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善き知識を求めて


 書  名

善き知識を求めて


 発  行  華光会

 価  格  600円 (送料180円)

平日の10:30〜18:00はお電話でもご注文いただけます→華光会事務局:075−691−5241


 案  内

 本著は若き日の著者が、「善き知識を求めて」悩んだ、真実の求道物語である。 その前半は、真実信心を求めて、ついに体験として南無の機になった風光を述べ、後半は、いわば『仏敵』の続編 に当たり、その理解を深めるための信後の悩みを、自叙伝風の形式で綴られたものである。
ページ数:    80ページ
商品の寸法:  18.3 x 13.1 x 0.5 cm cm

 

 著者/編者 伊藤康善 著



(本文より
※実際の文章は旧かな遣いで書いてあります)


「善き知識を求めて」


「善き知識を求めて」P33

私の精神生活に大きな転換期の近づいたのは、この男と永別してから二週間とたたない間のことだった。 どっしりとした精神的な落ち着きを持った霊の親が、黒い眼を光らせながら、私の宿善が熟する時節をにらんでいたのは、 この動乱した生活の渦中であった。青年の危機というか―――私たちが「自殺せんとするせつなの気分を味わう」 という火薬を弄ぶような悪趣味に溺れかかっていたあの頃に、もし宗教の救いが無かったならば、私もMの後を追ったかもしれないのだ。 今にして思う。善き知識は我々の魂にナゾの驚きを与えるものだ。人はその胸底に無劫の寂寥を抱いている。 人々の生活を取り巻く百重千重の凡習は、この底なしの寂寥を隠している。この眼かくしの幕を取り除いて、 そっと久遠の自我の姿を見せてくれるのが善智識だ。彼は哲人の言葉に、天才の芸術に、大自然の黙示に――― 否、一滴のウィスキーに、去り行く女の姿に、泣く赤ん坊に、その無声の姿を隠して我々に呼びかけるのだ―――  寂寥―――露天の下にさらけ出された白日の静かなる寂寥こそ、如来の慧眼を開くべきただ一すじの白い道だ。  その白道は死とすれすれの一点に紫の火花を散らす、この火花をなぜ人々はそんなに恐れているのか。  囁き―――幽玄な彼方から送り来るどもりがちな霊の囁きを聞こうとする者は、その心に最も敏感な霊のアンテナを張らねばならぬ。 時にこのためには、人生の至宝を犠牲に投ずるほどの危険を冒して―――  浄土は公開せられている。閉じたるものは、汝の眼のみ。

×     ×     ×

 友と別れて学校が春休みになった時、私は親戚の強信な婆さんが病気になっていると聞いたので見舞いに行った。 堀尾よしという名前の人だが、久しく私の寺で暮らしていて、晩年は夫とともに出家して近くの村の寺で余生を送っていた。 人々は道場の庵主(あんじゅ)さんと呼んでいた。お婆さんは、私が仏教の大学林に入学していると聞いて、 非常の喜んでいろいろなことを教えてくれた。 「御当流(浄土真宗)には二つのものがある。 『捨て物』と『拾い物』の二つがある。『すてもの』というのは如来様のお胸の中を色々と計らって、ああすれば助かる、 こう思えば救われるとくよくよ案ずる心です。この心をすてなければ、『拾い物』の南無阿弥陀仏の名号がいただけません」 といった言葉などは、面白い言い方だと思った。 『お婆さん、他力信心の味わいは、どうも曖昧(あいまい)で弱っていますが、 自力と他力との区別は実際心の中ではっきりとわかりますか』 と問えば、 「はっきりとわかります!」と力強く答えて、 「もやもやと自力心で計らっている間はわかりませんが、『仏智の不思議にぶち当たる時』は、火のようにはっきりとわかります」 と言って、若い頃からの求道生活を話してくれた。いったい話に活気と真剣味があって、今までの教家のように人を喰ったような ずるいごまかしがないので内心では非常に驚いた。 『私はどう考えても真宗の他力本願のような生温い教えでは救われないと 思いますから、一つ禅堂にこもって参禅してみようかと思います』 『生温いと思っているのは、お前の頭だけや、座禅するのはもう遅い。 阿弥陀様が五劫の間も座禅しておられる』 私は「ぎょっ」として本尊の方を見た。―――

(中略)

