憲法改正とは、成文憲法が自ら定める手続きにしたがって意識的に変更を加えることです。ですから、憲法改正は、既存の憲法を前提としている点で新しい憲法の制定と区別されますし、合法的な憲法の変更である点で暴力革命やクーデターによる非合法な憲法の変革とも区別されます。
では、日本国憲法は憲法改正手続きをどのように規定しているのでしょうか。
憲法第96条は第1項で「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」と規定し、第2項で「憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体をなすものとして、直ちにこれを公布する。」と規定しています。
ここで注目しておきたいのは、第1項の規定です。それによると、憲法改正の第一の特徴は、発議権が大日本帝国憲法(第73条)のように天皇にあるのではなく、主権者である国民の代表機関である国会が行なう、ということです。そしてこの発議には、各議院の総議員の3分の2以上の賛成が必要である、ということです。過半数ではありません。
第二は、国民投票による過半数の賛成が得られて初めて憲法改正が成立する、ということです。国民投票については、大日本帝国憲法ではありませんでした。したがって、国会で発議されても憲法改正が成立するわけではありません。憲法改正の「発議」とは、あくまでも国民投票に付する憲法改正案を確定することを意味するのです。
なお、この発議において、衆議院の優越はありませんし、衆議院と参議院の意見が異なる場合でも、両院協議会は予定されていません。
憲法第96条の規定における内容については、学説の対立があり、国民投票についての法律も存在しませんから、十分に議論する必要があります。まず、発議の際の「総議員」とは、欠員を除き実際に存在する議員総数なのか、法律で定められている定数である法定議員総数なのかという論点があります。憲法の改正は国の基本的なあり方を変更する上に基本的人権という「侵すことのできない永久の権利」(憲法第97条)を変更することにもなるので、慎重な手続きが必要です。ですから、憲法改正に反対する議会内少数派の欠員の存在に乗じて発議が行われないよう法定議員総数が「総議員」と解釈すべきです。
では次に、国民投票における「その過半数」とは、有権者総数の過半数なのか、投票総数の過半数なのか、それとも有効投票総数の過半数なのか。国民投票というのは、投票することが前提であると解すれば、棄権者を含めた有権者数を基準に採用することはないと言えましょう。そうすると、例えば国政選挙においては有効投票で当落が決せられるので、憲法改正の発議でも有効投票総数が基準になるはずだと考えることにはそれなりの理由があるでしょう。学説の多数はこの立場である。しかし、最高法規である憲法の改正については、積極的に改正に賛成であるとの意思表明が重要であり、投票したがその意思がはっきりと表明されていない投票は改正に賛成しているわけではないと解すべきですから、投票総数が基準とされるべきでしょう。
ただし、投票所に行きたくても寝たきりなどの理由から行けない人が自宅などで投票できない状態を放置したままで投票総数が基準となっていいのか、真剣に考えるべきです。
投票における記載方法について言えば、有権者・投票者の意見を積極的に問うべきですから、憲法改正案に賛成のものは「賛成」と記載するか、○印を付けるという方法が採用されるべきです。
ところが、姑息な手段を使って有権者の意見を積極的に聞かない方法、例えば、憲法改正案に反対の者だけに×印を付けさせ、それ以外の投票はすべて賛成であると見なす方法が考えられます。しかしこのような方法は、憲法改正を決定する国民投票の名に値しませんから、そんな方法による国民投票は無効であると解釈すべきです。
憲法改正案を確定するのは国会なのですが、その原案を国会に提出することについては、議員だけではなく内閣にもあるという立場と、議員しか提出する権限はないという立場に学説は分かれています。法律案について内閣に提出権を認めない立場は憲法改正案の原案の提出権についても認めないのですが、法律案について内閣に提出権を認める立場にあっては、憲法改正の原案の内閣提出権を肯定する見解と否定する見解とに分かれています。内閣の原案提出権を認める立場は、国会が最終的に憲法改正案を確定するのであるから内閣に原案の提出を認めても問題がないと考えているようです。しかし、原案を提出できるということは、原案についての質疑に答える権限があるということになるでしょう。ですから、内閣には原案提出権を認めるべきではありません。
(上脇博之)