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1月1日 あけましておめでとうございます

ひしはなびらもち さて正月と言えばひしはなびらもち(菱芭餅)らしいです。本によると、裏千家の初釜に使われる主菓子とか? 初めて食べたときは中身は白餡だとばかり思っていて「和菓子なのに何故味噌とゴボウ?」と混乱した覚えがあります。これはどうやらお雑煮の代わりらしいですが、濃茶に合うのかどうかは未経験の私には首をひねるところです(笑)。
 いつものように自動販売機で買ってきたミルクティを開けて食べたりしますが……うーむエキセントリック……。和菓子コーナーで売っているから甘味かなと思って買うと外します。不味くはないですが、年中欲しようとは思いません。まぁおせち料理などと同じく正月のお約束ごとと言うことで。
 このはなびらもち、どの店舗も一斉に売っているデパートは京都にしか見かけません。池袋のデパート地下街などを物色してみてもほとんど無かったりします。これは6月の水無月と似たようなものでしょうか。やはり茶道の伝統にだけある菓子(?)のようです。
1月6日 百貨店万歳その1

 「どこで和菓子を買うか」 これは大問題です(そうか?)。老舗の名店に予約の電話を入れて「一見さんは……」などと断られるのが怖くてオドオドしているトーシローの私としては、やはり百貨店やデパートの地下コーナーをひいきにしています。
 さてそれでは日本一和菓子コーナーが充実しているのは?となればあそこしかありません。
『高島屋京都四条店』
 近くに大丸、京都駅に行けば伊勢丹があり、どれも地下食品コーナーは充実していますが、高島屋のは特別です。
 他にも大阪・神戸・静岡・池袋・銀座・新宿の大型小売店舗は軒並み徘徊しましたが、敷地が広い場所はあっても充実度が全く違います。
 何がってまずは上生菓子。出店先で生菓子を販売している例自体少ない(鶴家吉信さんとか八幡さんはよく出していますけど)のに、ここは目移りするほど沢山展示即売されています。特に注目なのは、高島屋四条店限定オリジナル生菓子でしょう。年頭のお題だけではなく、年間の祭事に かこつけて……いや便乗して……じゃなくて 連動して“楽しみ”を演出しています。雛祭りや七夕などはもとより、バレンタインデーやクリスマス和菓子もやってしまう古都らしからぬ豪快さ。それに協賛して作る各名店の悪乗りも豪気です。記憶は曖昧ですが、亀屋良永さん・長久堂さん・本家玉壽軒さん・総本家駿河屋さん他数店がレギュラー参加していました。ちなみに展示だけではなくその場で購入も出来ます。
 しかし男性が「鶴家吉信のバレンタイン和菓子○○をください」とか行動するのは非常に胆力を消費します。別の意味でここも敷居が高いでしょう。肝心の味の方は……うーん、やはりお遊びと割り切っているところが多いようです。
1月13日 百貨店万歳その2

 というか高島屋四条店万歳なんですけど(笑)。
 さて日本一生菓子が充実しているここは、他では……というか飛び込み一見さんでは買えそうもない商品も並んでいたりします。ガイドブックなどに“要予約”と明記されている川端道喜さんのちまきとかも定期的に入荷されているようです。ちなみに私は去年の正月、実家に持っていく土産に生風庵さんの雪餅×4個をその場で買いました。
 とにかくここは、和菓子好きなら絶対飽きません。前記の通り祭事ごとに生菓子が変わるし、交通の便が悪い場所にある店舗も出店しているので便利です。例えば中村軒さんの麦代餅。徒歩で行くと阪急桂駅で降りて離宮の前まで行かなければならないところを、四条駅で降りて1分で買えます。生菓子を注文したい場合も、この売り場内に生菓子を出しているお店なら可能のようでした。
 あ、堅苦しいのは嫌いとおっしゃる方も大丈夫。仙太郎さんを筆頭に餅屋系さんも沢山あります。品目傾向別に分布されているので、団子やどらやきばかりずらっと並んでいる姿は壮観でもあります(笑)。
 書き忘れていましたが、同じ店でも品目により場所が分かれている場合があります。例えば亀屋良永さんは御池煎餅と生菓子の売り場が違っています。出店単位で区切っている他の大型小売店との違いはここでもあるようです。
 ふと気付いたことなのですけど、東京のデパート地下食品街に出店している和菓子名店の半分くらいは京都なのですよね。逆に京都のデパートで近畿以外の和菓子店の看板は見かけません。『日本第一番本饅頭所』の看板すら、です。業界のことはよく知らないのですが、これってやっぱり排他的な仕来りが影響しているのでしょうか。それとも京都内だけで飽和状態だから?
 結果的に、上生菓子を含む和菓子全般を堪能するなら高島屋四条店が最上です。世界一ィィィィィィィィィィィィィィィィィィーッ!でしょう。
 でも他地方の品は薄荷なので、その点だけは東京に軍配が上がるようです。さて、書いていたらあんこが食べたくなったので新宿高島屋地下全国名店コーナーに加賀の和菓子を物色に行くとしますかね。

 あ、それと高島屋四条店さん、接客は良いのですけど業者への態度が悪いって噂になってますよー。特に玩具コーナーは。
1月17日 さくらあんどらやき“さくら”餡なのに、何故いちょう?

 池袋の地下で売っていた『さくらあん』のどらやきです。(季節的に)早すぎって気はしましたが買ってきてしまいました。さくらは去年から保存してあったのだから、今出しても不思議ではないのですが。
1月20日  栗ですよやっぱり

 つぶあん派の私でも信念を曲げざるを得ない菓子はあります。栗、そう和菓子の永遠の友・栗です。これを使用した菓子が全て粒あんに合うかと問い詰め龍翔の写真られれば返答に窮します。その先鋒が俵屋吉富さんの『龍翔』でしょう。おそらくもう品切れだし時季外れでしょうが、私にとって晩秋から初冬にかけての代表的菓子です。2本まとめて買ってきて、その日に半棹、一週間内には2本とも平らげてしまいます。
 一棹ずつ買えば?と思われるかも知れませんが、この龍翔、今出川烏丸にある本店の他には一部の高島屋でしか扱っていないのです。関東地方では横浜高島屋でしか販売していないとか。仕方ないので取り寄せさせていただいているのですが、何回にも分けると送料がかさむのでいっぺんに買い入れているのです。
 さて俵屋吉富さんで思い出されるのがギルドハウスの京菓子資料館でしょう。最後に訪れたのはもう2年も前のことになりますが、個人で行くとものすごく入りにくいです(笑)。店の奥、暖簾で仕切られてる所って通常立ち入り禁止じゃないですか。しかも店内に順路表示とかされていないので、初めて来ると店を間違えたのかと不安になります。
 で、恐れず奥に進んで三階まで上がると左側に展示室があります。私は平日午前中に行ったので閲覧者は私一人でした。丁度団体さんの到着寸前だったらしくガイドさんがスタンバイしていたので渡りに船とばかりに解説してもらいました。
 工芸菓子はすごいですよねぇ。花や葉が砂糖だってのは常識として分かりましたが、岩や苔までそうだとは気付きませんでした。
 さて三階と一階には茶室があります。見るのに疲れたので一服……しようとしたのですが、そこは基本的に団体さん向きで要予約だそうです。一階で生菓子まで売っているのに殺生な、と感じましたがそれはお店の都合もありますから仕方ありません。でもきんとんをテイクアウトすると自宅に辿り着くまでに潰れてしまっているのですよね。


1月27日 もなか1

 とりあえず知らない日本人は存在しないと堅く信じていますが、もなかとは餡を皮で挟んだものです。基本的につぶあんなのですが、一部にこしあんやしろこしあんがあります。私はつぶあん以外のもなかは無視なので虎屋さんでもなかを買うことはほとんどありません(笑)。
 さて京都でもなかといえば仙太郎さんでしょう。東京にも工場があるようなので“京都の”というのはいささか私が遅れているのかも知れません。そういえば静岡県相良町付近でふと寄った和菓子屋さんの店内に『東京の仙太郎で修行』と店主のプロフィールが貼ってありました。
 さて肝心の和菓子の話です。仙太郎さんのもなかには大小二つありまして、大きい方が有名な『ご存じ最中』です。小食の女性だとそれだけで一食分になるかもしれないほどのボリュームです。でも私は相変わらずこれを甘いミルクティーと一緒に食べきります。明日は一食抜かなければなりませんね。カロリー調整で。
 で、もなかは単純に餡の美味しさを堪能できるのでつぶあん派の私の主食でもあります。始めて訪れた店では、店員さんの親切な看板商品紹介など失礼ながら横に流し「つぶあんの菓子はどれですか?」とストレートに切り込みます。一度橘屋さんとか嘯月さんとか川端道喜さんとか松屋常磐さんとかの“要予約”で敷居の高そうなお店にアポ無しで行って「もなかください。ダメならどらやき」とやってみたくはありますが、私も常識ある一般人として生活していますので寸前で留めています。話は逸れましたが、和菓子屋さんのほとんどは定番としてもなかかどらやきを常備しています。無いところでも羊羹はまず有るでしょう。『餅は餅屋』の諺にあるように上生菓子屋−餅屋−駄菓子屋と厳しくランク分けされている京都の老舗でも、やはり基本である餡の出来不出来がはっきり分かるもなかは、プライドの意味もあって出しているようですね。

