|
「東日本発祥の地」である。開設は昭和24年1月。小倉ができて僅か2ヵ月後である。小倉開設のための当時の市長の奮迅ぶりはしばしば語られるが、大宮の開設当時の話はほとんど聞かない。でも、大宮だって、海のものとも山のものとも分からない「競輪」を開帳するためのそれなりの努力があったはずだ。まあ、このまま歴史の中に埋もれていくのだろうが。
なかなかここに行く機会がなかった。苦手の500バンクということもある。それに、1月の記念はいつも玉野記念と日程が重なる。そもそも、東の競輪場は苦手である。
なんやかんや理由を付けて足が遠のいていたが、50場完全制覇のためにはここを避けて通るわけにはいかない。そういえば、本来の「完全制覇」という意味からすれば、50場全てで収支がプラスにならなきゃいけないのだが、公営ギャンブルのシステム上そんなことは不可能なので、足を踏み入れただけで制覇ということにしている(と、逃げる)。
というわけで、1998年の12月、発作的に行ってしまった。だいたい、悪いのはJAS・日本エアシステムである。この数週間前、マイレージ会員に国内線25%割引券を送りつけてきたのだ。この券を見たときからどこかに行きたくて行きたくてしょうがなくなったしまったのである。当時、まだ行ったことがなかったのは、青森、大宮、京王閣、伊東、佐世保。青森は冬季休催中だし、佐世保は日程的に合わなかったし、消去法で大宮か京王閣のどちらかに行こうと、羽田往復チケットを購入。当日機内に積んであった関東版のスポーツ紙で、メンバー的に魅力的に思えた大宮に決定。
遠かった。羽田から大宮があんなに遠いと思わなかった。2時間もかかると思わなかった。何度も何度も電車を乗り換えて、大宮公園駅に降り立ったときは既に疲れて果てていた。
着いた早々鼻血が出そうな配当。気を落ち着かせるために飯を食うことにする。いつもなら焼きそばとか揚げ物とかを立ち食いするのだが、落ち着きたかったのでバックの食堂に入る。モツ煮込みライスなるものを頼む。モツは大したことがないがシジミ汁がついてきて少し嬉しくなる。
さて、大宮に来たのにあの人に無断でいるわけにはいかない。MCNのはせ師だ。来てるかどうか分からないけど、とりあえず携帯に電話してみる。
久しぶりの再開を喜んだあと、地元民の彼からバンク情報を色々仕入れたからもう負けることはあるまい。安心して勝負を再開するが、なかなかそうはうまくいかない。
迎えた10レース・決勝。
知ってる選手が二人しかいない。伊藤と丸山だ。どちらも元S級。丸山はともかく伊藤は実績バッチリだ。点数が100点を超えているこの二人がなんと他地区なのにラインを形成する。だったら、この二人で勝負するしかないではないか。
あと、佐藤が100点を超えていて、ここまでピンピンで勝ちあがってきていて、しかも、はせさん曰わく「佐藤は、ここ最近優勝しているのが宇都宮と千葉なんですよ。500になると力を出す」ということだ。気になる。ムチャクチャ気になるが、実はこの時点で持ち金がほとんどない。あまり点数を増やせられない。
しばらく考えたが、伊藤−丸山が8倍ついていたので、ここを大本線。あとは、裏を元返し、さらに佐藤=丸山が20倍以上ついていたのでここも少々。
レースが始まる。上昇した丸山が、逃がされてしまう。丸山のここ10場所のバック数はわずか2回。そんな奴が500バンクで逃げている。
あかんね。東では弱いというジンクスを今回も打破できなかった。しかし、今回の敗戦はちゃんと次につながったのである。 |
アクセス
JR大宮駅から東武野田線に乗り換えて、二駅目の大宮公園駅から歩いて10分ほど。記念の時は大宮駅から無料バスもでていました。