韓国の特殊強化〜超フィジカル・トレーニング |
ヒディンク監督はこの大会が「コンディションのワールドカップ」になることを予想していたのだろうか?
…それとも、ヒディンク監督が信じるサッカーコンセプトの実現には、「スタミナ」が必要だったのだろうか?韓国は今回のワールドカップのために自国のリーグを特例的に中断し、数ヶ月に及ぶ集中強化を行った。そこで徹底的に行われたのが、フィジカル・トレーニングであったわけである。朝鮮日報によると、「ヒディンク監督は『パワーと持久力は強豪チーム半分の50点に過ぎない。残り3ヶ月間に計9回の体力強化トレーニング、6回の体力テスト、8回の親善試合を行い、パワートレーニングプログラムを完成させる』と明らかにした」これによって、韓国のあの驚異的なスタミナに裏打ちされた、すばやい囲い込みのプレッシングサッカーや、1対1をガンガンしかける攻撃が可能になったのである。特に1対1の局面での「体の切れ」は試合の終盤になっても落ちず、それが韓国の攻守を支えていた部分は大きかったと思う。
韓国はこの「パワーサッカー」によってポルトガル、イタリア、スペインといった強豪に対し、互角以上に戦った。誤審の助けもあったが、しかし結果は結果である。彼らは大いに自信をつかんだことだろう。この自信が韓国をより強くしていくかもしれない。ライバルが強くなることは、アジアのレベルアップにもなり、日本の強化のモチベーションにもなる。よいことである。
日本のノーマル強化〜Jリーグとのバランス |
さて、日本である。日本は、韓国のような長期のJリーグ休止をしなかった。2002年になって親善試合を8試合組んだが、Jリーグの間をぬってのものであり、リーグが休止になったのは4月21日になってからであった。トルシェはJリーグ側に「リーグの開幕を(2月に)早めて欲しい」とは要求したが(結局それは却下、開幕はやや早められ3月初頭となった)、中断はさせなかったわけである。
それでよかったのだろうか?自国開催のワールドカップで、最大限の結果を残すためには、Jリーグなんか休止して、代表として3ヶ月以上に及ぶ特殊な合宿を組ませるべきだったのではないか?韓国の集中強化型のサッカーが結果を残しただけに、そういう疑問が浮かぶ。トルシェを責めるなら、トルコ戦のみでの「采配」などというミクロな(ミクロすぎる・笑)問題ではなく、ここなのではないか。
日本が今回のようなスケジュールを取ったのには、いくつかの理由があるだろう。基本的には、「選手のコンディションはリーグ戦最中が一番よいはず」といえる。それはオフからあけて、試合をこなしていくうちにコンディション、試合勘が上がっていくからだ。それをノーマルにリーグ戦をこなしていくことで再現する、というのは一つのリーズナブルなことである。特に、代表でサブの、出場があまり見込まない選手でも、Jリーグでの出場で試合勘を維持できるのは大きい。
また、最大のものは、いかに自国開催とは言え、そのような特殊な方法を持って強化し、結果を残すべきだったのか?という問題であろう。特殊な方法は何度も続けるわけには行かない。よしんば、ワールドカップのたびにリーグ戦を数ヶ月ずつ休止するようなことが出来たとしても、その国のサッカー文化の中心になるべきは本来はリーグ戦の隆盛であり、それを軽視していては、最終的には代表チームにもかげりが出るであろう。
いや、自国開催の一回だけなら特殊でもいいではないか。そこで最大の結果を残しておけば、国内のサッカー人気が上がり、結果リーグ戦の人気も出るはずだ。
…さて、どちらの考え方がよいのであろうか?
向上しあうライバル |
自分はどちらも論理的だったと思う。日本はノーマル強化を取り、韓国は集中強化による徹底したフィジカル・トレーニングを取った。結果は(判定などの偶然も重なり)、ベスト16とベスト4となったが、これが真に問われていくのは今後の両国の進化の度合いによるであろう。韓国は結果と自信を手にした。それをどの程度継続的なものにできるか。日本はノーマル強化でもベスト16までいけるという地力を身につけた。それと同時に、選手層の厚みを大幅に増し、自国のサッカーのベースを引き上げた。このベースを元に、どこまでまた歩みを進めることが出来るか。
日本は、もちろん歩みを止めてはならない。日本、韓国、セネガルと、これまでアウトサイダーと目されてきたような国が(セネガルは32カ国中最弱と金子達仁氏に評された)決勝トーナメントに進んだ。それらの国々の監督が欧州人であることは、けして偶然ではない。かつてのアジアは中東、韓国(日本もだ)とも、それぞれの国の特殊事情にこだわるあまり、「アウトサイダー」にとどまってきた。例えば中東ではサッカー協会の会長(王族であったりする)の個人的な好みで代表監督が選ばれ、強化の妨げになっている。またここ数年、韓国は自国の監督にこだわって自滅してきたが、今回躍進したのはいうまでもなく欧州から監督を迎えたからだ。日本だってそうである。今回成功したこの強化の流れ、歩みを止めてはならない、切にそう思う。
そのためにはロジカルな次期監督選びが必要であるはずではないか。
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