2月3日 もなか2

 前回紹介した仙太郎さんを私はよく利用しています。京都にいた頃は高島屋裏の本店にもちょくちょく訪れたものです(……別にそこまで行かなくても前記地下売り場にも出店しているのですが実は)。もちろんもなかもよく買いますが、最も購買量が多いのは『栗蒸し』です。蒸し羊羹のような下地に栗をぎっしりちりばめ、水無月と同じ平三角形に切ってある菓子です。もう二月ですので残念ながら売り切れていますが(またかよ)。茶会で出すには風流が足りないかもしれませんが、テレビを見ながら食後を楽しむには最良の物品の一つです。私はもちろんミルクティーとペアにしています(笑)。
 さて、私より素人さんの和菓子好きにはとにかく安くてボリュームがある菓子屋さんこそ良心的だとしている向きがあります。若者向け小説家さんがネタで出すときなど顕著ですね。しかし一概にそうでもないです。量が有れば良いというものではありません。
 例えば四条の長久堂さん。『きぬた』で有名な老舗ですが、一度わさび入りで懲りているので専ら栗蒸羊羹ともなかを購買させていただいていました(花佳人に関しては後ほど)。ここのお店はもなかを注文するとその場で餡と皮を合わせて出してくれます。大きさは仙太郎さんの半分くらいでしょうか。無論価格もそのくらいです。何が良いかというと、皮のパリパリした感触が心地よいのですよ。そして挟まれている餡の厚さが丁度皮の厚さとマッチしていて、噛み締めるとさくっと心地よく得も言われぬハーモニーが奏でられます。ただしこれを体感するには購入後五分間以内に食するのが掟でしょう。
 しかし残念ながらここは天下の四条大通り、ゆったりと休憩する場所はありません(喫茶店に持ち込みは論外です)。ここで長久堂さんを出て道路の斜向かい左側を見ます。『Carrot』と書かれた大きな看板が見えたと思います。そこが私の利用していた飲食場です。え? ゲームセンターじゃないか!って? はい、そこの上階にオールドゲームコーナーがあるのですよ。まずエレベーターで上がって自動販売機でミルクティーを買います。そしておもむろに『ドルアーガの塔』という名のゲームに一〇〇円を投入します。このゲームは慣れると三〇分は粘れるので、面クリアして一息附ける合間にもなかを少しずつ囓るのです。私は大抵50面まではいけますので、45分は独占していました。あ、ゲームが苦手な人も安心してください。ちゃんと休憩ルームもあって、無料で休めますから。
 まぁなんですか、とにかくもなかは餡もさることながら皮との調和が大事だと私は思っています。それには適度な大きさというモノがあり、単に多ければ良いわけではありませんし、皮の鮮度も大事です。なるべくその場で手作りして出してくれるお店を近所で探しましょう。
2月5日 最中比較1 最中比較2
 実際に比較してみました(笑)。それと訂正 御世→御代
2月10日 きぬかけ菓舗

 四条まで来れば祇園はすぐそこです。四条大橋のこちら側には先斗町、向こうには八坂神社までずらっと商店が並んでいます。この付近は御所や西陣と並んで和菓子屋さんの密集地帯で、観光用ガイドブックを開くとかなりのページが割かれていると思います。
 紹介すべき名店は沢山ありますが、今日はその中の一つ、今は無き『きぬかけ菓舗祇園本店』についての思い出を語ります。大層に言っても数回訪れただけで詳しくも親しくもありませんでしたが、無常観が漂う事件として私には強く刻まれています。
 菓匠会二十五店というのがあります。江戸時代に結成された禁裏御用上菓子仲間の系譜を継ぐ寄り合いで、まぁこれに入れれば一流だろうとされているらしいです。ちなみに虎屋さんが入ってないのは、単に東京本社になってしまったため週一度の会合に出席出来ないからとのことらしいです。総本家駿河屋さんなどは和歌山と京都の往復に結構大変で、そのために近くにマンションを借りているとの話も聞いたことがあります。
この中の一店、きぬかけ菓舗は“西のきぬかけ、東の東宮”と賞された初代が興し、二代目の時に祇園に移ったと本には書かれています。
 私が初めて訪れたのは晩秋の夕暮れで、きらびやかな祇園の中にあって地味で目立たない店構えでした。事実、気付かず一度前を通り過ぎてしまったほどです。目当てはとりあえず『洛味』、和三盆をふわりと固めた干菓子です。
 はっきり言って活気がなかったです。心なしかショーウインドゥの生菓子は枯れているようで、渡された商品も賞味期限から逆算して暫く前に作り置きしていたものだと分かりました。女将さん(だと思う)と少し話はしたのですが元気が無く、奥で店主さんがテレビを見ている姿が店中からも見えていました。
 当時はあまり気にせず早速帰宅して白地に金粉を散らした化粧箱を開けました。広い一枚板の端を小さく割って一つ口の中に放り込みます。そのまま噛まずにいると突然じゅっと解ける感触が面白く、茶も飲まずに四分の一くらい一気に食べてしまいました。続けて何日も食べるとさすがに諄くなってきますが、何もすることのない暇なときになど思い出したように取り出して少しずつ囓っていると、エアマットのぷちぷちを潰すがごとく止まらなくなります。
 さて年が明けて春が来て久しぶりに祇園を歩くと、何かがあった場所に“貸店舗”の札が掛かっています。あれれ?と思い辺りを確認してみると、そこは紛れもなくきぬかけさんがあったところでした。近所の店に聞いて廻ったところ、後継者がいなくて廃業届を出したとか。
 今は二十五菓匠は二十四店になったのでしょうか。それとも新たに一店加えて数は揃えたのでしょうか。京都を離れている今の私には知り得ませんが、伝統だけではやっていけない京の厳しさの一端を見た想いです。
2月14日 鶴家吉信ときめき俵屋吉富バレンタイン風流堂チョコまんじゅう塩瀬総本家フォレット やはり出ました、バレンタイン和菓子。まぁ元々バレンタインデー自体が日本の製菓企業の販売戦略なので、和菓子店が便乗しても咎は無いのですが……。写真は池袋で撮影したものです。鶴家吉信さんの『ときめき』は毎年恒例ですね。塩瀬総本家さんは……宮内庁献上用もこれ?(笑) 虎屋さんは唯一硬派で、雛祭り用しか出していませんでした。直営店ではどんなわるさをしているか分かりませんけど。
2月17日  今まで書いていませんでしたが和菓子を語るのなら絶対外せないのが『虎屋』さんです。おそらくは日本一有名な和菓子屋さんで、海外にもその名を広く知られています。
 東京に本店を移して関東風羊羹で一躍有名になりましたが、元々は京都が本家でした。単に菓子を買うだけならデパートの出店が山ほどありますので困ることはありません。ただしそういうところで売っているのは羊羹と最中くらいなものでしょう。夏目漱石が「芸術品」とも評した虎屋羊羹だけでも有難くはありますが、ヲタクとしては「素人はそこら辺で満足しておけ」と妄想に近い愉悦に浸っていたりします。
 玄人として外せないのは『虎屋饅頭』でしょう。冬季限定でしかも売っているのが直営店のみに限られているので知らない人は全く知りません。ちなみに私は京都の一条店で購入させていただいたのが初体験です。そのときは店員さんから「これは酒饅頭ですからね! そのままでは食べられませんよ! ちゃんと蒸し器で蒸かしてくださいよ! 電子レンジでは味が壊れてしまいますからね!」としつこくしつこく釘を差されました。この人、私に売りたくないのかな、と要らぬ嫌疑を掛けたくなったほどです。そんな心配していただかなくても、私は粒あん派なのでこしあんの虎屋饅頭は頻繁には食べませんから(笑)。
 さて一応持ち帰り品を買ったのですが確かに職人さんが希望する味を私の保持している貧弱な家庭調理器具で再現するのは難しいのではと気付き、裏にある虎屋菓寮でわざわざ蒸かし立ての饅頭セットを注文しました。ちなみにこの一条店併設の菓寮は雰囲気いいです。元々人通りのない……というか喫茶店に不向きで普通なら採算が取れないような場所にあるので空いています。客としているのは大抵茶菓子を買いに来たどこぞのお茶の先生っぽい人ばかりです。
 で、肝心の虎屋饅頭ですが……「普通?」って感じでした。ときめきメモリアル2をプレイしたことある方はこちらを参考にしてください。ただしその認識は後に間違っていたことを実感させられました。一度虎屋饅頭を食べてしまうと他の酒饅頭はどうしても粗が見えてしまって楽しめません。つまり虎屋饅頭は全てが高レベルで“欠点のない”酒饅頭だったのです。危険です。はっきり言ってこしあん酒饅頭好きには最終兵器っぽい禁断の味です。食べるのならイロイロと試した後、最後にしましょう。あるいは虎屋饅頭一筋。もうこの時期では売り切れているでしょうけど(またかよ!)。
2月24日  酒蒸し饅頭続きで、京都で虎屋饅頭と双璧を為すと言われているのが本家玉壽軒の高砂饅頭だそうです。これも本店でしか売っていません。しかも基本的に要予約で、一見さんには敷居の高そうな逸品です。場所は西陣会館の近く、今出川・大宮通り付近です。ちなみに近くに鶴家吉信さんのでっかい店があるので観光客はそっちに行ってしまいます。しかし和菓子好きとしては、どこのデパートでも買える商品など眼中にありません。
 さてこの本家玉壽軒さん、店構えからして渋さが漂います。ドアは手動で店内にはストーブが一つ(当時)、無論歌謡曲を和琴アレンジしたBGMなど流れていません。昔ながらの茶道相手の上菓子屋の雰囲気がそのまま保存されています。さてはじめてのおかいものなので探すのは麦茶と壊れたクーラー……ではなく看板菓子である『紫野』と生菓子を買いました。ちなみに『紫野』は一口サイズの落雁に大徳寺納豆が一粒入っている干菓子です。甘味一筋の私には引き締まった渋さが理解できず、あまり楽しめませんでした。ここらは個人的嗜好なのでお許しください。
 逆に感心したのが上生菓子です。こちらの商品は実に控えめでそれでいて芯が強く美しい感じがします。ってなんだか某グルメ漫画みたいになってしまいましたが、祇園方面の和菓子屋さんと比較するとそれがはっきり分かるのです。これは私の勝手な判断ですが、多分祇園付近は歓楽街なので茶屋の客に出す艶っぽい菓子が好まれたのではないでしょうか。対して西陣付近は茶道の主菓子つまり濃茶の引き立て役に徹する関係上、地味な色合いが発展したのだと思います。
 遅くなりましたが本題の高砂饅頭、ここまで来たのだからと一応聞いてみたところ「お売りしますよ」とのこと。丁度余りがあったのか実にラッキーでした。「今から蒸かしますから暫くお待ちください」との言葉も余り気になりませんでした。でもずっと店内に一人で放置プレイは寂しいので話し相手くらいにはなって欲しかったです。
 さて出来上がった高砂饅頭をバスを待つ時間に食べました。一口噛んで「ぐわぁっ!」と離してしまいました。麹の香りきつすぎ。舌も痺れるし咳き込んでしまうほどです。酒に耐性のない私にはファーストインプレッションは許容量を超えていました。本に書いてあったことですがこの酒饅頭は元々冬季に修行中の僧侶向けに暖を取る目的もあって作られたのだとのこと。するとこの酒気の多さはしんしんと冷える寒中でないと真価は発揮しないのでしょう。確かにバスを待つ間、木枯らしに晒されながらもぽかぽかしていました。味も、慣れて少し酒気が抜けると美味しかったです。
 要する虎屋饅頭が広範囲の味を求めたのに対し、高砂饅頭は目的に特化したのではないでしょうか。それに甘味嫌いで酒好きの人ならきっと虎屋饅頭より高砂饅頭の方を選ぶでしょう。こういったところにも歴史があるんだなぁと再認識した次第です。

