月姫SS
○ このSSは月姫と某漫画のクロスオーバーパロディです。
「なぁ有彦、女の居ない場所ってないかな」
「いきなり大贅沢かましてくれちゃってますね、こいつは」
 脇腹にいい角度でパンチがねじこまれた。体中弛緩していた俺は、大した力で無かったにもかかわらず過多に痛みを感じてしまう。
「ごふっ……てめっ」
「感謝しろ。これが他の奴で尚かつお前が貧血持ちでなかったら、ハートブレイクショットからスマッシュ、デンプシーロールに繋いでいたところだ」
 気が許せる奴だったのでつい本心を呟いてしまったが、確かに先程俺が言ったことは同年代男子生徒にとって超が付くほどの放言だった。100人居たら100人とも俺に嫉妬のこもった熱い攻撃をお見舞いしてくれたことだろう。
 だがこれは本音だ。朝起きればいきなり横に無表情な女性が音もなく立って居て、ダイニングに降りれば毎日新鮮な嫌みを言ってくれる女性が居て、登校中に「さぼってどっかに遊びに行こー」と絡んでくる女性が居て、昼休みには毎日カレーにつき合わせて栄養の偏りを促進する女性が居て、就寝前には「気持ちよく寝られるようすっきり出させてあげましょうか? あはー」などと迫ってくる女性が居て、寝たら寝たで夢の中にまで“遊んで。遊んで”と追いかけてくる女性がいる。ゆっくりしていたい休日などは、それらが全て同時に襲ってくるのだからたまらない。俺だって、有馬の家に居たときのように昼前まで寝てビデオに録画した8:30からの番組を家族と一緒に見て昼寝して一人で街をブラブラ歩いて……くらいはしたいのだ。
「冗談抜きでな、少し安心していられるところが欲しいんだよ」
「オレには美女に囲まれている環境が一番気持ちいいんだがな」
「気持ちいいんじゃなくて、安心できる所なんだよ! お前だって一子さんとななこに一日中部屋に居座られたら落ち着かないだろ!?」
 ふむ、なるほど……と悪友は首を縦に振って納得した。よく考えたらこいつだって結構女性とは縁がある。母親しか家に女性が居ない人間に比べれば随分恵まれている。まぁ有彦本人はどう感じているかは知らないが。
「そうか遠野、ならばオレがいいところを……」
「先に言っておくが、怪しい契約書にサインしたら次の日砂漠の国の外人部隊に編入、なんてのはお断りだからな」
「今時誰も解んねーぞ、それ」
 理解できるお前は何だ。それはそれとして、有彦は一枚のパンフレットを鞄から取り出した。随分前に入手したものらしく、よれよれで汚くみっともない。だが俺はその案内書を読み終えたとき、一つの決意をした。


月がけ!! 男塾
〜青年よ、直死を抱け〜


「早いものじゃのう。お前が転校してきてもう一ヶ月か」
「ああ。こうして再び生きて男塾の門をくぐれるとは思わなかったぜ」
 
押忍! 俺は遠野志貴! 男塾二号生筆頭代理だ! 世俗にまみれた実家を離れて、ここで漢を磨いている! わけあって数日間病欠してしまったが、今日からまた登校だ。
「遠野、お前みたいななまっちろい奴はすぐに音を上げてしまうと思っとったんじゃがのぅ」
「ふふ、俺もここに来て変わったのさ」
 そう、俺は変わった。体質の貧血も克服し、今ではすっかり硬派一直線の熱血漢だ。女どもに振り回されていた過去の自分が恥ずかしい。
 伝統有るここに入塾したからはシゴキも受けた。入塾式早々根性バッタの洗礼を受け、直行進軍ではネロ・カオスと正面衝突となったがこれをうち破った。以前の俺なら混沌を見ただけでビビっちまっていただろう。だがさすがは男の中の男を磨く塾だ。黒い制服と不退転の魂の放つあの気迫には、魔獣たちも道を譲らざるを得なかった。
 ちなみに俺が昨日まで休んでいたのは脚を少し囓られてしまったからだ。だが他の連中は全く無傷。本当に自分の不甲斐なさが悔やまれる。秘訣は一ヶ月風呂に入らないことだ、などと皆は言っていたが冗談だろう。謙遜が男の美学だと解っている彼ららしい、堂々とした態度だ。
 それを考えると少し前までの俺は井の中の蛙だった。ちょっと死の線が見えたり性格反転すると動きが良くなるというだけで殺人貴だの魔眼だのと思い上がっていた。それがここに来て徹底的にうち砕かれた。例えば同級生の筆頭をしている赤石剛次君はすごい。校舎の壁や人間一人程度を切っただけで慢心していた俺などと違い、剛胆にも大岩をチーズを切るごとく真っ二つにしたりする。地面を切ることだって俺は点を突いて沈黙させただけなのに、彼は地面ごと切り抜いてクレーターを作るという離れ技をやってのける。極めつけは飛んでくる弾丸、つまり超音速で飛んでくる一点をあの大剣で切り落としたことだ。死の線を見えているのに切れない俺とは天地ほどの差がある。全くもって、世界が広いことを思い知らされた。
 こんな若輩の俺だが二号生筆頭代理という大役を任されている。本来なら新入生は必ず一号生からというのがここの慣習らしかったのだが、入塾試験で九九の暗唱を間違わずにしたらいきなり二号生への飛び級が許された。これはきっと塾長一流の冗談だったのだろう。本当は最初からちゃんと編入させるつもりでいて、世間で弛んでいた俺に括を入れるためにしたことに違いない。引き算さえ出来れば入れるクロなんとかという高校があると噂に聞いたことがあるが、この男塾に限ってはそんなことはあり得ないはずだ。ちなみに筆頭代理を任せられたのも神武天皇から昭和天皇まで暗唱が出来たためだとか。これもおそらく方便で、仲間に早く馴染めるよう取り計らってくれたのだろう。塾長の思慮と懐の深さには頭が下がる思いだ。
 さてそうこうしているうちに教室に着いた。火曜日一時限目は『修身』、男塾名物のシゴキで精神を鍛える科目だ。かなりきついし一見非常識な授業内容も多いが、終わってみると実に身が引き締まる。今日は名物『イナバの白ウサギ』を執り行うと聞いている。古事記に出てくるあの有名な話を元にして、どんな心に浸みる訓辞が拝聴できるか楽しみだ。何故か主要幹線道路の側まで行って講義をするそうだが、俺ごときの智慧では思いつかない意味があってのことに違いない。
 ところで教室のみんなが騒がしい。窓に寄って外を見ている。校門の方だ。
 ゾワッ!
 はっ、今すごい寒気がした。もう夏も近いのにこの悪寒は何だろう。猛烈に悪い予感がするなぁ。
「おおっ、女じゃあ!」
「それもすげぇ美人だ!」
 その声に組の連中はほぼ全員窓に張り付いた。全寮制女人禁制とあっては飢えるのも仕方ない。だが俺はそちらの世界に背を向けてここに来た男だ。今更興味惹かれるものはない。
「志貴〜!」
 何ぃー!? この声はまさか……。
 俺は一瞬硬直した。そして意識を取り戻すと一目散に隠れようとした……のだが。
「遠野ーっ!!」
「貴様、どういうことじゃあーっ!!」
 反応がコンマ数秒遅れたのが致命的だったらしい。廊下に飛び出そうとした俺を、クラスの連中がどっと詰めより取り囲んでしまう。
「さ、さあ?」
「シラを切るなっ!」
「きっと同名の奴がいるんじゃないかなぁ」
 しかし外からは
「遠野志貴さぁ〜ん! 早く出てこないとお注射ですよー!」
 などと致命的な発言が聞こえてきた。同時に俺を取り囲んでいる彼らの目に殺気が宿る。や、やばい。今夜は寮で反省会か? ねじりん棒にパラシュート部隊か?
「こりゃあーっ! 貴様ら何をしておるかぁーっ!」
「お、押忍! 教官殿!」
 反射的に全員直立する。ゴンタクレばかりの男塾にあっても礼儀は大切だ。誰一人例外なく目上には礼節を尽くすことが叩き込まれていた。
 鬼ヒゲと呼ばれているその教官は、竹刀で俺を囲んでいる連中をしばいて退かした。そして最後に残った俺に竹刀を突きつけて怒鳴る。
「遠野二号生筆頭代理!」
「押忍っ! 教官殿!」
「校門の女人どもは何じゃあ!? 説明せいっ!」
「押忍! おそらく俺の身内かと……」
「貴様ぁ! 身内に5人も女を侍らせとったんかぁー!」
 ぐはぁ……ということはあいつら全員集合しているのか。ただで済みそうにも無さそうだ。
「とにかく自分のケツは自分で拭けーい!」
「押忍!」
 俺は泣く泣く校門へと走った。前に進んでも彼女らに死、隠れても寮で死を与えられそうだ。
 校舎の昇降口から出ると正面に門がある。ちなみに男塾の周囲を囲う塀は鉄筋コンクリート製でしかも高い。脱走防止用とか聞かされているがこれもジョークか何かだと思っていた。しかし今回だけは本当になっていた。隠れて逃げ出そうにも塀が高すぎて脱出できない。
 しかたなく正門に行くと、閉まっている鉄製門の向こうから威圧を込めた声が響いてくる。
「お久しぶりですね兄さん」
「あ、秋葉……」
 即時門をぶち破らなかったのは、一応遠野家当主としての体面があるからだろう。浅上女学院生徒が男子校に殴り込んだなどと知れたらどんな噂が立つのか知れたものではない。だがそれ故怒りはさらに増大されていた。既に檻髪は準備完了、男塾の周囲をくまなく覆っているのが俺だけには見える。
「ひ、久しぶりだな」
「私に嘘まで付いて逃げ出して、再会して第一声がそれですか。随分とのびのび暮らしてらっしゃったんですね」
 本気だな、これは……。いきなり皮肉から入るとはただの怒りでは無さそうだ。
「志貴〜早く出てきてよー」
「志貴くん、どうしてわたしに相談してくれなかったのですか?」
「志貴さま……わたしに至らないところが……?」
「志貴さん、そろそろ諦めて帰った方が身のためですよ? あはー」
 やはり予想したメンバー勢揃いか。しかもアルクェイド以外は皆切羽詰まった表情をしている。もう力づくでもどうにかしようと決心しているほどに。
「ところで秋葉、どうしてここが?」
 場所は知らせていないはずだ。というか黙って家出してきた。
「そのことですか。これに聞きました」
 そう言ってボロきれの塊を足元に投げ出した。“これ”? “この人”とかじゃなく? っていうかそのボロボロになって生物とは思えなかった物体は人間か?
