日本国憲法は、憲法改正につき、国会の発議を受けて国民投票が行われ、そこで過半数の賛成があった場合に憲法改正を認める手続きを採用しています(憲法第96条。FAQの6のQ1を参照)。その他、一部の地方公共団体だけに適用される特別法を国会が制定するためには当該地方公共団体の「住民投票」が憲法上必要とされています(憲法第95条)が、「国民投票」を憲法改正以外で要求している明文規定は存在しません(なお、最高裁判所裁判官につき「国民審査」が憲法第79条で規定されています)。
その意味では、憲法が「国民投票」を明記しているのは、憲法改正の場合だけであり、その場合には必ず国民投票に付されなければならないのであって、付さなくても良いわけではありません。
では、国民投票でその過半数が賛成した場合に法律の制定等を認めるというように、国民投票の結果に法的効力をもたせた場合、それは憲法上許容されるのかということが問題になります。
この問題につき、これまでの憲法研究者の通説は、その種の国民投票に対して否定的です。それどころか、それは憲法違反であるとの立場です。
その理由づけは、学説によって異なります。国民主権についての学説は多様でありますが、大きく2つの立場に分けられるので、その分類を通じて、以下、その理由を説明しましょう。
「国民主権」につき、「政治権力の源泉が国民にある」との建前、言い換えれば政治権力の正統性・権威を意味するものに過ぎず、主権者自身が権力を行使することまで含意するものではいないと考える立場(ナシオン主権・国民主権)がありますが、この立場からは、代議制こそが主権行使の唯一の形態と理解されるため、憲法が明記する例外以外には、いかなる国民投票に対しても消極的に解される傾向にあります。したがって、国民投票に法的効力をもたせることになど、そもそも念頭にはなく代議制に反するものであり、それ自体憲法が予定していないものとして排斥されることになります(その他、後述する憲法規定が根拠にもなります)。
他方、「国民主権」を政治権力の正統性・権威を示すだけではなく権力の行使まで含めて理解する立場(プープル主権・人民主権)がありますが、この立場にあっては、原理的には直接民主主義が当然の前提となっており、代議制はやむを得ず採用されるに過ぎないため代議制の下でも国民投票は肯定されることになるのですが、日本国憲法の解釈としては、そう簡単に肯定されてはいません。それゆえ、プープル主権(人民主権)説においても、国民投票に法的効力を持たせることには消極的・否定的です。
その理由としては、第一に、国民投票が体制的政策・法律を正当化する機能(プレヴィシットとしての機能)を営む危険性が挙げられます。プープル主権説の中には、これを理由に、権力の行使の側面を凍結する見解もあります。
第二の理由としては、憲法が国会を「国の唯一の立法機関」と規定し、また、法律の成立が両院の可決に基づくという規定していること(憲法第41条、第59条)が挙げられます。
したがって、原理的には国民投票を肯定するプープル主権説においても、上記の理由により、国民投票は憲法解釈上肯定されてはいないのです。
以上は、国民投票に法的効力をもたせる場合でしたが、それでは、法的効力を伴わない国民投票、つまり、国会で判断する判断材料としての意味(助言的または諮問的意味)での国民投票については、どう評価されているのでしょうか。
ナシオン主権説から積極的に論じられているわけではないので、どう評価されるのか不明ですが、プープル主権説からは、その意義が積極的に評価される傾向にあります。
(上脇博之)
私見によると、国民投票に法的効力を持たせる場合についても、日本国憲法はこれを全面的に否定しているとは解されないように思われます。国民投票の経験も無いのに、憲法改正のときに国民が理性的な判断ができると日本国憲法が考えているとは思えません。
もちろん、いかなる法律案も国民投票が付されなければ法律が成立しないとか、法律の改正も廃止もされないと解しているわけではありませんし、また、常に法律の制定・改廃には国民投票を付すべきと主張しているわけでもありません。
しかし、国民投票における結果に法律の制定・改廃の効力をもたせることを日本国憲法は許容していると解されます。
国民投票がプレヴィシットとして機能する危険性には十分警戒すべきであるが、日本国憲法は、