3月3日 ひちぎり 本日は雛祭りです。当然和菓子がもてはやされる行事です。ひなあられやひしもちがお約束でしょうが、ここはエセ玄人っぽく『ひちぎり』でキメたいと思います。宮中儀式で子女の成育を願う御着帯などに由来するそうなので男性が食べても御利益は無さそうですが。
3月10日  きぬかけ菓舗の回で出た『菓匠會』について私の知っている範囲で少し語りたいと思います。京都の有名店に行くと“お菓子の栞”なる小冊子というかパンフレットが置いてある場合があります。開くと店舗が並べられており、順に長久堂・平川?月堂・嘯月・鶴家吉信・千本玉壽軒・本家玉壽軒・塩芳軒・笹屋湖月・京華堂利保・亀廣保・二条若狭屋・亀屋良永・亀末廣・先斗町駿河屋・三条若狭屋・するがや祇園下里・鍵善良房・亀屋良長・亀屋清永・きぬかけ菓舗・本家鶴家長信・末富・亀屋陸奥・笹屋伊織・総本家駿河屋が紹介されています。元々江戸時代に制定された『上菓子仲間』<上菓子屋とは、徳川幕府が1775年に菓子屋の株仲間の数を248軒とするという制度を定めたことに始まり、その内28軒の禁裏御用達を認め、御用箪笥に菊花紋章を付けることを許していました(塩芳軒HPより)>の流れを汲むものです。
 ただしこれら全てが江戸時代から存在している老舗ではなく、技術とか貢献度とか入会意志の有無で決まるようです。平川?月堂さんなどは洋菓子の店ですし。それに以前も書きましたが虎屋さんが入っていません。それに京都限定ですので塩瀬総本家さんも入っていません。規模では大きいはずの俵屋吉富さんとか鼓月さんとか叶匠寿庵さんとか入っていませんし。ちなみに菓匠會のHPがあるのですが、いつまで経ってもテストページのままです。どうしたのでしょ?(笑)。
 今回どうしてこのような話題にしたかと言いますと、以前NHK朝の連ドラ「あすか」に「のれん会」ってのが出てきて、それが菓匠會をモデルにしているのではないかと思っているからです。というか絶対そう(笑)。ネーミング自体は祇園の茶屋仲間から来ていると思いますが。
3月17日  四条通から寺町通りを上って御池通まで行くと左角に一軒の和菓子屋さんがあります。寺町の正面入り口から観ると「狭くて小さいな」と思うのですが、御池通に沿って奥に広がっていて結構大きな店舗だと分かります。このような細長い商店は『鰻の寝床』と称され京都の老舗の特徴だそうです。というのも昔は税金が表通りに面した間口の広さで決められていて、その対策で奥に細長い形態になったとか。
 さて今回はその店・亀屋良永さんの話題です。この店の商品には粒あんが少なく私にとっては実に不満が多いです。でも干菓子の『飄々』とか、和三盆の中に追い打ちをかけるようにこしあんが入っているという甘味嫌いは即死の菓子『月』など好き(本気)で結構訪れていたりします。ここの代表菓子は麩焼き菓子の『御池煎餅』で、初めて訪れたときも熱心に勧めてくださいました。しかしごめんなさい。最初以来買っていません。ミルクティーには合わなかったんです……。
 で割と風情ある店内には三和土(っていうんですか?)とそれに繋がった四畳半ほどの和室があります。そこには店主さんらしき人が座っていて時代劇を彷彿とさせます。でも会計は入り口すぐのカウンターで済ませるので、残念ながら奥でそろばん弾いて売買なんてしません。それなら何故そこに店主さん(らしき)が? よく見るとラップトップパソコンを広げて仕事をしていました。うーむ……確かに現代のそろばんと帳簿なのでしょうけど。でも店頭の畳の上で仕事をしているのって京都らしくて良。表のショーウインドゥも風情があって楽しめます。というか菓子に興味がない人にはそっちの方が有名かも。京都一の繁華街である寺町・新京極の御池通方面からの正に玄関ですから。
 また正面には本能寺があって織田信長展など開かれていますので観光にも適している立地です。
3月24日  かま八老舗

