

<ありがち図鑑>人間として生まれた以上、恥ずかしいことや悔しいこと、気まずいことに出くわすのは避けられません。私なりに「あまりにありがちで我ながら厭になること」を羅列してみました。「ふざけるな!」という世界中の声が聞こえてきますが、これが私のライフワークですので我慢して読んでください。皆さんの今後の研究活動に資する内容であることを願ってやみません。(小雨ならおっつけやみます)
◎一度会って挨拶した近所の人に同じ日にまた会ってしまう。「よくお会いしますねえ」とか言って互いに苦笑するしかない
◎引っ越してしばらくたつと近所の奥さんからゴミの捨て方が悪いと忠告を受ける
◎午前5時に起きてパジャマのまま朝刊を取りに出ると、早起きの隣のお爺さんと目が合い、挨拶するものの自分の身なりが気になる
◎家族を叱り付けている姿を近所の人に見られて急に笑顔モードに変更する
◎同じ学年の子供がいる奥さんに息子の不合格通知の翌日、街で出くわす
◎「このお花珍しいですね」と他所の庭の花を褒めると、家人が「どこにでも野生えしてますよ」と答える
◎妻が整えた花壇を通りがかりの人が褒めてくれる。「きれいなお花ですねえ」と言われて「はあ」と答える
◎深夜勤務を終えて午前3時ごろお風呂に入る。やがてその習慣が変だと気づく人が出て、「あそこのご主人は何をしている人だろう?」という噂がご近所に広まる
◎子供が無名私立中学に進学することになった。その事実を隠しつづけていこうと思っていたのに、ある日ご近所の奥さんに「このあいだ公立中学の入学式にお姿がなかったですねえ。どちらの中学にお進みになるの?」と聞かれて、つい「○○中学です」とバラしてしまう。親としては盛大な反応を期待して耳をそばだてるのに、相手の奥さんはあまりの無名校にしばし沈黙する
<会話にて>
◎在学校や出身大学を人に聞かれて答えるときによく「一応、○○に行っています(いました)」などと言うが、この「一応」って何だろう? 同様に、コンビニで一万円札を出したときに「一万円からお預かりします」などと店員が言うが、この「から」って何だろう?
◎風邪をひいたと言うと「馬鹿は風邪ひかないというけどなあ」とさも面白そうに人に言われる。同じく「冗談は顔だけにしておけ」と面白そうに言う人がいる
◎クリーニングしたてのズボンをはいて行ったら、店のネームを取り忘れていることを人に指摘される
◎人が遠くで噂話をしている。誰のことを言っているのか聞き取れない。ところが自分の名前の部分だけが、活字でいうところのゴチックになって聞こえてきたりする
◎「じつはですねえ……」と話し始めたとたん、さっき何を話そうと思ったのかすっかり忘れてしまっている
◎みんな出て行ってしまい、話すこともない二人が一つの部屋に残される。しばしの沈黙のあと、先に出て行くほうが気まずそうに「じゃあ」と言う。あとに残ったほうも「どうも」と意味をなさない反応をする
◎書道展を見に行き、書いた本人を前にして作品を褒めようとするが、書道の良さがよく分からないので言葉に窮してしまう。「味のある字ですねえ」などと言ってはみるが、腋の下がけっこう汗ばんでくる
◎大声で笑った拍子に唾やご飯粒が口から飛び出してしまう
◎法学部を出たという人物と話をしていると、話が妙に理屈っぽい。「そういう気もするなあ」と言うべきところを「若干、その意見も否定できなくもない」と答えたりする。真理とは単純なもの。もって回って言っても自分の価値は上がらない
◎腹に据えかねていることがあって、「もうあんな奴とはいっさい口を利かない」と心に決めて懇親会場に行く。その「あんな奴」がだれかと談笑している間も「何さ! ニコニコしやがって……」と徹底的にプリプリしている。ところが、そうとは知らない「あんな奴」が自分に近づいてきて、「やあ、こんにちは。元気?」などと声を掛けてくれると急にうれしくなり、こちらからどんどん話しかけてしまったりする
◎人の質問に対し「そんなことはないよ。ほら、ちゃんとあそこに書いてあるだろ!!」などと断定的かつ強硬な態度に出た時に限って、冷静に確認すると自分の記憶のほうが間違っていることが分かり、もう引っ込みがつかなかったりする
◎自分がまったく気に入っていない洋服を人が褒めてくれると、どういう顔をしていいか分からない
◎いかにもおもしろくないギャグや駄洒落を禿げ茶瓶のおやじが自分で言って自分で笑うのを横で見る
◎自分の現在住んでいる地域のことをそうとは知らない人が貶すのを耳にする
◎喫茶店で話を終えようとして腕時計を見て「さあ行こう」といったら、「いま何時?」と相手に聞かれる。じつは時刻など見ていない
◎観光旅行に行ってきた自慢をしていたら、「あれを見て来たか」と言われて何のことかさっぱり分からない
◎まずいぜんざいを無理して褒めたら「もう一杯いかが」と言われ、戴かないわけにはいかない
◎お好み焼きを食べて大騒ぎして帰ってきたら歯の間に海苔がついていることに気づく
◎多くの人に会ってきた日の夜、大きな排泄物が鼻や目から出る
◎八朔の差し入れをしてあげると、「すっぱいなあ」などと、食べながら貶す人がいる
◎屁をした直後に、人が近づいてくると困る
◎「若い頃、俺ほど苦労した男はいない」と断言する老人はたいがい大した苦労をしていない
◎「俺の出身地はけっこう進歩的だ」と言っている人の出身地を聞きただすと、○○県△△郡□□村大字××字☆☆1956の4だったりする。農協と役場、郵便局だけで、コンビニひとつない寒村が目に浮かぶ
◎18歳で子供を産んだという美人の女の子に話を聞くと、夫は元暴走族で、実母はまだ37歳の美容師だったりする
◎IOC会長サマランチ氏のことを、あるとき誰かが「サマランチだったかなあ、サラマンチだったかなあ」などと言っているのを耳にする。「そんなことで迷うか!?」とそのときは嘲笑しながら聞き流すが、のちに自分が「サマランチ」と言おうとして、どっちだったか迷うようになっていたりする。タラバガニとタバラガニ、ホテルプラザとプラザホテル、エレベーターとエスカレーター、ビスマルクとビルマスク、ナメコとナマコ、JCOとJOC、神戸のルミナスとルミナリエも同様
◎自分が自慢している事柄について、聞いてくれている相手の方が知識が多いと分かって、口をつぐむ
◎初対面の人にろくに磨いてもいない革靴をしっかり見られる
◎代議士や会社の重役になった人物は、それまで自分のことを「わたくし」と謙虚に言っていたはずなのに、その地位についたとたん、「ボク」と言い出す。「ボクはそういうつもりで言ったわけじゃないんだなあ」などと、急に標準語で受け答えしはじめ、鼻持ちならない人格に仕上がっていく
◎こちらが「小学生のとき、学級委員長をして児童会長もさせられた」と話すと、相手が「俺はいつも保健委員で、音楽会ではカスタネット担当。劇では村人Bの役だった」と答える。気の毒で掛けるべき言葉が見つからない
◎間がもたないし話題もないので「寒いですね」と話しかけると「そうかなあ。今日は暖かいぞ。冬が寒いのは当然じゃないか」と相手に言われる
◎自分のホームページを見た人がただ黙って部屋を出て行く
◎自費出版の本を「拙著ですが……」と友人から贈られる。「本当に拙著でした」と後日、感想を述べるわけにもいかず
◎「ハハーッ」と大笑いしたら「どこでニンニク料理食べてきたんだ?」と言われる
◎面白いギャグを言ったと思ったのに、それを聞いた人が「やっぱり、変わってるワ」と捨てぜりふを残して立ち去る
◎初対面の人の集まり(親戚の集まりでもよい)で、その場を和ませようとして同業者の集まりなら必ず受けるであろうギャグを発する。ところが違う業界で働く年下の異性に「そういう考え方はおかしい」と正論でたしなめられる
◎「私立大学なんてねえ、どこへ行っても同じですよ」などと話していると、相手が「うちの息子、私立大学なんですけど……」と応じる。次の言葉にすべてがかかってくる
◎近視のひどい人の分厚い眼鏡を形容するときによく「牛乳瓶の底のようだ」と言うが、誤って「牛乳瓶のふたのようだ」と言ってしまう人が多い。ふたなら紙製で薄いので要注意
◎隣の人が「辞書ではどうなってる?」と聞く。それでは…とこちらが手元の辞書をひき始めると、隣の人がジーッと覗き込む。視線を意識するため、なかなか目的のページにたどりつけない。そのうち覗きこんでいる人が「そんなところじゃないだろう。もっと後ろだよ」などと言うので、ますますこちらは舞い上がってしまい、冷や汗が出る
◎自分一人で分厚い百科事典をひいたときに、パッと開けた最初のページが目的のページだったりして、妙に気持ち悪いことがある
◎「かわいいお子さんですね」と人に言われる。最初は褒め言葉と解釈して単純にうれしい。ところが、続けて「やっぱりかわいいお子さんだ」「それにしてもかわいいお子さんですね」などとしつこく3回も言われると、そのうち「いったい何が言いたいんだ?!」とだんだん怒りたくなってくる
◎町を歩きながら肌を露わにした若い女性を見かけると「あらっ、いけませんねえ」とつぶやく。「親御さんの顔がみたいなあ」とか、「自分の娘があんな格好をしたら、勘当するなあ」などと言ってみる。ところが、帰りに書店で女優の写真集を買い、家で開いてじっくり眺めて見ては「いけませんねえ」と、つぶやいたり感動したりする
◎名古屋のデパートで都会風に洗練されたいでたちで、標準語で見事に応対する美人店員がいた。私が「おもちゃ売り場はどこですか?」と尋ねてみると、「このエスカレーターを上がって見えると……」と説明するので、「ああ、やっぱりこの人は名古屋人だ」と分かってしまった
◎入社後の合宿では「オリエンテーション」がある。それを人に話すとき、間違って「オリエンテーリング」と言ってしまうことがある。聞いた人は合宿で地図と方位磁針を持って歩き回るのだと勘違いする
◎暑くて湿気が多い日本の夏には除湿機が必要。暖房を入れる冬には加湿器が欲しい。ところが、案外これを取り違える。「暑いですねえ。うちは加湿器もないのよ」とか、「暖房で室内が乾燥してよく喉を痛めます。除湿機があったらいいんですけど」とか
◎「あの事故をきっかけに私の人生は百八十度、変わってしまった」と言おうとして、「三百六十度」と間違えることがある。三百六十度変わってしまったでは元通りの人生。これでは問題にならない
◎エベレストは中国名をチョモランマという。ネパール名はサガルマタだ。職場に見るからに短足な人がいて、彼のあだ名が「サガルマタ」だ
◎容易に激怒する人のことをさして「あの人は瞬間湯沸かし器だ」と言おうとして、「あの人は瞬間接着剤だ」と言ってしまう。くっついては離れない「人懐っこい人」になってしまう
◎極上のフランス料理に「舌鼓を打った」と言おうとして、「舌打ちをした」と言ってしまうことがある。よっぽどまずかった不機嫌な話に化けてしまう
◎キュロットスカートと言おうとしてキャロットスカートと言ってしまうことがある。人参のような足をした女性になってしまう
◎友達と二人で昼食にボリュームたっぷりの定食を食べる。「ああ、おなかがいっぱいでもう動けない」と腹をさすっていると、隣の友達が突然、「さあ、腹ごなしに歩こうか!」と頭ごなしに言う
◎高校受験の進学塾では無断欠席した生徒の自宅に電話を入れることになっている。「なぜ今日の講座を欠席したのですか?」と講師が電話で聞く。共働きの家庭ではサボった本人が直接、電話に出てしまうことが多い。ハッとした本人は変声期であることをいいことに父親をかたって答える。「ハイ、息子はいま発熱で寝ています」。声は大人っぽいが稚拙で見え透いた嘘はやがてバレる
◎関西には、関西に生まれ関西で育ったのに東京弁を喋る人々がとくに阪神間に多い。逆に関東では、関東に生まれ関東で育ったのに関西弁を喋る人々が世田谷区に多かったりはしない
◎このホームページを読んだ人が批判を込めて「よく自分のことなんか人前で発表しますね?!」と言う。私は反論する。「他人のことを人前で誹謗中傷するよりよっぽど罪がないじゃないか」と
◎自分から少し離れたところで二人がひそひそと話し合っている。会話の内容までは聞こえない距離だ。ところがもし、その会話の中に自分の名前がどちらかの口から出たら、どういうわけか、そこだけは活字で言うところのゴチックになって聞こえてくるから不思議だ
◎カルシウムが不足すると骨粗鬆症になる。それを人前で言おうとすると骨粗鬆症のところで舌が回らずつっかえることが多い。もし「そんなことはない」と断言できる人がいたら、さらに頭に青・赤・黄を付けて「青・骨粗鬆症、赤・骨粗鬆症、黄・骨粗鬆症」と早口で言ってみるとよい。私の指摘が正しいことが分かるはずだ。それでも「そんなはずはない」と言う自信家には、頭に青・赤・黄を付けて「非嫡出子」を言っていただきたい。この3色を1セットとして5セット連続で試してみることをお薦めする。(そんなこと薦めるな!)