1 プープル主権の立場にあり直接民主制的制度(憲法第95条、第96条、第79条)を明記していること、
2 国民主権には正統性の契機のみならず権力性の契機も含めて理解されるべきであること、
3 権力の行使は国民投票によっても認められるべきであること、
これらのことから、私見では、国民投票に法律の制定・改廃の効力をもたせることを許容している、と解され得ます。
また、
4 憲法第41条における「国の唯一の立法機関」の意味は全ての国家機関の中で「唯一」国会が立法機関であるということであり、主権者である人民自らが立法に参加することを一切排除しているわけではないでしょう。
5 憲法第59条第1項も両院での可決を法律制定の「必要条件」と規定しているのであって常に「十分条件」と規定しているわけではないと解することができます。
したがって、法律の制定・改廃において国民投票を付し、それに法的効力を持たせたとしても、それは憲法違反ということにはならないのであって、国民投票に付すことは憲法の要請ではなく憲法上許容されると解する立場が妥当ではないでしょうか。
問題は国民投票にプレヴィシット的機能を営ませないようにする歯止めをどう準備するかでしょう。例えば、憲法違反の法案については、権力者の側が国民投票を悪用する危険性もあるので、このようなものには認めるべきではないでしょう。そこで、以下のような原則を考えるべきでしょう。
すなわち、(@)法律の内容が日本国憲法の要請するものではなく、(A)法律を制定することが国家権力の権限を不当に拡大したり人権侵害を行なうものでない限り、また、法律を廃止することが国家権力への適切な歯止めを外したり人権侵害を行なうものでない限り、国民投票によって法律の制定・改廃を行なうことは許容されるのではないでしょうか。
とりわけ、(B)法律の制定ではなく廃止にとどまり、それも、(C)国会を構成する議員の所属する政党の利害に関する法律を廃止することを決定する場合には、国会における議論だけでは理性的な議論が期待され得ないから、特定「政党」の不当な特権や人民に対する人権侵害を放任しないためにも憲法上それが積極的に肯定されるべきではないでしょうか。
その具体的な例を参考までに挙げて紹介しましょう。
今の政党助成制度は人口に基づいて年間の総額を確保した上で国政選挙の投票によって各政党への助成額が決定されます。このような制度では、投票率に関係なく年間314億円が各政党によって山分けされることになります。私見では政党助成法そのものが憲法違反であると解されるのですが(6のQ8)、国会でその廃止が決定される可能性は今のところありませんから、廃止に向けた方策を考える必要があります。
そこで、私は、政党助成額を国政選挙とは別の投票(例えば政党財政投票)によって決定する仕組みに改正させた上で、この政党財政投票に国民投票の意味を持たせ、国民・有権者の過半数の投票がなければ政党助成制度を廃止する提案をしています。
ですから、私は
1 前述のような原則の下で国民投票に法的効力を持たせることを憲法が許容していると解しているので、政党財政投票に国民投票としての意味を持たせることを提案しているのです。なお、その場合には、現行の政党助成法の改正を通じてこれを行なうべきです。国民投票法を制定して行なうことは、憲法改悪の策動が活発化している今の政治状況も勘案すると危険性を感ぜざるを得ません。
それでも1回の政党財政投票結果に法律の廃止の効力をもたせることに問題があるというのであるならば、
2 国民の情緒的な判断をできるだけ防止する意味で、2年連続国民の多数の支持が得られない場合のみ法律の廃止を認めるという方法も考えられます。
しかし、それでも法律を国民投票によって廃止することが憲法上許容されないというのであれば、
3 せめて国民の過半数の投票がなければ当該年度においてのみ政党交付金の交付を中止するというもの(法律の執行停止)にとどめることだけでも考えらてしかるべきではないでしょうか(上脇博之『政党助成法の憲法問題』日本評論社・1999年、334−338頁)。
なお、法的効力を伴わない諮問型の国民投票についても、プレビシットとして機能する危険性があることに十分留意しながら、それが行われる必要があるでしょう。また、現時点では、国民投票を明文化する改憲論にも賛成できる状況にはないと思います。
(上脇博之)