 そうした様々な霊的体験のあった最後に、真に生き地獄へ突き落とされたような激しい感動があり、私の罪悪の本性、 なんとも言えぬ恐ろしい機の真実を知らせていただいた。如来様は光明や見仏の実験で私を有頂天にさせておいて、 最後にこれでも分からぬかという一大鉄槌(てっつい)を加えられたようなものであった。百花咲き乱れる高原を歩んでいた者が 突然 千尋(せんじん)の谷底へ突き落とされたような驚きだった。これほどまでに徹底して押し詰められると、 疑惑も煩悶も何もかもあったものではない。私の悩みは完全に如来の光明に殺されてしまって、今までと打って変わった快活な人間になった。 念仏が口から溢れるように浮ぶのだった。

(中略)

この感激にひたっていた間の私は、公園の猿とも平気で握手した。困った人を助けて喜んだり、残水で死にかけている魚を 川へ放してやって小躍りしたりした。

信後の悩み
 私がこのへんで「善き知識を求めて」の原稿を締め切ればある種の読者は私の心境を非常の買いかぶるかもしれない。 文学的物語とすれば、このへんをヤマとして終わる方が効果が多いし、また刹那の相(すがた)を永遠の相において活かすのが 文学の使命だとすれば、それでよいわけだが、今回執筆する意向は、その後の経過と悩みの多くなった現代にまで及びたいので、 いきおい恥をさらし肉の切り売りをせねばならぬ。
 私はその後学校へ来るとこの霊感に重点をおいて、信仰に入るまでの歴程(れきてい)を克明に記しはじめたのだが、 二ヶ月ばかりして大部のページになる下手な記録ができあがると、すっかり拍子抜けの様になってしまった。 感激時代は春の季節三ヶ月間だけで、肝心の信仰がどこへやら飛んでしまった。
 まさか、あれほどの事件を夢であったとは思わないが、お聖教を拝読しても、最初ほどの喜びも湧いてこず、  ハテこれは不思議だとさらに一段と声をはりあげて、有難くなるように節までつけて読んでみるが、階下の下宿人に 不平を言われるくらいが落ちで、さっぱり有難くなれない。念仏を称えてみると、今までと違った腹底の抜けた念仏で 自然と法悦もあるが、そういつまでも念仏三昧でおられるわけでもなく、最初予想した信仰界の風味とはさっぱり趣きが変わってきた。
後生の不安もない。信仰にたいする悩みもない。馬ふるれば馬を斬り人ふるれば人を斬るという切実な求道心もない。  現代の心は如何と問い詰められると、ただ広い伽藍堂(がらんどう)の中に自分一人がぽかんと座っているようで、 これといって不服はないが、なんとなく寂寥を覚える。

 (中略)

 もしや自分がいただいたと思った信仰は嘘ではなかったかしら・・・・・あの同行たちのような熱誠な態度や歓喜に 溢れた落ち着いた念仏を思うとき・・・・・信仰界に立つ先覚者が一度(ひとたび)内心の革命あるやその後は旺盛な 獅子奮迅の活動に入るのを見るとき・・・・・チラッと心をかすめた疑惑は再び私の信仰に対して鋭利な批判のメスを 振るい始めた。そうして私は長い憂鬱な懐疑時代をたどらねばならなかった。
 私が心の中で、こんな疑いを抱いていたので、その後夏休みを利用し、同行衆を訪問しても愉快に話をすることが出来なかった。 中には私の信心は駄目であったと陰口をきく者があったりして、信者面(しんじゃづら)していた私も、すっかり面目を失っていた。 自然に私の方でも気が引けてあまり接近しないようになった。

(中略)

 南無阿弥陀仏の六字をお前はもらったのか、信の一念が通(とお)ったのかと問われると、 ちょっと待ってくれ!と小首を傾けねばならぬ。
 たしかにあの時にもらったはずじゃが・・・・・と古い信仰記録を取り出して読んでみると、 その当時の喜びは歴々と思い当たるが、今では成金が再び株で失敗して元の歩(ふ)になったような惨めな心情である。 彼も一時なり、此れも一時なり、時の戯れの怪しさよと達観するが、どうもk、その戯れが恨めしい。困ったことになった、 なぜだろう。純粋な他力信が徹底したのならば露塵(つゆちり)ほども疑いが起こらぬはずである。もしや自分のいただいた と思った信の中には−−−一味磨(ま)すべからざる自力の疑情が潜在したのではないか?