 阪急電鉄四条大宮駅から市バスに乗って千本今出川まで行きます。特に何もない交差点で降りて周りを見ると、北の方に菓匠會二十五店に数えられている千本玉壽軒さんがあります……が丁度その日は定休日だということにして(?)別の方面に向かいます。『コープ西陣』と書かれた看板(元ジャスコ)に向かって歩くと途中にカステラの店……がありますがこれも我慢して通過します。コープの駐車場をショートカットして一つ北の通りに出て東へ向かいます。中学校の裏手、一色町辺りに一軒の和菓子屋があります。祇園付近の観光客相手の菓子屋さんと違い、この店にはショーウインドゥがありません。ただ黒い暖簾に『かま八』と書かれているだけで、あとは格子の扉があるだけです。一応菓子屋だとは解るよう看板は付いているのですが、商売っ気のある普通の店舗に比べると圧倒的に入りにくい雰囲気です。創業は文化年間ですから二百年ほどの歴史があるようです。
 恥の掻き捨てとばかりに入ってみると、左手の棚に少し見本が並べられているだけで、他にはなーんにもありません。時代劇に出てくる呉服問屋とかそういうのみたいです。奥から女将さんが出てきました。一見なので追い払われはしないかと心配しましたがそんなことはありません。古都の老舗のイメージからはちょっと離れた明るい声で応対してくれます。
 黒と白とで彩られた狭い店内を改めて見回してみると、天井に落雁の型が展示されています。そして来客用の小さな座敷(?)にはNHK朝の連続ドラマ『あすか』の資料が置いてあります。女将さんによると、この店のご主人が仮面ライダーで有名な藤岡弘扮する主人公の父親(和菓子職人)の技術指導をされたことがあるとか。番組内で使われた工芸菓子も手伝ったそうです。
 さてここで私が推薦するのは『京北山』と『雲珠桜(うずさくら)』です。女将さんはどらやきと最中を勧めてくれましたが、私としてはこちらの方が好きです。何故ってどちらも粒あんだから(笑)。『京北山』は月餅タイプの饅頭で、塩芳軒さんの『聚楽』を少し大きくしたような感じです。それもそのはず、ここのご主人は塩芳軒で修行されたとか。こんなことを商業雑誌で書いたりすると問題になってしまいますがHPという立場を悪用して言ってしまうと、私は『京北山』の方が美味しいと思いました。
 『雲珠桜』はあんを練りきり(だと思う)で周囲を固めた棹ものです。緑色をした周りには生姜か何かが入っていて、単調になりがちなあんにアクセントを与えています。そういえばどらやきにも生姜っぽいものが含まれていましたから、それがこの店の伝統なのかも知れません。外見も綺麗で、五月の新緑の間を舞う鞍馬山の遅咲き桜を現しているようです。
 ちなみにこのかま八さんはデパートには出店していません。ただし地方発送は受付していただけるので、電話注文が可能です。
 実は京都に居るときは長久堂さんの次にこのお店を一番よく利用しました。私は美食家でも評論家でもないので味の評価は出来ませんが、とにかくここの粒あんが私には最も合ったことだけは確かです。
3月31日  塩芳軒

 この店はどうして有名なのか解りませんがとにかく有名です(笑)。場所も解りにくく徒歩での交通の便と言ったら不便この上ないです。それでも名が知れ渡っているのは、やはり菓子の出来が素晴らしいからなのでしょう。
 中立売通りから黒門通りの細い路地を入っていくとあるのですが、やはり発見しにくい位置にあります。正面に来れば大きな暖簾が張ってあるのが一目で分かりますが、そこに辿り着くまでに迷うことが多そうです。
 さて本家玉壽軒よりさらに風格の有りそうな店構えにビビることなくドアの前に立ちます。ちなみにこの店の外観は『あすか』の一心堂そっくりです。というかこれを参考にしたのでは? と思うほどでした。いかにも老舗っぽそうな扉を開けようと取っ手に……その前に扉が勝手に開きました。自動ドアです。歴史とか伝統とか雰囲気とかぶちこわしです(笑)。でもまあ中はそれなりに和菓子屋さんぽかったです。造りはというか配置は本家玉壽軒さんに似ていたような記憶があります。
 平日だというのに店内にはお客さんが幾人か居ました。こんな不便な場所でしたから、客など居ないと思っていたのに意外です。やはり本当に実力のある店は、宣伝などしなくても客の方から寄って来るという証明かもしれません。ちなみに平日に行ったのは、日曜祭日は定休日だからです。ここだけではなく、茶道相手に商売している和菓子屋さんの多くはそんな感じです。さてお忙しそうなので会話は遠慮させていただいて、菓子だけさっさと買いました。とりあえずガイドブックには必ず載っている饅頭『聚楽』、それと生菓子です。
 『聚楽』は本当にストレートのおまんじゅうです。前回紹介の『京北山』と同じく月餅タイプで、一回り小さめのものでした。こちらは市内有名デパートで比較的多く見かけますので京都にいる人は本店まで行かなくても近所で買えるかもしれません。味はなんというか……ストレートだな、という感じです。虎屋饅頭と同じく、変に個性は付けずに真っ向勝負といったところでしょうか。実力に裏打ちされた自信の現れなのかも知れません。
 生菓子は西陣的外見(勝手に命名)で控えめです。それでも本家玉壽軒と比較してつやつやっぽい色をしていたので、少しは観光客とかの一見さんを意識しているのかも知れません。それともこれが店の個性の表れなのでしょうか。
 それと、ここを北上すると本家玉壽軒さんの近くへ出ます。途中に西陣らしい織物業の工場が数多く並んでいますので、観光がてら歩くのもお奨めします。

4月7日  鶴家吉信

 西陣繋がりで鶴家吉信さんです。西陣会館に行くとほぼ自動的に眼にすることになるでしょう。京都一宣伝に力を入れていると思われる和菓子屋さんです。私が訪れたときも、観光ツアーで“和菓子制作体験”をしておりました。バスで乗り付けて、店舗の裏にある別館で講習会をするのです。規模としては、後ほどご紹介することとなる植村義次さんとは対照的だなと感じます。
 店内も広いです。おそらく京都一の規模でしょう。店員さんの教育も行き届いており、ふらふら見回っていると親切に声を掛けてくれます。老舗というだけで気後れしている人はここで慣れましょう(笑)。
 ここの名物は……えーとこれって俵屋吉富さんの……ゴホンゴホンいえ『京観世』という棹ものです。その他にもどこかで見たような……いえ、気のせいでしょう。何せ鶴家吉信さんは、戦時中でも和菓子文化保存のために特別法律で指定された菓子『柚餅』を生み出したほどの老舗です。いくら京都の他の老舗が「宣伝するくらいなら技を磨け」と家訓に示されるほど広報に消極的なのに対してバンバン集客活動をしているといっても、そこまで邪推してはいけません。ちなみに大阪のとある店で聞いたことによると、鶴家吉信さんは昔からデパートとの繋がりが深かったのだそうです。他の和菓子屋さんが茶道と関係を深めていたのとも対照的ですね。昔は茶道の家元以外に納品するのは階級が下の菓子屋がすることだと考える習慣が強かったそうです。
 さてショーウインドゥが並ぶ入り口付近を過ぎて奥にはいると商談コーナー(?)があり、祭事の引き出物などが展示されています。さらに進むとエレベーターがあり二階へ行けるようになっています。ところで鶴家吉信さんは全国展開をものすごく積極的に行っているので、本店でしか買えないのはほんの少しのものだけです(商品名は忘れましたが、砂糖で固めたゼリーみたいなのとか)。故にわざわざ本店まで菓子を買いに行くのはナンセンスというか無駄そのものです。では何故訪れたかというと、菓遊茶屋があるからです。虎屋さんに虎屋菓寮があるように、この店にも喫茶店が併設されています。そして最大の特徴なのが、頼むと目の前で生菓子を作ってくれることです。私はこれが目当てで行きました。
 平日、誰も客が居ないところを私一人がのこのこと来て生菓子と抹茶を注文しました。ちなみにそれをしてもらうと少し料金が上乗せされますのでそのつもりで。選べるのはその場で作れる菓子数点に限られていて、「粒あんで練りきりのもの」と頼んだ私の注文は却下されてしまいました(笑)。仕方なく練りあんのきんとんものにしました。さて作る過程を拝見させていただいたのですが、さすがに速いこと速いこと。あっと言う間に一つ作り上げてしまいます。一日どのくらい作るのかと聞いたところ、多いときには数百に及ぶとのことです。職人の技ですね。
 後日別の用事で近くを通ったときにまたこの喫茶室に寄ったとき、なんか芸能人っぽい一団が来ていました。私は解らなかったのですが、同行した者によると女優の浅丘ルリ子だったとか。すぐ近くに茶道の千宗家があるのでそこに寄った帰りだったのかもしれません。
4月14日  でっち羊羹

