現行の公職選挙法は、国民が選挙(町村の議会議員選挙を除く)に立候補するとき、いわゆる供託金を準備しなければなりません。より具体的に説明すると、候補者一人につき、以下のような金額(あるいは同額の国債証書)を供託しなければなりません(公職選挙法第92条)
| 衆議院小選挙区選出議員の選挙 | 300万円 |
| 衆議院比例代表区選出議員の選挙 | 600万円 |
| 同 小選挙区との重複立候補の場合 | 300万円 |
| 参議院選挙区選出議員の選挙 | 300万円 |
| 参議院比例代表選出議員の選挙 | 600万円 |
| 都道府県知事の選挙 | 300万円 |
| 都道府県議会議員の選挙 | 60万円 |
| 指定都市の長の選挙 | 240万円 |
| 指定都市の議会の議員の選挙 | 50万円 |
| 指定都市以外の市の議会の議員の選挙 | 30万円 |
| 指定都市以外の市の長の選挙 | 100万円 |
| 町村長の選挙 | 50万円 |
以上の供託金は、一定の得票(例えば衆議院小選挙区選出議員の選挙の場合には有効投票総数の10分の1)を獲得すれば、立候補者本人に戻ってくるのですが、その要件を充足しなかった場合には国家に帰属することになっています(公選法第93条、第94条)。
なぜ、このような供託制度が設けられたのかといえば、この制度を肯定する論理によると、次のように説明されています。
つまり、いわゆる公営選挙(立候補すると選挙に要する費用の一部が選挙公営の費用として国庫補助される)の下で、選挙の妨害や売名など不正な目的をもった者が立候補することが考えられるが、そのような立候補を抑制するためである、あるいは、選挙でそもそも当選の見込みもない泡沫候補や泡沫政党が選挙に立候補することが考えられるが、そのような立候補を選挙前から排除するためであり、これによって自由かつ公正な選挙を実現するためである、と。
そして、ここでは、憲法が「…議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」(第47条)と規定していることにつき、「選挙に関する事項は国会の広い立法裁量である」との解釈が前提となっているようです。
しかし、私見では、このような論理は、日本国憲法がかつての君主主権および制限選挙を否定し、国民主権(前文、第1条)および普通選挙(第15条)を採用し、議員および選挙人の資格について差別を禁止していること(第44条)から考えると、憲法上許容されないと解されます。
そもそも、選挙権は基本的人権の一つであり、被選挙権または立候補の自由は、選挙権と表裏をなす人権(あるいは憲法上の権利)です。ですから、この人権は、その他の基本的人権と同じように内在的制約に服すことはあっても、国会の広範な立法裁量に委ねられていると解することはできません。
そこで、前述の、供託金制度を肯定する論理を検討すると、それらが憲法上被選挙権を制約する理由とは到底なり得ないことが明らかになります。
まず、自由で公正な選挙を妨害する者に対して法律でそれを規制することそれ自体は、内在的制約として憲法上許容されるでしょう。しかし、そのために供託金制度を用意しなければならない必要性はありません。自由で公正な選挙の妨害を予防・防止するのであれば、そのような妨害行為に対する制裁を必要最低限の範囲内で準備すればいいのだし、また現行法はそれを用意しています(公選法第221条以下)。供託金を没収される候補者や、供託金を工面できず立候補しなかった者がすべて自由で公正な選挙を妨害する者だと断じ得ないことからも、この理由は適切とは言えません。
また、売名で立候補する者に対する予防という論理も同様に適切ではありません。供託金を没収される候補者や、供託金を工面できず立候補しなかった者がすべて売名であるなどと断じ得ないからです。他方、売名によって得る利益が供託金よりも大きければ、供託金をあえて犠牲にしてでも立候補するでしょうから、売名の立候補者に対する抑止にはならないでしょう。また、たとえ売名での立候補が行われたとしてもそれをどう判断するかは主権者である国民が選挙で結論を出せばいいことであり、それが民主主義選挙のはずです。
泡沫候補や泡沫政党についての判断も国民が選挙における投票で判断すればいいことであり、事前に国家がその立候補を抑制する必要はどこにもないのです。
(上脇博之)
以上のように、供託金制度を肯定する理由は憲法理論上許容されるものではありません。それどころか、現行の供託金制度は、立候補に莫大な資金を用意しなければならない点で、事実上立候補の自由を不当に制約しているといえるでしょう。例えば衆議院議員選挙の小選挙区に立候補するとなると、一人につき300万円の供託金を、比例代表選挙に立候補するとなると600万円(同時に、小選挙区選挙の立候補者でもある重複立候補者の場合は300万円)を用意しなければなりません。組織をもたないものの既存の政党では駄目だとしてまじめに立候補しようとする者を、これでは不当に排除することになりかねません。
また、ある政党がまじめに全選挙区で立候補者を擁立するとなると、14億4000万円から19億8000万円の供託金が必要となるのです。参議院議員の通常選挙の場合も基本的に同じように高額なお金を準備しなければなりません。これでは、小政党・新興政党は全国的な立候補が実質的に阻止されているに等しいと言えるでしょう。
ですから、「国民固有の権利」(憲法第15条)としての参政権を有する有権者にその判断を全面的に委ねるべきであるという民主主義観から言えば、立候補の段階から排除しようとすることそれ自体、つまり、供託金制度そのものが、憲法上許容されず違憲ということになるでしょう。
また、たとえ供託金制度そのものが憲法上許容されるという立場に立ったとしても、少なくとも現行のように高額すぎる供託金では実質的に不当な立候補(被選挙権)制限となっており、憲法第15条・第44条・第14条に違反するとの批判は免れないでしょう。憲法第47条・第44条により選挙につき立法裁量を認めるとしても前述の諸規定などによってそれは大きく制約されるのであって現行法はその限りで裁量権の逸脱ないし濫用であると結論づけられるべきでしょう。
さらに、新党や無所属の者にとっては、政党助成制度が導入されたことで、供託金の問題性はより一層顕著になったと言えます(政党助成制度の内容と問題点については、6のQ4とQ8を参照)。つまり、政党助成が供託金の問題性をより先鋭化させているのです。
ある政党は政党交付金を受け取っているために供託金の工面に苦労することがない(あるいはまた供託金もほとんど没収されることがない)のに対して、別のある政党は、政党交付金を受け取らず(あるいは受け取る資格がなく)、供託金の多くを没収される(あるいは供託金を準備できない)ということになれば、両政党の財政的不均衡は拡大するばかりです。供託金の存在そのものあるいは高額すぎる供託金は、政党交付金の存在と相俟って、普通選挙の実質を大きく変質させてしまっているのです。
供託金制度の撤廃(あるいは大幅緩和)は、小政党や無所属の者にとって政党助成に匹敵する効果を発揮し得るでしょうから、早急に求められる政治改革の一つでしょう。
(上脇博之)