(中略)

ある日、私を育ててくれたお婆さんと対座した時に、
「私らのところで法を聞きそこなって信に徹しなかった人は手負猪(ておいじし)のようなものです」
と言った。私は自分がその手負猪でないかと思った。

最後の超関脱落へ
 それは風の冷たい三月の夕べであった。私は自分の悩みを包み隠さずに同行衆の前へ告白しようと思って、 植島氏の宅の方へ急いでいた。空には青白い三日月がかかって、ふくろうが、ほうほうと淋しく鳴いている。 私は野中のすすきの陰にしばらく悩ましい物思いに沈んだ。どうしても同行の家へ足が進まなかった。
 燈火のまたたく遠近(あちこち)の村々からは、今宵もまた静かに初夜の勤行の鐘が響いて来る・・・・・ あすこは平和な村々が集まって有難い法話を聞いていることだろう。そうだ!今日は春の御涅槃(ごねはん)の日だ。

(中略)

 すすきの陰で泣けるだけ泣いて、やっと気分が落ち着くと私は同行の家の戸をたたいた。 もう一時過ぎだった。植島さんはまだ起きていた。
 私は愚痴やら懺悔やら分からぬ告白をして、
「どうでしょうか」と尋ねた。
「サァ、私もそんな話をちょっと耳にしたことがあるのですが、女の同行なんかは、時々無茶なことを言うので、 あなたも気迷いを起こされたのでないかと思っていたのだが・・・・」
「私は時々寂しくなるのです」
「寂しくなる・・・・・そりゃ人間の生活は寂しいものです、そう愉快な日なんかは続くものではありません。 私たちが法義を喜ぶのは、ただ一念のところを喜ばせていただくだけなのです」
 自分はその一念があやしいのだ・・・・・と思った。
 植島やえ様も、わざわざ夜中に起きて、やって来てくれた。来るなり
「あなたは如来様の乳房に食いつきながら、だだをこねておられるそうですな」
と言って笑った。
「遊びにおいでになっても、ちょっとも喜びが出ないので、どうかしらと皆が言っていましたが、 お話を聞くとやはり通っていると安心していましたのに・・・・・」
と言う。そうして謎のようなことを言った。
「私が阿古様と一緒に、あなたが仏前でぶっ倒れた時に後ろにおりましたが、その時に、恐い恐い助けてくれ!と言われたので、 ちょっと不審を抱いていました。」
「そんなことを言いましたかね、私はちょっとも気づかなかったが・・・・・」
「いや、あの時は誰しも夢中なんだから、何を言い出すかわからぬ」
と植島氏が言った。私は前々から感じていた不審をのべた。
「あの時に僕は三毒の心で弥陀をたのんだのではないでしょうかね、後生が恐くて飛び立つようになったのは、 三毒の煩悩−−−生きたいと焦る自我が、荒れ出したのではないでしょうか」
「それは大間違いです」
と植島氏は厳然と言った。
「あれは御回向(ごえこう)の機で弥陀をたのんだのです、三毒の煩悩は欲しい、憎い、可愛いの心で、 こんな心のどこを押せば後生が苦になるなどという殊勝な気が起こりますか。あのように無常の大事が痛切に知れるのは、 仏の光明に育てられて南無の機が知れてきた証拠です。これは如来様から発願して回向される心です。 御回向の機で南無と弥陀をたのむから、即是其行(そくぜごぎょう)の阿弥陀仏は間髪をいれずに現れる。 落ち機の知れた南無の心は、阿弥陀仏の救いの声に離れたものでなく、阿弥陀仏の救いは南無の落ち機と離れたものでない。 機法一体の南無阿弥陀仏です。もしこの煩悩の心で弥陀をたのむならば、そのまま救うぞの勅命を、 このままお助けと返事して受け取ることになる。受け取っても、その心は刹那に消滅するから、何べんも勅命を聞かなくては 安心ならぬのです。これなら機法合体です、弥陀の勅命は呼び切りです、勅命がかかると同時に生死の迷いを切ってもらうのです、 だから南無の心の上に勅命がかからぬと大安心にはならぬのです」
 私の惑いの薄紙が取れていった。
「そうですかね、私はまた自力心で頼んだのではないかと思っていた」
「そこはよく同行の聞き間違いを起こすところで、仏智の不思議は凡夫の機功をまじえずに、法をとどけて下さるのです、 私の方はただ地獄行きの落ち機いっぱいで逆謗(ぎゃくほう)の死骸になるだけなのです、それも自分から成ろうとして 成るものでない、南無阿弥陀仏の独り働きで、落ち機が知れるのは南無の機がかかったのです・・・・・なかなかこの 落ち機というやつは、いくら自力で焦っても知れるものじゃありませんからね・・・・・」
「坊んち!」とお婆さんが言った。
「私と一緒に法を知らせに参りましょう。そうして法に迷っていた人が獲信する時の有様を見るとよくわかります、 自分の信の時は何が何やらわからぬものです、赤ん坊が生まれた時を知らぬと同様で・・・・・そういえば私も 信後で迷って、ずいぶん皆に迷惑をかけたのです」
 それを受けて植島氏が、
「そりゃこのお婆さんの入信も激しかったが、信前にあまり苦しんでいたので、信後にその病が出て皆が弱った。 一緒に泣いたり喜んだりしておりながら私はまだ信をもらっておりませんと駄々をこねるのです、仏智は届いて あるんだから、勝手に愚痴を言うがよいといって捨てておいたが・・・・・」
「いやその頃は皆が十分に法義も知らなかったので捨てられた私は非常に弱りました・・・・・が時が経って体が 丈夫になると自然に落ち着きました、やはり聴聞不足もあったし、それに法に熱心な人に限ってよく信後の迷いも 起こりがちなものです」
「とにかく同行学をおやりなさい。人に信をとらせるにはコツがあるから・・・・・」
 だんだん話を聞くにしたがって私の気分もほがらかになった。南無というは帰命なり、またこれ発願回向の義なり、 阿弥陀仏というはその行なりという六字釈に自分の体験はピッタリ合っているでないか!
この上何を求めて悩むのだ。それに地上に稀な御同行の証誠護念もあるでないか!文学や哲学にかぶれたわれわれの悩みは、 自分の気分をあまり尊重することだ。如来の本願は、そんな細かい神経質の感情の同様ではない。 鉄のごとき意志をもって成就された真理だ。
 その晩私は久しぶりで一杯飲んで愉快に笑った。宵に泣いた涙は再び歓喜の涙に濡れていた。