◎下痢で腹具合が悪いときにコーヒーを勧められる。「今はちょっと要りません」と断ると、相手に「どうして?俺の勧めるコーヒーが飲めないのか!」と詰め寄られる。まともには答えにくいから「きょうはパラグアイが悪いので……」と言って無理やり笑いに持ちこもうとするが、大概は空しく外すことに
◎キリッとネクタイを締めて鼻筋の通った男前、身長も175センチくらいあって年齢は五十歳そこそこ、見るからに聡明そうな人が、たまに口を開いて言う言葉が「紆余屈折があった」「疑わしきは被害者の利益に」「人を憎んで罰を憎まず」「今日の試合は松坂投手のどくだんば」だったりする。あんた、ええ顔して普段、本読んでんの? 学生時代勉強出来たの? と聞きたくなる
◎ゴージャスな飲み屋で美人の女性と相席になる。とりあえず何か話しかけようと努力する。ところが店のBGMがうるさすぎて互いの会話が聞き取れず、「○○ですか?」「えっ?」「○○ですか?」「はあ?」と気まずい会話ばかりが続いてげんなりしてしまう
◎JAS(日本エアシステム)に乗って香港から関西空港へ着いた。「さあ降りよう」と搭乗口へ向かっていると、客室乗務員の日本人女性から「サンキュー」と言われた。「私は鼻が大きくて上唇が厚い東南アジア系の顔をしているが、れっきとした日本人だぞ!」と叫びそうになった
◎送別会をしようと思い立って、大阪・ミナミの戎橋たもとのレストランバーをグルメ雑誌で見つけて電話した。すると妙な名前の事務所に電話がかかり、若い女性が出た。「あれ、レストランバーは?」と聞くと「実は本年1月8日をもって閉店致しました」と深刻そうにいう。「それはそれは悲惨なことになった」と思い、「どこかほかの場所にお店を出していませんか」と聞いてみると、南海ホリデーインの地下に新しい店があるという。「じゃあ、そのお店の名前は?」と聞いてみると「ちょっと長いんですが」と断って、「ビアスタジアム ハートランド セカンドネームがシシリアの赤い月といいます」とまじめに答えた。電話の向こうとこっちの双方で噴き出してしまった
◎小男、小ぎれい、小汚いと、「小」がついた言葉は多い。日本では「小さいものはなんでも可愛い」とする枕草子のような考え方のほかに、「大きいことはいいことだ」と、小さいものを大きいものより劣っていると見て、それを馬鹿にする風潮がある
<音楽>
◎コンサートで自分が聴いて感動した曲のことを会場の出口付近でおばさんたちが稚拙な言葉でほめていると興ざめする
◎ウォークマンでさだまさしや中島みゆきを聴いていたら、「いま何聴いてるの?」と人に尋ねられる
◎たいして巧くないのに楽器を演奏して見せ、自慢する(歌う)人をなんとか褒める自分が嫌になる
◎自分が自宅に招いたお客さんの前で楽器を演奏したあとの、お客さんの痛々しい拍手と、直後の水を打ったような沈黙に、穴があったら入りたい気持ちになる
◎クラシック音楽は「事大主義」の固まり。マエストロ、巨匠、帝王、超絶技巧、稀代の天才、類いまれなる才能、歴史的名盤(名演)、夭折の詩人がひしめき合い、世界中の至るところに不世出の俊英が輩出する
◎好きなバラードの話をしたら親しい人から「いかにも君が好きそうな曲だ」と言われる
◎コンサートで世界初演の曲を聴いて感動したためしがない
◎音楽会に来る人で明日の食べ物に困っていそうな人はいない。ところが一転、「ざーます」調の喋り方をする女性が多くなり、それはそれで疲れることがある。こういう人は、下がった眼鏡を上げるのに、人差し指で鼻のところを突いたりはしない。眼鏡の右のつるを右手で持って上げる。その時、かならず小指が立っている
◎自分の大好きなアーティストのベストアルバムが出る。全部CDで持っている曲を集めただけなのに、思わず買ってしまう。そして後になって自分の大好きな1曲が入っていないことに気づいて悔しくなる
◎コンサートで演奏者が登場、館内の聴衆が水を打ったように静かになる。すると妙に喉がくすぐったくなり、思わず咳払いをしたくなる。我慢している人はいっぱいいるもので、曲が終わるたびにこれでもかと人々の咳払いが始まる
◎コンサートで全演目が終わる。聴衆はアンコールに余念がない。さして感動しなかったコンサートでもそれは礼儀だ。アンコールが1回目ならまだいい。演奏者は1曲演奏したのち、舞台のそでから何度も出てきて会釈を繰り返す。これが2度目、3度目ともなると聴衆の側もだんだんアンコールをやめるチャンスの捉え方に心を砕き始める。突然、拍手をやめるのもおかしい。かといって9時を過ぎて帰りたいのはやまやまだ。やがて主催者側も気を使い、ライトが会場に灯り、聴衆も胸をなで下ろす。蜘蛛の子を散らすように一目散に立ち去る
<訪問>
◎訪問した家で、自分が持って行ったお菓子がでてくる。それはそれで良いのに恥ずかしい。いかに思い入れのあるお菓子か能書きをたれ、食べてくれた家人の反応を気にしている自分が、普段着の自分でないことに呆れて嫌になる
◎来訪者に「つまらないお菓子ですが」と言いながら「ひよ子」を勧める。来訪者が一瞬変な顔をする。来訪者が帰ったあと彼が持ってきた手土産を開封してみると「ひよ子」だったりする
◎狭い土地に小さい家を建てる。新築祝いにきてくれた人が必死でいろいろ褒めてくれるが、時々狭さ論議を避けきれずぼろが出てしまう
◎新興宗教の布教に戸別訪問をする女性は、どういうわけか自分の幼い子供を連れて家々を回る
◎初めて訪問した家では、自分だって家ではちらかしているくせに、その家のちらかり方が妙に気になったりする。投げ出してある1冊の本が目にとまったり、玄関に落ちていた埃がのちに忘れられなかったりする
◎裸でトイレに入っているときに訪問者の「ピンポン」が鳴って、慌てて身支度をし、玄関に出て行くと、ただの訪問販売だったりする
◎気の張る訪問先で奥様の手料理が出される。「いやあ、おいしいですねえ」と顔をひきつらせながら褒め上げる。「ただ『おいしい』では具体性がなくてわざとらしい」と考え、「この豚肉がいいじゃないですか」などと言ってみる。ところが奥様から「いえ、それは牛肉です」と切り返されて返す言葉もなくなる。顔が真っ赤になって冷や汗がにじむのが分かる。そのうち長い髪の毛を料理の中に発見し、それを相手に気づかれないように取り除くのに肝をつぶすことも
◎宅配便が届いたとき不在にしている。郵便ポストに入っていた不在者票から業者に電話をする。業者は「明日の午後、改めてお伺いします」などと言う。さて翌日。11時半ごろ早めに昼食を取って待つ。昼に来ない。まあ1時すぎには来ると踏んでコーヒーを飲んで待つがやはり来ない。そのうち3時になり、4時になる。どこかへ出かけようと思っていた一日の計画は台無しになる。秋の日は釣瓶落とし。あたりがすっかり真っ暗になった午後6時ごろ、やっとピンポンが鳴る。腹の虫が収まらないものだから、玄関に出て行くなり業者に文句を言うことになる。「午後なんて言ったって幅がありすぎるじゃないの!」
◎来訪者を迎える日に限ってリビングの照明の蛍光灯や玄関の電球が切れたりする。買い置きがあることはほとんどない。同じように、年にたった1回の家族旅行、辺鄙な旅先で写真をいざ撮ろうというときにカメラのボタン電池が切れたりする。よりにもよってなぜ今日なの! と怒りを覚えて叩きつけたくなるが、高い品物なのでやっぱりやめる
<デパート、スーパーにて>
◎満員のエレベーターに乗ったとたんにビーと音がする
◎満員のエレベーターにあとから乗ってきた人が喉に絡みつくような咳き込み方をしながら連れ合いに言う。「インフルエンザに罹りましてねえ」。乗り合わせた人々は一瞬、息を止め、感染を避けようとするが1分ともたない
◎エレベーターガールと屋上から地下1階まで2人きりになってしまい、会話がないのが不自然だったりする
◎エレベーターガールとデパートのアナウンスは独特のイントネーションが支配している。やや鼻にかかった声で勿体ぶってゆったりとしゃべるのが特徴だ。「ふぉんじつは、はんきゅうひゃっかてんにごらいてんいただきまして、まことにありがとうございます」。完全にお高くとまった「声美人」と化している
◎エレベーターに乗ると、皆、会話が止まる。ひたすら顎を上げて上をみて、いま何階を通過しているかだけ確認している
◎エレベーターを待つと、2基あるエレベーターの2基とも最上階や最下階を通過中だ。いずれにしても自分が待っている階からは程遠いところを2基並んで動いている
◎食品売り場で前から来た人とぶつかるのを避けようとして互いにあちこちする
◎スーパーのレジで、買い過ぎてお金が足りないので「一品返します」と申し出る。後ろで待っている人の視線が厳しい
◎スーパーの入り口で、子供の友達のお母さんに会う。「こんにちは」と互いに会釈したのち、スーパーの中で買い物カゴを持って歩き回る。すると、またそのお母さんに出くわす。もうすべき挨拶はない。「どうも……」とか言ってみる
◎デパートのバーゲンに行って、店員に「ただいまからタイムサービスです。今からさらに2割値引きします」と大声で言われると、全く気にいっていない柄のセーターでも「親戚のA子ちゃんにちょうどいい」とかつぶやきながら、品物を掴んだまま離さなかったりすることになる。セーターの綱引きをしている相手を咄嗟ににらみつけると、それが近所の奥さんだったりして互いに赤面することも
◎午後6時半になると、スーパーの鮮魚売り場では安売りのシールが貼られるようになる。調理後、時間がたった刺し身に貼ってあった「30%引き」のシールを、調理して間もない「刺し身盛り合わせ」に勝手に貼り替えてレジに持っていく人がいる
◎デパートの刺し身売り場に行くと、長年、「へい、らっしゃい。天然マグロが安いよ!」と叫びつづけた男がしゃがれた声でマグロを売っている。こういう場所に一瞬でも立ち止まり興味を示してしまうと大変なことになる。こちらは平社員なのに「社長!」とまつりあげられ、「3パックで1000円」と言われて断り切れず、つい3パックも買わされてしまう。家に帰って家族に食べさせようとしたら、「きょうは焼き肉にしたよ」と山盛りの牛肉を見せられ、シュンとなる
◎食事をとったあとスーパーに行くと、生鮮食料品のどれも大して欲しいと思わないので、少ししか買わない。ところが、おなかがすいているときにスーパーに行くと、魚から肉からやたらめったら何でもかごに入れてしまって散財、帰宅後後悔する
◎スーパーでレジに向かうと美人の店員のところに何だか並んでいる人が多い。待っているうちに目の前を見ると、電池や眼鏡ふき、ビデオテープが売られている。本当はそんな物は要らないのに、「せっかくだから買っておこう」とかごにいれてしまう
<野球で>
◎予告ホームランを打つと言って、レフトスタンドをバットで指し示したあと、空振りする
◎南海ホークス私設応援団の団長を務め、南海の試合には必ず応援に行っている人物がいた。いったいどんな職業についているのか、家族はどうなっているのか心配になった
◎沢村栄治や中西太などには「神話」のピッチングやホームランがある。が、テレビがプレーをリアルタイムで全国放送する時代になってから、「神話」になるプレーは生まれにくい。沢村の速球は150キロくらいだったろうし、中西のホームランも160メートルもあったかどうか
◎昔、高校野球で東山高校とPL学園が対戦した。口さがない人はこの試合を「宗教戦争」と呼んだ。試合はPL学園が辛勝。敗れた東山高校の選手はインタビューに答えてこう言った。「お祈りが足りなかった」
◎甲子園球場をドームにしてはどうか?という意見があるが、これは実現が極めて難しい。高校野球の殿堂である以上、無理な日程で試合が強行されたり、不運な風が吹いて打球が伸びすぎたり、イレギュラーバウンドを起こす雨が降ったりすることは必須条件。あのときあんなアクシデントさえなければ故郷のチームは真紅の大優勝旗を持って帰っていたのに、という美談が成立しなければならない。間違っても大阪ドームで代替開催してはならないのだ
◎フォークボールを決め球とする投手をさして「天下の宝刀を抜いて見せた」とたたえるテレビ解説者がいる。言わずもがな、「伝家の宝刀」を解説者自身が覚え間違っているケースだ。全国の視聴者は、電話や手紙でわざわざ間違いを指摘すると人間が小さいと思われる気がして、黙って聞き流している
<親戚関係にて>
◎「おじさんの鼻デカい!」と幼稚園児の姪に言われる。そばで聞いていた義姉が「子供は正直ですみませんねえ」と巧みにフォローするが、フォローになっていない
◎不況で年末のボーナスが大幅に減らされたあとの正月に、相当、無理をして姪や甥に前年と同じ額のお年玉を渡す。袋の中身を確かめた姪が「あれっ、 これっぽっち?」と言う。こちらの顔がひきつるのが手に取るように分かる
◎中耳炎や蓄膿症など明らかに遺伝と思われる病気に孫が悩まされても祖母にとっては「自分似」だからうれしい
◎めったに会わない親戚と法事で会う。たまたま、そのときの言動をとるだけなのに、まれにしか会わない人同士なので「あの人はああいう人」とレッテルを貼られ、何年もそう思われてしまう
◎親戚が集まると「にいさん」「ねえさん」と呼ばれる人で、気難しく偏屈な人が必ず一人いる。みんながその人に気を使い、みな嫌でたまらないのに我慢しなければならない
◎田舎には天然ボケ老人がいる。これは私の父のことだが、孫がプレイステーションをしているのを見て、「おう! 珍しい番組やっとるのう」と言った
◎田舎に帰ると必ずこんな美談を聞かされる。○○さんちのおじいちゃんは尋常小学校のころ、すごく貧乏で家には進学させるお金がなかった。修学旅行でさえ、親が月賦で前借りしてようやく行かせたほどだ。ところが、おじいちゃんは村一番の秀才だった。担任の先生が卒業式のあと自宅を訪ねて来て、「私が学費を負担しますから、この子を上の学校へ行かせてやってくれませんか」と両親に頼みこんだ……。そういう人物はのちに地元選出の県議になっていることが多い
◎お中元、お歳暮には自分の好きなものを贈ってくれることが多い。しかし、贈ってもらったという気兼ねから、お返しのことなども気にかかり、案外手放しでは喜べないもの。同じ品を自力で買った場合のほうがよっぽど嬉しい
◎田舎に久しぶりに帰ると必ずこんな話題になる。何とかさんのおばあちゃんが去年死んで、何とかさんの娘さんはあそこに嫁いで今年、やっと子供が生まれた。何とかさんは昔、商売で羽振りが良かったが今は貧乏している云々。最初は物珍しく聞いているが、3日もするとだんだん嫌になってくる。この世界が嫌で俺は田舎を飛び出したんだという事実にぶつかる
<葬儀にて>
◎お葬式の挨拶で参列者にマイクで「謹んでお慶び申し上げます」と言ってしまう
◎知り合いの葬儀に行く時、時計を見るたび、香典袋、数珠の有無を確認してしまう
◎お葬式で、「このたびは」と言ったあと言葉が続かないで互いにモゴモゴ言い合う
◎喜多郎か冨田勲のシンセサイザーの音楽で、奇妙な繰り返しの曲が集会場に流され始めると、「不安と悲しみ」がかきたてられ、なんとなく葬儀会場らしくなる
◎葬儀は90歳で大往生したおじいちゃんが亡くなった場合なら、しめやかに「飲めや歌え」の大宴会になる。介護がもう要らないという安堵もあるのだろう。これが若い人の亡くなった場合の葬儀だったらそうはいかない
◎喪服を夏用も冬用も両方用意している人は少ないのではないか。どちらかの季節の喪服で用を済ませていることが多い。喪服を作ると親が死ぬという言い伝えもあるから積極的には作らない。真夏の葬儀に真冬の喪服で大汗をかきながら参列したり、真冬の葬儀に真夏の薄い喪服で参列して自分も風邪で寝こんでしまったりする。お年寄りになると、葬儀に参列したのがもとで亡くなる「二重遭難」もある
◎新品の革靴はどういうわけか、冠婚葬祭で初めて履くことが多い。慣れない道を長い距離、おろしたての革靴で歩くものだから、大概、ひどい靴擦れが出来て苦しむこととなる
◎会社の先輩のご尊父の葬儀が、我が家から歩いて30分のお寺であった。あまりに近かったので「ここでの葬儀なら苦もなく何回でも来られる」と不謹慎な感慨に浸ってしまった
◎四十九日が過ぎると香典返しが家に届く。「満中陰志」と書いてあるが、かえすがえすも妙な字面だと思う
<披露宴にて>
◎披露宴で友人代表としてあいさつに立ったのに、後方の親族が盛り上がって騒いでいて、誰も聞いてくれていない
◎披露宴で初めて会う相手方の親戚は異様だ。黒装束に身を固め、言葉や振る舞いがそれまでの自分の周辺にないものなので、知らない宗教の信者たちのように見える
◎披露宴で最初に挨拶に立った人が長話をすると困る。式次第が大幅にくずれ、料理も冷めてしまう。そういう人物に限って「いささか簡単ではございますが……」と挨拶を終わる。そのとばっちりで、友人代表として挨拶をするよう言われ緊張しつづけていた人の挨拶が、時間の都合でカットされたりする
