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 仏書紹介


 書  名

 こどもの聖典


 著者/編者  増井悟朗 編

 発  行  華光会

 価  格  600円 (送料210円)

平日の10:00〜18:00は電話でのご注文もOKです→華光会事務局:075−691−5241


 案  内  勤行編は「らいはいの歌」のこども向け訳。読本編は「おしゃかさまの一生」 「念仏のすくい」(親鸞聖人の求道と獲信) 「二河白道の話」の三編。資料編は、聞法のための仏教の基礎的な資料を収録し、さらに讃歌編も加えている。子ども向きでありながら、大人の聞法求道の聖典としても必携。

ページ数:   103 ページ
商品の寸法:    18.3x 12.8  x 0.7   cm


(本文より)

「二河白道の話」P36

   <たとえ>
 ひとりの旅人が、西に向かって歩きつづけていました。だれ一人いない広々とした、さびしい所に来たときです。急に大ぜいのどろぼうや、猛獣たちがあらわれたのです。そして一人ぼっちの旅人を発見すると、われがちにおそってきました。
 「ああ、おそろしい」
 旅人は身ぶるいして、西にむかって走って逃げました。ところが、思いがけなく、行く手には恐ろしい二つの河につきあたったのです。
 その河というのは、一つは、火の河で南にあり、もう一つは、水の河で北に流れています。二つの河は、底しれぬ深さで、ゴォーッとものすごい音をたてて流れています。広さは百歩ほどですが、水は、さかまき、火は、くるったようにもえつづけています。ところが、この火と水の中間に、十五センチぐらいの、せまい白い道が一本、東岸から向こう岸の西岸へとつづいています。この道の長さも百歩ほどです。しかし、この道には、はげしい波がおしよせてきたり、もえくるう火が道を焼いたりして、火と水が休みなくおそってくるのです。旅人は困りました。
 「この河は、南へも北へも、はてしなくつづいている。まん中に一つの白道があるが、とてもせまい。むこう岸まで百歩だから、けっして長くはないが、いったいどうして行くことができるだろう。今日はきっと死なねばならぬだろう。もどろうと思っても、どろぼうや猛獣が、しだいにせまってくる。といって、南や北に行こうとすると、やはり猛獣や毒虫が、われがちに向かってくる。いっそ、西へ向かって道をすすもうとしても、きっと、火や水の河に落ちて死なねばならぬだろう」。それは口で言うことのできぬ、おそろしさでした。旅人は、ついに決心をしました。
 「わたしは今、もどっても死ぬだろう。じっとしていても死ぬ。進んでも死ぬしかない。どうしても死ぬしかない。三定死だ。それなら、わたしはぐずぐずできない。一歩ふみだそう。白道があるからには、かならず渡りきるのだ」
 そのときでした。どこからともなく声がしました。
 「さあ、ぐずぐずせずに、この道をすすみなさい。こわくなんかないよ。ぐずぐずしていては死にますよ」と。すると、西の岸にも人があらわれてよんでくれるのです。
 「おまえは、必死になって、はやくおいで。わたしがまもってあげましょう。水の河も火の河も、少しも心配しなくてもいいのだよ」と。
 旅人は、東の岸からのすすめる声や、西の岸からの呼び声を聞くと、すっかり安心しました。もうこわくありません。火も水もおそれません。まっすぐに足をふみ出しました。一歩二歩と進んだとき、後ろからどろぼうや猛獣たちがよびました。
 「おい、きみ、もどれもどれ。その道はあぶないぞ。とても渡りきれずに、きっと死ぬぞ。ぼくらは、きみの味方だ」と。でも、旅人は、ふりむきもしません。何も考えないで一心に進み、ついに西の岸に到着しました。旅の目的をはたした旅人は、もうおそろしいめにあうことなど、すっかりなくなりました。そしてよい友だちとめぐりあい、たのしい生活をおくることができました。