 現在羊羹といえば虎屋羊羹に代表される寒天入りの固めのものです。対してでっち羊羹は蒸し羊羹の原型で、寒天の発明以前のものです。発祥の地……というか寒天羊羹に駆逐されずに残っていたのは琵琶湖付近だけだったようで、それが復活して全国に広まったようです。
 で、京都市内で買えるのは新京極の西谷堂ですが、ここは和菓子通っぽく滋賀県にまで出かけました。さらにここで普通なら近江八幡を目指すところですが反逆して安曇川に目標を定めます。
 JR安曇川駅には湖西線新快速に乗って45分ほどで着きます。駅前にはダイエーと小さな商店街があるだけで、申し訳有りませんが辺鄙なところです。その商店街は一つの屋内に共同で入っており、所謂名店街になっています。そこの最もダイエー側に安曇川でっち羊羹を売っている店があります。
 でっち羊羹は寒天ものと比較して驚くほど安価です。名前の元となった「丁稚でも買える」というのも頷けます。正統派は竹皮包みで、蒸し羊羹なので水分が多く日持ちもしません。なのにここの羊羹は結構賞味期限が長く……まぁ防腐剤の多少は大目に見るべきでしょう。採算上の問題もありますから。
 さてでっち羊羹は基本的にこしあんですが、ここのは何故か粒あんもあります。もちろん私はそれが目的です。家に帰ってビニールを切ると、少しの水が滴って竹皮が出てきます。通はそのまま包丁で切って食べるそうですが、私は竹皮を開けて中身だけ切って食べます。お供は当然ミルクティー。普通の羊羹だとお互い甘味が強すぎて我慢できないほどですが、でっち羊羹だとそれが閾値内に収まります。竹皮の香しさも加わって、なかなか風流っぽいです。濃茶と食べると味が薄すぎて合わないかもしれませんが、単品だけで賞するにはこの程度の甘みが丁度好いのではないでしょうか。
4月21日  本家尾張屋

 中京区車屋町二条下る、などという微妙な場所にその店舗はあります。完全な裏通りで、道は広いのですが人通りもまばらです。外見は完全に蕎麦屋、看板も蕎麦屋、お品書きも蕎麦屋です。ただし普通の立ち食いとは雰囲気が違い、まるで高級懐石店のような外見です。ただの蕎麦屋だと解っていても気後れしてしまいそうです。中に入ると、心持ち低い天井とカウンターが見えます。二階に案内されたので階段を上がると、迷路のように入り組んだ飲食所がありました。通路も狭く、人がすれ違うのもやっとです。「幕末とかで、勤王派と維新派が顔を合わせたら大変なのでこんな造りにしたのかなー」と勝手な想像をしながら席に付き、にしん蕎麦と菓子のセットを注文しました。セットは蕎麦餅と蕎麦板が付いています。
 本家尾張屋さんは550年の歴史を誇り、京都市内の店舗でも横綱級の老舗です(と店内に張ってあった老舗番付表に書いてありました(笑))。比較して菓子の方は歴史が浅く、先々代の店主が考案したものだとか。それでも今では全国デパートに出品するほどになっています。一応創業当時は菓子司で、蕎麦屋になってまた蕎麦菓子を復活させた……とのことらしいですけど。
 蕎麦菓子である蕎麦餅は饅頭のことです。京都では餅と言っても饅頭であることが往々にしてあります。起源は良く知りませんが元々普通の餅皮だったものが改良されて薯蕷になったとか、上菓子屋で扱わない下品なものなので“饅頭”という表記を憚って“餅”にしたとか、色々あるようです。
 さてにしん蕎麦を食べるとどうしても生臭さが残ってしまいますので菓子で消すわけです。蕎麦餅はそのまま饅頭なので当たり前ですが、蕎麦板の噛むと僅かに甘みの浮き出るところはなかなかに風味が感じられます。蕎麦板とは、蕎麦を薄く伸ばして焼いたものです。黒ごまが少々含まれているところがポイントだったりします。蕎麦だけでは単調になるのですが、ごまが僅かにあるため飽きがきません。
 この蕎麦板は日持ちがするので土産にも最適です。一枚一枚は小さいし手も汚れないので、キーボードを打ちながら間食するのには最適な菓子といえるのではないかと思います。
 ちなみに蕎麦はちょっと高いです(笑)。四条寺町にも支店がありますので、観光ついでに行く場合はそちらが便利です。
4月28日  ちまき

 来週は端午の節句ということで、今回はちまきの話題です。ちまきは中国から伝来したもので、伊勢物語や古今和歌集にも記述があるようです。何故“ちまき”と言うかには諸処の説がありますが、最も有力なのは、元々“チガヤ(茅)”の葉を巻いて作ったのでそう呼ばれたとする説です。現在では笹の葉に巻いていますけどね。
 さてちまきで有名なのは川端道喜さんです。この名を知らない和菓子屋さんはおそらく居ないでしょう。しかし消費者側としては全国的には無名に等しいのです。何故かというと、川端道喜さんは一子相伝で御禁裡の菓子を奉納する家系で、一般販売はごく最近まで全くしていなかったからです。
 『宣伝するな(腕が上がれば自然と客は近付いてくる)』という家訓(起請文)は京都の老舗には多く伝えられていて、この川端道喜さんもその一つです。室町時代から続き、現在は16代目。京都市内でもトップクラスの老舗ですが、『多くを作るな』との言い伝えのため商売は細々としたものです。
 菓子は完全予約制で地方発送不可、一見さんにはちょっと敷居が高そうです。かくいう私も実は店まで行ったことがありません。高島屋四条店の地下で時々出品していたりするので、そのとき買ったのです。高島屋さんにはちまきくらいしか出品していませんが、その他にも上菓子やおはぎなども手がけているとか。何かの機会に食べてみたいものです(そんなチャンスは一生巡ってこないかもしれませんが(笑))。
 ちまきには御所粽・葛粽・飴粽・朝比奈粽などがあるそうですが、この川端道喜さんのものだけは『内裏粽』と呼ばれて特別扱いだったとか。そのような大層な物が百貨店の売り場で気軽に買えるようになったとは、消費者にとっていい時代になったものです。
 ちなみに店名の由来は「川の側に住んでいる道喜さん」とのこと。素朴ですがよさげですね。

5月5日  かしわもち

かしわもちonゆうな1 かしわもちonゆうな2
 というわけで『こどもの日』なのでこうしてみましたー(笑)。
歴史的にはちまきの方が圧倒的に古く、かしわもちは江戸時代前期に出来たようです。
5月12日  先斗町駿河屋

 四条の先斗町といえば関西界隈では有名な場所です。とはいえ田舎出身者には何の事やら解らないでしょう。私もそうでした。読み方すら知らずにいました。「ぽんと・ちょう」と読むそうです。
 四条通りの鴨川沿い、祇園と対岸にあるのが先斗町です。阪急河原町駅で降りて東へ行くと、四条大橋の手前に交番があります。その一歩手前に先斗町入り口があります。狭い間口で一見裏通りのように思えるそこが、京都市内でも有数の歓楽街だったりします。名前の由来は、通りのところどころに張られている矢印が英語の『ポイント』を指し、それが変化して『ぽんと』になったとか。他にも諸説はありますが、変わった名前なのは確かです。
 先斗町通りは広い箇所でも3m弱、狭いところでは2m程度の所もあり、すれ違うのにも気を遣うほどの細い通りです。そこに飲食店がずらりと並んでいます。店の裏手は鴨川に向かってせり出しており、夏には河原に野外座敷を作るのが恒例になっています。
 さてその通りの三条通り側に一軒の和菓子屋さんがあります。元々猫の額が長く伸びた先斗町ですから店内も必然的に狭くなっても仕方ないでしょう。その『先斗町駿河屋』は、先斗町で生計を営む人たちに、また飲食客が家族への土産に利用することの多そうなお店です。
 最近改装したらしく外観も内装も綺麗です。さて、かなり気楽に入れる雰囲気ですのでさっそく入ってみますと……少ない。展示品はあるのですが、どうも買う物が少ないです。何故って私が狙うのは粒あんのみですから(笑)。
 駿河屋さんの系統だけあって羊羹が主なようで、名物は竹の筒に水ようかんを入れた『竹露』、同じく栗羊羹を入れた『里しぐれ』です。
 しかし私の買うのは当然もなかです。カウンターの中にいる店員さんに「もなかくださーい」というと……「そこにありますから取ってください」。うっ、そうですか。解りました。
 ここの粒あんはちょっと苦みがあるのが特徴のような気がしました。単に私の錯覚なだけかもしれませんが、渋みが残っています。何度も濾せば渋みは取れるそうですが、それだと餡の野性味も失われていくのは必然というか仕方のないこと。この辺は店ごとの加減なのでしょう。
 さて、私には一つ容認しかねることがありました。それはこの店の名物『ひとくちわらびもち』です。わらびもちをひとくちサイズに形良く整えてきな粉を振りかけてある姿は、さすが茶屋町で洗練された風情があると感心します。
が、中にこしあんを入れているのだけは許し難くあります。わらびもちはわらびもちで純粋な味があり、きな粉はそれを引き出すいわば端役。なのにあんこでそれを混ぜてしまっては、単なる甘味に戻ってしまうでしょう。じゃあ粒あんなら良いかと問われれば、いくら私が粒あん派であっても賛同しかねます。こしあんより粒あんの方が小豆の味が残っているので、わらびもちの風味が完全に消えてしまいます。
 というわけで、古都の美食家の方々には高評価なのかもしれませんが、私には合いませんでした。まー本来わらびもちってのは少々苦みがあるモノなので、それを消すために砂糖を大量に混ぜるよりもあんこを入れる方が良心的なのかもしれませんが。それと日本茶との組み合わせは試してしません。もしかしたら煎茶や抹茶に添えると本領を発揮するのかもしれませんね。ちなみに私はいつも通り甘いミルクティーと一緒でした(原因はそれだって)。
5月19日  望月本舗