◎披露宴の準備をしていると、自分の親と相手の親はまだ親しくないのでほとんど連絡を取り合わない。「料理は洋食か和食か」とか「お色直しは何回か」など、それぞれの家のしきたりに起因する要求が全部、新郎に回ってくる
◎披露宴の朝、新郎や新婦は緊張で朝食も喉を通らない。午後の披露宴までは準備に忙殺され、本番では、これまた皆の前で目の前の料理に手を出すのも見苦しいので控える。結局一日中ろくに何も食べないまま過ごすものだからだんだんフラフラになっていく。ひどい時はおめでたい席なのに新郎や新婦が倒れたりする
◎披露宴に向けて両家の意思は通じにくい。お色直しはどうするか、料理は和食か洋食か、何人を呼ぶか、テーブルは四角か丸か、誰が挨拶するかなどなど、最近までまったく赤の他人だった両家は宗旨に始まり、式の形にいたるまで披露宴の直前まで揉め続ける。しわ寄せは新郎にくる
<会社にて>
◎デスクに文句を言った翌日に自分のミスで訂正が出る
◎鍋を食べに行き、率先して野菜を鍋に入れようとしたら鍋奉行の部長から「肉が先だよ」と叱られる
◎新入社員採用の面接をする人々は、みな自分では「人を見る目がある」と確信している。しかし、時間がたってみると奇人、変人を見抜けないで採用してしまっていたことに気づく。わずか5分くらいの面接では良心的に受け答えしようと努力する受験者の本質は見抜けない
◎「毎日同じセーターですね」と職場の異性に言われる
◎異動の内定を受けた日に「全然話が来てないよ」と親しい友人にウソをつく
◎明らかに左遷された人事なのに、送別会の席で部長から「このたびの栄転」と皆に紹介される
◎組織のトップには、えてしてバカ殿がいる。実務をもっぱら取り仕切るのはバカ殿直属の手下。手下は陰険な辣腕の仕事師。その憎まれ者が兵隊に鞭をいれて結果を出させるので、組織としてのアイデンティティーは保たれ続ける
◎トイレで部長と隣り合わせになる(「きょうの仕事は?」「××です」「ふーん、大変だ」などといったあたりさわりのない会話に終始する)。また、自分の出たあとにすぐ誰かが入るのを目撃するのは恥ずかしい
◎長い廊下で知り合いと行き違う。しばらく見えていないふりをして、近づいてきたら初めて気づいたふりをして互いに挨拶する
◎局長と局次長を空港に引率し、空路3人で一緒に帰阪してきた平社員の述懐。「二人がなかなかついて来てくれなくて困ったよ。はぐれるわけにもいかないし。まあ、はぐれてもいいんだけどね」
◎会社で勤務交代を頼まれる。近づいて来た瞬間にそれと分かる。「えーと、○○君、××日は△△だったねえ。なんか用事ある?」「いいえ」「悪いんだけど、□□に代わってくれないかなあ」「ああ、いいですが」。安請け合いし、確認のため、メモ用紙を身の回りに探して書き留めたりする。が、勤務の改悪を失念したりはしない。のちに何度も思い出す
◎親しい同僚だけに旅行のお土産をあげたら、後日、みんなの前でお土産のお礼を言われ、その場に変な空気が流れる
◎長かった会議も最終盤。今にも部長の口から「何もなければ今日はこの辺で…」と閉会の言葉が発せられようかというときに、ドアを開けて初めて入って来る部員がいる
◎侃侃諤諤の議論が続く午前中の会議。意見が割れ、何一つ合意が生まれない。そこでお昼の休憩に入り、みんな昼食をたっぷりいただき、満腹で午後1時に会議を再開すると、午前中の紛糾が嘘のように意見がまとまり始める
◎会社で大喧嘩したあと食堂へ行き、「あの馬鹿野郎!」と思いながらも、「もういいからほかの事を考えよう」と心に念ずる。ところが、すぐさま腹を立てた事柄に考えが及んでしまう。料理の味は分からず、他人との会話も手につかない感じになる。やたら喉が乾くのでお茶ばかり飲んでしまう
◎食券を取って社員食堂に行こうとすると「もう3枚くらい食えよ」とか「食券濫用だなあ」などと同僚に言われる
◎社員食堂には「盛り合わせ」というメニューがある。品数は多いが仔細に点検すると売れ残った小鉢を寄せ集めただけの「有り合わせ」だったりする。結局一番うまいのは無料のお茶だったりも
◎お正月のあと、初めて職場へ行って「本年もよろしく」と挨拶して回る。なにか卑屈な気持ちになる
◎家族と出かけた場所で、会社の同僚の家族とバッタリ会ってしまう(しばらく立ち話をしたあと、相手の奥様が「じゃあ、また」と言ってくれて、互いに反対方向へ離れていくが、その「また」は二度とない)
◎会社のつきあい酒で、年配者から「君は人が善すぎるから出世できないだろうなあ」と言われる
◎会社の玄関の守衛さんの前で定期券を見せてしまう
◎稲山さんは警察取材に強い武闘派の事件記者だった。その風貌は警察関係者風の丸刈り、首短、アンコ型の体形で、まるで同業者かのように警察関係者に親しまれた。6月末、本人は希望休をとってゴルフに行った。ところが、ちょうどその日が企業の株主総会の集中日にあたっていたため、部のみんなは「稲山さんはきょう、総会屋として株主総会の邪魔をしに行った」と陰口をたたいた
◎「家に帰って何しようかな……」と独り言を言っていると、上司に「いかにも大した趣味はなさそうだな」と言われる
◎上出来のギャグを発したと納得していたら「何が面白いのか分かりません」と一本気な後輩に真顔で言われる
◎結婚に至ったいきさつを得意になって話していたら聞いていた男に「フン! 良かったねえ」と鼻で笑われる
◎「いただきものですが、うちは誰も飲まないので日本酒をもらってくれませんか。明日持ってきます」と会社の人に言われる。翌日お返しの焼き菓子を持って出勤すると、本人は「あー、忘れてきた」。お返しの焼き菓子の方を先に手渡すことになるが、この債権は菓子同様、焦げ付いて不良債権になる可能性が高い
◎会社で「あーあ、腹減ったなあ。さあメシに行こう」と思っているときに、運悪く「おっ!久しぶり。お茶に行こうか」と旧友や上司に喫茶店に誘われてしまう。断り切れずにコーヒーをいただくと、おなかがチャプチャプになって、そのあとメシを食ってもなんだかまずい
◎会社の同人会の打ち上げ会があると、必ず「その場の雰囲気を壊してでもいいから文句を言いたい人物」がいて、幹事を困らせる
◎出勤時間に遅れるのは世の常。数分遅れた場合には「猛省」が遅刻者の表情に表れている。ところが2、3時間寝過ごし大幅に遅刻して出勤した場合には満面の笑みが顔を覆っている
◎会社の管理職には「あいつは出来る」だの「あいつは出来ない」だの、一刀両断で同僚に評価を下そうとする人物がいる。その人の話をよーく聞いてみると、「なかでも一番出来るのは俺」という不遜な結論になっていることに気づいてただただ呆れる
◎「言いやすい人に対してなら文句を言う」「言いにくい人には文句は言えない」「言っても無駄な人には初めからあきらめてかかる」。これが人間社会の常である
◎新聞社はおかしな会社で、朝、9時に出社して夜7時に帰ろうとすると「もう帰るのか!?」と言われる。ところが午後3時に出社して午前0時に帰ろうとすると、「ごくろうさん」になる
◎署名原稿を書く。取材にさんざん苦労して、やっと仕上がった文章を第三者のデスクが手を加えてズタズタにする。「自分の呼吸ではなくなった」文章が自分の署名で新聞に載る。記者仲間は、「今回の記事はもう一つだったね」といい、取材に応じてくれた人からは「あれほど熱心に答えてあげたのに……」とクレームがつく。第三者のデスクは「これが新聞の宿命だ」と自己満足に浸る
◎免許取りたてのM君の実話。正午に車の保険が発効した直後の午後2時、新車でドライブを始めた。そこへ人相の悪い支局長から呼び出しのポケベルが鳴った。M君は動揺・仰天してハンドルをきり損ね、電柱に激突し、新車は大破。後日、保険屋は地団太を踏んだとのこと。「保険も効き始めが肝心です」
◎会社の控室で「東京のどこが好きか」という話をした。僕が「やっぱり青山や渋谷、自由が丘がいいなあ」と言うと、若い女性が「私は何といっても日暮里や巣鴨が好きです」と答えた。僕はそのとき「この女性とは暮らしていけない」と確信し、そう言ってみた。すると女性も「一緒に暮らしたくない」と返答した
◎会社の文書で「これこれは、いかがなものか」という表現がある。いかにも日本的な異論の唱え方だ。結局は反対なのだが、オブラートに包んである分、慇懃無礼と言わざるをえない
◎「君は法学部出身だったねえ」といいながら私に質問に来る人がいる。私は不勉強で即答できたためしがない。やがて誰も質問に来なくなった
◎大山さんという人がいた。何をするにもあわてて大騒ぎする人物で、大騒ぎする割には事態はさして緊迫していないことが多かった。周りの人は大山さんが騒ぎ始めると「大山鳴動してネズミ一匹だな」と笑っていた
◎森永さんという人もいた。何をするにも小さいことにこだわる人で、小さいことに気をとられるあまり、大きいことをないがしろにしてしまう傾向があった。この現象を周りの人は「木を見て森永を見ない」と言った
◎眼鏡を新調して初めて会社に行く。「誰が最初に眼鏡が変わったことに気づいてくれるだろう?」と期待して。視力が上がったものだから、みんなの視線が妙にくっきりと感じられる。ところが一向に誰一人として気づいてくれない。顔の真ん中に貼りつけてあるものなのに、である
◎空気清浄機が職場に配置された。煙草を吸わない人にとっては願ってもない機械。しかし、ふと誰かが言った。「職場の空気」清浄機こそ必要ではないか、と
◎不規則な勤務で腹具合が悪い朝、上司からコーヒーを勧められる。「きょうはちょっと……」と言うと「なーんだヨ、俺のコーヒーが飲めないのか」と言われそうなので、しぶしぶいただいた後、トイレに走る。仮に「きょうはパラグアイがちょっと……」と言ったところでウケはしない
◎会社を出て「ああ、せいせいした」と電車に乗って帰ってくる。自宅へ戻り、鏡の前に立つと胸に社員証を付けたままだったりする
◎異動していなくなった人のことがときどき話題に上る。一人の人が「××さん、どうしてるかなあ。もう半年たったなあ」という。もう一人が「サル顔、日々に疎しだからなあ」と言うが、だれも笑わない
◎連休の前の日の夜、職場で周りの人にニコニコ話しかける自分がある。すぐ帰ればいいものを「ちょっとゆっくりして帰ろうか」と必要以上に職場に待機してみたりする。もし明日も勤務だったら、さっさと帰るはずなのに
◎いかつい顔で脅し屋の人物が職場にいる。みんな緊張しながらその人の周りで立ち働く。「じゃあ、お先にな!」とその人が帰ってくれると、急に職場が和やかになり、冷たくなっていた指先が温かくなってくる。脈拍も正常に戻る
◎会社で仕事をしていると、背中でよその部の人が話し始める。聞くともなく聞いていると、どうも私の仕事について、本人がここにいるとは知らず貶し合っているようだ。いたたまれなくなって席を立つ
◎「○○君、これやってくれるか?」と目下に頼んだ仕事は、嫌そうにするし結果が出るのが遅い。逆に「これ、どうでしょう?」と目下が聞いてくるので「いいんじゃない?! やってみて」と言った仕事は進んでするし結果が早く出る
◎会社のビル内の食堂の前に洋品店がスペースを借りて出店している。「スーツ2割引き」などと張り紙がしてあって、店番の人が一人立っている。ネクタイなども扱っているが、社員は一瞬立ち止まって見ることはあっても、実際に買う気になってサイズを合わせたり、色や柄を選んだりすることはまずない。なぜなら通りかかる社員の目がこちらに注がれているような気がするからだ。場所代もいるだろうに、一向に売れている気配がないのもうら悲しい
◎海外旅行に行ってチョコレートなどお菓子のお土産を買って帰る。翌日、職場にいそいそと持って行き、「旅行のお土産です。皆様でどうぞ。○○」などと紙を添えて机の上に置いておく。数時間後に見てみると、ほとんど手がつけられていない状態でお菓子が残っている。恥ずかしいので自分で食べて、箱をごみ箱に捨てる作業が痛々しい
◎会議を始めるにあたって、お茶を取ろうということになる。「何がいいですか?」と聞いて回ると「ホット」と言う人以外に「プリン」という人がいたりして膝の力が抜ける。下っ端の人が集約して、電話で出前を注文し終えたころ、会議に遅れて部屋に入ってくる人物がいる。「○○さん、今、お茶を取ったところです。何にしますか?」と聞く。走ってきたその人は汗びっしょりでだいたい「アイスコーヒー」と言う。下っ端の人が再び電話をする。「あ、さきほどの出前、追加できますか?」と聞く。やがて会議が始まり、発表者が発言し始めたころ、ウエートレスがお茶を持ってドアをノックして入ってきて会議が中断する
◎会社で誰か二人の口喧嘩が始まるとフロア中が急に静まり返る。みんな急に私語をやめ、素知らぬ顔をしながらひそかに耳をそばだてる。内心「もっとやれ、派手に喧嘩しろ」と思っている。ガーッと単調にうなり続ける機械の音が際だつばかり
◎社長が新入社員に訓示をたれる。「わが社のモットーは3つのSです。1にスピード、2に親切、3にスケール」などと得意げにぶち上げる。新入社員は一瞬、納得させられたような気になる。が、ちょっと冷静になって考えると、社長のただの思いつきとこじつけがもっともらしく並べられただけだと分かって馬鹿馬鹿しくなる
◎「良いネクタイをしている」と言われる。「ダイエーの優勝セールで2900円のが1000円になった」とは言い出せない
◎少し早めに帰りたい日に、上司に向かってその旨告げる際には、くれぐれも「必要以上にしたてに出ない」ことを心がけたい。「失礼ですが、もうそろそろ帰ってもよろしいございますでしょうか?」などと馬鹿丁寧にご機嫌を窺うと、相手がたとえ人格者で鳴らしている人であっても「もう帰るのか!」と言いたくなってしまうのが人の世の常
◎年賀状を出した人から返事が来ないことがある。「こちらがせっかく貴重な時間を割き、50円ものハガキ代を出して年賀状を出してやったのに返事を寄越さないとは何事だ! もう来年は絶対に出すもんか!」とまる一年越しの恨みを抱き、早くも来年に向けた抱負を胸に刻んだりする。冷静に考えてみると、かえすがえすも人間が小さいと思う
◎人事異動の発表があった。同僚が私の前の職場に赴任することになっていた。私は前の職場に電話を入れてみた。そこで親しかった人が私に言うには「嫌な奴が来ることになったなあ。仕事はできるらしいが……。君程度の人間でいいのに」。
◎「人格8割、仕事2割じゃないと、仕事ってもんは立ち行かないよ……」と年配者が若手に言う。すると職場で一番嫌われている人物がそれを聞きつけて吐き捨てるように言う。「人格なんか関係あるかっ! 仕事が10割だ!」。ハイハイ、恐れいりましたーだ
◎「電話の切り方でその人物が分かる」と喝破したのは我が敬愛する大先輩、中村氏だ。電話を切ったあと、「ばかやろう、このくそ忙しいときに!」などと放言する人物が善人であった例しはない、と。確かに
<電車にて>
◎飛び乗ろうとした電車のドアがあと一歩のところで閉まってしまう。車内からの多数の視線がまぶしい
◎電車内で駅売りのスポーツ新聞を熱心に見ていると、たまたま開いたページがいやらしくて隣の若い女性に嫌な顔をされる
◎満員電車で乗り合わせた知り合いが「最近のコソボ情勢、どう思いますか?」と大声で質問してくる。無数の聞き耳が立っている
◎女子高生たちが電車の中で「あの男の人、背が高くてすごくかっこいい」と誰かについて盛んにうわさしている隣でひとり吊り革につかまって佇む
◎金曜日の夜11時、満員電車に乗って家路を急いでいると、会社員ふうの酔った上司が連れの部下に「サラリーマンとはなあ、そんな甘いもんじゃないんだ!」と説教している。同じサラリーマンとしていたたまれなくなる
◎同じく夜の電車で、いかにも水商売のアルバイト帰りの服装をした女性が自分からケータイを友達にかけて「私、今度、歯医者の受付に応募するんや。えっ? なんてー? その方がかっこええに決まってるやんか」と話している
◎電車に乗ると、ときどき「次は渋谷、渋谷ー。新宿まで止まりません」と、車内アナウンスして回っている乗客がいる。「あんたは車掌か!?」と言いたくなる
◎地下鉄駅の改札を入ったところで「じゃあ、また会おうね」と快活に挨拶し、知り合いと別れる。互いに反対方向の電車に乗るため、それぞれのホームに下りて行く。が、電車はなかなか来ない。向かいのホームに別れたばかりの知り合いの姿が見える。また目が合うのも変だと思い、ホームの端っこまで歩いて行ってベンチに身を隠し、本を読んだりするがほとんど頭に入らない
◎よぼよぼのご老人が電車に乗り込んで来たので、あわてて席を譲ろうとしたら、返事もせず首を振って断る。それでいて次の駅でこちらが降りようとしたら、すぐ座る姿が見える。「最近の年寄りは礼儀を知らない……」と愚痴のひとつもこぼしたくなる