   <その意味>
 さて、これは一つのたとえ話です。「東の岸」というのは、この人間の世界にたとえたのです。「西の岸」とは、極楽のことです。「大ぜいのどろぼうや猛獣たち」(群賊悪獣)とは、体や心と、そしてその体や心でつくる、いろいろな罪のことです。「だれ一人いない広々とした、さびしい所」というのは、いつも悪い友だちと遊んでいるが、仏法を教えてくれる人には、会えないという意味です。「二つの河」のうち、水の河は、わたしたちの欲の心で、火の河というのは、わたしたちの怒りの心をたとえたものです。「せまい白い道」(中間の白道)というのは、欲と怒りのこころの中から、清らかな信心が生まれてくることをいうので、火と水のはげしさにくらべて、信心が、かすかですから、白道というのです。「この道には、はげしい波がおしよせ」るというのは、欲の心がいつも信心をこわそうとすることをいい、「もえくるう火が道を焼」くというのは、怒りのこころが、信心をだいなしにしようとすることを、たとえています。「わたしは、ぐずぐずできない。一歩ふみだそう」というのは、あれこれまよわずに、阿弥陀さまにすくっていただこうと、決心することです。「どこからともなく声がしました・・・」というのは、おしゃかさまは、もうなくなられていて、お姿を見ることができないけれど、教えがのこっているので、聞くことができることをいっています。「西の岸にも人があらわれてよんでくれる」というのは、阿弥陀さまのご本願のおこころにたとえています。「一歩二歩と進んだとき、後ろから、どろぼうや猛獣たちがよぶ」というのは、いろんな宗教の人や、まちがった信心や、無宗教の人たちが、かってな意見を言って、まどわすという意味です。「旅人は西の岸に到着し、旅の目的をはたし・・・」というおしまいのところは、わたしたちは、長いあいだ迷いつづけ、苦しみばかりをくりかえすばかりで、さとりを開くことができませんでした。それを、あわれと思われたお釈迦さまが、西方の極楽浄土の信仰を、教えて下さり、そして阿弥陀さまが、「はやく来い、救ってあげよう」とよんで下さるおかげで、今はじめてこの仏さまたちにしたがって、火の河、水の河もなんのその、こころを一つにして、阿弥陀さまのおすくいをよろこぶ身になれば、いつ死んでもだいじょうです。死ねば極楽浄土に往生して仏さまをおがみ、自分も仏さまと同じさとりをひらいて、よろこびいっぱいの生活がおくれるようになる、そのことをたとえたものです。  (おわり)

               (「二河白道の話」より)



目 次

勤行編 
朝の歌 / 夕の歌 / 恩読讃 / 十二礼(らいはいのうた) / 念仏 / 回向 / 三帰依 / ちかいのことば / 仏の子供 / はちす
読本編
おしゃかさまの一生
・念仏のすくい
・二河白道の話
資料編
三宝 / 三蔵 / 四法印 / 十二因縁 / 三世両重の因果 / 惑業苦の三道 / 四諦 / 三学 / 四苦八苦(苦諦) / 三苦(苦諦) / 四弘誓願 / 大乗と小乗 / 八正道(道諦) / 八正道の関係 / 六波羅蜜 / 六慢 / 六波羅蜜と八正道 / 無財の七施 / 四恩 / 十界 / 三界 / 十悪 / 八大地獄 / 五逆罪 / 業のあらわれ方 / 小乗―おこないの反省 / 大乗―こころの反省 / インドの四姓制度(カースト制) / 経論釈 / 十大弟子 / 真宗の経論釈と七高僧 / 教行信証の組織 / 心の四つの窓 / 過去・現在・未来 (三世)の因果 / 本能心と教養心 / 罪悪のめあて(対象)おかげ / 私・ご恩・仏さま / 親鸞聖人略年表 / 仏跡地図
讃歌編
朝の歌 / 夕の歌 / 恩読讃 / 仏のこども / はちす / 真宗宗歌 / 四弘誓願 / いまささぐ / お花あげるうた / 衆会 / 花祭りの歌 / 花祭の歌 / 花祭り行進曲 / こどものはなまつり / 宗祖降誕会 / おぼん / お彼岸 / 成道会のうた / 報恩講の歌 / ふれあるき / 涅槃会 / ほとけさま / 仏のこども / 仏のこども / みんななかよく / 仲よしのうた / 友垣の輪をひろげよう / ありがとう / けさも拝んだ / 数珠の歌 / さよならの歌 / 一日の終わり / 遠き山に日は落ちて



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 レビュー(感想)  

子供の時に慣れ親しんだものでしたが最近になって読んでみたら内容の濃さに驚きました。

単なる子供用の勤行聖典ではなく、読本編ではおしゃかさまの一生、親鸞さまの教えなど親切丁寧な教本です。 

(40代、女性、兵庫県)  

 


一番はじめに購入した本ですが、私には難しくてそのままにしていました。今は聖典講座のテープと一緒に読ませて頂いています。

「読本編」は物語になってて読みやすくて、「資料編」はと大切なことが沢山載っています。

(40代 女性、神奈川県)

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