    ×    ×    ×

 夜もふけて三更(さんこう)になっていたであろうか、私は南北に長く続いた国有鉄道の線路を黙ってゆっくりと  歩いていた。信後二年にわたる悩みは、すっかりぬぐわれて、私は禅定に近い落ち着いた気持ちで念仏していた。  野末にほうほうと鳴くふくろうの声にも、なつかしい多生の縁を思いながら・・・・・
まだ信に悩む誰彼をも縁あらばこの大願を知らせたいと憶念しつつ・・・・・若き日の私が「善き知識を求めて」 悩んだ求道物語である―――。

                  (「善き知識を求めて」より)


 


目 次


・明恵上人の幼時 
/死にかけた腎臓炎 
/難しい読経稽古 
/無仏の世界へ 
/大学林時代 
/親友の死に面して 
/信仰書の濫読 
/無銭旅行の夏 
/乞食と共に高野山へ
/友の言葉に刺戟されて 
/善き知識を求めて 
/御同朋に導かれて 
/他力金剛信に徹す 
/不思議な霊感 /信後の悩み 
/称名本願系との論戦 
/行信の問題に没頭 
/眼高手低の悩み 
/最後の超関脱落へ
・校正を了りて

 


 レビュー(感想)  

仏敵の著者がなぜ求道にいたるのか、その幼少時代から学生時代、仏敵のころ、 そして、その後の生活。この本はその時代が赤裸々に語られている。また、その中でも、信後の生活、また求道の悩み、 歎異抄九章で親鸞と唯円が交わした、その悩みが語られている。

仏敵を読まれた方は必ず読んでもらいたい、必読書。

(20代、男性、岐阜県)




この本の特筆すべきところは信後の悩みが赤裸々に語られているところ。

歎異抄九条を読んで信じられない心をなぐさめている人はこれを読め。

信後の悩みがここまで具体的に書かれている本はほかにはない。

これを読めば信前、信後のすがたがはっきりとするだろう。

(20代、男性、京都府)




関連情報

「伊藤康善師の法話音声」


伊藤康善師の法話音声をYoutubeでお聞きになれます。
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法話名「自力の迷情(1)」


法話名「自力の迷情(2)」


 





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