◎電車に乗って、やっと座れたと思って喜んでいると、吊り革を持つのもやっとのかなり酔った男が乗り込んできて自分の前に立つ。ゲロを掛けられないか心配で下から何度も見上げる
◎ふだんむっつりしてしゃべらない男子高校生が電車内で数人集まるとじつにうるさい。高崎山に来てしまったのかと思う
◎夜の満員電車でもう動きがとれない。どこにも隙間がない。それなのに、一人誰かがゲロをし始めると、さっと乗客たちが身を引く。そして、気がつくと「こんなにスペースがあったのか」と驚くくらいゲロを吐く人の周りが空いている
◎JR四国の車内販売で、買ったばかりのお弁当を取り落とした人を見た。さっき弁当を買っていた人が「あっ!」と言ったと思ったら、弁当の中身がうつぶせになって床に落ちていた。その人は可哀想に売り子さんにもう一度おなじ千円の弁当を頼んでいた。私は口を押さえて笑いながらもだんだん気の毒になっていった。「人生って哀しいものですね」
◎夜、阪急電車の車内。携帯電話で美人の女性が小声でささやいた。「お母さん? 私です。ひとつ早い各停に乗れたからね。じゃあ」。そのとき私は、周囲の状況を考えた礼儀のよいお嬢さんだと感心した。ところがお嬢さんの隣のオヤジがすぐさまこう諭した。「こういう場所では、電話は遠慮しなさい!」。言い易い人には言う。困ったオヤジだ
◎夜、混雑する電車に乗る。どうにか若い女性の横の狭いシートに座れてホッとする。ところが、そのうちに郊外の駅で乗客がだんだん降りていく。気がつくと長いシートに座っているのは、若い女性と自分だけだ。「いまさら急に席を移動するのもおかしい」と考える二人同士が、がら空きの電車で、まるで恋人同士のように接近し合ってポツネンと座っている。その様子が闇を背景に鏡と化した車窓にくっきりと映っている
◎電車で座っていると、向かいに座っているのがあまり親しくない近所の奥さんだと分かる。「こんにちは」と挨拶したあと、次に止まる駅までが長すぎる
◎駅のホームで別れる。「それじゃあ、また電話するね」「夏休みにはまた来てね」とか言いながら、ひととおり挨拶を終える。ところがまだ電車のドアが締まらない。発車もしない。お互い、もう話しかける言葉がなくなって、目のやり場に困る
◎電車で座ろうとすると目の前に百円玉が落ちている。自分が座る前から周りの人はその存在に気づいている様子。いったん靴で百円玉を踏んづけておいて、終着駅まで足を動かさない。皆が降りたところで「あれっ、こんなところにお金が……」などと言いながら拾う。「もし咎められたらいつでも渡しますよ」という意味で、二本指でお金を見せびらかすように持ったまま改札を出る。誰もなんとも言わないことが分かったら、さっとポケットに突っ込む。気味が悪いので缶ジュースでも買う
◎電車の中で携帯電話で話している男がいる。聞くでもなく聞いていると、「4億の物件」だの、「担保が2億」だの得意げにしゃべっている。そこまでスケールが大きい人物なら、通勤に電車なんか使わないはずだが
◎午後9時になると中学受験の塾帰りの子供たちが電車に一斉に乗ってくる。小突いたりつつきあったりと大人の顰蹙を買う奴ばかり。若いのに眼鏡をかけ、帰宅後おそい夕食を食べる生活を思うと、少しは同情の余地がある。が、とにかく車内でうるさいのをやめてほしい
◎日曜日の夕方、電車に乗って、前に座っている家族4人組を見る。どこかの山にハイキングに行った帰りらしく、4人が一斉に爆睡し、鼻ふうせんを膨らませている。この旦那がこの奥さんと結婚して、この子たちが生まれたわけか……と考える。その気でよーく見ると、そういえばみんな鼻の形がそっくりだ
◎昔、東武伊勢崎線に乗っていて、人の姓を叫び続ける少年がいた。「木村、木村、木村、木村……」と口に手でラッパを作って叫んだあと、こんどは「山田、山田、山田、山田……」と叫ぶ。「そのうち自分の姓も出てくるのでは?」とヒヤヒヤした
◎電車で座ってウオークマンを聴くときは、みんなどうしたわけか前の席に座っている人物を注視してしまっている。前の人物が「何か用かい?」と視線を合わせてくると、ハッと我に返って視線を外す。音に集中していると人は何でもいいから一点を見つめてしまうものだ
◎改札口は恋人同士の別れの宝庫。だいたいは改札口前の太い柱に女性が寄りかかって泣いている。男がそれをなだめている。言葉数はすくない。「だからそういう意味じゃないって言っただろ」と男。「もういいの」と女。いつまでも埒のあかない会話が続く。大勢の乗降客がチラチラ二人を見ながら通り過ぎる
◎自動改札機を通ろうとしたら前の人が料金不足で、改札機が「ピポピポ」鳴り始め、目の前の改札が中止になる。後ろに並んでいた自分は困ってしまい、咄嗟に隣の改札機に移ろうとする。すると後ろの中学生くらいの男子生徒に「何だよお! 割り込みやがって!」と肩でぶつかられて大人としてはムッとする
<理髪店にて>
◎理髪店で顔を剃られるとき、笑っちゃいけないと思えば思うほどおかしくなってこらえきれなくなる
◎風邪をひき、1週間も頭を洗わないで理髪店に行くと、座るなり「ちょっと頭洗っていいですか?」と言われる。洗いながら「どこかかゆいところはありませんか」と聞かれるが、無防備かつ無抵抗な格好をさせられていて「ここがかゆいです」と指し示すことができるはずもない。「つむじから右に2センチのところをよく洗ってください」となどというわけにもいかない
◎理髪店である程度カットが終わると、店員が鏡を持ってきて、「いかがでしょう?」と映して見せてくれる。眼鏡を外していてほとんど見えないが、眼鏡をかけてもらったところで「もう少し切ってください」とは言えるが、「もう少し長めにしておいて」とはもはや言えない
◎理髪店の主人に「小渕首相もこのままじゃあいけませんねえ」と水を向けられて、このまま寝たふりをする
◎仕事の最中に職場を抜け出して理髪店に行き、何食わぬ顔で戻ってきたつもりでも必ず「散髪に行ってきたでしょう?」と他人に見つかる。理由を問いただしてみると「顔が2倍になっているからすぐ分かる」と言われる
◎不景気になって、どうもそんな気がする。理髪店側は「あまり切らず、長めに髪を残しておいて近々また来てもらおう」としている。客の側は「短めに切ってもらって、いつもなら1カ月で切りに来るところを2カ月に引き延ばそう」としている、と
◎理髪店で洗髪してもらうと、顔を拭くタオルが渡されるまでがもどかしい。自宅でならさっさと拭く顔を店員が代わりに拭いてくれたりもするが、居心地が悪くてどうも「さっぱり感」がない
◎理髪店に行くと疑問に思うことがある。小学生の料金が安くて、大人の方が高いのはなぜか。大人の禿げちゃびんの人と、子供のくせ毛の人と、どちらの方が手間がかかるか。答えは素人にだって分かる。禿げの大人には髪を探したり、一本一本を大切にしたりする料金が入っているのだろうか
◎転勤が決まってあと1カ月でそこを転居しなければならなくなってから、初めて入る近所の理髪店に行く。主人はこのお客さんを固定客・常連客にしようとこちらの住所や家族構成を聞いてきては必死でなごやかな話題に持って行こうとする。そこで「おいら、もうこんな土地に長く居ねえんだ。左遷さ」と言うか言うまいか迷うが、ついに切り出せないまま散髪を終えて店を出る。「またお越しくださいね」と背中に声をかけてくれる主人が不憫でならない
◎理髪店に見習いの若い綺麗な娘さんがいたりする。彼女が首筋を剃ってくれたりするとオジンとしては何だかコウフンしてしまう
◎「お客さん、若禿げには○○トニックがいいですよ」と理髪店でアドバイスしてくれる親父がいう。ところが当人がバーコードだったりする。説得力があるようなないような。痛い失敗の経験を踏まえての貴重な発言だろうか
◎禿げの話をすると皆、一様に自分の頭が薄くなったことも含めて実ににこやかに話す。時には一座で大笑いになる。「なぜか」と考えてみるに、「禿げくらいでは命に別条がないから」という結論に達する
◎理髪店に入ると、話が弾んだあたりで「若禿げにはいい養毛剤がありますよ」と店員に暗に購入を勧められる。「私は理髪店に払うお金をようやく貯めて2カ月ぶりにここに来たのに、そんな無駄銭がつかえるか!」と叫びたくなる。さらに「禿げだけじゃない。白髪も多くなっているだろう。足も短いぞ。おれは三重苦の男ヘレンケラーだ」とも言いたくなる
<お店にて>
◎バーゲン商品を折り込み広告で見つけ、開店時間めがけて一目散に買いに行ったら、店員から「このバーゲン商品なんかよりこちらの方が新しいし、はるかに性能がいい」と言われて、結局ちっとも安くない高級品をつかまされる羽目になる
◎ネオンテトラなどの熱帯魚を買いに行くと、コリドラスという魚も一緒に飼うよう勧められる。コリドラスは、底砂にたまったえさをはいつくばって食べてくれる「お掃除屋さん」だが、その下積みの長い、魚社会の底辺での「日陰者」の暮らしぶりに、飼う者は自分のささやかな人生を投影してしまう
◎割引券が使えるからと安心して娯楽施設を利用しに行く。そういう時に限って係の人から「すみません。日曜祝日にはこの割引券は使えません」とか「このサービスは先月で終わりましたのでご了承ください」とか言われ、結局、原価で払わされることになる。わずかでも割り引いてもらおうとした自分の浅ましさもあって、案外、文句は言えない。同様に、2時までのランチを目指し、2時2分に入ったレストランで「あいにく、ランチは2時で終わりました」と言われて引っ込みがつかなくなり、高い料理で我慢することも
◎薬局に「ルルをください」と言いながら入ったのに、他の高い風邪薬を勧める店員がいる。おまけに不必要なドリンク剤まで勧めることがある。「俺はルルを買いに来たんだ。ルルを出せ!」とこちらもだんだん激昂してくる。由紀さおりのハミングソング「ルールルルルー」を歌いたくなる
◎夕方、レストランで4人掛けのテーブルに座り一人、注文の料理を待っているとだんだん店が込んできて、店員が「誠にすみませんが、カウンター席に移っていただけないでしょうか」と言いに来る。「俺だって立派な客だ!」と心の中で叫びながらもしぶしぶカウンター席に移る。もう二度とこの店には来るまいと心に誓う
◎蕎麦屋に入ってやっと盛りそばが出てきた頃、「ご相席よろしいですか?」と店員に言われ、見知らぬ人が対角線上に体をよじらせながら座る。食べ方をジロジロ見られているような気がして音をたてないように食べるので、そばがちっとも美味しくない
◎最近、不景気のせいか、「100円ショップ」をよく見かける。1個売って、儲けはいったいいくらあるのだろう? ときどき心配になる。まさか100円以上あるはずもなし
◎大阪・ミナミの怪しげな店に入ると、激安のブランド商品が目白押し。しかしよーく見ると、バッグのロゴがGUCCIではなくGUTTIだったり、洋酒がWHITE HORSEではなくWHITE HOUSEだったりする。中国や台湾も有名ブランドに似せて精巧に作る技術があるのなら、せっかくのその技術をちゃんとした品物作りに生かして欲しいものだ
◎地方へ行くと誤植の看板が目立つ。「堀り出し物」とあったり、「衛生放送は当電気店で」とかいった具合に似たような別字が堂々とまかり通り、年月を経て埃をかぶっていたりする
◎ガソリンスタンド。若い女性の店員さんが窓ガラスを拭いてくれると、窓を開けて「ありがとう」とにっこり笑いかける。これがもし男の店員だったら「拭いてくれて当然」という顔でムスッとしている。態度の使い分け、あまりの落差の大きさに我ながら嫌になる
◎物を買いに行って、店員さんに「これ、よろしいでしょう?!」と勧められ、あまりに値段が高いので、「黒じゃなくて茶色だったらなあ」と返事すると、「茶色も在庫がございます」と言われ、余計に店を出にくくなる
◎レコード店で自分が欲しいCDをほかの人も手に取る。趣味・心象風景が同じだと思いたくない。一線を画したい
◎本屋のレジで自分の買う本や雑誌を後ろの人にジーッと見られるのは恥ずかしい。欲しくもないつまらない雑誌の下に恥ずかしい本を入念に重ねてレジに出したにもかかわらず、だ。また、注文していて届いた本の題名を店員が読み上げるのも困る
◎豆腐屋で「絹ごし豆腐を一丁ください」と言うと、店員に「一個ですね」と言われる。魚屋で「イカを一ぱいください」と言うと、店員に「一匹ですね」と言われる
◎コンビニの店員の口調が毎回あまりに紋切り型なので、いっそ録音テープでも流した方がまだ心がこもると思う。つい、「きょうは何時まで働くの?」などと、「想定問答集」のパターンにない質問を浴びせてみたくなったりする
◎「眼鏡フレーム半額、レンズ無料」という看板に惹かれて眼鏡屋に入る。若い女性に検眼をしてもらい、近視や乱視が進んでいるとの説明を受けたのち、値の張る非球面のプラスチックレンズから購入を奨められる。いまさら「看板にあった通り、無料のレンズにします」とは言えない
◎ふと入った電器店で長い間、店員の熱心な説明を聞くと、「やっぱりこの商品を買う気にはなれません」と宣言して立ち去る勇気がなくなってくる。だんだん腋の下に汗が出てきて、店員の情にも打たれてしまい、普段なら到底手を出さない高額の品物をすんなり買わされてしまったりする。こういった失敗に懲りて、「はい、いらっしゃいませ」と店員に言われただけで売り場を背にすることが増える
◎「どんな業界にお勤めですか」と聞くと、「アパレル業界です」と答える人がいる。ところが、いろいろ話をしているとけっこう喧嘩っぱやい人だったりして、じつは「暴れる業界」の人だったと悟ることになる
◎気にいった腕時計を買う。「『ちょっとイメージチェンジ、してみました』だなー」などと独り言を言いながら大枚をはたいて買う。しかし、後でつぶさに見てみると、以前持っていた時計と大差ないデザインだったりする。何年たっても自分の好みが変化も進歩もしていないことに気づいて、「バカだな、私って」とほくそえむ
◎子供の頃、写真を入れるアルバムがないということになって、母が買いに行った。「フエルアルバムなのに安かった。2冊買ったよ」と喜んで帰ってきたので、覗きこんでみると「フヤスアルバム」だった。いまではフヤスの方も大手になっており、詐欺まがいではない
◎ラーメン屋に入って「みそラーメン!」と注文する。1分もしないうちに「ヘイ お待ちっ!」とみそラーメンが自分の前に届く。「おいおい、本当に注文聞いてから麺を茹で始めたのか?」と聞きたくなる。食べてみると、気のせいか麺がのびていて、スープがぬるいような……
◎居酒屋に行くと「とりあえずビール」と言う。生ビールが運ばれて来て、「きょうはお疲れ様でしたー」と言い合いながら乾杯する。ジョッキを一気に飲み干すと、「うまい! ビールは一杯目が一番うまいんだよな」と毎回同じことを言う
◎日本料理店に行く。本店の近くに支店があって、そちらに行ってしまう。いつまでたっても仲間に出会えない
◎お店で「498円です」と言われる。財布の小銭で払おうとしたら「497円」しかなかったりする。しかたなく千円札を出し、おつりの小銭がさらに財布を膨らませる
◎回転寿司のアトムボーイや餃子の王将など、「安い、うまい」を売り物にしている店に入って一人昼食を食べる。高級レストランに行ったときとは違い、「あの人も食費を倹約している貧しい人なんだ」と周りの客を眺めてしまう
◎年下の女性と喫茶店に入る。この店では男で年上の自分が料金を払おうと心に決め、「何でも頼んでくださいね」などと言う。ところが相手の女性が思いのほか高い飲み物や軽食を注文してしまったりする。だんだん顔が引きつってくるが、貧乏人だと思われたくないので平気そうな顔をする。内心では「財布に1万円札はあったかな」と考えたり、「明日からは昼飯をすうどんだけにすればいい」と考えたりしている
◎本革のズボンのベルトを2100円で買ったあと、時計店に入り、本革の時計ベルトを買う。これも2100円。ちょっと疑問をいだく。ズボンのベルト1本作る革で時計のベルトを幾つ作れるだろう。それにしても何で同じ値段なんだ?
◎大阪・第1ビル地下の「つるつる庵」でそばを食べた。「にしんそば」と店員に告げると、「?」という顔をするので、もう一度「にしんそば」と言いなおした。すると、やがて「へい、お待ちっ! 月見そば」と卵入りのそばが出てくるではないか。「えっ? にしんそばですが……」と私が言うと、店員はあわててにしんを載せてくれ、「月見・にしんそば」に変身した。値段は400円のまま。一瞬、得をした気分になった。けれど、そばの味を楽しむどころではなく、サッと腹にかきこんでそそくさと立ち去るしかなかった。考えてみるに「にしん」と「月見」、母音すら同じじゃないのに、なぜ間違うのだろう!
