今後の日本代表
2002年ワールドカップで得られた教訓を生かして
今後の日本代表は強化されていくべきだと思います。
しかし、実際はどうでしょうか?
ここでは今後の日本代表を、W杯の教訓から考えています。

 
 ■組織と「個」
   日本人選手の「個」〜鹿島、磐田の事例

W杯後、「組織だけじゃ通用しない。もっと1対1の強さを」と言う声が選手から出た。それは確かにその通りで、例えばトルコ戦の敗因の一部には個人で状況を打開できない、選手の能力不足があることは間違いないだろう。しかし、自分はそれを「今回ぐらいの組織力は『最低』あるものとして」その上で、もっと一人一人が個を伸ばそう、ということだと考える。

世間では「この選手たちの能力なら、誰が監督でもベスト16へ行けた」というような意見を耳にすることがある。確かに、今回の選手のレベルは日本代表史上でも最高といってよいほどに高く、小野、中田といった欧州のリーグで活躍する選手もいる。ではベスト16へ行けたのは選手の力「だけ」だったのだろうか?

ここで、見ておきたい事実がある。2001−2002年度のアジアクラブ選手権に鹿島アントラーズが出場したが、水原三星、安養LG、大連実徳と言ったチームと準決勝リーグを戦い、最下位で敗退している。またその前年には、ジュビロ磐田が出場し、水原三星と決勝を争い、敗退している。さらにその前年には、ジュビロ磐田とアルヒラル(サウジアラビア)が決勝を争い、ジュビロは敗退している。ジュビロが優勝したのはその前、1998−1999年度の第18回である。日本のトップレベルのクラブチームは、アジア勢と戦って、ほぼ互角、ということがこの結果から分かるであろう。

ただ、これらは、アウェー(ないし準アウェー)で行われ(鹿島は国立で行われたCWCも全南ドラゴンズに1-4で敗北したが)、またJリーグのスケジュールとの兼ね合いもあり、必ずしも実力を正確に反映したものとは言い切れない。この結果自体はあくまでも参考程度にしかならないが、しかし中継で試合を見てみると、磐田、鹿島とも、けして選手の力がアジアレベルの敵クラブを完全に凌駕していたとはいえないことがわかる。むしろ1対1の攻守では、やや劣っていたと見るほうが妥当だと思う。

ジュビロが敗北したアルヒラルの選手を多く(出場選手で5人)擁するサウジアラビアは、今回のワールドカップでドイツに8−0で負けている。日本も親善試合とはいえフランスに5−0で負けているから大きなことは言えないが(笑)、ワールドカップ本大会でこの失点はなかなか記録的である。同じアジアの同胞として、残念なことだ…などと、他人ごとのような顔をしていていいのだろうか?我々はその国と、アジアカップ決勝では1−0の接戦を演じ、クラブレベルでは常に勝ったり負けたりのよきライバルなのである。選手のレベルにおいて彼我の差はそれほどは「ない」、ということの意味を、もう一度我々は考えておくべきではないだろうか?

「この選手たちなら誰が監督でもベスト16へ行けた」というのは、はっきりと「嘘」だと思う。誤解しないで欲しいのだが、私は今回のワールドカップを戦った選手たちのことを本当に好きだし、尊敬し、誇りに思っている。しかし、それと冷静な戦力の分析は別だ。どこかの次期監督が「日本代表はベスト4へ行けた」などと言っているようで、そのように軽々しく言ってしまうのは、確かに耳あたりはよく、プライドを満足させてくれる言葉だが、実体をともなっていないと私は思う。

   日本の目指す道

2000年のアジアカップ中、アジアの他国の関係者たちが「日本だけがヨーロッパの国のサッカーをしているようだった」と語ったという。それは言うまでもないが、日本の選手の実力が急にヨーロッパの選手なみになった、ということを指しているのではない(このときの日本代表には欧州所属の選手は一人もいなかった)。守備も、攻撃も組織的に行う。トルシェの言葉を借りるなら「オートマティズム」に基づいて、である。それが「まるで欧州のサッカー」だったのである。このときの組織的攻守も、まだまだ未完成ではあったが、少なくともアジアのレベルを超越していたのは、その組織の部分だったといえるだろう。

もう一度言うが、私はこれからの日本の強化方針としては、「今回程度の組織力は『最低』あるものとして」そこからの上積みを考えていくべきだと考える。すなわち、今回のトルコ戦で「足りなかった個」とは、「組織の比重を減らし、選手に自由にやらせる」という意味での「個」ではなく、「戦術の中でプレーしながら、局面を打開できる『個』の能力」と考えるべきだ。

では、項を改めて、「組織と個」がどのように実際に現れるのか、詳しく見てみよう。

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