5 天皇について

天皇についての質問がいくつか寄せられています。質問はおおよそ次の四つに整理できます。

Q1.天皇が象徴であるとは,何を意味しているのでしょうか。

Q2.天皇や皇族に基本的人権は認められないのですか。

Q3.天皇は元首であるとは言えませんか。

Q4.天皇が現実に果たしている社会的・政治的役割は,憲法に照らして問題にならないでしょうか。

現在の憲法にしたがって答えれば、次のようになります。

A1.象徴とは憲法上に定められた天皇の役割を示す言葉であるだけで、この言葉からは何の法的な効果は出てきません。

A2.天皇や皇族の地位にある者には、憲法では基本的人権は認められてはいません。

A3.天皇は元首ではありません。

A4.大いに問題になります。

一言で答えれば以上のとおりです。次に、こうした答えが導かれる理由を順を追って説明します。

 

Q1.憲法が先か、天皇が先か

 「憲法による政治」、これは日本国憲法が前提としている原則です。これを立憲主義といいます。

この原則は、すべての政治は憲法を根拠として行われるべきこと、従ってまた、国家のすべての機関や制度は憲法にもとづいて設けられるべきことを意味しています。天皇も憲法に定められた制度です。ですから「憲法と天皇のどちらが先か」なんて質問は本来は意味のない質問です。しかし、こと天皇となると、こんな質問もあながち無意味な質問とは言えないのです。

<憲法以前の天皇と憲法上の天皇>

 「天皇って、憲法に決められていなくたっていつでも天皇なんじゃない?」こう思う人は少なくありません。憲法のあるなしに関わりなく存在する天皇と、憲法上の制度としての天皇。天皇という言葉はどうやら二様に使われるようです。

 では、憲法のあるなしに関わりなく存在する天皇(これを<憲法以前の天皇>と呼びましょう)が、天皇であるというしるしは何でしょうか。「三種の神器」を持っていること、かつて明治憲法上の天皇だった人物の直系であること等々を、多くの人はあげるでしょう。では、こうした<憲法以前の天皇>が他ならないこの人だと特定され、他の人から区別されるしるしとされる事柄は、<憲法上の制度としての天皇>にとって必要不可欠な要素でしょうか。そんなことはありません。<憲法上の制度としての天皇>の職務は、後で述べるように実に形式的な行為であって、これを担うために、<憲法以前の天皇>を特定しているしるしとされる事柄は、決して必要不可欠なものではありません。

<熊沢さんが天皇でなぜいけないか?>

 もし、仮に憲法が天皇について何も定めていないとしたら,「私は天皇だ」という人や、多くの人が「あの人は天皇だ」と言う人など、自称または他称の天皇がいたとしても、それらの人々が天皇と呼ばれる存在かどうか、天皇と呼ばれるべきか否かについては、憲法の関知するところではありません。フランス革命の中で王政が廃止された後、かつてのルイ16世は「市民ルイ・カペー」として裁かれ処刑されました。

 戦後直後、自分は南朝の正統な末裔だから自分こそ天皇の地位につく資格があると主張して熊沢天皇と呼ばれた人物がいました。なぜ熊沢さんが<憲法上の制度としての天皇>の地位についてはいけないのでしょうか。立憲主義の立場にたつならば、その理由をハッキリさせ、少なくともど<憲法以前の天皇>を憲法上の天皇にするかについて憲法上で明記すべきことになります。

<戦争責任、特殊な宗教活動をかかえた天皇>

 ところが今、憲法上の天皇の地位にある人(明仁氏)は、かつての日本の侵略戦争と植民地支配の最高責任者であった人の息子であり、また、独特の宗教祭祀をその一家をあげて日常的に行なっている家系の「ご当主」です。

 19世紀末、フランス第三共和政においては、「かつてフランスを統治した者の家系にある者」が公職につくことを禁止していました。第2次世界大戦後のイタリア憲法は戦争責任を問われた「サヴォイア家の前国王」などを国外追放し、その子孫を公職から排除しました。しかし、日本国憲法制定に当たって明治憲法上の天皇裕仁の戦争責任は追及されませんでした。

 また、この<憲法以前の天皇>は、自らも宮中三殿の祭祀などを熱心に行なうだけでなく,年間約20件近く行なわれるとされる宗教儀式を司る掌典職だけでも16人を「私的使用人」として雇っているのです。政治と宗教との分離を原則とする現憲法上の制度に、こうした「特殊な宗教団体」(笹川紀勝さん)とも言えるような生活実態をもつ人を当てることの妥当性が問題になります。

http://www.kunaicho.go.jp/04/d04-01.html#gokaiken

 このような問題を抱えた<憲法以前の天皇>を憲法上の天皇の地位に据えているために、憲法上で天皇について取り上げるときに私たちは、単に憲法上の天皇だけでなく、<憲法以前の天皇>のありかたにも目配りし、そこで<憲法以前の天皇>のあり方が<憲法上の天皇>のあり方に入り込んでいるか否かに注意しなければなりません。

<「皆さんと共に憲法を守り」のおかしさ>

 かつて天皇の地位につく際に現天皇明仁氏は、「皆さんとともに憲法を守り,,,」と述べて話題になりました。天皇を崇拝する人や、9条をこころよく思わない人の中には、この言葉に憤慨したり、驚いたりした人もいました。一方、これとは反対の立場の人の中にはこの発言を歓迎する反応もありました。しかし、こうした反応は立憲主義からすれば、いずれもおかしなものです。第一に、天皇は憲法によって設けられた制度なのですから、その地位につく者が憲法を守るのは、そお憲法が当人にとって気に入ったものであろうとなかろうと当たり前のことです。また、第二に、ここで呼びかけられている「皆さん」つまり国民は、この憲法を定め、また変えることのできる唯一の主人公であって、憲法との関係では決して天皇と同等の立場に立つものではないからです。天皇は憲法によって作られた制度であるのに対して、国民は憲法を作る主人公(憲法制定権者)であるからです。憲法上の制度でしかない天皇という地位につく者が、国民にたいして「共に憲法を守ろう」と呼びかけることは、立憲主義からすれば国民をばかにした実に不遜なことであり、天皇がこんなことを言うのを歓迎すること自体、情けないことです。

 天皇をめぐる問題を憲法にもとづいて考える際に,まず第一に踏まえなければならないことは、憲法が天皇の先にあるのであって,その反対ではないことです。

(三輪 隆)