◎レストランで数人が食事をする。楽しく食べ終え、店を出る段になって伝票を一人のオバさんがわしづかみにして、レジに小走りする。それを見逃さないもう一人のオバさんがあわてて後を追う。「私が払う」「いいえ、ここは私が払う」と二人の押し問答が続く。最初は総じてほほ笑ましい光景だが、これがあまり長く続くと見苦しい風景になっていく。引っ込みがつかなくなった本人同士は険悪な口調になり、それまで本当に仲が良かったのか疑わしくなる
◎店で美人の女性がレジにいる。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」とハキハキした受け答えが生命力に溢れている。ところがある日、路上でたまたまその女性に出くわすと、制服を着ていないこともあって、さして輝いては見えない。芸能人と同じで、向こうはこちらに対して面識がないのに、こちらは思わずハッとしたのち視線を外してしまう。そして路上での彼女の真剣な表情に、「みんな生きることに精いっぱいなんだなあ」と思う
◎スーパーやデパートなどで複数の物を買おうとしているのにカゴがない場合、妙にハラハラする。一つ目の品を見つけていったん手に持ち、もう一つの品物を探して歩く時、自分が泥棒ではないことを目ざとい店員に分かってもらわなくてはならない。「私は今からこれを買います。決して万引きしようとしているわけではありません」と意思表示するかのように、腕を前に突き出し品物を見せびらかすようにして歩く
◎「わきが研究所」「トマト銀行」などという名前の職場では、電話がかかってくると「ハイ、○○です」などと女性、オジサンを問わず電話番の人が答えているのだろうか
◎本屋に入って探していた本をついに見つける。平積みにしてある目的の本の一番上の一冊を手にとって中身を確かめたあと、みんなの手垢がついて表紙が傷んだその本は元に戻し、下の汚れていない本をレジに持って行って買う
◎靴屋に入り、新しい靴を選びながら履いてみる。そこへおばさんが来て「あらっ! これなんかどう?」と言いながら自分が履いてきて脱いで置いてある靴を履く。「あっ! それは私のです!」と言うと、おばさんは「あれれ、あんまり良い靴だったので」と言い訳する
◎お店でおつりをもらったときに1円足りなかったとする。「まあ、いいか」と泣き寝入りする人物は、紳士というか普通。しかし「おい、1円足りないじゃないか」と店員に言えば即、計算高いケチ臭い男ということになる
◎商店街での年末セール恒例の福引は、宝くじ売り場に次ぐ欲望の発露の場所だ。ガラガラポンを回してハズレの白い玉が出てしまうとみんな肩を落とす。鐘が鳴ることもなく、ティッシュペーパーひとつを貰っただけでおめおめ退散となる。並んで待っている人々の手前、あさましくてきまりが悪いので、みんな一様に白い歯を見せて笑いながら去る
◎新年の初売りでは「福袋」が登場する。総額1万円相当の品々が一つの大きな袋に入ってたったの2千円だったりする。店側も景気づけが主眼で、採算は度外視しているのだろうが、それにしてもこれらの仕入れ値はいったい幾らなんだ? と聞いてみたくなる。私の妻なんかはカバン屋の福袋のすきまをこじ開け中身を確認していくうち、ほかの福袋に入っている財布も捨てがたいと考えて大いに迷い、近寄ってきた店員に「二つも福袋は要らないし……」と切々と訴え、ついにはほかの袋の財布と買いたい袋の財布を交換させた実績の持ち主だ
◎何人かで喫茶店に入って談論風発、さんざん喋りたおしたあと、「さあ、そろそろ行こうか」と誰かが腕時計を見ながら言う。目の前のテーブルの上には伝票が伏せて置いてある。まず誰がその伝票を最初に掴むかでみんながギクシャクする。「俺が…」「私が…」の払う意志同士のつばぜり合いも見苦しいが、当然、先輩であるあなたが払うものだと思っている後輩の側の出方も難しい。伝票に手を出すのも出さないのも変な気がして一瞬困惑する。しかも先輩がレジで払う前に自分も財布を取り出す真似をしたり、「割り勘でいきましょう」などと話しかけてみたりするのも痛々しい。即、「ご馳走さまでしたあ」などと予定通りの声を張り上げるのもケチ臭いので、払ってもらうことに「愛想驚き」の表情を見せつつ控えめに礼を言うのが望ましい
◎レンタルビデオ店に行き、「アルジャーノンに花束を」のビデオを手にとって「初めてです」という。「何か身分証明書をお持ちですか?」と男の店員が聞くので社員証を出す。「あー、ご住所が確認できるものが必要ですが」と店員。「じゃあ、これが健康保険証のコピーです……」と出す。すると今度は店員が「コピーでは駄目です」と言う。こちらもカッとなってしまって、「実物の健康保険証持って来たって、これとまったく同じだぞ!」と口走ってしまう。すでに私文書偽造の形相だ。結局、次回、健康保険証の実物を持って来るということで決着。社員証で仮の入会・レンタルを認められる。以上は私の梅田・三番街・TSUTAYAでの2000年2月12日午後8時21分55秒32のひとこまでした
<銀行にて>
◎私は三和銀行のATMでお金を下ろそうとした。ところがATMが突然止まってしまった。画面に「インターホンのボタンを押して係員を呼んでください」と出た。私はインターホンの受話器を取って、手近なボタンを押した。するとそれは「非常ボタン」だった。行内には非常ベルが鳴り始め、警備員が血相を変えて走り寄ってきた。「このボタン押しましたか?」と聞くので「はあ」と答えた。気がつくとお客さんの射るような視線が私に集まっていた。やがて行員も駆け付けた。結局、別のATMで無事にお金を下ろしたが、寝不足の目が一気に覚めた
◎銀行の両替機って、どうも使い方がよく分からない。先日、紀陽銀行であわてて1万円札を千円札10枚に両替しようとして、思いつくままボタンを10回押したところ、百円玉50枚の棒が2本転がり出てきた。百円玉計100枚では財布に収まらず、とても重くて持ち歩けないので、近くの三和銀行に駆け込み、ATMにいったん入金したあと、またカードで引き出した。めでたし、めでたし
◎バブルのころ、銀行や証券は「高利回り」と言ってMMFや中期国債ファンドを奨めた。低金利の今は「好利回り」と売り込んでいる。しかし、仮に百万円を1年間預けても、ほかの銀行や証券から下ろすと手数料で実質元本割れになるのが現状だ
◎あまり問題にされないが十分問題な存在として、銀行のATMやCDの案内係がある。いい年をしたおじさんやおばさんであることが多い。こちらがゆったりと振り込みなどをしていようものなら、すかさず近づいて来て声を掛ける。「お分かりでしょうか?」。「わかっているよ」などと強がっていたら、今度はATMの方が慇懃無礼に「恐れ入りますが、初めからもう一度やり直してください」などと連呼し始める
◎小銭が貯金箱にたまったのでダイエーのポリ袋に入れて銀行に持参する。「この小銭を預金したいのですが……」と窓口で言う。窓口の女性は手間ばかりかかって一向に利益につながらない仕事にうんざりしながら引き受けてくれる。しばらく小銭が機械でジャリジャリ数えられる音が行内に響きわたって恥ずかしい。給料日前で本当にお金に困っている時は、預金してすぐ現金自動支払機コーナーに走りたい。しかし何かやましい気がして、別の支店にわざわざ行って千円札で下ろしたりする
◎他行に振り込んだり、他行からキャッシュカードでお金を下ろしたりすると、105円から数百円引き去られる。この額ってけっこう馬鹿にならない。たとえば10万円を1年間、定期預金に預けても今の金利では数百円にしかならない
◎家の貯金箱に何カ月も貯めつづけた小銭を袋に入れて行って銀行の窓口で出す。「いくらになるか数えてこの通帳に預金してください」と申し出るのは勇気がいる。窓口の女性は仕事柄、嫌な顔ひとつせず、「かしこまりました。お客様、お座りになってお待ち下さい」などと言うが、その女性から小銭を数える仕事を仰せつかったもう一人の女性の顔は気のせいか、かすかに怒っている
<酔っ払い>
◎職場の同人会の幹事を引き受けさせられ、イヤイヤ宴会を設定したら、2次会になってタダ酒に呑まれてしまった年配者に「おい、幹事! つまみが足りないじゃないか」とからまれ、踏んだりけったりの気分になる。翌日、からんだほうはケロッとして出勤してくる
◎居酒屋で小用に立つと、一緒に飲みにきたと思われるサラリーマン2人が真っ赤な顔で並んで用を足している。一方が「お互い、意見は食い違っても価値観は近いことが分かりましたねえ」と言い、もう一方も「いやあ、君のことを誤解していたよ」などとすっかり打ち解けている
◎酔っ払いは必ず、お酒をこぼす。「まあ、飲め」「もっといけるだろう」「ほら、一気に」などとわめいているうち、徳利を皿の端にひっかけてしまい、テーブルやズボン、ネクタイなどにこぼしてしまって「あー」となる
◎会社の付き合いで酒を飲むと、社外で飲んでいるのに「仕事の話しかできない人」がいる。「この人の頭の中は仕事しかないのか」とがっかりする
◎酒ぐせの悪い人はどういうわけか、ある一瞬から「キレる」。その瞬間から言葉や行動が乱暴になり、ずっとキレつづけ、さんざん狼藉をはたらく。そのまま翌日まで正常な判断能力が途絶える。翌日、会った人に「君、その包帯はどうしたんだ?」と聞くと「ゆうべお前に殴られたんじゃないか!」と睨まれたりする
◎酒ぐせの悪い人は常時、小型の簡易「ちゃぶ台」を持ち歩くべきだ。そして酔いが回って気に入らないことがあると、星一徹ふうに「ちゃぶ台」を一気にひっくり返して、ストレス解消に役立てていただくとよい
◎「俺はもう酔った」と言う人は実はさほど酔っていない。「俺はまだ酔っていない」と言う人は実は相当酔っている
◎宴会の席に事情があって遅れて行く。もう、すでに出来上がって顔を真っ赤にした酔っ払いたちが待っている。ふすまを開けて入ると、声の大きい軽薄なおじさんが叫ぶ。「おうっ、△△ちゃん。よく来た。みんな一人一人自己紹介したところだ。君もやれ!」。一座がドッとウケたりするが、しらふの自分は顔がひきつる。唯一空いている席は部長の隣だったりする。「あ、どうもすみません」などとかしこまってグラスにビールを注いでもらう。早くみんなの酔いに追いつこうと一気に酒をあおるが、なかなか酔えない。そのうち「ちょっとこっちへ来い!」と自分を指名する上役がいたりする。嫌々寄って行くと、「お前なあ、俺はお前にいっぺん言いたかったんだ。お前はここまで確かにエリートで来たかもしれないが、だ。社会ってえのはそんなに甘いところじゃないんだぞ! 隣のナベちゃんを見ろ。ふだんニコニコ笑っているが、地方でさんざん泥をかぶってここまできたんだ」とか何とか、くどい説教が始まる。やれやれ、こんな酒がうまいはずがない
<本>
◎曽野綾子の「『いい人』をやめると楽になる」は名著だろうと思い、買ってきて読み始めた
◎評論で「これではまるでドン・キホーテだ」と書いてあると、一瞬納得した気になるが、セルバンテスのあの大著を本当に読み通した人はまずいない
◎自分が読んだ本の内容を相手に話そうとすると、忘れてしまって思い出せない。見た映画の説明でも同じ
◎大部の本を読んでいるとだんだん飽きてきて、最後は「読み終えた」という事実が欲しいだけの読み飛ばし方になってしまったりする
◎尊敬する渥美東洋教授の基本書は教授自身の執筆による『刑事訴訟法要諦』だった。法学生はその難解な文に何度も何度もため息をつきながら勉強したものだ。それでもほとんど理解できない本だった。ついにさじを投げた学生があるとき言った。「この本の題名は『刑事訴訟法諦めを要す』と読むのだ」と
◎学生時代の後輩に「司法試験の合格体験記」「司法試験の勉強法」と言ったたぐいの本ばかり読んで、肝心の司法試験の勉強をろくにしていない人物がいた。斉本君といい、友達に「斉本とガーファンクル」と呼ばれていた
◎学生時代の友人に「野村證券残酷物語」「住友銀行残酷物語」「三井物産残酷物語」など「残酷物語」シリーズを読破した奴がいた。希望がかなってある民間企業に就職したが、その会社も今ごろ「残酷」でなければよいが……
◎カラオケではみな自分が歌いたいだけだ。人の歌を聞かされたい人は少ない。最近の出版界の状況も「カラオケ状態」だという。みんな自分が「書きたい。読ませたい」だけで、間違っても「読まされたくはない」のだ
◎リクルートの財テク雑誌に「あるじゃん」というのがある。イタリア語かフランス語で「お金」の意味らしいが、「ないじゃん」という雑誌も作って欲しい。日本語で「お金がない」という意味だ。熱心な読者になれる気がする
◎マンガはあまり読まないが、マンガのケンカは妙だ。殴り合いになると皆が煙か雲の中に入り、ボコボコと湯気や鼻息を中から噴出させる。やがて一人がケンカから逃れようとすると、誰かの腕がヒューッと伸びてきて、また雲か煙の中に引きずり込まれる。しばらくすると、こめかみやたんこぶに×印のばんそう膏を貼った姿で皆が登場する。あのばんそう膏はいったいどこで調達したのだろうか
<飲食>
◎ビールや牛乳を飲むとき、何だか知らないが、つい腰に手を当ててしまう。これだといかにも痛飲しているという自覚がわくし、この姿勢なら嚥下に支障が出にくい
◎女性がおにぎりを食べているとき男性と目が合う。食欲は動物の本性なのでややあさましい
◎会社で無料の弁当が出る。開けてみると、何と!ウナギ弁当。喜んで食べ始めるとおかずの端に梅干しも添えてあったりする。食い合わせで悪いことに気づいて「さては謀ったな!」と舌打ちする
◎フランス料理を食べに行き、ソムリエからワインの選択でいろいろ助言を受けながら満足のいく料理を食する。帰りにレジの人に「あの親切なムニエルさんによろしくお伝えください」と言ってしまう
◎悪いステーキ肉を買ってきて焼くと、ワインをかけて焼いたのに噛んでも噛んでもゴムを食べるようだったりする。砂を噛むような思いになる
◎空腹に耐えかね、席を立ちながら目先の紙をさっと二つに折って食堂に行こうとしたら、新しい紙だったため指先を切り、血が噴き出したりする。とっさに指をくわえ、血を舐めて空腹をしのぐ自分が悲しい
◎選挙を控えて休日出勤で「テスト」に出ると、お弁当が用意してある。一瞬うれしいが、たった一つの弁当で騙されてはいけない。むなしい出勤に変わりはないのだから
◎会社で送別部会があり、食堂からオードブルを取ると、だいたい食べ残しが出る。ろくに冷蔵庫に入れもせずほっておくと、夜中に残りを食べる人物がいて、翌日、食当たりで会社を休むことに
◎蕎麦屋に入って陰気なおばさんが注文を聞きにくると蕎麦じたいがうまくなくなる。「ざるいっぱーい!」と大きめの声で叫んでくれるおばさんだと、そばもうまい
◎立食パーティーに行くと身の置き場に困る。しばらくは誰かと談笑しているが、そのうちその人が離れて行ってしまうと突然手持ち無沙汰になり、間がもたなくなってしまう。話し相手がいないので目の前の冷めた料理を取り分けて食べたりする。しかし、「食べ放題」だからといって、この時とばかり必死で食べているのも浅ましいのでこれも長くは続かない。そのうち誰かが話しかけてくれると「地獄に仏」の気分になる。食べかけのものをろくに噛まずに呑み込んで返事をするからむせてしまう。問いかけが「飲み物はビールでよかったですか?」の一言だけで終わり、「なーんだ!?」とがっかりすることも。立食は元来、日本人には合わない飲食の形態だ
◎フランス料理やイタリア料理を食べに行くと、前菜がすでにパスタだったりする。おなかがいっぱいになったところでメーンディッシュのヒレ肉が出て来てうんざりすることに。食べる順番は自分で決めたい
◎同僚と2人で北新地の「藩」という居酒屋に行った。私はタコのぶつ切りと「五つの外国野菜サラダ」というのを注文した。しばらくしてサラダが運ばれてきたので、「さあ、食べよう」と箸を伸ばすと「おやっ?」、なにかが動いていた。サラダ菜の上で青虫がピクピク鎌首をもたげているではないか?! このまま何日か待てば紋白蝶になる逸材だ。(私は愛媛県の片田舎で青虫を日がな一日見つめて少年時代を過ごした)。あわてて店員を呼び、取り換えてもらった。二回目のサラダを持ってきた店員が「今度はよく見ましたから大丈夫です」と言った。(いつでもよく見ろよ!)。ややあって、「風評被害」を心配したのか、女将がじきじきに謝りに来た。「もし我々がヤクザだったら、『おい、この落とし前をどうつけてくれるんだ』と女将に迫って支払いを全部タダにさせられたのに……」などと笑い合いながら計1万余円をまるまる払って店を出た。そういえば会社の松本さんと社員食堂で昼食を食べたとき、松本さんの「サバの煮付け」から釣り針が出てきたこともあった。(太公望の大畑さんが自宅近くの和歌山沖で釣り落としたサバだったのかもしれない)。そのときは松本さんがカウンターに言いに行き、あとで責任者がお金を持って謝りに来た
◎町の大衆食堂に入る。店員に「カレー」と言う。やがて、作り置きしてあったカレーをいかにも温め直したようなカレーが出てくる。ルー以外に人参が一個見つかればいい方で、肉はひとかけらもない。ご飯が多くてルーが少ないので、最後には白ご飯だけを食べている感覚になる。そこへ見知らぬおじさんが入ってくる。彼は「軽く蕎麦でも食べようかな」と思って入ってきた様子なのに、店内に充満する圧倒的なカレーの匂いに負けてしまい、こちらをチラチラ見ながら店員に「あれと同じ。カレー」と注文する。カレーを食べている自分はおじさんにジロジロ見られている気がして実に食べにくい
◎新聞や雑誌、買った新製品などには「クイズに答えてグアムへ行こう」とか「クイズに答えて車をもらおう」とかいうのがある。だいたい、そこのクイズは「おかげさまで創業○年、○山食品のキャラメル」などとなっていて、○の中に入る文字や数字を当てることになっている。こういったケースでは、その広告のなかの一番目立つ文字が答えの文になっている。ちっともクイズにはなっていない。間違った答えを書いて葉書を出してしまう奴って全国に本当にいるんだろうか?