「と……遠野……」
 その塊がごそごそ動いてこちらを向く。懐かしい顔だ。
「有彦!」
「す、すまん……」
 ガクッ
「有彦ーっ!!」
 いつかはバレると覚悟はしていたが、こんな形でとは。いやあのバケモノ連中に責められながら一ヶ月も俺の居場所に関して口を割らなかった有彦こそ漢だろう。既に枯れ果てたと思っていた俺の頬に一筋の雫が流れる。
 キラーン
 空に在りし日の有彦の笑顔が浮かんだ。お前の死は無駄にはしない!
「秋葉! 俺は帰る気はないぜ!」
「冗談は家に帰ってからゆっくり聞きます。さっさとこちらにいらしてください」
 最初から俺の自由意志は認めてないし。だがここで負けては男塾魂が廃るというものだ!
「お前こそさっさと帰れ! 俺はもう、硬派の道に生きていくことに決めたんだ!」
 決まった! バックの正調本宮漫画効果線も完璧だ。だが秋葉は平然としていた。いや眉をピクリとは動かしたが。それにしても残念ながらやはり女子校生徒、少女漫画かやおいおタンビばかり見ているのでこの熱い感覚は理解出来ないらしい。
「兄さんがそのつもりなら……こうするまでです」
「何? う、ぐ……ぐあぁー」
 体中の力が抜けていく。呼吸すらままならない。これは体力の略奪? いや供給されていた生命力そのものを止められたのだ。
「今まで生命力を断たなかったのは、万が一ということもあって仕方なく供給していたのです。事故などの心配が無くなった今、遠慮無く止められますね」
 鉄柵の向こうから涼しい顔で秋葉が見下ろしている。くっ、確かに俺と秋葉の魂は繋がっていて、その調整イニシアチブは秋葉の方にある。つまり俺の生命与奪権は全て握られているのだ。
「さぁ兄さん、死にたくなかったら退校届けを提出してきてください。そのくらいの生命力なら恵んであげます」
 完全に勝利を確信して目だ。愉悦に顔が歪んでいやがる。
「だ、誰がお前の言う事なんて聞くものか……!」
「むっ、まだそんな生意気な口がきけるのですか。仕方有りません。暫く仮死状態にでもなって反省してもらいましょうか」
「ぐはぁぁ〜!」
 完全に生命力が断たれた。心臓の脈動まで止まりそうだ。景色が歪んでいく。地面が平衡から垂直方向へ……。
「な、嘗めるなぁーっ!」
 俺は力を振り絞って脚を踏ん張った。こめかみに血管を浮かび上がらせながら秋葉を睨む。
「に、兄さん、まだそんな力が……」
「見さらせーっ! これが男塾魂じゃあ〜っ!」
 僅かに残った魂を燃え上がらせる。体中の血管という血管を総動員して心臓に再び活をぶち込んだ。鼓動の猛りが漲ってくる。体中に浮かび上がっていた死の線を、俺は気力で消滅させた。
「ど、どうだぁ〜!」
「ま、まさか……そんな……」
 秋葉の氷壁の仮面は割れ落ちた。信じられないとの驚愕を浮かべて後退している。これこそいわば拳王を後退させたフドウの心意気だっ!
「ふふふ……どうやらもうお前の陰険攻撃など通じないようだな」
「くっ、だ、誰が陰険ですか!?」
「毎朝鏡を見たら居る奴じゃあーっ!」
 いつの間にか俺って口調まで変わってる。これで完全に男塾塾生になれたんだなと実感した。元の厭世的でシニカルな俺よさらば。
「ゆ、許しません……許しませんよ兄さん!!」
 必殺技を破られて秋葉が激昂している。ふん、もうその威圧など通じないぜ! 俺はもう今までの遠野志貴とは違う。いわば甦った勇者、ν遠野志貴だっ! ダテじゃないぜっ!
 秋葉の髪が急速に色を変えていく。先程までは赤みかがった黒色だったが、今は地と図は逆転し発光する赤色に黒い怨念が混じっている。俺はポケットから七夜の短刀を取り出した。来るなら来い。もう俺に憂いは無いっ!
 檻髪が校門の隙間から侵入し、俺に向かって死の衝動を突き刺そうと襲いかかってきた。その時!



 バギッという空間振動が起こって檻髪は裁断され、跡形もなく消滅した。塾全体を覆っていた赤い線も一気に吹き飛ばされる。アルクェイドの空想具現化でも実現不可能なほどの高エナジーを発し、紅赤朱の脅威は一掃されてしまった。その威力に押されて、秋葉の腰が抜けてその場にしゃがみ込んでしまう。
「じゅ、塾長……」
「フフフ……超絶なる敢闘精神、見事である!」
 俺の前に和服正装した大柄の男が立った。輝き光る禿頭に渋い髭、圧倒的な存在感を示すのはこの男塾のシンボルであった。
「お、押忍! ありがとうございます!」
「フフ、貴様は先日入塾した遠野志貴二号生であったな」
「押忍! そうであります!」
「して、彼女らは貴様の親族か?」
「押忍! 恥ずかしながら愚妹とその他一同であります!」
「誰が愚妹ですか、兄さん!」
 塾長の一喝で呆然としていた秋葉がその一言で再起した。言っておくが愚妹の愚は“自分”、つまり愚かな俺の賢い妹という謙譲の意味なのだぞ。
「むぅっ、誰がその他よ!?」
「志貴くん、少し立場というものを教えてあげちゃいましょうか?」
「仕方ないですねぇ。わたしが志貴さんの部屋をお掃除しちゃいますよ?」
 最後のはどういう解釈をしていいのやら解らないが、一応脅迫らしい。ああっ翡翠、そんなはらはらと泣かないでくれっ。今のはちょっと悪かった!
「ふむ、すると遠野家当主である秋葉嬢とはあなたかな?」
「そうですが……何か?」
 塾長の貫禄に秋葉は萎縮している。紅赤朱と化した遠野一族をここまで威圧出来るのは、世界広しといえども塾長だけだろう。何せ、噂では裸体で宇宙遊泳し、宇宙服だけで大気圏突入を成功させたこともあるとか。しかしそれはジオン軍のモビルスーツでさえ不可能なことなので、単に塾長の武勇伝が一人歩きした伝説なのだろう。そのくらいこの塾長の威厳は凄まじいということだ。
「遠野一族の代表者ともあろう者が、男子校の前で痴話喧嘩とは体裁が良くないのではないかな?」
「うっ……」
 秋葉の格好は浅女のセーラー服のままだ。確かにこれではスケバンによる殴り込みにしか見えない。暴力行為自体は気にしないとしても、それが元で浅女を退学になったりしたら、本人としても遠野家当主としても体面丸つぶれだろう。
「しかし、私は遠野家当主として兄さんを連れ戻す義務があります」
「俺には自由選択の権利があるぞ」
「ありません」
「こらぁっ!」
 しれっと俺の全権剥奪を宣言してやがる。やはりこんな横暴、受け入れるわけにはいかない。どうにも平行線をたどる俺と秋葉に、塾長が一つ提案をしてきた。
「ならば、学生らしく正々堂々と勝負するというのはどうかな?」
「勝負?」
 俺と秋葉、それとアルクとシエル先輩も同時に言った。
「そうだ。男塾名物『驚邏大四凶殺』! 見事受けてみせるか月姫ヒロインたちよ!!」
 クワッ!って感じで塾長の頭からフラッシュが起こる。言葉から発せられる激しさに、俺は無自覚的に後ずさってしまった。
 その言葉を聞いて教官殿が走り寄ってきた。今まで傍観していたのだが塾長の登場とあっては無関係を決め込むわけにはいかないのだろう。
「じゅ、塾長……それは……」
「フフ……若人の猛りを鎮めるにはこれしかあるまい」
「しかし、塾生はともかく一般人には到底……」
 鬼ヒゲ教官は誠意からそう言ったのだろう。しかし世の中には逆効果な者もいる。
「むっ、私が兄さんなどに及ばないとでもおっしゃるのですか?」
 “など”? てめっ!
「当たり前だ秋葉! お前程度の根性では今の俺には足元にも及びはしないっ!」
「兄さん……それほどこの世に未練がないのですか?」
 うっ、今のはちょっと怖かった。だが一度口にしたら退かないのが男塾魂だ。俺は▽になっている秋葉の目を睨み返した。また膠着状態だ。
「ふん、いいでしょう。その『驚邏大四凶殺』とやらを受けましょう」
 秋葉がやる気満々で塾長に宣言した。もう今にも俺を踏みにじりたくてたまらないって目つきだ。
「さすがは遠野家当主よ。ではこちらに付いてくるがいい。少し準備もあるのでな」
 そう言って塾長は俺と教官に門を開かせ、秋葉一行を中に招き入れた。途端に飛びついてくる奴がいる。
「志貴ー寂しかったんだよー!」
「うわっ、ひっつくな!」
「むうっ、今までわたしを放りだしておいて、それは無いんじゃないの?」
 かなり拗ねている。だが俺はそういう柵から逃れたくてここに来たのだ。今更後悔はしないぜ!
