お気持ちはたいへんよくわかります。悪いやつは手っ取り早く懲らしめないと、何をしでかすかわからない、ということですね。
しかし、もう一度、冷静になって考えてください。「極悪人」とは一体誰のことでしょうか?。そして、誰がそれを決めるのでしょうか?。
日本国憲法における司法システムは、適正手続主義を採用しています(31条以下)。というのも、旧憲法時代、とくに、治安維持法体制下では、苛烈な拷問を通じて自白を取り、その自白を根拠にして罰を与える(糾問主義的手続)という方法が横行し、それが反対派の弾圧のために利用されるということがしばしばあったからです。この反省に立って日本国憲法は、人を処罰する場合には、適正な裁判を通じてこれを行う、という大原則を定めました。
「手続保障」はいらない、と考える方も、裁判手続はいらない、とは考えないでしょう。おそらく、裁判過程での細かな手続が不要だと考えておられるのでしょう。
ここで、考えなければならないことは、処罰は適正な裁判を通じて行われる、という原則から、そのような手続を経ない場合は処罰されない、ということにもなる、ということです。つまり、適正な裁判で有罪判決が確定するまでは、犯罪者と思われていても未だ無罪である(無罪推定原則)ということになります。有罪を決める権限を持っているのは、裁判所だからです。
ということは、裁判所の判決が確定するまでは、追及する側(検察官、警察)とされる側(被告人、容疑者)で、対等な立場が保障されなければなりません。そうでなければ、無罪が推定されているとは言えなくなるからです。裁判では証拠に基づいて審理が行われるわけですが、その証拠も、提出された段階では、どちらか一方の側のためのものに過ぎません。場合によっては、捏造の可能性もあります。「極悪人」と思われているからと言って、捏造された証拠で有罪にしてもいいとは絶対に言えません。だから、裁判での証拠調べに関わる手続が、対等な立場を保障するためにも、定められているのです。
日本国憲法では、刑事被告人の諸権利について、いくつかのものを具体的に定めています。
37条2項では、「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する」として、いわゆる証人審問権と証人喚問権を保障しています。このことによって、被告人に審問の機会が与えられないような証人の証言には証拠能力(証拠として採用されるべき資格)を認めないという原則が立てられることにもなります。 また、38条では、自己に不利益な供述を拒否できる権利や、強制、拷問、脅迫、不当に長期にわたる抑留や拘禁のすえに得られた自白は証拠にすることができないということを定めていますし、本人の自白のみが証拠である場合には有罪として刑罰を課してはいけない、と定めています。
これらの規定はすべて、無罪推定原則にのっとって、被告人の立場の対等性を保障するために設けられていると考えることができます。
一方、「手続保障」をしっかりと定めることによって、国家の刑罰権がよりいっそう正当性のあるものとして認識されることでしょう。適正な手続を無視した刑罰に、どんな正当性があるというのでしょうか?。
振り返ってみれば、免田事件や、白鳥事件など、日本の有名な冤罪事件の被告たちは、ほとんど、冤罪であると判明するまでは、きちんとした裁判手続に入る以前の段階から「極悪人」呼ばわりされていたのです。あなたも、知らないうちに、無実の人を「極悪人」呼ばわりしているのかもしれませんよ・・・。
(多田一路)