◎箱もの行政で、ド田舎にクラシック音楽専用のホールが建設されたりする。1年のうちでもめったに演奏会など開かれないホール。喫茶&グリルという喫茶店とレストランを一緒にしたようなスペースがある。夏の砂浜に置き忘れたような椅子と重厚感のないカラフルな円卓が並ぶ。いかにもまずそうなコーヒーが出され、BGMのまったくない謹厳な雰囲気に、客足がどんどん遠ざかる。かくして従業員は1人か2人そこらで切り盛りすることとなる
◎あまり流行っていない寿司屋に、たまたま午後5時ごろ、一人で入る。開店後初めての客らしく、「へい、らっしゃい!」と5、6人の板前さんに取り囲まれる羽目に。流行っていない店なので、なんだか閑散としてカウンターの板がやけに白く、板前さんたちの目付きも悪い気がする。「何を握りましょう?」と聞かれても、いい加減なことは言えない雰囲気。にぎりの並でいいと思って入った店なのに、「上にぎり!」と思わず口走ってしまったりする。他に客がいないため、食べながらも全員にジロジロ見られている気がして、いよいよ気詰まりに。「あがりをもう一杯ください」などと言うのさえ勇気がいる
◎大豆は畑の肉と言われる。ジャガイモは畑のリンゴ、牡蠣は海のミルクだとか。こう人に言われると一瞬、すごいことを聞かされたような気になって「ホホーッ」などと納得してしまいそうになるが、実は大した問題ではない。「一見、見栄えがせず栄養がなさそうな食材が実のところ栄養の宝庫と言われる別の分野の有名な食材と同価値の栄養を持っているんだ」ということをそれらしく言っているに過ぎない
◎銘酒、超特級の日本酒になると金箔入りを謳っているものがある。たまに飲むと金箔がおなかに入ったら本当に消化されるのだろうか?と考えてしまう。「金属だから消化されることはない、しかしミネラルだから体にはいいかもしれない」と思い直す。翌日、トイレでまじまじと見つめるが発見できない。家には金属探知機の備えもない。長い目で見ると、体内残留物質としていずれ新聞が騒ぐのでは?という疑惑に心が騒ぐ
◎海鼠(なまこ)という珍味がある。酒のつまみに最高だ。海へ遊びに行くと時々波打ち際で見かけることがある。しかし、あのグロテスクな生き物を初めて食べてみた人の勇気にはほとほと敬服せざるをえない。蛸だってそうだ。人間の本能として軟体動物は気味が悪い。「食べられるものと食べられないもの」を区別するために、人類はいったい幾つの勇気と貴重な命を費やしてきたのだろう
<不動産屋>
◎売り出し中の中古一戸建てを見に行くと、不動産屋の営業マンは必ず、言葉巧みにこう言って物件を勧める。「このお家なら10年はお住みになれます。まあ10年もたつと、お子さんは成長してご家族の状況も変わってきますから、どうでしょう? そのときに建て替えをお考えになっては?」。一瞬、納得して「この古家でもいいや!」と思いそうになるがよーく冷静に考えると、10年もローンを払いつづけた後に2000万円もの大金が捻出できるはずがないことに気づく
◎不動産屋さんはまず、騒音、悪臭、近隣、日当たりなどで条件の悪い物件ばかり見せて客をへとへとにする。そのあと、最後の最後に一番ましな物件に案内して買う気にさせる
◎不動産屋は中古物件の売主に対しては「日当たりもよくありませんし、騒音もあります。土地も狭いですし、建物も15年たっていますから価値はもうありません……」と悪いことばかり並べ立てて安くさせる。ところがその物件を見に来た買主に対しては、「駅に近いですし、買い物も便利です。学校も病院も近いので将来性がありますよ」とてのひらを返したようなことを言う
◎不動産屋に入って分譲物件を眺めていると、店員が話しかけてくる。そのうち「自己資金はどのくらいお持ちですか?」と聞く。急に足元を見られる気になる。さらにたたみかけて、「年収はどのくらいですか?」とくる。「なんで5分前までアカの他人だった初対面の貴方にそこまで打ち明けなければいけないんですか?」と聞き返したくなる
<テレビ、ラジオにて>
◎事件現場のテレビ中継で、大阪出身の記者がマイクを持って全国に向けて実況中継している。最初は東京弁で「わたくしは今、事件現場に来ています。現場はまさに凄惨な血の海です……」などと立て板に水だ。そのうち種が尽き、緊張もあって何をどう喋ってよいか、だんだん分からなくなる。放送時間が余ってしまいパニックに陥ると、生まれ故郷の大阪弁が顔をのぞかせてしまう。「犯人はこのビルの中にたてこもってはります」などとイントネーションが一気に崩れ、もう二度と元には戻らない
◎自分の投稿がラジオ番組で読まれる。顔から火が出る
◎警察のブタ箱に入れられると、取り調べで必ずカツ丼が出る。取調官が被疑者にカツ丼を勧めたあと、「田舎のおふくろさんは、この寒い中どうしているんだ?」とか、「家に帰ったら優しい奥さんや小さいお子さんが待ってるんだろ?」などと同情し、泣き落として吐かせようとする
◎子供の頃、テレビで「アップダウンクイズ」というのがあった。まじめが背広を着たような小池清アナ司会のクイズ番組で、1問正解するごとに解答者席のゴンドラが1段ずつ上に上がっていく。10問正解したらハワイへ行けるというものだった。9問正解した人があと1問正解すれば、ハワイへ行けるというところまできたら司会者の小池さんがこう言う。「さあ、最後の1問です。○○さんはこの1問でハワイへ行けるでしょうか?!」。この一言で、9問正解者はろくに質問も聞かないうちにボタンを押してしまう。単なる勘違いで「ブッ、ブーッ」。ゴンドラごとまっさかさまに落ちて行く
◎テレビで自分の好きな映画がノーカットで放送されると新聞で知る。すでに録画を持っているがカットされて放送されたもの。同じテープにとり直そうと考える。留守録画をセットして外出する。夜中、家に帰って再生してみると、プロ野球が長引いて映画の放送開始が遅れ、ラストシーンにさしかかるあたりで録画が途絶えている。すでにあった録画はもはや消え、こんなことになるのなら、とり直さなければ良かったと思う
◎「ウルトラマン」は宇宙(M71星雲)から来た正義の味方というふれこみにもかかわらず、怪獣に突き飛ばされてはみずからビルや鉄塔などをたくさん壊して回っていた。子供心にも「もったいない!」と思った。弁償するといくらになるかは「ウルトラマン研究序説」に詳しい。それとあれほどの必殺技を胸のランプが点滅し始めるまで決して出さないのもおかしい。「ウルトラセブン」なんかは頭のブーメラン?が怪獣に掴まれて戻してもらえなかった場合、どうするつもりだったのだろうか? あの頭のままでは宇宙に帰れない気もする。そういえば、あのブーメランを手に持って怪獣を斬りつける技もあった。じつに便利な武器だ
◎NHKの「のど自慢」は長寿番組。オープニングは高校生数人のダンス付きの乗りのいい賑やかな曲。これは単なる景気付けなので鉦は1つか2つ程度と相場が決まっている。時間が押してくると、冥土の土産に出てきたおばあちゃんが司会者と喋ろうとするのに司会者が適当にあしらって次の出場者に移ってしまう。「水戸黄門」と同じでワンパターンを知りながら日本国民は受け入れてしまう
◎新聞やテレビ・ラジオではニュースのない日に、「今日はニュースがありませんから白紙にします」とか「沈黙を続けます」などと言う勇気がない。だいたいは動物園に取材してゴリラに赤ちゃんが生まれただの、共同通信からもらって中国の曲芸がすごいだの、他愛のない内外のトピックスで埋め合わせする。こういったニュースに本気で驚いてくれるのは幼児かご老人だけだ
◎NHKはニュース報道、TBSはドラマ、フジはバラエティー、日テレはスポーツと放送局にはそれぞれ得意分野があるものだが、テレビ東京というのはいかにも影が薄い。消費者金融のスポンサーが再放送のドラマを流しつづけてお茶を濁しているという印象だ
◎NHKのニュースを見ていると、数本のニュースを読み終えたアナウンサーがあと十秒くらいの残り時間に耐えかねて、「えー、時刻はまもなく午後7時35分になります」などと一言言い添えたりする。もっとひどい時は「今日、お伝えした主なニュースです」とわざわざトップニュースを読み直して間をもたせたりする
◎子供のころ、「巨人の星」をよく見た。大リーグボールがオズマや花形満に打たれそうになると、星飛雄馬の目がメラメラ燃え始めたり、洪水のように涙が流れ始めたりして、たった1球を投げるのに1週間以上かかっていた。このあいだラジオで、一年間に人間一人の片目から出る涙の量は缶ビール1本分(350ミリリットル)と言っていたから、伴宙太などは目のビョーキの可能性がある。
◎「マグマ大使」に出てくるオバサン頭の悪役、ゴアがいつも顔にいっぱい汗をかいていたのはなぜか、と会社の後輩がいぶかっていたが、これも謎だ。新藤恵美の「美しきチャレンジャー」も好きだった。今でもボウリングに行くと、ストライクよりも両端にピンが割れたスプリットを取ることの方に快感を感じてしまう。同時に中山律子さんとエメロンシャンプーを思い出す
◎「サスケ」は「かあちゃん」などと叫びながら分身の術などを駆使する賢い少年だったが、途中、一番いい場面でナレーターが突然割り込んできて「ここで、いまサスケが使った忍術について説明しておこう」と解説を試みるのには視聴者として白けることが多かった
◎テレビショッピングをみていると、いかにも人当たりのよさそうな男女がにこやかに語りかけてくる。バレンチノの腕時計がわずか8800円と言う。「安い」と思って見続けていると、「しかも夫婦ペアで9800円に」などと言い出す。「2本で9800円ならこれは凄い」と感心していると、「さらに! 今日は特別にスイスの高級腕時計××もペアでお付けして、なんと合計4本の腕時計で9800円!」と言う。収録の会場から驚きの声があがる。ところが、よく見るとおまけのペア腕時計の方が高そうだったりする。結局「4本も要らない。1本当たりいくらだ?」と不審に思ってメモをとるのをやめる
<病院にて>
◎入院したら必ず点滴がある。看護婦さんに「ちょっとチクッとします」と言われて血管にグニュッと針を突きたてられるが、私のように血管が細い人間では「ためらい傷」が増えるばかりだ。それと、点滴は注入を始めるとしばらくして必ず尿意を覚える。何のことはない。体内に水分が過剰に入るから当然の成り行きだ。トイレに立つには、心臓より低い位置に点滴の瓶を下げると、液が逆流して血液が流れ出してしまうので、心臓より高い位置に瓶を差し上げてトイレに歩いていかねばならない。トイレにはちゃんと点滴の瓶を引っ掛けるための針金が便器の上に取りつけてあるからうれしい
◎入院中、美人の看護婦さんに意を決して「美人ですね」と言ってみると、点滴の針を刺すことに集中しているためか「ありがとうございます」と適当にあしらわれた
◎余命いくばくもない人を病院に見舞いに行ってありふれた言葉で病人を励ます自分が嫌になる
◎病院でおしっこを検査に出すのは恥ずかしい
◎小学校に入ったばかりの頃、病院の会計窓口で「805円です」と言われて千円札を出した。当時、さらに五円玉を追加して出すと、おつりを出す側がちょうど200円出せばよいことになるという便利な支払い方法を覚えたばかりだった。子供心に勇気をふりしぼって、「僕、もっと持ってますよ」と言ってみた。すると窓口の女性はニッコリ笑って、「ボク、いっぱいお金があってすごいねえ」といってくれた。私の頭の中は「???」になった
◎内科の医者で、精密検査をこちらが断ると、「もし、がんだったらどうするんですか?」と患者を脅す人がいる。医者というのはもっぱら理科系を歩んできたせいか、患者心理の機微を読めない直情径行型の人物が多い気がする
◎入院して不自由な生活に飽きてくると、「退院したら毎日を大切に生きていこう」と心に念ずる。ところが晴れて退院して3日もたつとパチンコ屋に一日中、座っていたりする
◎病院の待合室では2時間以上待たされる。やっと診察室に招き入れられ、先生の前で病状を堰を切ったように事細かく説明しはじめると、大勢の患者をさばくのに精いっぱいの先生に「聞いたことだけ答えなさい」と叱られる。わずか3分でシュンとなって部屋を出る
◎歯医者に行って麻酔を打たれ、抜歯する。歯茎がボワワーンと感覚がなくなり、巨大な腫れが顔を覆い、頬が3倍になったように思う。伏目がちに家に帰って鏡で見てみると、腫れはさほどでもなく、ただの取り越し苦労だったと分かって安堵する
◎耳鼻咽喉科の医院の電話番号は3387で「ミミハナ」とルビが振ってあることが多い。肉屋の電話番号は4129で「よいにく」。この手の医者や店は何だか信用できない
◎薬には頓服というのがある。子供の頃、この語呂が変に思えて仕方がなかった。豚が薬を服用するような語感がある。同じように、天気予報で波浪注意報と聞くと、なぜHELLOという挨拶を注意しなければならないんだろう?と考えてしまっていた
◎ガリガリに痩せこけている人が入院していて病院にお見舞いに行く。ベッドを見ても人の気配がしないので「○○さんは転院されましたか」と隣のベッドの人に聞くと「いえ、このベッドに寝ています」と言う。何のことはない、痩せすぎていて布団がペッチャンコだっただけなのだ
◎一睡もできないで精密検査の結果を病院へ聞きに行く。「検査の結果、どこもひっかかってないです」と医者に言われると、突然世界中の光が自分に集まったような気分になる。嬉しくて、帰りに和食レストランで1500円もする天ぷら定食を食べたりする。こうなったら何を食べてもうまい
◎最近の長引く不況で人間ドック(医療検査機関)は受診者を増やすのに躍起になっている。検査後、懐石料理を出したり、サウナを用意したり、温泉に入らせたりと「あの手この手」の商売を展開している。しかし、冷静になって欲しい。事は血液を採り、レントゲンを撮る健康診断だ。極端な話、余命いくばくもないことが検査で判明している場合もある。いくら安くたって、いくら綺麗な女性が魅惑的に歓待してくれたって私はそんなところへ好き好んで行ったりはしない
<授業にて>
◎中学の国語の授業中、先生に指され、教科書を読むよう言われた。私はたまたま可笑しかったことを思い出していて、その笑いが収まらないまま起立、教科書を読みだした。真顔で始めはしたが、急きょ真顔になった自分自身がおかしくなって、読む途中で笑い出してしまった。先生やクラスの友達もなぜか私につられてゲラゲラ笑いだした。「そんなに笑っていては授業にならない」と別の男子が先生に指されて私の続きを読み始めた。しかし幸か不幸か彼も笑い上戸だった。やはり中途で笑いモードに突入、もはや抜け出せなくなった。しびれを切らした先生は「名誉挽回。もう一度越智君に読んでもらおう!」と私を再指名した。私は再び起立。が、先生のあまりに真剣な取り組みに激情が抑えられなくなり、ほどなくガッハッハという涙まじりの哄笑に変身せざるをえなくなった。先生はついに堪忍袋の緒が切れ、「まじめにやれ!」と怒り始めてしまった
◎閻魔帳を開いて数学の先生が言う。「えー、この設問を板書してもらおうか。そうだ、きょうは5日だったなあ。よし、出席番号5番。かと思ったら間違いで、25番の水島君!」。うつむいていた他の生徒たちの顔が一斉に上がり、教室中に安堵の空気が流れる
◎就職した今でも、高校時代の夢を見る。「次の英文を因数分解せよ」という設問を教室で板書させられる夢だ。寝床で大汗をかき、目が覚める。「ああ、もう受験しなくていいんだ」と我に返ってホッとする
◎休み時間にダッヒャッヒャと野太い声で大笑いする女子が、授業中、先生に指されて答えるときには「ハイ、○○です」と、しおらしくか細い声で答える。教室の皆は、彼女のあまりに極端な声の使い分けに愕然とする
<トイレにて>
◎小用で男子トイレに入って、誰もいないので独り言を言っていると、どうも大の部屋に人の気配がする。あわてて独り言を止める。大の部屋の人はすでに用事を済ませ、あとは自分が出て行くのを息を潜めて待っている段階のよう。小を終えた自分は、敢えて足音を立て、「今出て行くよ」という意思表示をしながら足早に去る。背後でようやく大のドアを開ける音がする
◎大きい方を済ませた男は、小さい方に来ている男の目の前で、丹念に手を洗うことなく足早に立ち去る。そのまま職場に戻ると周りの人が臭いと気づくと思い、しばらく職場を留守にする。やがて何事もなかったかのような、何食わぬ顔で席に戻る。「さーあて、あれはどうなりましたかねえ」などと口走って空気を探る
◎男子トイレに入っていると時々おばさんが掃除に来ている。臭いのにご苦労様だ。逆に女子トイレにおじさんが掃除に入ってもいいかと考えたりするが、それは許されない
◎早朝の出勤。電車の中で便意を催す。改札を出て駅のトイレに飛び込むと、同じ苦境の人々が列を作って超満員。断念せざるを得ない。「デパートはまだ開店していないなあ」とつぶやく。しかたなく会社まで脂汗をぬぐいながら走る。会社に着いてやっと勝手の分かるトイレに入ろうとしたら、どの階のトイレも掃除のおばさんが来ていて「只今、清掃中」の札が立っている
◎忙しく立ち働いておしっこに行く時間もなくて、ようやく時間を見つけてため息をつきながらトイレに向かうことがある。「フーッ」と大きな息でもして、独り言の一つでも言おうと思って歩いていくのに、すぐ後ろから同じトイレに向かう男がついてきて、ちっとも心が安らがないことがある。しかもよりにもよって、ほかにもいっぱい便器が空いているのに、自分が立った便器のすぐ隣の便器にその男が立ったりする。「もっと距離を置け!」と叫びたくなる
<電気製品>