「そうですよアルクェイド、貴女は邪魔ですから早くあっちに行ってください」
 ズガガガっと音がして、眼前にあった白い服はすっとばされて体育館に放り込まれた。丁度塾長が案内しようとした場所だ。こんなコントロール良く真祖を弾ける人は……。
「シエル先輩、やりすぎですよ」
「あのくらいは軽く肩を叩いたレベルです」
 そうですか? とにかく先輩は俺の側にこそっと寄ってきて耳打ちする。
「志貴くん、あの江田島とかいう人、何者ですか?」
「何者って……ただの塾長だけど。死徒でも死祖でもないよ」
 もちろん俺の七夜レーダーにも反応しない。正真正銘、ただの人間だ。
「そうですか。ならよいのですが」
「どうかしたの?」
「ええ。ところで志貴くんは27死祖って知っていますよね」
「簡単に言えば、古くて強い死徒の代表でしょ?」
「そうです。そのうちいくつかは教会が封印したことになっていますが……これは超極秘事項ですから他言しないでくださいね」
「はぁ」
「実は我々が封印したのではなく、死祖はたまたま通りかかった者に倒されたらしいのです。しかも仲間のかたきとばかりにその者に挑んだ死祖も返り討ちに遭ってしまったとかで」
「あの……まさかそれが……」
「ええ。EDAJIMAという言葉だけ残して死祖は消滅したそうです」
「いやぁ、いくらなんでもそれは……」
 俺が笑って否定すると、シエル先輩も同じく緊張を解いて表情を崩した。
「そうですよね。いくらなんでも普通の人間に死徒討伐は無理ですよね」
「当然ですよ」
「終戦当時の合衆国大統領も『EDAJIMAがあと十人いたらアメリカは日本に負けていた』なんて言ったという逸話がありますが、それと同じ都市伝説みたいなものでしょう」
 俺も先輩も笑ってそれを否定した。確かに男塾の連中で俺よりスゴい奴はいるけど、死徒と戦うとなったら別だろう。うん、そうに違いない。俺は僅かに残る疑念を払い、先輩と別れた。翡翠と琥珀さんにも挨拶したかったが、「薄情者」って感じで俺を睨んで秋葉の後に付いていったので出来なかった。
 まぁとにかく勝負の準備をしよう。ところで『驚邏大四凶殺』ってどんなスポーツなんだろう? 俺は側で震えている教官殿に聞いてみることにした。
「押忍! 教官殿、質問であります!」
「な、何じゃ。言ってみろ!」
「押忍! 先程塾長のおっしゃられた『驚邏大四凶殺』とは何でありますか?」
 俺の質問に教官殿はぶるっと身を震わせた。そして俺をギロリと睨んで怒鳴る。
「貴様ぁ〜っ! 塾生の分際でそんなことも知らんのかぁーっ!?」
「お、押忍! 自分は先月転校してきたばかりですので」
「む、そうだったな……」
 鬼ヒゲ教官は振り上げていた竹刀を降ろし、俺を手招きした。
「こっちへ来い。案内してやろう」
「はぁ」
 教官殿は悲痛な面持ちで校舎裏に案内してくれた。途中で俺に話しかけてくる。
「『驚邏大四凶殺』とはな、男塾秘伝中の秘伝で多くは他校との諍いを解決するため用いられる決闘法じゃ」
「お、押忍。穏やかではありませんね」
「うむ。方法は簡単、4つの闘技場でそれぞれ代表者が一回ずつ戦い、勝敗を決定する」
 4つで一回ずつ? ん? おかしいな。それだと2対2になった場合は勝負が付かない。あ、解った。つまりこれは親善試合みたいなものだ。互いに痛み分けを誘発することによって遺恨を排し、勝負事を介して友好を深めるという類のものであろう。
「さすがは塾長、粋な計らいでありますな」
「何を勘違いしておる! これを見さらせ!」
 辿り着いた校舎裏、そこには一つの無骨な石碑が建っていた。苔むした岩肌が長い風雪を思わせ、上の部分に結ばれた注連縄は神妙さを醸し出している。
「きょ、教官殿これは……?」
 近寄ってみると、石の表面にびっしりと名前が刻まれている。どれも4人一組になっているようだが……。
「全て『驚邏大四凶殺』戦死者の名じゃ」
「な、何ぃ〜っ! ……ということは?」
「左様、ほとんど全員討ち死に。男塾の300年の歴史でも、生き残ったのはたった二人しかおらん!」
 マジでありますかぁ!? モノホンの殺し合いだぞ、それ。
「まだひよっこの貴様を死地に赴かせるのは心苦しい! だが遠野、貴様も男塾塾生なら立派に死んでみせいっ!」
「お、押忍ぅ!」
 どちらにしろ死ですか俺は!? しかも相手は最強の真祖と埋葬機関の暗殺者と紅赤朱の異能力者、生存確率は75%だ。いやあの連中を相手にして25%も生き残れる可能性があるのは幸運といえよう。
「言い忘れたが、負けたらそのチームは全員切腹することになっておる。死ぬ気で頑張れ!」
 っていうか死亡確定であります教官殿ーっ!




「さぁ、らっしゃいらっしゃい! お代は見てのお帰りと言いたいところだが、大人気につき前払いだ! 今ならいい席あるよ!」
 一時間ほど前まで何もなかったそこにはずらっと出店やら露店やらが立ち並んでいた。殺風景なだけだった校庭には万国旗が張り巡らされ、スピーカーから『天国と地獄』の曲がかかっていたりする。
「……教官殿、これは何でありますか?」
「う、うむ。塾長がな、どうせやるなら塾の運営費加算に協力せい、と」
 呆れて言う俺に、鬼ヒゲ教官は少なからずすまなさそう言った。先程までの悲壮感はどこに行ったのだろうか。近所から観客を集めて、プールサイドに作った臨時ステージに座らせている。まるで町内運動会のノリだ。
「とにかく、今回の大将は貴様だ! 赤石や桃が居ない分、気張っていかんかい!」
「押忍!」
 目上の命令は絶対だ。俺は気が抜けながらも背筋を伸ばして返事をする。
 ちなみに赤石君と一号生筆頭の剣桃太郎君は負傷につき入院中とのこと。詳細は知らないが、以前有った戦いの後遺症がまだ残っているのだとか。よほど熾烈を極めたスポーツ勝負だったのだろう。空手かフットボールだと思われるが、天挑五輪大武會とか七牙冥界闘とはあまり聞いたことのない大会だ。
 ちなみに助っ人として来てくれたのはお祭り好きの一号生だけだ。二号生達は教官命令によって出店の店員や大道具の製造・建築、客整理までさせられている。三号生の方々は最初から興味ないらしい。
「押忍! 二号生筆頭代理の遠野先輩でありますか!?」
 選手控え室で座っていると、二人の塾生が尋ねてきた。
「ああ、そうだけど。君たちは一号生?」
「押忍! 一号生の富樫源次であります!」
「同じく虎丸龍次! この『驚邏大四凶殺』に参加させていただきたく参上いたしました!」
 見ると俺なんかよりずっと体格がいい。学帽を被っているのが富樫君、無精ひげなのが虎丸君というらしい。二人とも男塾の試練をいくつも潜り抜けてきた歴戦の強者だとか。協力してくれるのはやぶさかではないが、今回のイベントはひとえに俺の身内の喧嘩だったりする。巻き込むのも悪いような気がして一応断る。
「気持ちは嬉しいけど、今回のことは俺の責任だから……」
「いえ! 先輩の窮地を見捨てておけません!」
「そうだぜ先輩! この虎丸・富樫の最強コンビに任せてくださいって!」
 うーむ、やる気満々だ。そうだなぁ、シエル先輩かアルクェイドの相手なら丁度良いかも。あの二人なら人間相手は手を抜いてくれそうだし。
「わかった。よろしく頼むよ」
「押忍! ありがとうございます!」
「やったな富樫!」
「おう、ついに俺たちが主役の晴れ舞台だ! もう解説役なんて言わせないぜ!」
 ……なんだか猛烈に悪い予感がしてきたな。まぁいいや。とにかくそろそろ戦いが始まる。俺は会場へと向かった。
 本来『驚邏大四凶殺』は富士山にある闘技場で行われるものらしいが、今回は急なこともありプールに急造した特別ステージにて催すとのこと。二号生のみんなが短時間で作り上げた水上闘技場だ。
 プール上を塾長が選択されたのは、選手が逃げ出したりしないようにとの背水の陣になぞらえたものらしい。本物の『驚邏大四凶殺』が溶岩の上だとか断崖絶壁だとかいうのに比べれば遊びみたいなものだろう。だが心意気だけは死地に向かえと諭す意味があるらしい。さすがは江田島塾長、漢というものを知っている。
 しかしこれは俺には不利な場所だ。物陰に隠れながらの一撃必殺を旨とする俺の闘法はこのステージでは実行不可能だ。だが男一世一代の大舞台だ。背中を見せるわけにはいかない。俺は試合開始までの短い時間に戦闘のシミュレーションを練った。
「“あーあーマイクテスマイクテス”」
 スピーカーから聞き慣れたダミ声が響いてきた。ふと時計を見るともう試合開始時間だ。
「“それではお待たせしました! レディース&ジェントルメン! ただ今より男塾が送る史上最大のエンターテイメント……”」
 これは鬼ヒゲ教官だな。それにしても派手だ。これってマジな死闘じゃなかったっけ? 雰囲気はK−1とかプロレスとかそんな感じだ。
 まぁ闘技場所にプールを選択した時点で流血を考慮に入れているのだろうから、本気の闘いになるのは必至なのだろうが。
「“『美女と野獣の水上ショー』をお送りいたします!!”」
 ってちょっとぉーっ!?
「ぐふふ、始まったのぅ虎丸!」
「おうっ! 俺の筋肉美でばっちり乙女のハートを掴んでみせるかんね!」
 こ、こいつらその目的で……。俺のあの悲壮な決意は何だったんだ? 死闘にしては観客が多いなと思ったらこういうことか!