 木屋町通りを高瀬川沿いに北上し、三条大通りを渡ると小麦粉を焼く香ばしい匂いが漂ってきます。少し解りにくい位置にはありますが、その発生源が『望月本舗』です。
 創業は明治五年というので130年の歴史を誇る菓子屋さんです。ただしここは所謂上生菓子ではありません。格式的には一段下になる餅屋に区別されるでしょう。しかし100年以上も続く老舗は高級菓子店でもなかなかありません。地元の人の舌は正直ですね。
 さてこのお店の名物は店名にもなっているそのものずばり『望月』です。薄い円柱形をした小麦粉と卵の外皮に粒あんの中身とくれば、大抵大判焼きを連想するでしょう。しかしここのは製法からして全く違います。なんと型は使用しないのです。
 まずは鉄板に小麦粉と砂糖と卵を混ぜ合わせたものを、漢字の一の字に引きます。次に鉄板の別の場所に底辺となる箇所を、同じく小麦粉を円形に延ばします。先に焼いた一文字を剥がし、輪にして底辺の上に立てます。つまり筒を作るのですね。そこに粒あんをたっぷり入れ平らにし、上から小麦粉で蓋をしてひっくり返します。それで全体が焼き上がると完成、と言うわけです。
 当然大判焼きと違って皮は薄く、代わりにあんこはぎっしり詰まっています。飾りもワビサビも無い素朴な菓子ですが、木屋町界隈では最も有名な品の一つといえるでしょう。
 ちなみに私も五回ほど利用させていただきまして、その時には全ておばちゃんが手作りしていました。この望月は店先で焼いているのでその様子が見学できるのです。京菓子といえばほとんど厳格な職人の世界なのですが、ここだけは気楽でほっとする雰囲気があります。
 ついで……と言ったら怒られてしまいそうですけど、直ぐ横に他の菓子屋さんもあります。『月餅』で有名な『月餅屋直正』さんです。代表菓子になっている月餅とは、ざっくばらんに言ってしまえば一口(2・3口?)サイズの饅頭です。小麦粉に芥子の実をちりばめた皮と白小豆の餡がなかなかの逸品です。饅頭なのにどうして“餅”なのかは定かではありませんが、この菓子は考案当初全く違う姿をしていたとか。それが時代を下って大を重ね色々と改良された結果、今の姿になったらしいです。名前だけが残ったというわけです。ちなみに店は1800年頃大津で開業し、江戸末期に京都に移ったそうです。しかも初代の生業は大名相手の金融業。それが歌舞音曲にハマって、それを聞きながら摘む菓子を作らせたのが月餅だそうです。しかもそれが本業になってしまったのだから本末転倒というか……。まぁそのおかげで私のような菓子ヲタクが楽しめるので有難いのですけどね。
 それと印象に残っているというと変ですが、以前ここの前を通りかかったとき、風情の有りそうな和服のご老人を玄関先まで丁寧に見送るご主人(かな?)を見かけたことがあります。お茶の先生か何かだったのでしょうか。ちなみに月餅屋直正さんでは高級和菓子も販売しています。
 ところで店名を逆さから読むと……NHKドラマ『あすか』に出てきた某店はここから取ったのでしょうか?
5月26日  亀屋清永

 近いんだからって事で次は八坂神社方面に向かいます。四条大通りには以前紹介したきぬかけ菓舗(の跡地)や鍵善良房さんがありますが、少し我慢して前に進みます。

 あ、今思い出しましたので故意に横道に逸れます。以前この付近を案内した知り合いがいて、そいつは四条大橋を渡りきるやいなや生八つ橋で有名な某店に入りました。そして八つ橋とどらやきをたっぷり買い込んでしまいました。
「……お前、何してるんだ?」
「京都って言えばこれだろ?」
「あのなぁ……」
 全国どこでも同じ品のものを喜んで買ってどうするってのでしょうか。静岡で買っても東京駅で買っても、うなぎパイは同じ味です。

 土産はなるべくそこでしか入手できないものにしましょう。というわけで今回は全国、いや京都でもここでしか扱っていない菓子を売っている『亀屋清永』さんです。創業は1617年、17代続いている大老舗です。
 四条通りから八坂神社に突き当たり、角にあるコンビニを右折して暫く進むと目立たない和菓子屋さんがあります。ガラス戸を潜ると正面にカウンター、左に真っ直ぐ休憩ベンチが有ります。休日は観光客で混みそうですが平日はそれなりに空いているのでゆっくり出来ます。
 さてこの店で有名なのが『清浄歓喜団』という菓子です。唐菓子に分類されるもので、起源は奈良時代に遡ります。唐菓子とは一般に揚げ菓子のことで、今風には硬いドーナツやクッキーみたいなものでしょう。日本ではその手の菓子は終ぞ主流になりませんでしたが、密教の祈祷に使う供饌として連綿と続いてきたものです。普通は一部の寺院や貴族に納品されるのみで市中に出回ることはありませんが、この店だけは一般販売しています。
 では具体的にどんな菓子かと申しますと……巾着型の八つ橋(生ではなく硬い方)の中に干しぶどうのような果実が入っているものです。美味しいか? と詰問されると返答に窮してしまうところがありますが、不味くもありません。とりあえず他では絶対に手に入らないのですから土産には最適でしょう。ただし一個500円と比較的高いので、大量に配るのには向いていません。
 そしてもし店頭で「予約分以外お売りできません」と断られたとしても安心してください。京都市内のデパートで売っているところもあります(笑)。一番近いところでは、四条に戻って高島屋地下に行くとたいてい購入できます。
 他にも普通の(?)菓子も沢山売っています。八坂神社と四条駅の往復しかしたことのない人は、一度横道に逸れてこういう店に足を運んでは如何でしょうか。

6月2日  水無月と鮎

水無月と鮎 水無月は6月になると京都中の店が必ずと言っていいほど売り出す菓子です。元は氷室から氷を取り出す行事にちなんだもので、それ故外見を氷に見立てています。
 ただ同じ関西でも大阪ではあまり見かけません。大阪の和菓子屋さんに聞くと、浪速っ子には不評なので作らなくなったのだとか。同じく江戸でも知名度は高くなかったりします。実際、池袋デパート地下で売っていたのは2店のみでした。
 味が薄くて淡く上品な菓子なので、濃いめの味を好む地域では人気がないようです。私はもちろん大好きなのですけどね。

 鮎は皮の薄いどらやきの中身をあんこから求肥に変え、鮎の形に整えた菓子です。夏場は餡が傷みやすいのと季節を表すためにこうなったようです。こちらは全国的にも流行っているようですね。
6月9日  するがや祇園下里