◎東京・秋葉原や大阪・日本橋に行ってお目当ての電気製品を格安で買う。最初に入った店でさっさと決めて買った自分の潔さに惚れ惚れしながら、時間が余るので、やめとけばいいのに他の店をちょっとのぞいてみる。すると、同じ製品がさっき買った値段より数千円も安く売られていたりする。持って行き場のない憤りを感じるが、「詐欺だ」「罠だ」などと独り言を言ったあとは「まあ、大事に使えばいい」などと思い直して自分をどうにか納得させる
◎電気製品を買ってくると、すぐ使いたい。分厚い説明書を読むのは邪魔くさい。ろくに読まないで操作するものだから、Mede in Chinaだったら一回ポッキリで壊れたりする。あわてて説明書の「故障かな?と思ったら」の項目を見ると、点検事項として「電源プラグは抜けていませんか」などと拍子抜けするようなことが書いてある
◎買ったばかりの電気製品のことを人に自慢していたら「もっと安い店知ってるよ、言ってくれれば教えてやったのに」とか「それは古い型だよ、いまはもっと性能のいいのが出ている」とか言われる
◎一つの電気製品が故障する。サービスセンターに電話すると「もし修理されますと、お伺いするだけで5千円、部品代が3千円、技術料が2千円ですから最低でも1万円はかかります」と言われる。そんなことなら買い換えた方がましだと考えて、無理して新しい製品に買い換える。ところがしばらくすると後を追うよう他の電気製品も故障する
<映画>
◎映画の予告編は「事大主義」の典型。男の低い声で「全米が泣いた」とささやきかけたり、「全米を震撼させた超大作がついに日本上陸!」とわめいてみたり。ドルビーシステムによる、腹にズシンと来る「ズーン、ドーン」という音もわざとらしい。そのあと「映画鑑賞のあとは、夜景を見ながら身も心もリフレッシュ! 当館5階の焼き肉専門店『ソウル』へぜひどうぞ」などと中年女性の声で流れるスポット広告も、急に飾りっ気がなくなって物悲しい
◎世界の巨匠による最新作なら「構想10年、撮影2年、製作費○十億円」と謳いあげ、難解な監督の場合は「鬼才」とたたえる。映画をあまり知らない人のためには「○○○」の×××監督がクリスマスに贈るニューファンタジーと売り込む。「構想10年」と言っても、10年前にたまたま原作を読み、いつか映画にしたいと思っていたけれど資金繰りがつかなかっただけなんじゃないだろうか? 前作の興行成功に気を良くして「ジョーズ2」「ラブーム2」といった二番煎じをたたみかけてくるのもいかがなものか。それと「△△国際映画祭受賞作品」といった肩書がもてはやされ過ぎます
◎見てきた映画の話をしていたら「主演女優は誰でした?」と聞かれて、さっき覚えた筈の名前が思い出せない
◎映画の題名には、なぜかワンパターンが多い。「愛と……」などはその典型。「愛と青春の旅立ち」「愛と喝采の日々」「愛と追憶の日々」「愛と哀しみのボレロ」「愛と哀しみの果て」などなど。私だって出来ることなら「愛と巨万の日々」を過ごしたいよ
◎映画の字幕をみていると、翻訳家がしゃれたスラングを混ぜてあったりする。しかし、それが日本人の日常会話ではおよそ登場することのない語彙だったりして、逆に現実味が感じられなかったりする
◎映画が始まるとしばらくは字幕を読むのに精いっぱいで筋書き・設定が呑み込めない。集中できないでいるうちに、とうとう基本となる舞台設定がまったく理解できないまま1時間が過ぎ、観客のほとんどが笑っているのに自分だけ笑わない場面が増え、気がついたら近年まれにみる熟睡を終えていたりする。面白くない映画だからといって、返金が請求できないのもおかしい
◎名作映画を見て来た人は必ず「今まで見た映画の中で一番良かった」と言う。翌日、別の映画を見たらまた同じことを言う
◎映画館に入ると、延々15分も予告編を見せられてすっかり疲れてしまう。さあ映画が始まるぞ、という時になって、「そこ、空いてますか?」とアベックが隣や前の席に来る。アベックはポップコーンを食べながらじゃれ合うケースが多く、迷惑千万。自分の連れの女性は女性で映画が始まるころになってトイレに行くと言い出す。本編が始まるまでに帰ってこないのでこちらがイライラし、ストーリーが呑みこめない
◎あまり人気のない映画の最終上映に行くと、下手をすると客が自分一人だけだったりする。映画を見る自分の方が映画館の人に見られている気がする。「あの客さえ来なければ、電気代もかからなかったのに」と思われていそうで
<ギャンブルにて>
◎パチンコに行って2万円くらい負け、夕方しょんぼりと帰宅。妻に「また負けたよ」と話す。妻は「もうやめな! 子供の洋服1枚でも買ってほしいわ」と言い、横で聞いていた幼い娘は「おとうさん、なんでいつもまけるの?」と真剣に尋ねてくる
◎場外馬券売り場で競馬中継を見てがっかりした瞬間に前の若い女性と目が合う
◎馬券を取ったレースの自慢話をしている時に、2着に来た馬の名前を尋ねられてカタカナ名が思い出せず、しどろもどろになる
◎連勝式の馬券は1、2着を当てねばならない。ところがレースが終わってみると1、3着と2、3着の馬を買っていることが多い。同様に単勝を買ったら2着どまり、複勝を買ったら4着どまり。馬券を買わなかったレースでは予想していた通りの結果が出て、馬券を買ったレースではとんでもない馬が2着にきて、軸にしていた馬がハナ差の3着だったりする
◎競馬や競艇、競輪の最終レースが終わって「オケラ街道」をトボトボ歩いて帰る人を見ると、「赤鉛筆や予想紙もいいけれど、さしあたって、その汚いジャンパーを買い直せ、その伸び切った髪をさっぱりと切れ!」と言いたくなる
◎近所のパチンコ屋で大敗し、しょんぼりとシケた顔をして店を出た途端、ぶつかりそうになった通行人がご近所の奥さんだったりする
◎宝くじを買う。押すな押すな状態の大阪第4ビル特設売り場。本当は買うつもりはなかったのに、通りかかって一瞬「神の啓示があった」と思う。「今、神の教えに従って買ったことによって私の運命が変わったのでありました」などとつぶやきながら売り場に向かう。「連番10枚!」と言ったあと、3千円と引き換えに売り場のおばさんが「当たりますように」などと言おうものなら、なにかツキが逃げた気がする。宝くじはおかしなもので、買う段にはいかにも当たりそうな気がするのに、いざ抽選日の番号合わせをする段になると、ちっとも当たりそうな気がしない。後日、末等の換金に行く自分の後ろ姿も情けない。昔、年末ジャンボの抽選会をテレビで見ていて「98組の」とアナウンサーが読み上げた。たまたま私の持っていた宝くじが98組だったため、ものすごい動悸がした。当然、後ろの番号は似ても似つかぬものだったが、組番号が一致しただけであんなにも取り乱した自分が情けなかった。本当に3億円が当たって、その驚愕から心臓マヒで死ぬのも考えてみれば馬鹿らしい。生きていてなんぼの話だから
<家庭にて>
◎小6の息子の身長がぐんぐん伸び、ついに親父を追い越してしまった。たまに一緒に写真に写ると「マッカーサーと、人間宣言をした天皇陛下が並んだ写真」のようになってしまう
◎赤ちゃんが生まれると1週間後に「お七夜」を祝う。長男が生まれたとき、私は「お七夜を祝わなければならない」と言おうとして「初七日を祝わなければならない」と言ってしまった
◎「勉強しろ」と子供に言ったのち、勉強を始めた子供から算数の相談を受けて小4の問題が解けない
◎5歳になる息子に1歳の時の写真アルバムを見せ、「貝塚市の二色の浜に潮干狩りに行ったときだよ」などと説明すると、「うん、なつかしい」と答える。「あんたは、いま何歳やねん!」
◎食卓で、大事な書類や切手を貼った封筒に宛て名を書く。子供が近づいて来て食卓を揺らして文字がおかしくなる。子供を叱ってからまた書き始めると、今度はいつ揺らされるんだろうという危惧からこれまた、文字が震える。そのうち相手の名前を書くべきところに自分の名前を書いてしまう。「あーあ、修正液は?!」と叫ぶ
◎大事にしていた陶器の人形を落として割ってしまう。家族の誰かが割ったのなら激怒するのに、自分が割った場合は「もう、古くなっていたし、寿命だなあ」などと都合のいい言い訳をしながら破片を片付ける
◎妻が友達に電話をかける。楽しそうにいつまでも話しているので、横から「いつまでしゃべってるんだ?!」とか言う。電話が終わったあと、妻が「どうしてあんなこと言うの。相手には聞こえているのよ」とか言って夫婦ゲンカが始まる。同様に車の運転中、こちらが道を間違えたあと、妻に「私があっちだと言ったのに行かないから……」と言われて夫婦げんかになることも
◎歯磨きをしていると電話のベルが鳴る。泡だった口で受話器を取り、アワワとしゃべるので相手が言葉を聞き取れない
◎真夏。外でスポーツや庭仕事にいそしみ、大汗をかいて帰宅する。「さあ、ビールだ!」と意気込んで冷蔵庫を開けると、妻が飲んでしまって冷えたビールが1本もない
◎家族で会社の近くの店に出かけると、どうもそわそわする。夕方になると会社帰りの人たちにバッタリ出くわすのでは?という心配から窃盗犯のように周りを見回しながら歩いてしまう
◎毎日、家族で同じものを食べているはずなのに、お父さんだけはでっぷり太って、トイレのあとが臭い
◎子供部屋を散らかしている子供を注意しながら歩いているとき、椅子の脚に自分の足の小指をひっかけてしまう。「あ痛ーっ!」などと叫びながらびっこをひきながら部屋中を走り回る
◎朝、起きてすぐ朝食を食べようとしたら、寝ぼけているので汁椀にご飯をよそおってしまったりする
◎モルツの缶ビールについてくるシールを60枚集めるともれなくTシャツがもらえる。缶ビールを買ってきては甲斐甲斐しく応募用紙に一枚ずつシールを貼り付けていき、「モルツはなぜうまいか」という応募用紙の質問に「泡がキメ細かいから」などと書き添える自分が情けない
◎休みの日に自宅で家族と夕食を囲んでいるとき、会社の上司から電話がかかってくる。だいたい大した用事ではない。「ペコペコしている父親像」を子供に見られ、今までビールを飲んで賑やかに笑っていた自分や家族の雰囲気が、このたった1本の電話でぶち壊しになる
◎会社から気分よく帰宅して「さあ家族そろっての夕食だ」と意気込んだそのときに、ふと郵便物の中に見つけた電話代の請求書でお父さんの機嫌が急に悪くなり、家族団欒がどこかへ飛んで行ってしまう。逆に家族喧嘩をしている最中に電話が掛かってきて怒声の応酬が中断し、電話が調停役となって喧嘩が終わることもある
◎運動会のシーズン。前の晩、「かけっこで一番になったらボクちゃんの好きなおもちゃを買ってあげる」と約束する。当日。親はハンディカムの撮影に気をとられ息子の走っている姿をろくに見られないままかけっこが終わってしまう。「お利口さんだったね。一番だったね」と親子で勝手に納得して家に帰る。ところが夜、撮影したかけっこのゴールシーンを再生してみると、ゴール手前でボクちゃんが他の子に抜かれて2着に終わっていたことが判明したりする。「あれっ! 2番じゃない!?」。夫婦が口をそろえて言う。おもちゃは買ってあるわ、ボクちゃんは泣き出すわで大騒ぎになる。写真判定がある時代、子供はつらいなあ
◎ダイエーがパ・リーグで優勝すると全国のダイエーが安くなる。オバタリアンたちは優勝セールに血眼になって走りまわる。そして欲は欲を呼び、日本シリーズでもダイエーが勝ったら、あそこのあれが安くなるだろうともくろむ。さらに仮に負けても「ざんねんセール」であれを買ってやろうとこれまたもくろむ
◎小学生の娘が母親に聞いている。「先生が『信号を渡る前、右を見て左を見てもう一度右を見てから渡りなさい』って言うけど、その間にもし左から車が来ていたらどうするの? でもそんなこと気にしてたら、いつまでたっても渡れないんじゃないの?」
◎安売りの24枚撮りフィルムを買ってくる。4本で648円。1本あたり200円を切っているなと考えて喜びがこみ上げる。値札をよく見ると貼りなおした形跡がある。気になって648円の値札を剥がしてみる。すると758円という値札が下に隠れていたと分かる。いよいようれしくなってほくそえむ
◎今度の日曜日は家族4人が揃って休みなので、みんなでどこかへ行こうと楽しみに待つ。ところが土曜日の午後から天気が下り坂になり、当日は朝から大雨。前日の夜更かしで起きたらすでに午前11時。家族は遅い朝食をまちまちの時間に摂る。4人揃って外食に行こうにも天気は悪いし、おなかも減らない。夕方までは買い物に一緒に行くかどうかで揉める程度で待ちに待った大事な一日がたちまち終わってしまう
◎オムレツを作る。通知表で良い点を取ってきた娘には完璧な形に出来たオムレツを出し、悪い点を取ってきた長男には失敗して少し焦げ、少し破れたオムレツを出す
<健康>
◎よく言われることだが、世の中には「健康のためなら命も惜しまない」人物がいる
◎口内炎ができて物を食べるのも痛く、チョコラBBなどを飲んでいるときに、治りかけた口内炎の部分をまた噛んでしまうことがある。当然、口内炎がさらに悪化するのでじつに悔しい。持って行き場のない怒りを感じて唇を噛む
◎風邪対策に「イソジンのうがい薬」でうがいを励行する。喉の奥の方までヨードを入れたほうが殺菌になっていいと考え、天井を見上げて「ガラガラガラ」とやると、うがい薬が喉の奥まで入りすぎて一気にむせかえることに。喉を痛めたのが原因で翌朝、完璧に風邪の症状になる
◎テレビの健康番組「おもいッきりテレビ」や事典の「家庭の医学百科」で、「これが病気のサインだ」と大病の兆候をリストアップしてあると思わず見てしまいそうになる。しかし、見たら見たで何がしか思い当たるフシがあり、それがもとでだんだん心配になりその病気になってしまうので、なるべく不安をかきたてる企画は見ないようにする
◎私は右目が「中心性網膜炎」になった。何を見ても黄ばんで見える症状。それが病気と気づかなかったころは、誰の顔にも黄疸が出ているように見え、「この人たち、肝臓が悪いのかなあ」と思っていた。そのうち、セピア色に見えるので初対面の人でもなんだか懐かしく思えることがうれしくなった
◎ファイザー社のバイアグラの使用説明書を薬局で読んだ。「この薬は催淫剤ではありません」と書いてあった。「私に催淫剤は必要ない。今のままでよい」と確信した
◎禿げ治療薬の「リアップ」が発売された。期待して待っていた禿げオヤジは全国に1500万人もいるという。筆者も禿げオヤジの一人。リアップの効能を聞いてみると、頭頂部が薄い人には効果があるが、額から後退していく人には効果が出ない可能性もあるとのこと。がっかりした。それにしても禿げっていうのは、命にかかわりがないため、単純に笑えるし、気楽な話ばかりだ
◎「こんなに痩せた」という新聞の折り込みチラシが怪しい。うつむき加減で猫背の太った女性がダサい格好で左に写っている。右には6カ月後のその女性の水着姿がある。ご自慢の痩身術で確かに痩せてはいる。おなかがへこんで、足もスラッとしている感じ。しかし、よく見ると、痩せるための食事制限で肌は荒れ、半年分、歳をとったことを単に姿勢の良さでごまかしていることは誰の目にも明らかだ
◎小学生のころのある夏、夜、寝ていると右耳にブーンと虫の羽音が聞こえてきたと思ったら、そのまま耳の中に虫が入り込んでしまった。翌日、耳鼻科に行って中を覗いてもらうと、虫はまだ耳の中で生きていた。医者が耳に水を注入して虫を流し出したら、バタバタと暴れながら出てきて、水に溺れた。蛾だった
◎白浜の三段壁。断崖絶壁の自殺の名所に「いのちの電話」がある。投身自殺をする前にこの電話にダイヤルして思い直してほしいという趣旨。しかし自殺志願の人が冷静にその電話にダイヤルするとは思えない。自殺は一種の狂気だ。「いのちの電話」にダイヤルして留守番電話だったから明日また電話し直そうと思う人などいない
◎ちょっと体がだるいと思ったら体温計を探す。「たしかこのへんにあったはず」と探すがなかなか見つからない。やっと見つけて体温を測る。もし本当に熱があると、だんだん気になりはじめ、3分もしないうちにまた測る。これの繰り返し
<異性と>
◎大学時代、初対面の女性が私を評して「やさしそうな人」と言ったように聞こえた。しかし、よーく聞きただしてみると「いやらしそうな人」と言っていた
◎夜道を走って帰ろうとすると、前を歩いていた女性に痴漢が追いかけてきたものと勘違いされ、ハッと振り向かれる。あるいは真っ黒なスポーツウエアで、夜、ジョギングをしていたら、「のぞき」趣味の不審な男として職務質問される
◎階段で踏み外し赤面しているときに、異性に「大丈夫ですか」と聞かれる。自転車で転んだあとも同じ
◎もてない男のパターン(多分に自分のことだが)。女性が近くに来ると急に声が大きくなる。取り乱して、女性の周りを蝶のように跳ね回り、ふだんの大阪弁がいつのまにか東京弁に化けている
◎男ばかり集まった部屋に若い女性が入ってくる。一人の男が女性に向かって「○○さん、最近きれいになったんじゃない?」などと恥ずかしげも言う。ほかの男は「よくぬけぬけと言えることよ」と思っている
◎自動券売機の前で五円玉を落とし、ころころ転がって若い女性たちのハイヒールの横で拾う羽目となる
◎「5泊6日のニューヨーク旅行」と書いてある原稿について、「5泊7日では?」と問い合わせる。「確かにおっしゃるとおり、間違っていました」とお礼にきた女性の筆者に、冗談で「いやあ、ボクはニューヨーク生活が長かったもので……」と言ってみると、筆者が本気で「へえー、そうなんですかあ」と感心してみせたりする。いまさらウソだとは言いにくい
◎女性に手編みのセーターを贈って嫌われた男が私の身近にいる