「“それではエントリー一番、シエルさんどうぞ!”」
 ステージの反対側の幕が開いて、シエル先輩が出てくる。手にはいつものように黒鍵が、脇には第七聖典が装備されていた。本気だ。体の各所に描かれた神聖魔術文字がそれを語っている。
 しかし……
「うおおおーっ、黒! 黒のハイレッグだーっ!」
「しかもあの胸! さすが洋モノは違うのぅ!」
 隣の解説役二人がはしゃいでいる。水上ステージに進み出てきたシエル先輩は、いつもの黒い法衣の代わりに水着を着ていた。これではまるで『どっきり美女水着水中大会』のノリだ。昔、正月にやっていたような。
 シエル先輩は円形をしたステージの中央に着くと、ちょっと恥ずかしそうにギャラリーに手を振った。うおおおーっと歓声が起こる。
「よ、よーしっ! ここはこの俺が!」
「抜け駆けするんじゃねぇーっ!」
 真っ先に飛び出そうとする富樫君と虎丸君。青春だなぁ。しかしその二人の上を一つの影が飛び越していった。
「ふっ、ここは私に任せてください」
「な、何ーっ!」
「てめぇは飛燕ーっ!」
 プール中央ステージに続く板の上を、その男は軽やかにバック転していく。傍目に見ただけではただの曲芸だが、その速さは驚異的だ。ただ者ではない。
「飛燕、貴様ーっ! 俺たちを差し置いてどういうつもりじゃあーっ!?」
「ふっ、先鋒は敵戦力の分析担当と相場が決まっています。そんな端役は私に任せ、あなたたちは堂々と構えていてください」
「む、むぅ……仕方ないのぅ。ここは飛燕に譲ってやるとするか」
「ああ、最初からあんなグラマー美女が出てくるなら、後になれば……」
 富樫・虎丸君達はなにやら「ぐふ、ぐふふふふ」と緩みきった顔をしている。男を鍛える男塾塾生としてあるまじき事だと思うが、数ヶ月前の俺自身を見ているようでちょっと反省する。人のふり見て我がふり直せというが、まさにこのことだ。
「ところで富樫君、彼は?」
「押忍! 飛燕一号生であります!」
 虎丸君たちと同じか。今年の一号生は精鋭揃いと聞いていたが、彼もその一人のようだ。だけど下級生にこんな場面任せていいのかと疑問がわいてくる。水着姿だけ見ると綺麗なお姉さんだが、シエル先輩はああ見えてプロの暗殺者だ。並の格闘家では歯が立つまい。
「大丈夫かなぁ」
「わっはっはっ、安心せい遠野先輩! 優男に見えても飛燕は鳥人拳の達人じゃーっ」
「いや、万が一と言うこともあるし」
 シエル先輩は理由あってあまり心配はしなくていいが、飛燕君は人間だ。怪我とかしたら申し訳ない。
「ふふ、安心めされい!」
 下級生を気遣っていた俺の背後から、突然そんな声が起こった。驚いた俺と共に富樫君たちも振り返る。
「な、何ーっ!」
「お前は王大人ーっ!!」
 いきなりラーメンのどんぶりが現れた。いやどんぶりの渦巻き印を頭に入れ墨したおっさんだ。額には“八竜”と刻まれている。
「この王大人、塾長から仰せつかってこの大会の審判と救護担当をすることになった!」
 い、医者? この怪しすぎるエセ中国人が? いや待てよ。たしかこの塾の保険医は世界一の名医だと聞いたことがある。
「あなたが噂の……」
「ふふ、この私にお任せあれぃ、遠野二号生!」
「お、押忍! お願いします!」
 対峙しているだけでも力量の大きさが感じられる。気配も感じさせず俺の背後を取ったことといい、何か拳法を極めているに違いない。
 ちなみにこの人が有名なのはその蘇生術にある。中国四千年の秘術とやらを駆使し、劇薬で骨だけになった人や溶岩に飛び込んだ人さらには散り散りに刻まれ粒子になってしまった人までも完璧に治療したことがあるとか。シエル先輩並みの不死身がこの男塾にはゴロゴロいるのだ。それに比べたら17分割ごときで生き返るなど造作も無きことだろう。あの程度の復活で驚いてしまった自分の世間知らずが悔やまれる。
 それはそうと、中央ステージでは既に水着のシエル先輩と飛燕君の準備が整ったようだ。審判役の王大人が手を挙げて開始を合図する。
「それでは始めぃ!!」
 審判の手が振り下ろされた。飛燕君は動かずじっと相手の出方をうかがっている。対してシエル先輩は両手に武器を構えた。
「むっ、馬鹿な……あれはまさか黒鍵!」
「知っているのか雷電ーっ!?」
 気付かないうちに選手席に人間が一人増えていた。これもまた濃ゆい人で、額に“大往生”などと彫り込んでいる。彼が男塾随一の知識の持ち主と噂に高い、雷電一号生か。世界の秘密はJFK暗殺の真相からビンラディン氏の潜伏場所まで熟知しているというのは嘘でもないらしい。
「幻の暗殺集団と恐れられた埋葬機関が参戦しているとは……信じられん」
 結構有名なんだな、シエル先輩の仕事場って。初めて正体を教えてくれたときには他言無用だの記憶を操作するだの散々脅されたものだが、これだけ他の人も知っているのなら埋葬機関とやらも秘密主義が守れていないのだろう。
 それより当の闘いを見ておかないと。黒鍵を構えてじりじりと間合いを詰めるシエル先輩に対し、飛燕君はそのままの体勢を維持していた。互いの間合い寸前にまで近付いたらしく、シエル先輩が接近を止めて話し出す。
「飛燕さん、と言いましたか? どうしてわたしと戦おうと思ったのですか?」
「ふっ、あなたのような美しい人を野獣の餌食にするのは忍びなくてね」
 うわっ、キザッ! あれはちょっと俺でも言えない。いや言葉に出来なくはないが、俺や富樫君・虎丸君レベルでは似つかわしくないことこの上ない台詞であろう。美形の飛燕君だからこそ決まるものだ。
「え? わたしが美しいですか? いやですねぇ、もうっ!」
 シエル先輩は頬を両手で覆って喜んでいる。その表情が特設大スクリーンに映し出される。ピチピチの黒いハイレグにたわわな胸、そして恥ずかしがって腰をくねくねのポーズだ。これは……
「萌えーーーーーーーーーーーっ!」
「いいぞぉーっ! その調子じゃあーっ!」
 隣で富樫君・虎丸君が鼻血を出しながら吼えていた。飢えてるんだなぁやっぱり。俺もちょっと心を動かされてしまったが。
「さてシエルさん、私はあなたを傷つけたくない。少し目を瞑っていただければ全てが終わりますから、そうしていただけませんか?」
「は、はい……」
 そう言ってシエル先輩は無防備に目を閉じる。なんだか顎を少し上げて唇を伸ばしていたりする。……何を期待しているんだあの人は。まああれだけの美形にきらきら瞳で迫られたら仕方ないかもしれないが。
「ふっ、それでは」
 飛燕君は裾から一本の針を出し、トンとシエル先輩の後頭部辺りを突いた。黒い水着に包まれた肢体がガクリと崩れ落ちる。
「ひ、飛燕君!」
「安心してください遠野先輩、単に眠ってもらっただけです」
 飛燕君は余裕の笑みを浮かべてシエル先輩に背を向けた。
「さすがは飛燕じゃーっ! あっと言う間に一勝してしまったわい」
「これは俺たちもうかうかしてられないのぅ!」
 富樫君と虎丸君が勝利に涌いている。だが俺が飛燕君に叫んだのは別の指摘をするためだ。
 ドガッ!
