PAUL McCARTNEY DRIVING JAPAN

行って来ました。私にとっては初ポール、初ビートルズ。

中一(水戸二中)の時にビートルズ(もう解散していた)がはやり、あまのじゃくの私はモンキーズのレコードを買って喜んでいた。中二に横浜に転校(舞岡中学)したら、なんとフォークが大流行だった。あまのじゃくの私は、仲間と休み時間ビートルズばかり歌うようになった。フォークギター(ヤマハ)も買ったが、「夢の中へ」を覚えてすぐビートルズに入ったらコードが引けなく直ぐ挫折した。ビートルズを歌っていた仲間とバンドを作り、文化祭でトリをすることになった。ドラム初デビューである。ところが、最後の「HEY JUDE」は私が歌うことになった。ボーカル初デビューだ!ここから、長い私のロック人生が始まった。

東京ドームで¥14000・・・・・・行く気がしなくなった。(ジャイケルマクソン(そう呼ぶ親父がいた)の悪夢が頭をよぎった。

ビートルズ・ファンクラブに所属する友人から電話が掛かった。

「チケット4枚手に入ったけど行かないですか」・・・・・断れなかった。

友人とお茶の水に行った。ディスクユニオンでFLOWER KINGSのCDを2枚もゲットでき、気分がすごく良くなり飯食ってビールも飲んで、これで帰っても良いかと思った。

席はアリーナのほぼど真ん中。PAの真横である。もちろんポールは小さくしか見えないだろう。でもマイケルの時よりは良いか。場内が暗転になる。噂では聞いていたが、ショウが始まる。もうみんな席を立ってしまいないしているかは立たないと見えない。まったくくだらない。こんな事に¥14000も払ったのか。

ベースを持ったポールのシルエットがステージの上に!

ここから至福の時間が始まった。生ビートルズの曲がマシンガンのように始まる。ステージの上のポールは小さいがステージ左右に大きなモニターがあり、ギターの細部までくっきり。テレビで見たポールよりも元気で若かった。声も少し荒いが、ロックしている。かっこいい。

こんなにかっこいいとは思わなかった。

後ろの親父たちの歌が気にならないほどポールの歌はパンチがあった。客も良かった。みんな思い思いのプラカードをかかげ、それがモニターに大写しされ、それを見た我々も更に感動。特にトリビュートコーナー(ジョン、ジョージ、リンダ)では、本当に涙がでた。

実は私はウイングが好きだ。リアルタイムでもある。大好きな曲は殆どやってくれた。「MY LOVE」の時に親父たちの後ろ姿がみんなポールになって、隣の女性に愛の告白をしていた。

ドラムのABE LABORIEL JR.には驚いた。あの巨漢をいかしたパワフルなプレイ。でもビートルズなんだね。すごい不思議。ドラムの先生(藤田先生)に聞いたら彼のお父さんはジャズ有名なベースプレーヤーらしい。調べてみたら私もレコード(リー・リトナー)を持っていた。親子でジャズもやっているらしい。

是非、CD、DVDを観てほしい。たぶんこの感動の10分の1ぐらいはわかると思う。