■人類の歴史を遡る、キーボード前史
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Q: 校長! これはいつの写真ですかっ? こんな若いときのものを使うなんて、ズルイじゃないですか!
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校長: 若い頃、本屋で文庫の『菊と刀』を手にし、何気なくカバー裏にあった著者プロフィールを見ると写真があった。
「きれいなお姉さんだなぁ〜」と感心したので、その本を買ったんじゃ。
ところが、あらためて著者略歴を読むと1887年生まれだった。明治20年じゃないか!
このルース・ベネディクト女史は私が生まれる直前に亡くなっているし、生きていたとして計算してみると、当時で80歳を越えていた。
「だまされたっ!」と思ったと同時に、「この方法は使えるな」と心に強く残ったんじゃ。
それに比べれば、私はまだ生きておる。しかも、この画像は40代前半のものだ。古い知り合いが見ても分かるし、今でもカツラと矯正下着を着けて遠目に見てもらえば、それほどの違いはないはずじゃ。
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Q: 「ないはずじゃ」って、校長の口調からは漫画「鉄腕アトム」の「お茶ノ水博士」を連想してしまいます。大体、校長のお名前のアナグラムは「ただし、だます」ですよ。きちんと情報公開しないと、皆様に信用していただけません!
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校長: う〜ん、それなら告白をしておこうかな。
「増田忠士」はペンネームで、本名は「増田忠」じゃ。
私が25年間のサラリーマン生活を卒業して独立する際、本名ではどうも迫力がないと考え、浅草キッドの「水道橋博士」を見習って「増田博士」をペンネームにすれば、「ますだ・ひろし」なんだけど、「ますだ・はかせ」と思うじゃろ。
みんなが勝手に間違えてくれて、本が沢山売れるだろうと思った。
そんな戦略(戦術かな?)を少しは恥ずかしいと思ったので、良識ある先輩に相談すると、悲しい顔をされた。
しかし、姓名判断を得意とする女性から「増田忠士ならおかしくないし、画数的にも大丈夫」と太鼓判を押されたんで、そうしたんじゃ。どうだい?
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Q: で、キーボードに興味を持たれたのは、どんなきっかけだったのですか?
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校長: その前に、キーボードの前身である手動式「タイプライター」の話から始めよう。
指が5本になるのは、魚類から両生類や爬虫類への進化の段階のようじゃ。この頃に「造化の神」はタイプライターのようなマシンを想定しておったのだろうか。
6本指だったら、もっと便利だったのに…。
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Q: 随分と歴史をさかのぼりますねぇ。大体、校長のお話は長いのが欠点です。手短にお願いしたいのですが、せめてタイプライター発明のあたりからお願い出来ないでしょうか?
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校長: いやいや、親指シフトの開発者・神田泰典さんの『コンピュータ 知的「道具」考』(NHKブックス478)によると、少なくともタイピングのことは人類の祖先が樹上生活をしておった頃から考える必要があるようじゃ。
ん? そう睨むな。分かった、分かった、タイプライターから始めることにしよう。
話は飛ぶが、ニューヨークにあるメトロポリタン美物館の奥のほうには、古くからの楽器が陳列してあった。それを見ると、現代では消えてしまったものや、残っている楽器の中間種のような面白いものが随分と沢山あるねぇ。
タイプライターも同じだが、そうした博物館がない。そこで、山田尚勇先生が中京大学におられた頃に書かれた『日本語をどう書くか/入力法および表記法のヒューマン・インタフェース学入門』(中京大学・SCCS Technical Report)を参考にしながら話を進めたいと思う。
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Q: 山田先生は、東京大学の理学部教授時代に「Tコード」という漢字直接入力を開発された方でしたね?
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校長: そうじゃ。山田尚勇先生の「Tコード」、大岩元先生の「TUTコード」、そして私の「両手チョイ+超絶技巧入力」が漢字直接入力の正統な系譜じゃ、と私は信じておる。
それはともかく、山田先生は日本に帰られて東大の教授をされる以前はアメリカのIBMでコンピュータの研究をされていた。
その頃に、アメリカの図書館をあちこち調査され、後にこの資料をまとめられたんじゃ。図版も多く、マニアにはたまらん資料だが、入手は極めて困難だぞ。
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Q: はい、はい、分かりました。校長には面白いのでしょうが、これを読まれている皆さんにはそれほど面白い話ではないと思いますので、手短にお願いします。で、タイプライターはいつ発明されたのですか?
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校長: 現在のQWERTY配列の英文タイプライターは、米国のレミントン社が1874年(明治7年)に発売しておる。
それ以前にもいろいろな形やキー配列のタイプライターが考案されていた。世界で最初のタイプライターの特許は1714年にイギリスで与えられておる。その頃、日本はまだ江戸時代の中頃、元禄が終わって10年後だね。

当時のタイプライターは、現在のQWERTY配列とは若干違っています。でも、ほとんど同じなんですよ。130年以上も変わらないというのは、頼もしい気もしますが、校長は違った意見をお持ちなんです。
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Q: タイプライターを打つ人は、最初からブラインドタッチだったのですか?
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校長: 現代と同じ配列の英文タイプライターを売り出したレミントン社が、1887年(明治20年)末にニューヨーク・トリビューン紙に「速打ち挑戦」の広告を掲載しておる。
コンテストだね。そうした過程で10本指打法が定着していったようじゃ。
最初は指の力が強い男性がタイピストになっておったが、この職業が女性の社会進出の手段として注目されるようになったのと並行して、当時の練習法では長期の訓練を必要としたブラインドタッチが女性を中心に普及したようだね。
手動式のタイプライターの場合、どうしても左手の薬指や小指は打つ力が弱く、そうした指が担当するキーでは、インクリボンによって紙にプリントされる文字が薄くなりがちです。一方、力強い右手の人差し指や中指が担当するキーでは、プリントされる文字が濃くなったり、紙に穴が開いたりします。
そうした傾向を考えて、キーを打つ力を調整して、極端な濃淡模様にならないようにタイピングするのは大変だったようです。
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