 飛燕君の背中から痛そうな音が起こった。遅かったか。彼はそのまま吹っ飛ばされてステージから落ちるところまで来てしまう。だがギリギリで端につかまり、プールへの転落は免れた。背中にはブスブスと火葬式典の跡が残っている。彼にとっては、競技場の端ですぐ側に消火のための水が大量にあったことだけが幸運だった。
「なるほど、神経節を細い針で突くのがあなたの得意技というわけですね」
「な、何ぃ〜!?」
 そこには眠っていたはずのシエル先輩が何事もなかったかのように立っていた。観客も塾生も、特に戦っている当人の飛燕君は一番驚いている。
「馬鹿な……。私の鶴嘴千本は確実にあなたの麻酔秘孔を貫いたはず……」
「ええ、今でもちょっと痺れてますね。でもわたし、そういうのは効かないんです」
 というか刺されても直ぐ元に戻っちゃうからなシエル先輩は。
 さてここからはまともな闘いだ。お互い飛び道具を得意とするだけあって距離を保ちつつ攻撃し合っている。しかしこれは飛燕君が不利だ。不死身で治癒速度が異常に早いシエル先輩は防御なんて考えていない。
「くっ……馬鹿な。これだけ鶴嘴を受けて平然としているとは……」
「刺さっても動きが鈍らない箇所は避ける必要ないですから。それより先程から狙いが狂ってきていますよ。もうお疲れですか?」
 鶴嘴千本は所詮人間相手の技なので、眼球などの急所に当たるもの以外はかわすまでもないのだろう。故に攻撃のみに専念している。
 何本針が刺さっても平然としているシエル先輩に比べ、黒鍵を全部かわしきっているとはいえ飛燕君は生身の人間である。まともに食らえば致命傷になりかねない。しかも後ろから不意打ちの黒鍵を既に一本受けていて、彼の動きが鈍っている。
「さ、さすがは埋葬機関のエージェントですね。ここまで私の技が通用しないとは」
「それはどうも。あなたもなかなかでしたよ」
 シエル先輩、キめているつもりでしょうがハリネズミのような格好で平然としているのは不気味です。疲労で足が止まりがちな飛燕君に、シエル先輩はトドメを刺すためゆっくりと近付いていく。飛燕君の手に残されたのはもう一本の鶴嘴だけだ。それをどこに刺そうがシエル先輩は倒れはしないだろう。
「さて覚悟はいいですか、色男さん」
 シエル先輩は手に黒鍵を構えた。そして振り上げ、飛燕君に向かって投げ……いやそこで停止している。
「ど、どうして? 腕が?」
「ふふ、やっと効いてきましたか」
 驚愕するシエル先輩と対照的に、飛燕君は不敵に微笑を浮かべ最後の力を振り絞って立ち上がった。
「飛燕さん、わたしの体に何をしたのですか?」
「どうやらあなたは通常の攻撃技の効かない特異体質のようですね。ですから私は急所への攻撃を諦め、遅効性の秘孔を狙っていたのです。しかも同時に効果を発揮するように調整してね」
 おおっ、さすがは飛燕君! わざと疲労で狙いが逸れているいるような演技をして、攻撃を避けないシエル先輩の戦法を逆手に取ったのか! シエル先輩の全身に刺さった無数の針が全部一度に麻酔を発動しているのだから、いくら不死身でもこれなら暫くは動けまい。それがものの一分間かそこらだとしても、決着を付けるには充分あまりある時間だ。
「さてシエルさん、あなたの口から負けを宣言していただきたいのですが」
「くっ……」
 もう形勢の逆転は不可能だ。シエル先輩は完全に無防備のまま硬直している。だがプライドもあってか、なかなか敗北宣言をしない。あまりの意固地に飛燕君も呆れて溜息をつく。
「シエルさん、私も医師を目指す者の端くれとして苦しむ人を長時間放置しておくのは忍びないのです」
「医師ですって? 冗談言わないでください。志貴くんがすんなり入れるこんな学校に、そんな程度の高い生徒が居るわけ有りません」
 うわっ、酷っ。これでも俺は成績上の中くらいなんですけど。確かに秋葉と比べたらイマイチですけどぉ。いや、シエル先輩の憎まれ口は時間稼ぎだ。ああやって身体の回復を謀っているに違いない。
「第一、昔から“色男、力と金は無かりけり”といいまして……」
「失礼な方ですね。こう見えても私、模試ではT大医学部A判定なんですよ」
 本当なのか? いやこの塾からは日本のリーダーシップを担う人材が次々と排出されているとは聞いていたが……飛燕君ってそこまで優秀だったんだ。
 さてシエル先輩の口攻撃も無駄に終わったようだ。これでもう諦めて負けを……。
「ふふふ……」
 何? 逆に闘気が増している?
「美男……高学歴……高身長……約束された将来……」
 ズルリと体が動き出した。まだ針は体中に刺さったままにもかかわらずだ。俺もそうだが、対面している飛燕君の方がもっと信じられないようだ。口が開いてふさがっていない。
 そしてシエル先輩は目をキラーンと輝かせて飛燕君に飛びついた。
「ゲットーっ! オトコ、ゲット!!」
 がっちりと体をホールドしている。我に還った飛燕君がそれを振りほどこうとしたがもう遅し。
 ミキミキミキ……
 生木が軋む音がした。ひゅうと細い叫びが洩れて、飛燕君の体から最後の気が抜け落ちる。人外の力で締め上げられて、あえなく気絶してしまったらしい。残ったのは妖星のごとく赤く輝く瞳を宿した畜生の化身だけだ。
 うーむ、シエル先輩も実年齢上ギリギリだからなぁ。クリスマス(12月○○日)歳ともなると焦るだろう。いくら永遠にお肌の曲がり角が来ない身体構造だからといっても、気にするところは気になるのだろう。例えば教会本部で女上司に馬鹿にされるとか。
 あまりに凄まじい終結にシーンと静まりかえった会場を、シエル先輩は悦楽を湛えた顔をして飛燕君の体をズルズルと引きずり退場していく。そこで審判の王大人が手を高々と挙げた。
「勝負有り! 勝者、シエル!」
 うおおおーっ!
 会場が再び沸き返る。これで男塾0勝1敗。くっ、栄光の塾史に汚点を残してしまった。大将としてこのままでは引き下がれないぜ! こうなったら次は俺が直々に……。
「待たれいっ!」
 腰を上げようとした時、王大人が俺を制した。
「どうかしたのですか?」
「うむ。敵側からスピーチがあるそうだ」
 スピーチ? 今更何を言ってくるつもりだろうか。拡声器から少々のハウリングがあった後、コホンと一つ咳払いをしてあの高圧的なしゃべりがした。
「我がチーム一番の小物であるシエルさんにすら負けた気分はどうですか兄さん」
「くっ……」
 精神的に追い打ちをかけようというのか。さすがはこの手の勝負事には慈悲の無い秋葉らしい。
「このままでは私たちが完勝してしまうのは明白です。そこで提案があるのですが」
「何だ!?」
「それはですね……」
 その時、敵側サイドの通路扉が開いて次の選手が入ってきた。鬼ヒゲ教官殿のアナウンスが入る。
「“おおっと、月姫ヒロインチーム第二の刺客は……”」
「ダブルスではどうかと思いまして」
 真紅のパレオ付きビキニとパステルグリーンのセパレーツの二人が入場してきた。またもや会場は大きく沸く。マイクを持ったまま秋葉は自分のカラーの水着を靡かせてステージ中央へと進んでいった。
「“相手チームは大将自ら出陣です! さぁ我が男塾チームはどのような選手で迎え撃つのでしょうか!?”」
「ふふ、一対一なら絶対私が勝ってしまうでしょう。しかし普通の人間の琥珀が一緒なら兄さん達にも僅かながら勝ち目があるというもの。これはサービスですよ」
 嘘つき! 異能力ブースターの琥珀さんも一緒ってことは遠野の血をバリバリ全開発動可能ってことじゃないか! しかもステージは何も遮蔽物のない平面だ。略奪がこれ以上冴えわたれる場所もないだろう。
 つまり秋葉の奴、ここで勝負を決めるつもりだ。後に控えているのはおそらくアルクェイド。あいつは人間相手に負けはしないだろうからこの回で総合勝敗は決してしまうようなものだ。
 敵チームの入場終了&挑発に、王大人がこちらに返答を要請する。
「男塾チーム、異議無くば選手を出しませいっ!」
 どうすればいいんだ。わからない。こんな場面に誰を出そうが無駄死にさせるのと同じだ。さりとて相手の申し出を断れば男塾の名が廃る。
「ふふふ……とうとう俺たちの出番になったようじゃのぅ」
 何? まさか……。
「おうよ! 今度こそわしらが活躍するんじゃーっ!」
 俺が止める間もなく富樫・虎丸君はステージまでダッシュしていく。その背中にはオーガが浮かんでいる幻さえ見えた。だが真ん中付近で二人ともピタと止まると恐る恐るこちらを向く。
「あれ? いつもみたいに誰も乱入してこないぞ」
「え、ええのか? 本当にわしらでええのか?」
 そう聞かれても……。他には誰も居ないし。
「うん。君たちに任せるよ」
「と、遠野先輩!」
「やったぁーっ! これで万年解説役から脱出じゃあーっ!」
 ものすごく喜んでいるなぁ。しかし、勢いに押されて承認してしまったが心配だ。あの二人では秋葉の相手は……。
「安心召されい! ああ見えても彼らは男塾の戦士! 必ずや勝利を掴み申す!」
「雷電君……」
 選手席にいる雷電君が真剣な表情で語った。そうだな、俺も彼らを信用しよう。選手が双方ともステージに揃ったところで王審判が開始を宣言する。
「第二試合、始めいっ!」
 客席から歓声が上がる中、まずは秋葉が一歩前に出た。既に髪は赤く変色を始めている。俺以外の人間には見えないところで檻髪は徐々にステージ全体に浸食していった。
「むぅ、あれは遠野家奥義『檻髪』! まさかこんなところで見られるとは……」
 知っているのか雷電君!? っていうかあれが見えるのかーっ!? さすがは古今東西を知り尽くした男、彼に看破できぬものはないらしい。
 それはそうと、戦闘準備を完了した秋葉が好戦的な性格を露わにして残酷に微笑んだ。
「ふっ、さぁ来なさい。この遠野秋葉が直々に相手をして差し上げ……」
「ぬふふぅーっ! こりゃあ待たんかーい!」
「わしらシティボーイじゃけんのぅ、優しくしたるわーっ!」
「あーれー」
 啖呵を切った秋葉など目もくれず、虎丸君も富樫君も琥珀さんをひたすら追いかけ回している。まさしく発情した雄犬の目つきだ。それを琥珀さんは器用にひょいなひょいなとかわしていた。というか、富樫君も虎丸君も勝負と言うより追いかけっこを楽しんでいる。
 一人シカトされている秋葉が体を震わせた。