 観光客が祇園に来るとお約束で花見小路通りに行くでしょう。それは仕方有りません。角には大石内蔵助が遊び倒したことで有名な一力屋がありますし、ずらっと名店茶屋が並んでいる風景はいかにも古都の花街だけあります。しかもすぐ近くに祇園歌舞練場が有ると来れば観光スポットとして外せないでしょう。
 対照的に、四条通りを挟んで反対側にはあまり近寄ることはありません。何故ってそっちは本当に色の歓楽街ですから(笑)。
 しかしそこからさらに一歩入った裏通り、人通りの少なくなった末吉町と元吉町の間付近に渋いスポットがあります。伝統的建造物群特別保護地区に指定されている白川南地区で、紅殻格子とすだれの家屋が並ぶ閑静な通りです。通りが合流するところにある辰己神社も、小さいながらも風情に溢れていて京都らしさが凝縮されています。平日全く人通りが無く寂しい限りではありますが、その分TVや映画の撮影には頻繁に使われていたりします。春になると白川沿いの桜並木が美しく、所々に儲けられているベンチで休みながら団子を食べると一層風情が増します。
 そこからさらに踏み込むと『するがや祇園下里』があります。ありますっていうか……普通に歩いていると気付きません。いえ注意して探していても見過ごします。かくいう私も、住所が解っていて地図も持っていたのに30分ほど探し回ってしまいました。何故って、外観は普通の家だからです。しかも文化財。玄関の上に乗っかっている「豆平糖」の看板だけが頼りで、他に分かるものなんて有りません。
 このお店は、昔の商家を買い取って菓子屋を営み始めたようで、扉から入ると途端に普通の民家っぽい雰囲気に包まれてしまいます。間違えたかなと焦ってよく見るとやはり菓子屋さんらしく商品は陳列されています。でももう一度入り口横のプレートを見ると『文化財』とか書いてあるし。それにしては土間に自転車が入れてある所などなんというか……。
 で、ここの名物は看板にもある『豆平糖』。1818年に駿河屋総本家からのれん分けして創業した当時、まだ野原が多かった祇園付近ではカンカン糖という飴を売る店があり、それを見た3代目主人が盗作……いえ改良して出来たのが今の豆平糖だそうです。炒った大豆をべっこう飴みたいなもので棒状に固めた菓子で、しつこい甘さはないのでつい沢山食べ過ぎてしまいそうになります。
 が、私は当然断固として粒あんを要求します。親切にお茶と豆平糖まで出してくれた上に世間話まで相手してくれた優しい女将さんの心遣いを鬼悪魔のように踏みにじり、一言「粒あんもなか下さい」と宣言しました。
 「少々お待ち下さい」と丁寧に奥に下がって暫くすると、女将さんは注文のもなかを持ってきてくれました。もなかたった二つを用意するにしては随分時間が掛かったな、と思ったら、なんとビニールでパックして下さっていたのでした。空気が入らないように口を密着させるアレです。通りすがりでしかももなかしか買わない客にここまでしてくれるのはとても有難いことでした。
 ちなみにこの家屋は文化財でありながら普通に生活しているので、店先から中はプライベートということで閲覧禁止となっています。ときどき展示館だと勘違いして奥まで入って行こうとする人もいるそうですが、これを読んでいる方々はお間違えの無いようご注意を。
6月16日  和菓子の日

 ……なのだそうです。旧暦6月16日は嘉祥の儀式があり、厄除招福を願って菓子を食べたとか。室町時代から明治前期まで行われていたそうですから伝統有る行事なのでしょう。
 この行事では特に決まった菓子は無いようですが、古い記録を元に復元した虎屋さんのものが有名です。完全予約制(赤坂本店のみその場で買えることもあるとか、ちょっと耳に挟んだりしますが)で7個セット\2310(税込み)と高価です。
 というわけで「ここは私が」と天下の禁裏御用老舗を敵に回す暴挙、『嘉祥菓子解剖写真』を掲載します。買いたくても手が出なかった皆様、これで味を想像してください。

外包装

外包装 三日前までには予約が必要らしいです。



中身一覧

中身 皿と木の枝同梱。あれ、この枝は生木?



桔梗餅

桔梗餅(ういろう) 中身はこしあんでした。



伊賀餅

伊賀餅(もち) 中身は白餡でした。表面に乗っているのは色付けした米粒?


源氏籬

源氏籬(湿粉) 



武蔵野

武蔵野(湿粉) こしあんを湿粉で挟んでありました。



味噌松風

味噌松風(焼物) 味噌味の乾パンだと考えてください。



浅路飴
浅路飴(求肥) 飴と言いつつ餅。求肥と呼ばれる餅を胡麻で包んであります。



豊岡の里

豊岡の里(押物) 干菓子の中にこしあん。亀屋良永さんの『月』みたいな感じ。
6月23日  ワールドカップ
ナイスシュート
 菓子名『ナイスシュート』。便乗ですね(笑)。さすがは京菓子随一の宣伝上手・鶴家吉信さんです。
 中身はつぶあんとしろあんの二層構造。表面の五角形は羊羹を薄く切ったものでした。
6月30日  リアルあゆ

うぐぅの塩焼き これも菓子です。一本\650で予約制。埼玉県にある『大吾』という和菓子屋さんの商品で、前にご紹介したあゆの特別バージョンのようです。

 このお店の名物は『爾比久良(にいくら)』という生菓子。卵黄しぐれ(?)を周囲に、中にこしあんと栗を入れています。うぐぅの切断面成人男性でも半分有れば満足なので、切って食べるのが良いようです。


7月7日  七夕

 ……ですね。本来この行事には菓子なんて無いような気がするのですが……祭にかこつけて出している店が結構ありました。まークリスマスやバレンタインにも和菓子を出す国民性なのですから必然だとも言えますが。


七夕和菓子
 一応、塩瀬総本家さんが七夕和菓子を出していましたので買ってきました。




 夏の和菓子は基本的に葛を使ったものが多いです。と言ってもやはり洋菓子のゼリーやアイスクリームには負けるようで、夏期は年間で最も売上が落ち込む時期だとか。正直、私も和菓子よりかき氷か冷やしたゼリーの方が……。でもわらびもちは好きです。
7日14日  千本玉壽軒

 西陣地域の紹介の時抜けていたので、今更ながら。以前の『かま八』さんの近く、千本今出川交差点を少し北上した大通り沿いにあります。外観からして和菓子屋さんっぽく、正統派の雰囲気がまことしめやかに伝わってきたりします。
 中の構造は、左に三和土、右にカウンターで仕切られた座敷って感じになっています。ここの名物は羽二重餅でごま入りのこしあんを包んだ『西陣風味』です。これはもちろん西陣織の反物をイメージした菓子で、口当たりがものすごく良好です。他には干菓子が有名なのですが……中に大徳寺納豆が入っている所など、さすがは玉壽軒の名を冠しているだけあるというか。
 さてこのような銘菓を買うには買いましたけど、私の口から上るのは当然「つぶあんの菓子下さい」の一言です。これが無い場合はどんな名店であろうと二度と敷居は跨がない不退転の決意を秘めていますのでご了承のほどを。
「ありません」
 マジですか?
「ちょうど今、粒餡の菓子は切れてしまいまして」
 ま、まぁそれなら。仕方なく羊羹でも買っていくことにしました。銀行で金をおろすのを忘れて現金の持ち合わせが少なかったので、カードを出しました。
「申し訳ございませんが、扱っていません」
 マジですかぁ!?
 今時カードも使えないってそんな……
 ドタドタドタ!
 頭上から突然大きな音がしました。天井から雷のような響きが起こっています。どうやら家族の子供が駆け回っているようですね。
「……大丈夫ですか?(二階の床)」
「何がですか?」
 気付かない振りとはいい度胸……いえ何事にも動じない落ち着きぶりは見事なものです。でも現金で買えたのが『朝つゆ』(青竹入り水ようかん)だけだったのは寂しかったです。菓匠會に入っているくらいだからカードくらいは使える程度の近代的サービスはしてほしいと思ったりしました。
 といってもこれは何年も前の話で、現在はどうなっているのか知りませんけど。
7月21日  行ってきました都内和菓子屋巡り

 また社会人の特権を利用して平日に。というか和菓子製造業は商店と違って日曜祭日休店が多いので、多く廻ろうと思えば平日しかないのです。
 さて前日に地図でルートも確認済み、ガイドブックで営業日・開店閉店時間もチェックしています。準備万端完璧の計画……のつもりでしたが朝起きて窓の外を見ると、昨日と違ってどんよりそらに低い雲がたれ込めています。
 急いでネットに接続し天気予報を調べてみると……昼から50%の降雨。ところで私は占いとかは参考にしません。運が左右するギャンブルは極力避けるようにしています。というのも私は幸運に関してはかなり疎遠な存在だからです。マーフィーの法則でもありますが、パンを落とせばバターを塗った方が確実に下になります。以前、ドラクエをプレイ
中に友達が遊びに来たことがありまして、私のプレイを見学してして一言「なぁ、お前のプレイってどうしてそんなにエンカウントするんだ?」。どうやら私はソフトの確率計算でも運に見放されているようです。
 さて一度計画したからには一縷の望みにかけて出発します。本来であれば一店一店ゆっくり廻れる計画を立てたいのですが、私生活上持てる時間が少なくなってきているので一気に消化しないといけません。ほとんど仕方なく、といった感じでの決行です。
 自宅を出発し約1時間、まずは一番遠い距離にある店に行きました。各店の詳細はまたこちらのコーナーで。10月から東京の和菓子屋さんの話題にする予定です。

