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1962年
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北インドヒマラヤ山中ルドラプラヤグ生まれ。
幼少の頃よりさらにヒマラヤ奥深い山中聖地デリナートにて聖者と敬われた、
DR.パールバティカル師よりタブラと音楽理論を学ぶ。
その聖地は冬は冬は雪深人跡未跡の為め、冬季は師とインド全域を演奏と見聞の旅を続けた。
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1978年
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バナラシにてタクルサンカルシンガ師にバナラシ様式のタブラを学ぶ。その後バデリナートに再び戻り、
パールバティカル師にさらに深く音楽理論を数年学んだ。
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1988年
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日本人音楽家の招待により、初来日。
インド古典音楽の演奏を行なう。
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1990年
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帰国後インドネシアに在住し、音楽活動。
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1992年
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インドへ帰国後リシュケシュに音楽学校を開校。
欧米からの生徒を数多く迎え、彼らの指導にあたった。
その中にはプロミュージシャンも含み大きな影響を与えた。
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1996年
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再来日、北海道に在住し地元の音楽家らと異種音楽のセッションに積極的に参加、タブラプレイヤーとしての可能性を広げる。
ストリートパフォーマンスも行い、より深く日本の風俗文化にふれた。
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1998年
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津軽三味線奏者、杉中久夫と共演、音楽と絵画による芸術空間をテーマにした音楽会へ出演。
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2001年
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9月、札幌においてバングラディッシュストリートチルドレン救済チャリティコンサート出演。
12月、札幌、新善光寺にてコンサート。
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2002年
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11月、鎌倉大仏鏡内にて毎年行なわれる、国際交流フェスティバルに出演。
以降、各月行なう。
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