「あなた方! この私が相手をすると言っているでしょう!」
 嫉妬か? とにかく怒りを増した秋葉が琥珀さんをかばうように立ちはだかった。
「さぁ、いざ尋常に勝負なさい!」
「うるさいのぅ。貴様などお呼びではないわ」
「さっさと隅に行っとらんかい!」
 琥珀さんへの態度とは180度違う。まるで小汚い動物でも追い払うような言葉遣いだ。そんな彼らに対し、プライドを傷つけられたのか秋葉はさらにくってかかる。
「何を言っているのですか!? 琥珀なんかよりまずこの私に襲いかかるのが殿方というものでしょう!?」
 本音はそれかい。体のラインが解りにくいビキニ+パレオの合わせ技も、貧弱な素体はカバーしきれていない。子供にはない色気を醸し出している琥珀さんには敵うべくもあるまいに。しかも屋敷に閉じこもっている琥珀さんの素肌は透き通るような白、匂い立つような胸元と素足が本能を惹き付けて止まない。
「と、とにかくまずは私を倒してからですね……」
「何が“私”じゃあ! 気色悪い声を出しおって!」
 富樫君の暴言が炸裂した。秋葉の動きがまた止まる。
「き、気色悪いですって? この私のどこが……?」
「ふん、それはこのことじゃあ!」
 富樫君は叫びながら右手を水平に薙いだ。振り切った手には赤い三角が握られている。つまり……。
「な……な……な……な……」
「見ろ! その平面を! 女の振りなどしくさって! 貴様がオカマだということなど最初からお見通しじゃあーっ!」
 ものすごい怒り顔で富樫君は叫んでいた。彼にとってはよほど気に障ったのだろう。
 ブラを奪われた秋葉は前を隠すことも忘れて呆然としている。まるで水着大会お約束のブラ外れサービスシーンのようだ。しかしあまりに起伏が無さ過ぎて観客の誰も喜びはせず、富樫君の指摘に納得していた。
「折角女装までして残念じゃが、こちらには飛燕みたいな女面した奴もおるのでな。本物の女との区別はしっかり出来とるんじゃい!」
「見ろ虎丸、ビキニにまで細工してあるぞ」
「わしの推理通りだな。パッドっちゅうんかいの、これは」
「わははーしかも二つ重ねで片方はみ出しかけとるわ!」
「前のもっこりをパレオスカートで隠し仰せたつもりだったんじゃろうが、わしらの心眼には通じなかったようじゃのぅ! ぐははははーっ!」
 あ、やべ。秋葉の髪が完全に赤く変わった。プールの水が表面から凍り始めている。
「ううっ、なんだか突然寒くなってきたのぅ」
「本当じゃ。こりゃオカマ! 貴様のせいでわしらが寒気を感じてしまったじゃろうが!」
 ああ、自ら死刑宣告を……。虎丸君、富樫君、君たちのことは忘れない。もう遠野の血を抑えきれなくなった秋葉がぶつぶつと呟く。
「し……」
「ああーん? 聞こえんぞ?」
「男らしく、はっきり言わんかぁーっ!」
 何か紅いのが爆ぜた。
「死ねーーーーっ!!」
 一瞬にして彼らの体は宙に跳ね飛ばされた。数秒後にひらひらと学生服と帽子だけが落ちてくる。うわっ、一瞬にして気化させてしまったのか。惨いことを。
 ステージから彼らの姿が消えたのを確認し、王大人が手を挙げる。
「勝負有り! 勝者、月ひ……」
「ちょっと待てーぃ!」
「な、何ぃーっ!」
 俺は自分の耳を疑った。秋葉の全力略奪を受けて消滅したものとばかり思っていた二人が、プールの中から這い上がってきた。
「富樫君! 虎丸君!」
「ふふ……遠野先輩、心配しなさんな」
「おうよ、俺たちはまだまだやられはしないぜ」
 奇跡的だ。あの攻撃をまともに食らって生きているなんて信じがたい。それは略奪の能力を発した攻撃者本人も同じのようで、驚愕の表情をしている。
「あ、あなたたちどうして……?」
「ふっ、今のはなかなか効いたぜ。だが……」
「俺たちの男塾魂はこんなことでは燃え尽きはしないんじゃあーっ!」
 がはぁっと二人とも衣服を脱ぎ捨てた。残るは大和魂の籠もった男塾印のふんどし一丁のみ。ちなみに俺もいまは愛用している。
 それはそうと、なるほど。秋葉の奴は生命力ごと根こそぎ略奪消滅させようとしたのだろうが、虎丸君達の有り余る熱い魂を半分奪うのに精一杯で、肉体の熱量までは力が及ばなかったらしい。それでも彼らは相当のダメージだ。全身からおびただしい流血をしている。俺なんて少しダメージを受けただけで昏倒してしまうのだから、それに比べたら彼らの精神力は素晴らしい。さすがは天下に名高い男塾塾生だ!
「さぁ続きを始めようかのぅ」
「待て虎丸。二人がかりで攻撃したとなれば男塾の名折れじゃ。ここは俺が!」
「し、しかし富樫、お前その体では……」
「ふっ、俺を誰だと思っている……? 男塾の切り込み隊長、富樫源次じゃあーっ!!」
 虎丸君の制止を振り切って富樫君はドスを抜いて秋葉に向かって走り出した。あ、熱い! これが漢の闘いだ! ちょっと生命力を断たれたからって感能力を持った女人に頼った過去が恥ずかしい!
 捨て身の富樫君が向かう先には、邀撃体勢を整え終えた秋葉が冷酷な笑みを湛えて待ちかまえている。
「ふん、そんなに要らない命なら遠慮無く奪ってあげます!」
 防御など考えず真っ直ぐ突っ込んでいく富樫君に赤い髪が大量に伸びていく。秋葉があと一握りほどの意志を眼力に込めれば富樫君の体は包まれてしまうだろう。くっ、俺は後輩の散っていく姿をこうして見ていることしか出来ないのか?
 後一歩で秋葉に届こうとしたとき、富樫君の体は檻髪にくまなく覆われてしまった。もう……終わりだ。
「くっ!!」
 え? 俺は目を疑った。秋葉が唇を噛んで身を翻した。いや避けたのだ。同時に富樫君を包んでいた赤い衝動が退いていく。
「てめぇ、逃げるんじゃねぇ!」
 虫の息の富樫君が凄む。もう一撃入れるだけで勝負は決するはずだ。だが信じられないことに、あの秋葉がじりじりと後退を始めた。
「ちょっ、ちょっとあなた、風呂に入っているの?」
「ああん? 男は風呂など無くても生きていける動物なんじゃあーっ!」
 ……なるほど。略奪は魂も熱も全て奪ってしまう。奪うと言うことは自分に取り込むことでもある。お嬢様育ちで清潔を旨としている秋葉は、富樫君の皮膚一枚分を略奪してその違和感に気付いたのだろう。……富樫君が風呂に入ったのは男塾名物・油風呂が最後かなぁ。
「堂々と勝負せんかいっ!」
「ち、近寄らないでください!」
 詰め寄る富樫君と鼻を摘みながら逃げる秋葉、まるで立場は逆だ。思い出してみれば、略奪の能力って俺とビジュアル系の四季にしか使ったこと無かったっけ。取り込むのに抵抗を感じる相手に敵対した経験は初めてだろうな。
 暫く追いかけっこが続いたが、ついには秋葉は端へ追い込められてしまう。
「ふっ、これで最後だ。決着を付けてやるぜ!」
「や、止めてぇー!」
 涙目で懇願する秋葉に、ドスを振りかざした富樫君が突入していく。直後、決死の檻髪が大量射出され、富樫君の体は朱の津波に飲み込まれた。
「富樫君!」
「と、富樫ーーっ!!」
 俺と虎丸君は同時に叫んだ。今度こそ確実に消滅させられた。トレードマークの学帽がはらはらと舞い落ちる。それがステージにぽとり乗ると同時に、秋葉が顔を押さえて走り出した。
「ああ……汚れてしまった……兄さん、私は汚れてしまいました……いやぁぁ〜」
 そう叫んで選手控え室に逃げ込んでいく。……トラウマにならなきゃいいけど。
「両者相打ち!」
 審判の王大人が両手を平行に掲げて宣言した。あの紅赤朱の秋葉と引き分けに持ち込むとは……富樫君、君こそ男の中の男だ! 俺は永遠に忘れないだろう。
「ご安心めされいっ!」
「うわっ、何ですか?」
 感涙に溺れる俺の前に突然王大人が現れた。あの水上ステージから一足飛びでこの選手席まで来たのか。やはりただ者ではない。
「富樫一号生は我が医療チームの完璧な治療を施すことになっている。中国四千年の秘術に不可能はない!」
 そ、そうなんですか? 塵になってるんですけど。一応蘇生の前例もあるらしいし、信用しても良さそうだ。
「では試合再開っ!」
「“富樫一号生と月姫チーム秋葉選手の凄まじい相打ちでした! さて残るは我が男塾の虎丸一号生と敵の琥珀選手です!”」
 鬼ヒゲ教官殿はああいっているけど、もう勝負は付いたも同然だ。琥珀さんは遠野の血の増幅&制御装置としてだけ大きな力を発揮する。単体の戦力では普通の女の子に過ぎない。
「くっ、富樫! お前のカタキは俺が取っちゃるからな! さーて……」
 親友の死も振り切り、虎丸君はなんだか興奮して琥珀さんへの間合いを詰めていく。何やら好色そうな表情をしているが気のせいだろう。かっぽんかっぽんと自慢の筋肉を揺らしている。
 琥珀さんは「きゃー」とか言いながらニコニコしてステージ上を逃げ回る。「ふふぅ、よいではないか」などと叫んでいる虎丸君とペアで見ると、まるで時代劇に出てくる悪代官と遊女の一シーンだ。
 暫くそうして遊んでいたが、ついに虎丸君が痺れを切らして急接近を開始する。
「そりゃあ! 捕まえちゃるぞぅ!」
「あーお許し下さい〜」
「ならぬ。ならぬぞぅ! さーて……」
 手首を掴もうとした時、虎丸君の体がぐらりと揺れた。そのままへなへなしゃがみ込み、倒れてしまう。
「な、何じゃあ? か、体が……」
「くすっ、風下に立ったがうぬの不覚ですよ。あはー」
 よく見るとセパレートの水着の表面が所々剥がれている。パステルグリーンだった色は半分くらいオレンジイエローになっていた。虎丸君は追いかけながら、剥がれて粉状になったあれを吸い込んだのか。興奮して息を荒げていたから効果覿面だっただろう。
 動けない虎丸君の側に立つと、琥珀さんは胸元から注射器を出して地面に転がっている彼の首筋にぶちゅーと怪しい液体を注入した。途端に虎丸君の瞳が白くなり口からぶくぶくと泡を吹き始める。
「勝負有り! 勝者琥珀! よって第二回戦は月姫チームの勝ち!」
 うおおおおーーーっ!と観客が沸いた。それに応えて琥珀さんは手と愛想を振りまきながら退場していく。くっ、やはりあの人を甘く見たのが敗因だったか。

 これで我が男塾は二連敗、もう後がない。しかも次は最強の相手・アルクェイドだろう。ここは俺が腹をくくるしかあるまい。
「次の選手、出ませいっ!」
 お呼びが来た! 俺は一度息を飲むと椅子から腰を浮かせた。
「待てぃ!」
 ドオオオオーーーン!
