、琴平、阿波池田から無料バスもあり。駐車場もそこそこ広い。高松競輪場で場外発売も行っている。また国道9号沿いに前売り専用場外もあり。


96.10.3.初稿 97.11.29 改稿



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