Q3 靖国神社公式参拝はなぜいけない? 

 憲法には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する(20条1項)」と定められており、個人としてどんな宗教を信じ、どのようにその宗教行為を行うかということも自由です。内閣総理大臣である人が、個人的にお葬式に参列したり、初詣に行ったり、教会で結婚式を行おうとそれはすべて自由なはずです(FAQ信教の自由参照)。

 憲法はまた次のようにも定めています。「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。(20条3項)」これは政教分離という原則を定めたものです。政府と宗教とが結びつくことにより生じる弊害(FAQの政教分離の項目を参照してください)が起こらないように、日本では政教分離というやり方をとっているのです。

 内閣総理大臣、国務大臣、国会議員という地位にある人たちは「国の機関」であるわけですから、その機関としての宗教的活動は禁止されているのです。国の機関としてでなければ私的な宗教行為になりますから、それならば個人の信教の自由の範囲です。

 靖国神社は宗教上の組織ですから、その公式参拝は国の機関による宗教的活動になってしまいます。「公式参拝」とは、たとえば「内閣総理大臣○泉純○○」として参拝することです。もし内閣総理大臣である人が靖国神社に参拝したいのであれば、私人として行かなければなりません。私人としてということは、公用車を使わない、玉串料は私費から支出する、記帳には公職の肩書きを使わないといった基準があるでしょう。

 では、どうして靖国神社だけが公式参拝の対象となって問題になるのでしょうか?

 これには靖国神社の宗教施設としての特殊性を考えてみる必要があります。靖国神社は1869年に戊辰戦争で死んだ「官軍」兵士の慰霊のためにつくられた「東京招魂社」を前身としています。官軍兵士の慰霊のためにつくられたのですから、白虎隊などの敵側兵士は祀られていません。明治維新で活躍した西郷隆盛でさえ、西南戦争で政府に反抗した賊ですから祀られていません。この東京招魂社が1879年に「靖国神社」と改称されました。

 この靖国神社には、つまり天皇のために死んだ兵士のみが祀られています。第二次世界大戦での戦死者のうち兵隊だけがA級戦犯も含めて祀られているのは、彼らが天皇の命令によって戦争に行き(行かされ)、そして戦死したからです。戦死したら「英霊」として靖国神社に祀られるということが、兵士の士気昂揚に利用されていたのです。神であった「天皇」、その「皇軍」、そして「靖国神社」はかつての日本の侵略戦争に十分な役割を果たしたといってよいでしょう。ですから、広島・長崎の原子爆弾によって犠牲になった市民、東京その他の都市の空襲などで犠牲になった市民などは、天皇の命令によって戦って亡くなったわけではありませんから祀られていないのです。

 そんな靖国神社に内閣総理大臣が公式参拝することは、日本の侵略戦争で被害を受けた国々の国民の感情を逆撫ですることになるでしょう。日本がかつての戦争について何の反省もしていないと受け取られることになるからです。アジアの国々と日本との関係を考えても、公式参拝は問題点が多いといえます。

 問題は過去にだけあるわけではありません。将来集団的自衛権という名の下に、海外派兵が行われ、自衛隊員等が戦争で死ぬ可能性がでてくるかもしれません。そんなときのために「お国のために命を捨てる」ことを今のうちから美化しておく必要があるのでしょう。靖国神社公式参拝は将来の日本のあり方にも関わってくるものなのです。

 靖国神社から15分ほど歩いたところに、千鳥が淵戦没者墓苑があります。ここは兵士民間人を問わず戦争で亡くなった人を追悼する国の施設です。8月15日にこちらに「公式参拝」をするという話を聞いたことがないのはなぜでしょう? ところで、みなさんは靖国神社へは行ったことがありますか? 宗教とは関わりなくぜひ一度行ってみることをお勧めします。大砲、砲弾、人間魚雷などの兵器を見ることができます。日本陸軍創設者の像もあります。8月15日にはいつもと違った雰囲気があります。戦争とは何かを考えさせる数少ない宗教施設です。

山崎 英壽