 俺は背後から掛かる強大な威圧に戦慄した。七夜の血が震えている。こ、これは……?
「くっ!」
 俺は反射的に七夜の短刀を抜き放ち、振り向きざまにその脅威に向けて斬りかかった。それは殺人者としての七夜の血が行った無意識の反応だ。そこにある死の線を瞬時に捉え、間を置かず一気に薙ごうとする。
 ビシッ!
「何っ!?」
 必殺の一撃はたわいもなく止められた。たった二指で俺の攻撃は封じられてしまったのだ。押しても引いても七夜の短刀はびくともしない。眼前には壁……いや巨大な人影がそびえていた。全長15mはあろうかと思われる。
「ぜ、全員気をつけーーーっ!!」
 雷電君が冷や汗を流して緊張している。俺もその号令に反応して立ち上がり、背筋を伸ばした。
「な、何ぃーっ!? あ、あなたは……」
 先程まで居たはずの巨人は消え、そこには一人の男が立っていた。随分縮んだとはいえ2mは背丈がある。まさかあれはこの人が出していたオーラだったのか!? これほどの気を発する塾生と言えば、男塾300名の中でも一人しか居ないはず!
「だ、大豪院邪鬼先輩ーっ!!」
 男塾の帝王、閻魔の三号生を統べる最強の存在、教官殿ですら恐れを為す地獄の悪魔……それがこの人、三号生筆頭・大豪院邪鬼先輩である。その御方に俺は刃を向けてしまったのだ。
「し、失礼しましたーっ!」
 以前アルクェイドと対峙したときと同じ冷や汗が体中を流れる。自分の全力を出しきって戦ったとしても決して敵いそうにもない相手。絶望的なまでの実力差が俺との間に横たわっていた。
「次の勝負、俺に任せてもらおう」
「え? そ、それは……」
「貴様らの不甲斐なさにはほとほと呆れた。これ以上、俺を怒らせるな」
「お、押忍っ!」
 まずい! 赤石君の居ない間は俺が二号生筆頭だ。こんな醜態を見せたとあっては、帰ってきた赤石君に真っ二つにされてしまう! 逆らって戦ったとしても……弾丸よりも速くミサイルよりも強力な一文字流斬岩剣と、すぐ側まで近寄らないと何も出来ない七夜の短刀……だめだーっ! 既に死は見えているじゃん!
「遠野!」
「押忍! 何でありますか大豪院先輩!」
 もう死期を悟った俺に大豪院先輩が話しかけてきた。全く寄せ付けない断崖絶壁のような声だ。
「次の相手は強いんだな?」
「お、押忍! 一見ただの女性のようですが、おそらくは世界最強かと……」
 最強というか世界そのものだ。人間大の外見などアレ≠フ本質の一厘も表していない。滅ぼすには地球一つ相手にするつもりでないと、瞬時に生を摘まれることになる。まさに命を投げ出してなお足元にも届きそうもない相手だ。
 しかしそれを聞いた大豪院先輩は逆に笑みを浮かべる。
「ならばなおのこと貴様らなどに任せるわけにはいかん」
「し、しかし、これは俺の問題で……」
「遠野よ、ここから先は三号生筆頭ではなく大豪院個人として楽しませてもらおう」
 そう言って大豪院先輩は颯爽とステージへ向かった。俺の体中の力が一気に抜け、へなと椅子に座り込んでしまう。ものすごい迫力だ。
「遠野先輩、ここは大豪院先輩に任せておくのがいいでしょう」
「だけど雷電君……」
「ふっ、あの人らしいやり方です。本当は私たちが心配なので助っ人に来てくれたのですよ」
 そ、そうなのか。あと一敗で切腹確定の俺たちを助けに。しかも世界最強の真祖と体を張って……。あれが最上級生であり塾を背負う漢の背中か……すげぇぜ、大豪院邪鬼先輩! 秋葉とシエル先輩の弁当冷戦だけでビビっていた俺なんかとは格が違うぜ!
 特設ステージ中央に大豪院先輩の勇姿が立った。白い円盤の上に堂々と聳えるその姿はまさに帝王の貫禄。勝利の不動を確信させる。だが相手はアルクェイドだ。あの雄々しき先輩でも苦戦は免れまい。いや人間の身で真祖に対峙すること自体無謀だ。例えば俺があの場でアルクと戦ったとしよう。校庭の地脈を殺して何とか互角に持ち込んだ以前と違って、今回は水上だ。殺せる点は全くない。つまりあそこで戦うアルクェイドには本当に弱点など無いはず。もしかして俺はあの尊敬すべき大豪院先輩を見殺しにしたのと同じ……。
 ポンと肩が叩かれた。雷電君だ。
「遠野先輩、おそらくあなたが考えていることは大豪院先輩も承知済みのはず」
「というと?」
「大豪院先輩はあなたの代わりに死ぬつもりやもしれません」
「な! そんな馬鹿な!」
「馬鹿ではありません。それが男塾三号生筆頭の重みなのです!」
 ガーン!
 俺は直死の魔眼を無生物に無理矢理使用したのと同じ衝撃に見舞われた。後輩を守る、それだけのために黙って命をかけるのか……。俺は瞳から熱いものが流れ出してきた。男だ。あれこそが俺に足りなかった男の姿だ! 女のためにしか命をかけたことのない軟弱者の俺にはよく解る!
「それでは、月姫チーム選手、出ませいっ!」
 あちら側の扉が開いてマントを頭から被った選手が出てきた。素早い足取りで中央に進む。来た。最強の真祖。月光の絶対者にして世界そのものの抑止力だ。その絶大な力は神にも等しく、人間が滅ぼすのはほとんど絶望的なまでに無理だとも言われている。
 それに敢えて正面から挑もうとするのか大豪院邪鬼先輩!
 マントはステージ中央に辿り着き邪鬼先輩と対峙する。そこで彼女はマントを取った。現れたのは陽の光に輝くブロンドの……あれ? 魔力の籠もった赤い瞳の……おや? 俺の目には赤毛のショートカットに緑がかったグレーの瞳が見えるのだけど……錯覚か?
「“月姫ヒロインチーム、三番手は翡翠選手でありますーっ!”」
「うおおーーーーーーーっ! スクール水着萌えーーーーーっ!」
 鬼ヒゲ教官殿のアナウンスと同時に観客が吼える。突貫で作った即席ステージが興奮した観客の足踏みで震えている。ララパルーザ?
 ぬあっ? どうして翡翠が? しかも胸には『1−Aとおの』と書かれたスクール水着を着装している。あれは秋葉のお下がりか。背丈は良くても胸はきつかろうに。
 ……じゃなくて何故翡翠が!?
「志貴さま……わたし……遠野家に帰ってきて欲しくて……少しでもそれに協力できるのであれば……」
 う、つまりは俺に対するいじらしい気持ちで……。
「それでは第三回戦、始めいっ!」
 ああっ、ちょっと待って王大人! そう叫んだが、ピチピチにきつめのスク水に興奮した客の歓声にかき消されて届かない。
 ずいっと前に出る大豪院先輩に、翡翠はきっとなって睨み返す。だめだぁ! ここは大人しく降参してくれ!
 だが翡翠は臆することなく両手を回転させ始める。
「むぅ、あれこそ史上最強の殺人奥義とされた気慄流穿凶毒手拳 幻睨界!」
「し、知っているのか雷電ーっ!?」
 いや、あれは単なる暗黒翡翠拳なんですけど。そんな大層な技じゃなく。
「ふっ、さすがは遠野に世界最強と言わしめただけのことはある。この邪鬼の眼をして外見も気配も素人にしか思わせぬとは……よほどの達人よ!」
 大豪院先輩! 見た目の判断でいいんですってば! 翡翠も変な意地を張るのは止めなさいって!
「ならば俺も奥義をもって応えねばなるまい。どれほど通用するか解らぬがな、ふふふ……」
「……それは、わたしの口から説明するのははばかられます」
 だから挑発するなぁーっ!
ぬぅぅん! 大豪院流真空殲風衝!!
 すぽーん……ぽっちゃん
 あまり呆気なく翡翠の体は風に飛ばされ、プールの中に落ちた。そのままブクブクと泡だけ上がって、本体は浮かんでこない。
「しょ、勝負有り! 勝者大豪院邪鬼ーっ!」
 呆然としつつも王大人が決着宣言をする。観客はしーんと静まったままだ。予想を遙かに下回る展開に暫く固まっていた邪鬼先輩も、ステージを降りて再びこちらに戻ってきた。
 えーと、これではまるでか弱い女の子を本気になっていぢめた悪者みたいですねぇ。あ、なんだか邪鬼先輩のこめかみがピクピクしているのが見えます。伝統有る男塾の閻魔の三号生それも筆頭が、ただの少女に大人げなく奥義をかまして……。
「遠野二号生筆頭代理……」
「お、押忍!」
 邪鬼先輩が俺の横にまで来た。ものすごい顔をしているのが解る。
「明日、三号生居棟まで来い!」
「お、押忍ぅ〜っ!」
 上級生に呼び出しを食らう、これが何を意味するのか男子生徒なら誰でも理解できるだろう。しかも三号生居棟といえば、入り口からして針山に座って「男とは!?」と問いかけてくる先輩やシルクハットにふんどしという格好の先輩が迎えてくれるという男塾の秘境だとか。だめだ……今度こそ完全に死んだな俺。

「それでは次の選手、参られいっ!」
 これで最後、つまり大将である俺の出番だ。負けたら切腹或いは遠野屋敷に強制返送されて妹の手により折檻、勝っても三号生の方々から地獄の教育指導……どちらに転んでも無事ではいられない。歩く足取りが重い。ここで貧血でも起こって倒れることが出来れば楽なのだが、不幸にも鍛え上げてしまった新遠野志貴の肉体には健康という文字しか存在していない。
 俺が中央に着くと反対側から月姫チーム最後の一人が出てきた。予想通りの奴だ。というかあいつしか残っていない。
「“月姫ヒロインチーム、アルクェイド選手の入場です!”」
「うおおおおおおーーーーーっええぞぉーーーっ!!」
 アルクェイドが両手を挙げて観客席に愛想を振りまいている。日本人とは懸け離れた長い足、はち切れんばかりに膨らんでいる二つの半球、それらと細い腰がすらりとしたプロポーションに欠けたるもの無く収まっている。一言でいえば美しい。見とれて立ち止まってしまうほど綺麗だ。
 俺はあいつの性格からしてヒモとかVカットとかを何となく予想していた。だがそれに反してアルクェイドが着てきたのは……。
「志貴ー、どう? この水着」
「え、ああ……いいんじゃないのか」
 普通と言えば普通すぎるほどの白いワンピースだった。ポイントも派手な作りもなく、ただベーシックなだけのデザインだった。しかしそれだからこそ一層着ている者のラインが浮き立つ。例えば澄んだ湧き水がそれ以上何を加えても美味にならないような、そんな清涼さだ。月光の住人のくせに太陽の下でも輝いているのは反則だと思う。
 はっ、俺は一体何を考えているのだ!? ここに来たのはそういう自分自身の不甲斐なさを追い出すためではなかったのか!? 過去の女に流されるだけの自分と決別し克服するためではなかったのか!?
