A 道州制とは、全国を7〜10ほどのブロックの地方制度に改編することです。道州制論者の間でも、細かい点で議論は分かれています。たとえば@都道府県を廃止するか並存させるか、A道州を「憲法上の地方公共団体」に含めるか別のものとするか、といった点です。これを憲法の立場から検討しましょう。
政財界は道州に対し@中央政府の権限を引き継ぐ「地方分権の受け皿機能」、A地域間の財政不均衡を調整する「財政調整機能」などを期待するようです。
政府第27次地方制度審議会は最終答申(03年)で、「国の役割を重点化し、その機能を地方公共団体に移譲するとともに、真の分権型社会にふさわしい自立性の高い圏域を形成していく観点から」道州制の導入を検討する必要があると述べました。経団連(00年提言)や自民党(03年政権公約)、民主党(03年マニフェスト)も、それぞれ道州制に言及しています。しかしこれら積極論と対照的に、道州制に「現行の府県の境界を越えて国土・資源を効率的に独占したいという財界のねらい」(中西啓之『地方分権と地方制度改革』)を読みとる批判的立場もあります。
憲法は、自治の単位となる「地方公共団体」の概念規定をしていません。現行の市町村・都道府県制(2段階制)およびその改編は、どう評価されるのでしょう。
これまで多くの憲法学者は、2段階制を憲法上の要請としつつも、都道府県のかわりに行政の広域化に対応した道州制などの地方公共団体を設けることは「地方自治の本旨」(憲法93条)に反しない限り立法政策の問題だとみなしてきました(伊藤正己『憲法』)。「地方自治の本旨」との関わりで憲法の縛りがはたらくわけですから、導入される道州制がかりに「住民自治」を阻害すれば、そこで違憲性の問題が生じます。
ところで最高裁は、憲法上の地方公共団体といい得るためには「事実上住民が…共同体意識をもっているという社会的基盤」が存在することが必要だと判決したことがあります。(地方公共団体の要件として「共同体意識」をあげることには疑問も残りますが)この理屈からすると、道州は「憲法上の地方公共団体」と認定してもらえないかもしれません(たとえば、南関東州の住民が南関東州住民としての共同体意識を持つと想定できるでしょうか)。とすると、道州制導入とセットにして都道府県制を廃止したとき、憲法93条2項(長や議会議員の直接選挙制度)の適用は道州に及ばないと解される余地があるのです。
地方制度を考える際にいちばん大切なのは、憲法の求める「地方自治の本旨」(=地方優先の原則に基づく住民本位の地方政治)をどうやって実現するかという視点です。「市町村が基礎的地方公共団体たりうることを妨げる要因を除去し、市町村における住民自治の実現を助長促進する」(室井力ほか『新現代地方自治法入門(第2版)』)都道府県の責任を、道州が肩代わりできるのでしょうか。憲法政策上、道州制導入を検討するまえに、都道府県制を維持し、必要な場合には複数の都道府県が協力しながら、地方自治を充実させる可能性を追求することが望ましと思います。
かりに道州制を導入するとなれば、どういった手続がとられるのでしょうか。
地方自治法によると「都道府県の名称変更」「都道府県の廃置分及び統合」はいずれも法律で決めることになっています(地方自治法3条2項、6条)。たとえばA県とB県とが合併するには、「A県とB県との合併に関する法律」を国会が制定する必要があるのです。市町村合併の場合とはまったく違いますね。
この法律はAB両県の組織に限定的に適用されるので(こういう法律を地方自治特別法といいます)、制定にあたって、両県の住民投票による同意を得なければなりません(憲法95条)。それでは特定の都道府県だけを対象とせず全国一斉で都道府県制を変える道州制導入のときも、住民投票が必要なのか。もともと道州制を想定していない現行地方自治法はこれについて沈黙していますから、地方自治法はあらかじめこの点をはっきりさせないといけません。
しかし都道府県制の抜本的改編を意味する点では、道州制も都道府県合併も同じです。ですから道州制の導入について、都道府県合併と異なる手続を定める格別の理由はないように思います。
またそれは、住民の意思と自主性を尊重して決するべきことです。中央政府が財政的措置を悪用して道州制を押しつけることは―残念なことに市町村合併では日常化していますが―決してあってはならないことです。
杉原康雄『地方自治の憲法論』
日本自治体労働組合総連合「第27次地方制度調査会最終答申に対する見解(2003年11月25日)」(http://www.jichiroren.jp/seisaku/kenkai20031125.html」)
永山茂樹