◎女性に席を譲られ、座ると椅子が体温で生温かい
◎駅で新聞を開いていると、女子高生4人組が通りかかる。私の方をチラチラ見ながら、「あの人、ドラえもんに出てくるしずかちゃんのお父さんに似てない?」とか言って笑い始める。そのうち、「いやあ、金曜日の○○ドラマに出てくる近所のおじさんに似てるよ」と言い出す子もいて、いたたまれなくなる
◎吐き気がしている女性に自分のハンカチを貸したら、ハンカチの臭いでさらに吐き始める
◎男勝りな女性のパターン。たばこを吸い、深酒をし、革ジャンを着て、パチンコに興じ、パンチパーマで茶髪。カラオケでは「火の国の女」を歌う。ジーパンが好きで葬儀以外ではスカートをはかない。しかし声が野太く、気っ風がいいので女性には好かれる
◎女性に好物の品を贈り、後日、道ですれ違っても一向に「ありがとう」の言葉がなく、「悪いこと、したかなあ?」とだんだん心配になってくる
◎女性と話していて、面白い話がいよいよオチに近づき、「さあ、次の言葉で一気に笑わせるぞ!」と息を吸いこんだ途端、第三者のおじさんが寄ってきて「外は雨降ってた?」などと水をさす質問をする。描いていたシナリオが脆くも崩れる
◎前からスタイル満点の美人が歩いて来るのでじっくり拝見していると、私と目が合った美人が「悪いものを見たかのような」視線の外し方をする
◎東京で美人の女の人がコテコテの大阪弁を喋っているのを聞いて幻滅することがある。同様に、大阪でさもしい男が自分の背後で標準語をしゃべっていて虫酸が走ることもある
◎セクハラは女性に対する男性の性的嫌がらせと相場が決まっているが、反対に女性の側からの男性に対するセクハラというものも歴然としてある。このことはあまり語られない。「男のくせにしっかりしなさいよ」「男のくせにしゃべり過ぎよ」「何よ! この短足!」「だから出世できないのよ」「この、安月給男!」などなど
◎向こうから胸の開いたワンピースを着た女性が歩いて来る。男としては、「まあ、立派な鳩胸だこと」と眺めざるをえない。すると自分の胸に視線を感じた女性の方は、「何か付着しているのでは?」と胸に視線を落としてチェックしたりしている。「すまん、俺はオッパイ星人なんだ」と心の中で反省する
◎夜中に恋人に宛てて手紙を書く。思いを込めて丁寧に書く。翌朝、投函する前に読み返してみると、あまりの激しい感情移入に自己嫌悪に陥り、郵便ポストに入れるのをやめてしまう
◎女性とツーショットで写真に収まる。現像してみると身長に大差がないのに自分の顔は女性の1.5倍だったりする。1メートルくらい女性より後ろに立っていれば同じ大きさの顔に写っただろうか?と考えるが、無駄な抵抗
◎同年輩の者同士で万博やフォークソングの「神田川」、オイルショックの話などをしていると、横で聞いていた若い女性が「それ、テレビの記録ニュースで見たことがあります」と言う。聞きただしてみると、その人は当時まだ生まれていなかったと分かり愕然とする。あのあと生まれた人が今、自分を凌駕する学力を身につけて同じ場所にいる事実がさらに恐ろしい。自分もそれなりに努力を重ねてきた年月なのに
◎「このあいだ、A子さんをお茶に誘ったら断られちゃってさあ」と哀しそうにU君が言うので、私が「A子さん、その日は下痢ぎみだったんじゃないの?」と言うと、「そ、そうですよね」とU君の表情が和らいだ
◎「OL6年で1千万円貯めた女性」などというのが、時々テレビや雑誌に紹介されている。そこで考えてみて欲しい。その女性の陰に隠れて、喫茶店に誘うといつも払わされていた男が何千人いたか、と
◎失恋して南国・沖縄に一人旅に出る人はいない。失恋した人はその傷心を癒すために、列車に乗って北の雪国に向かう傾向がある。もの悲しい船ならなお良い。華やかな飛行機ではいけない
◎恋人に限らず友人でも、その人に一度会って話したときの自分の服装をずっと覚えていることがある。時がたち、同じ人にまた会う約束が出来て、「はて」と考え込んでしまう。同じ服で会いに行っては恥ずかしい。前回会ったときに相手が自分の服を誉めてくれた場合ならなおさら、同じ格好ではいけない。「毎日同じ服を着ているのかな」「よっぽどお金がないのかな」と思われそうで……
◎バレンタインデーの時期になると、「もてる者、もてざる者」がくっきりと色分けされる。日本国憲法は第14条で法の下の平等を説き、福沢諭吉は人の上に人をつくらず云々と言ったが、美醜をめぐってはとくに、実のところ差別との戦いだ。私は生まれながらにしてその戦いに、はからずも敗者復活戦から臨まされている
<引っ越しにて>
◎引っ越して「近くにお越しのときは、ぜひお立ち寄りください」とハガキを出すが、本当に立ち寄られてもじつは困る
◎引っ越しのお任せパックを頼んだら、押し入れに隠してあった秘密の品物を梱包係の人に見られる
◎一人で二、三年住んだアパートを引き払って新しい土地に引っ越す。業者が来て次から次から段ボール箱を運び出してしまうと、あとにはガランとした空間だけが残る。ポカンと時間の余裕が出来たりして、初めてそのアパートを不動産業者に紹介されたときのことや、この二、三年身近に起こった出来事などが走馬灯のように思い出される。大家さんに返却しなければならない鍵が涙を誘う
◎私の引っ越し作業で日本通運の車から段ボール箱を下ろそうとした作業員が「ガシャーン」と照明器具を割ってしまった。「すみません。弁償させていただきます。改めて買い直されて領収書をお送りください。口座に振り込ませていただきます」と言った。私は割れたのが特に必要でもない照明器具だったことを黙っていた。後日、かねて欲しかったジェムスター社のGコード入力リモコンを買い、店員に頼んで「電気製品」という領収書を書いてもらった。ここから先はご想像にお任せします。すみません
<路上にて>
◎ティッシュペーパーを街頭で配っている。配る人に歩調を合わせ、オバタリアンのように「ちょうだい」と寄っていくと、ちょうどティッシュが途切れ、出した手を引っ込めなければならないのは恥ずかしい
◎ティッシュペーパーを信販会社に雇われた美人が配っている。「そんなティッシュは要らないから、あなたをください」と言いたくなる
◎会社に向かって歩いていたらおばさんに道を聞かれ、教えた道が自分の進む道と全く同じであるため、歩く速度に困ってしまう
◎会社に遅れそうになって走っていたら信号は赤、電車は出たばっかり、しかも帰宅を急ぐ人の流れに逆行するため前に進めなかったりする。余裕を持って出勤する日に限って信号はことごとく青で電車にはすんなり乗れ、早過ぎる時刻に会社に到着してしまったりする
◎貧乏で子だくさんのお母さんは、自転車の前や後ろに子供を乗せて、髪を後ろに縛って化粧っけのない顔で商店街を疾走する
◎道を歩いていると、どこかの店から台車を押して出てきた人がいる。そして自分の後ろを台車を押しながらついてくる。その台車で足のくるぶしをコツンとすくわれることになるかもしれないと警戒しながら歩くと、めまいがする
◎朝の通勤ラッシュ時、池袋駅や新宿駅、大阪・梅田駅を歩くと、横や背後から人間がビュンビュン飛んできて危ない。まっすぐ歩こうにも歩けない。考えてみるに、駅を設計するときに人の流れというものを全く考慮に入れてなかったのではないだろうか?
◎真冬、路上で手相を見る商売をしている人がいる。寒風吹きすさぶ夜にカンテラを焚いて、ひたすら通行人が立ち寄るのを待っている。「人の手相を見るのもいいけど、こんなに風の強い日にこの寒い場所で手相なんか見て金稼ぎをしなきゃいけない自分の手相をこそ見たらどうだ?!」と言いたくなる
◎路上で独り言を言う。前を歩いている女性がどんな男が後ろに近づいてきたのだろうと思ってハッと振り返る。反省して口ごもる
◎夏、道を歩いていると向こうから虫の大群が固まりになって飛んでくる。下手に息をすると虫の一匹を飲みこんでしまうことがある。道に目を落とすと蟻の大群が延々と行列を作っている。足で行列を切断して遊ぶ
◎大道芸人ならともかく、路上でギターを抱えて歌っている若者を見るとこちらが恥ずかしくなる。ギターという楽器は私もすこし弾けるのでよく分かるのだが、もともと数人に囲まれてサロンで静かに弾く音量の小さい楽器だ。路上で大声を張り上げるには無理があり、かえって貧乏くさいばかりだ。若者の自作の歌詞を聞いていると、普段あまり本を読んでいないのか語彙が少なく、未来への空疎なプラス志向を歌っているものが多すぎる。二十代で人生を達観できるはずもなく、若いなりの良さもそれなりにはあるのだが、とりあえず路上で通りすがりの見知らぬ人々に聞かせるのは場違いというものだ
<一般論>
◎自治会長には「行政に対しての文句言い」が多い。口がとがっていない人は少ない気がする
◎スピーチや発表の場。草案の段階で「ここで大いにウケる」とメモしていた箇所にきても会場の反応が「たらーん」だと大いに焦る
◎自販機でお金を入れるとガシャーンと投げ出すように商品が落ちてくる。どこの世界にお客さんめがけて商品を投げて務まる商売があるだろう。しかもお客さんは屈んで商品を取る際に雨よけの扉で手を痛めたりする
◎留守電に用事をしゃべるとき、どぎまぎしてしまう。また他人の声の留守録音をこちらが何度も再生するのも片腹痛い
◎新幹線の中で絵本を読んでいた幼い子供がお母さんに「ジャンヌダルクってだあれ?」と何度もしつこく聞いている。乗客の耳目が集まったころ、お母さんが「昔の人」と答える。同じように、電車の中吊り広告で「不倫」という文字が躍っている。それを見た子供が母親に「あれは何と読むの?」と聞き、母親は「静かにしなさい」と叱る
◎年賀状を出すのをやめようと決心した人から元旦に年賀状がきてしまい、あわてて返事を出すと、翌年の元旦は、こちらから出したにもかかわらず相手からきていなかったりする。こうしてずるずると儀礼的な関係が続く
◎昔、働いていた職場へ旧友に会いに行く。みんな「久しぶり!」と最初は大いに歓迎してくれ、一緒に飲みに行ってくれる。ところが、そのうち話題がなくなり、三々五々去っていく姿を目にすることに。「みんな自分の幸せを追い求めるのに精いっぱいなんだ。俺がいてもいなくても彼らの人生にはもう関係がないんだ」と悟り、肩を落とす
◎夜中のスナック。みんなでラーメンを食べに行く話で盛り上がってしまい、気が進まないので一人先に帰ろうとするとママに「何よ! あなた」と言われる
◎△△コンク―ルに行くと、優勝者決定のあと、審査委員長の講評がある。審査委員長はマイクに向かってだいたいこういうふうに挨拶する。「甲乙つけ難い実力者ばかりでした。審査員一同、約30分、侃々諤々の議論をしました。喧嘩腰になってしまった審査員もおりました。もし優勝カップが二つあるのなら、という意見さえ出ました。それでもあえてたった一名、我々は優勝者を選ばねばなりませんでした。まさに苦渋の選択でした。従って、優勝者と次点との差はごくごく僅差でした。最後の決め手は、優勝者の将来性でした。私どもは彼女の将来性を買いました。彼女の未来に賭けました……」。(ここで会場割れんばかりの拍手が起こり、優勝者の目から大粒の涙がこぼれ落ちる)
◎「死ぬように眠る」と「眠るように死ぬ」は一見、近い言いまわしのように聞こえるが、月とすっぽんの違いがある
◎「……と感じるのは私だけだろうか」という、新聞の投書欄での文章の終わり方は、一見、気が利いているようで実は紋切り型の文体。そう感じるのは私だけだろうか
◎大阪市城東区紋切にワンパターンの文章を書く人物が住んでいそうな気がする
◎都会へ出て独り暮らしを始めると、しばらくは話し相手がいない。あるとき、「ひとりごとをよく言うようになった自分」に気づく
◎かぶっている帽子が強風で脱げ、ころころ転がって川に落ちる
◎後ろから迫ってくる路線バスに乗り遅れまいとバス停めがけて走り出したとたん、転ぶ
◎携帯の着メロを「与作」にしていたら電車内で急に鳴り出す。衆人環視の場所で電話がかかってきた恥ずかしさを超越した恥ずかしさがある
◎息子の合格発表の掲示板の前で、こちらの表情の変化を食い入るようによその子供が見ているのに当の息子は不合格
◎航空機事故が続くと、飛行機に乗るのが怖くなる。機内で読書をするも、小一時間のフライトで1ページもめくらない人物がいる
◎「このところ、無駄遣いが多いなあ。よし、今日から倹約しよう」と心に決めたその日に、親戚で亡くなった人がいるとの連絡が入り、身仕度から始めねばならなくなる
◎小学校に警察が交通指導に来る。なかに腹話術が得意な指導員がいる。「おなかで喋るので、人形が話しているかのように見えるのが腹話術ですよー」と教えてから鳳啓介のような声で始める。が、交通規則をよく守るという人形の「ケンちゃん」同様、指導員の口もパクパクしてしまうので、小学生でさえウソと見破ってしまう
◎物損事故を起こして車を修理に出す。後日、修理し終えたばかりの車で自宅に帰る途中、車の側面をガードレールでこすってしまったりする。「まあ、人をはねたことを思えば、たとえ二度でも安い出費だ」などと考え直してみるが、そういう問題ではない
◎パソコンで長い文章を「上書き保存」することなく書いていると、とつぜんエラーが起こって「強制終了」させられ、地団太を踏むことになる
◎どこかの田舎の駅前商店街の風景。「ワルツ堂」というレコード店があり、「勉強堂」という文房具店がある。酒屋は「三河屋」で魚屋は「魚八」だったりする。スナックは「来夢来人」、スーパーは「サンスーパー」。「八百七」には「白才弐佰圓」と赤いマジックで書かれた段ボール製の値札があり、丸正商店には水原弘のキンチョウの看板や大村崑のオロナミンCの看板が残っている。町道を天保山行きの路線バスが走る。道端では手押し車を止めて、道行きを着たお年寄り同士が立ち話をしている。「県病院まで行ってようやく病気が見つかった」と金歯を手で隠しながら話している。工場の煙突の向こうの堤防にゆっくりと夕日が沈み、何事もなかったかのような一日がまた終わっていく
◎新しい学校に転校したり、新しい職場に転任したりしたら最初に自分に近づいてくる人物は、だいたい要注意人物である。その集団で村八分になっている人物であることが多いからだ。もし友達が多い人なら、敢えて新顔に近づいて行く必要もない。ゆっくり観察したのち、安全と判断できたら話しかけてくるはず
◎朝、「ねぐせを直さなきゃ」と言おうとして「ねぐそ」と言ってしまう。同じく、八百屋で「わけぎをください」と言おうとして「わきげ」と言ってしまう
◎俳句会で自分の俳句を皆で一言ずつ合評してくれる。いろいろ褒めてくれるが汗が出る
◎観光地に行って子供たちの写真を撮ろうとしていると、若い女性2人が来て「すみません、写真を撮ってくれませんか」とカメラを差し出す。顔を真っ赤にしながら「押すだけでいいですね」とか「ハイ、撮りますよ」などと言う。路上ですれちがってもまず話すことはない美人の女性がニッコリ微笑んでこちらを向いているので、つい取り乱す。冷や汗は言うまでもない
◎私は名古屋勤務時代、新聞の記事を点検していて、「召集令状」が「召集礼状」となっているのを見落として、翌日、訂正を出したことがある
◎だれかを誘って会社の喫茶室に行く。「俺が払おう」と言いながら千円札を自動券売機に入れる。まず自分はホットコーヒーのボタンを押す。誘った相手に「何がいい?」と聞くと、ホット以外の飲み物を答える。こちらは動揺しているので、誤ってつい押してしまうボタンが「おつりボタン」。ジャラジャラ小銭が転がり落ちてきて、「あらあら……」などと苦笑。あわてて硬貨を投入口に入れ直すこととなる
◎「うちには犬が2匹、猫が3匹いるのよ」と喜んで話す女性がいる。公共の場でも子供に話しかけるように犬や猫に話しかけている。お子さんのいない人であることが多い
◎転校の前に、色紙に「寄せ書き」をクラスみんなからもらう。最初は子供部屋に飾ってあるが、いつしか押し入れの肥やしになる
◎動物園に行くと、珍獣が檻に入れられて見せ物になっている。立場を変えて、「珍しい人間」という名札を付けた檻に入れて動物たちの面前に晒してみたい奇人が、私の身近に何人もいる
◎帽子というものは自分がかぶったのでないと、何だかしっくりこないらしい。たとえば甲子園の決勝戦のあとの表彰式。主将が優勝旗を朝日新聞社長の前に受け取りに行き隊列に戻ってきた時、隣の選手が代わりに主将に帽子をかぶせてやるが、そのかぶり方をあとで自ら直さない主将は一人もいない。ウソだとおもったらあなたも毎年よーく観察してごらん!
◎お風呂でシャンプーをしようと思って誤ってリンスを頭に振りかけてしまうことがある。順番が違うだけで同じことじゃないか?!と思ってシャンプーをその上にかけて洗ってみるが泡立ちが悪くて洗えない。結局全部洗い流してやり直すことになる
◎どこの国だったか、サッカーのW杯のとき、オウンゴールで自国を敗退に導いてしまった選手が、帰国後、誰かに射殺された事件があった。オウンゴール。単なるちょっとした過ちだが、それが命にかかわるようでは困る
◎腕時計のバンドが古くなったので取り換えようと、新しいバンドを買ってきて自宅で付け替えようとする。ところが力を入れ過ぎてネジが馬鹿になってしまい、バンドが固定できなくなる。時計本体は健在だといっても、もし修理に出すと高くつくので、新しい時計を買わされる羽目になる。踏んだりけったり
◎腕時計を買うとき、あれこれと迷った末、ついに店員に「これをください」と打ち明ける。お金を払うのはこちらなのに、なんだか冷や汗が出る瞬間だ。数ある装飾品のなかでも「個人の好み」が直截に表れるのが腕時計ではないだろうか