「くそっ!」
 俺は自分の頬に数発張り手をかまして気合いを入れた。そうだ、俺は男塾二号生筆頭代理、遠野志貴だ! 日本男児の生き様は、色無し!恋無し!情け有り!!
「それでは『驚邏大四凶殺』最終戦、始めいっ!」
 高く挙げられていた王大人の手が振り下ろされた。俺は愛刀七夜をポケットから抜き、滅魔の刃を露出させた。気を乱すことなく体勢を崩すこと無きよう裸眼へと移行していく。眼鏡を捨てようか、刹那そう考えた。どうせこの戦いは絶望的だ。睨んだ目標には摂理の崩壊を招く赤黒い線など微塵にも引かれていない。混じりのない美しさと同じで完璧な純白だ。
「志貴……やるの?」
「ああ、これが今の俺だからな」
 アルクェイドもお祭り気分を捨て去った。面白げに笑む瞳には愉悦の炎が宿り、赤く紅く染まっていく。
「ば、馬鹿な、信じられん。伝説に聞く最強生物・真祖が本当に存在していたとは……」
「知っているのか雷電ーっ!?」
 もういいです雷電君。君の博識はよく解りました。あとはこの状況を何とかできる方法も知っていてくれたら良かったのだけどね。
 俺は眼鏡を内ポケットに入れて前に飛び出た。どちらにしろ刃の届く距離に近付かないとどうしようもないのだ。初戦が始まってからずっと真祖と戦うシミュレーションを頭の中で描いていたが、どうやっても完全な勝利などには辿り着かない。間合いを詰めて懐に入って死の線をなぞる。出来ることはただそれだけだ。
 背中に塾生達の声が届く。男塾名物『大鐘音』、25里先まで届くという魂の激励だ。ふふ、聞こえるぜお前達の応援。芯から奮い出す男塾魂ってやつがな!
「こりゃあ遠野ーっ! 貴様、娑婆でそんないい女とちちくりあっとったんかいーっ!?」
「死んでしまえーっ! この絶倫超人がーっ!!」
 ふふ、多少のノイズも混じっているようだがつまらん幻聴だろう。この期に及んで自分に都合の悪い空耳が起こるなど、俺の後ろ向きの人生がしつこく尾を引きずっているだけに違いない。
 だが俺はその全てを捨ててこの一撃に賭ける!
「見さらせぇ! これが遠野志貴の火の玉じゃああああーーーーーーっ!!!」
「うん、わたしの負けでいいよ」
 ずがーんごろんがしゃーん
 俺は自分の体からそんな音が起こったのを感じた。肘とか膝とか肩とか腰が痛い。ダッシュした勢いそのまま派手に転倒して、転がりながらステージ床にしたたかな打撲をしたようだ。
「は? アルクェイド、今なんて?」
「だから、わたしの負けでいいって」
 ……わからない。まだ攻撃の一交叉も行ってないのに。
 アルクェイドは転んだままで床に倒れている俺に抱きついてきた。耳元で志貴ー志貴ーと何度も甘ったるく繰り返す。
「ちょっと待てアルクェイド、お前、戦うんじゃなかったのか?」
「うん、最初はそのつもりで居たんだけどね」
「だったらどうして?」
 俺たちが負ければ、俺は遠野家に帰る約束だったはずだ。そうすればアルクェイドとも万事元通りになって、彼女らにとってはめでたしめでたしのはずなのだが。
「あー、わたし考えたんだけどね、志貴は遠野家に帰るよりこのままの方がいいんじゃないかって思ったの」
 え? 意外だ。アルクェイドが自分の我が儘を諦めてまで俺の成長を促してくれるとは。一番俺に会いたがっていただろうに、そこまで先を見通して自制できるようになっていたなど思いもしなかった。
「そうかアルクェイド……そこまで俺のことを……」
 よし! やる気が出てきたぞ! 真祖の姫にまで応援されちゃあ後には退けない。このまま男の道を極めるのみ! それでこそ遠野志貴! それでこそ男塾じゃあーっ!
「だって志貴が家に居ても妹や他の女がうるさいし」
 は?
「それより志貴が全寮制の男子校にいればわたしだけ会いに行けるでしょ。他の悪い虫も付かないし」
 それってどういう……?
「あとで部屋の位置を教えてねー。早速今夜にでも忍び込んでいくからー」
 ……なるほど。全寮制男子校となれば秋葉の手出しは不可能。当然翡翠・琥珀もだ。いくらシエル先輩だってパトロールと称して男子寮に忍び込むような破廉恥な真似は出来まい。お前にしてはなかなか考えたなアルクェイド。
 ところでニコニコ顔のアルクェイドの後ろに4組の憎悪に満ちた瞳が輝いている。あれは何だろう。
「兄さん……最初からそのようなつもりで……」
「まさか真祖と共同して奸計を結んでいやがったとは気付きませんでした」
「志貴さま……ベッドの下のアレ、公開してもよろしいのですね?」
「後悔は何度でも出来ますけど人生は一度きりなんですよ? あはー」
 などと恐ろしげな幻聴まで聞こえてきた。それに塾生側からも何やら敵意を思いっきり含んだ視線が浴びせかけられているような気がする。気のせいだろう。うん、気のせいだ。
 あ、そうだ。もう勝負は終わったんだから閉会宣言をしておかないと。これも大将であり二号生筆頭代理の正しい義務だ。俺はすくっと立ち上がり、後ろ手を組んで胸を張った。

「押忍! ごっつあんでした!!」
「それで済むかぁーっ!!」




「早いもんじゃのう。あの『驚邏大四凶殺』からもう一ヶ月か」
「ああ、こうして再び男塾の校庭に立てるとは思いもしなかったぜ」
 ほんと、あの時は死ぬかと思った。アルクェイドが空想具現化を発動して会場ごと全員を吹っ飛ばしてくれなかったら今頃あの世を彷徨っていたであろう。いやこの塾なら中国四千年の秘術で完治するから要らぬ心配だったか。
 本日は週始めということで全体朝礼だ。演壇の前に全塾生が並んでいる。きりっと直立している俺に、とことこ近寄ってくるものがあった。
「はーい志貴、おはよう」
「ああ、お前一時限目は一号生の授業だろう? さっさと準備しに行けよ」
 俺が入院中、ちょくちょくここに顔を出していたアルクェイドはいつの間にやら格闘専門教官に収まっていたりする。女人禁制のはずだが、真祖は人間じゃないしというかなり苦しい理由で許可されたとか。ちなみに授業内容は実践形式、要するに暴れているだけだ。
「むぅ、折角会いに来てやったのに態度悪いよ志貴。わたしはきょーかんどの≠セよ」
「お、押忍! 失礼しました教官殿!」
「うふふ、よろしい」
 ちいっ、すっかり馴染んでやがる。唯一の女性教官とあって、塾生からも大変に評判が宜しい。俺は反対したのだが、その意見は教官を含めた全塾生に見事に圧殺された。
「注目ーっ!」
 お、担当の鬼ヒゲ教官が来たようだ。俺もびしっと背筋を伸ばす。やはり朝はこうでなくてはならない。過去の、ギリギリまで惰眠を貪っていて遅刻寸前に教室に滑り込み教諭の前でも緩んだ気分でいた俺は何とだらしなかったことか。やはり男の世界はこうでなくてはいけない。
「志貴ーかっこいいよー」
 だからお前は出ていけって。
「礼!」
 一糸乱れず挨拶を終える。清々しい限りだ。ひとつだけ煩いのが居るが、その他は実に男らしく充実した空気が漲っている。これがずっと続けばいいのだが。
「よーし、全員直立のまま聞けぃ! 塾長の訓辞を承る前に、今日は貴様らに新しい教官を紹介する!」
 新しい? 何か猛烈に嫌な予感がするのぅ……。
「こちらは敵製言語担当の知得留先生だ! 国際化が進む現在、鬼畜米英の情報収集は急務である!」
 やっぱりー!
「そして用務員として貴様らの世話をしてくださることになった琥珀さんと翡翠さんだ!」
 さらにーっ!?
「それと、この男塾で貴様らと共に男を磨くことになった新塾生だ。自己紹介せいっ!」
「押忍! 俺の名前は遠野秋葉一号生ーっ! よろしく頼むぜーっ!」
 それは無理があるだろーっ!?(胸以外)

終わり

 あとがき

「わたしがこのSS未出演キャラ、弓塚さつきであるーっ!」

「ありがとうございましたーっ!」

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