とりあえず今回尋ねた順に
吉備子屋:長命寺桜もち:青柳正家:満願堂:羽二重団子:一炉庵:デリー(カレー屋):壺屋総本家:竹むら:まつや(蕎麦屋):庄之助:清壽軒:柳家:壽堂:東海:長門:塩瀬総本家:萬年堂本店:塩野:虎屋本店
以上20店。
 本当はもっと廻る予定だったのですが……一店目を出た直後、見事に大きな雨粒が落ちてきました。勿論雨具は用意してきていましたけど、その分だけ機動力は低下しますし運搬総重量も雨具分だけ差し引かねばなりません。仕方なく通り過ぎた店も何店かありました。
 最後の虎屋本店ではラストオーダーぎりぎりの時間に到着、体を休めながら菓寮でかき氷を食べました。かなり疲れ切っていて、氷を口に運びながらうつらうつらしていました。帰路でも半分眠っていて、かなり危ない運転だったりします。
 部屋に到着し菓子を全て冷蔵庫に詰め込むと、その日はすぐ風呂に入って就寝。前後不覚に入眠しました。

 で戦利品は
 です。え? こんなに買い込んで全部食べられるのかって?
もちろん次の日から三食全て和菓子です。羊羹など日持ちのするものを除いて、全部腹に入れさせていただきました(過去形)。ここまで食べたら暫くは甘いものは見たくない……なんてのは軟弱者の言うことです。美味しかった菓子はまた食べたいですし、廻れなかった店は次の機会に行きたいですね。
7月28日  総本家駿河屋

 こちらも今まで紹介してませんでしたが、実は関西地方では一番有名な店名だったりします。全国的に羊羹といえば虎屋の黒羊羹とのイメージが強いのですが、関西で本練り羊羹は駿河屋の紅羊羹を指す場合がほとんどです。
 総本家駿河屋が京都伏見で創業したのは1461年のこと、一躍有名に成ったのは豊臣秀吉が開いた聚楽第の大茶会での伏見羊羹の披露です。秀吉は上機嫌で「足利公の治世は塩瀬饅頭を作ったが、わしの世には紅羊羹があるわい」と言ったと伝えられているそうです。初の本格的羊羹として誕生した伏見羊羹はその後も改良を続け、時を経て1658年に完成に至ったとのことです。(ただし、寒天の発明は江戸時代なので、駿河屋紅羊羹を練り羊羹の元祖と認めない意見もあります。虎屋さん関係の書物だと完全黙殺……というか無視しています(笑))
 江戸時代になり紀州に本店を移した後も伏見の店は存在し続け、現在でも本店と工場は和歌山、店は和歌山と伏見の両方が総本家の看板を掲げています。駿河屋にはのれん分けした分家が数多くあり、やはりどの店も羊羹を名物にしています。
 さて私は和歌山と伏見の両方尋ねたことがありますが、どちらも表通りからは外れた位置にあって目立ちません。始めて行くと迷います。二店とも大きな店ですので一度発見してしまえば次は苦もなく辿り着けるのですが。
 私が良く訪れたのは伏見店の方。伝統有る和風の店構えに駄菓子屋チックなアイスキャンディーのクーラーボックスが浮いている、お茶目な外観です。京都市内の和菓子屋さんとは店内の造りも随分違っていて、横に広く狭苦しさを感じさせません。
 さて折角来たからにはここでしか買えない品を持って帰るべきでしょう。同じ総本家でもこの店でしか無いのは『古代伏見羊羹』です。これは秀吉に出した一番最初の伏見羊羹を再現させたものであり、機械では製造不可能なので手作りなのだそうです。だからこそここでしか売っていないのだとか。
 外見は他の紅羊羹と変わらないように思えたのですけど……購入する際に店員さんが何度も念を押してきました。
「この羊羹は開封するとすぐに表面が白く固まりますが、それは異常ではありませんからね」
 それも一度ではなく2度3度と。まるで「本当はお奨めしませんよ」とでも気遣っているかのように(笑)。ネームタックを見ると“研修生”、よほど先輩の店員さんから「注意深く説明するように」と教え込まれたのでしょうね。
 そんなにすごいのかなーと半ば不謹慎な期待までして家で開けました。味は……確かに洗練にはちょっとまだまだの味でしょうか。仕方ない、というよりそのままの再現なのですから当然なのですけど。でも美味しかったです。個人的には甘みの強い寒天練り羊羹よりもこちらの方があっさりしていて好きだったりします。
 さて残りは元通りラップに包んで冷蔵庫に保存しておきました。次の日……店員さんの言ったとおり、表面が白く硬化しています。中から染み出た糖分が表面で固まり、コーティングしたような感じです。たしかに知らないでいると「とんでもない不良品だ」と勘違いしてしまいそうですね。一度開けたらその場で食べきってしまわないといけないという短命な羊羹のようです。ただし値段は\1,000と他のに比べると格安なのですけどね。
 他にはわらびもちが美味しかったです。もちろんそれだけではなく、年間を通じて素晴らしい菓子を提供し続けています。

8月4日  かき氷

 日本の夏ならば必需です。水の美味しい国に生まれたことを感謝するひとときでもあります。
 さてかき氷でもデパートの飲食場で売られているフラッペとか呼ばれる類の氷は好きになれません。あれは『砕き氷』とでも言うべきもので、楽しむに値しないものです。百数十円で売っている市販の氷菓ならいざしらず、飲食店で出すのであればそれなりに加工して欲しいところです。
 では和菓子の名店が全て気を遣っているかといえば、悲しいかなそうでもありません。JR京都駅地下街に和風ラーメンと甘味の店を経営している某有名老舗があるのですが、そこの氷は『砕き』です。確かに材料は良いのを使っていそうですが、口の中で「ガリガリ」と風情のない音を立てて食べなければならないのは不自由この上ありません。逆に京阪枚方公園駅前のとある定食屋では、材質ははっきり言って悪いのですがしっかり作ってあるかき氷で、こちらの方が好感が持てたりします。
 では材料も作り方も最高なのは、と問われれば一も二もなく「虎屋菓寮のかき氷」と答えざるを得ないでしょう。一杯\1,000しかもトッピングでさらに上乗せと高価ですが、一度は体験してみたい味です。
 普通に虎屋菓寮を紹介しても面白くないので、ここはどんなガイドブックにも載ったことがないであろう御殿場店での体験記を語ったりします。
 東名高速御殿場インターを出て右に曲がり、暫く走ると右側に虎屋のお馴染みのマークが見えてきます。中華料理屋や喫茶店と一緒の場所なのでつい見過ごしてしまいがちですのでご注意を。さらに目前での右折・Uターンは禁止だったはずなので、一度過ぎてから折り返してこなければなりません。
 近くに大きな住宅街も無いし、鉄道も通っていません。どうしてこんな辺鄙なところに超有名店の支店があるのでしょうか。注文どころか経営さえ危ういのでは?と訝しってしまいます。実際、客はほとんど居ませんでした。
 さて店内は正直狭いです。売り場と喫茶スペースが共同になっており、完全に区別されている一条店や四条店とは異なります。ほんの数席しかない店内に入って、当然のごとくかき氷を注文しました。他に客も居ないしカウンターが直ぐ横にあるので、店員さんとマン・ツー・マンで話をしました。
 こんなところにあるのは、ここが虎屋の菓子工場からインターに入る途中の通過点だからだそうです。つまりついでの寄り道ですね(笑)。この建物を造った関西の某鉄道会社が「是非出店してください」と申し込んできたので、虎屋さん自体も悩んだのですが、結局店を出すことに決めたのだそうです。
 で肝心のかき氷ですが、氷の削り方はさすがです。白雪のような上品さでふんわりしています。蜜は黒蜜から作ったもので、単に甘いだけの市販品とはさすがに違います。ただあんこと混ざるとちょっとくどいかなとも思ったりします。宇治金時ならば丁度良いかも知れませんが、私のようにみぞれに練乳をトッピングするような者には甘すぎます。って私の注文が悪いのですけど(笑)。でもかき氷用にもうちょっとあっさりしたあんこを専用に作って貰いたかったりします。
 ところで以前食べた一条店や四条店とは味が微妙に違ったので質問してみました。すると「氷は現地で一番良い水を使ってますので」とのこと。御殿場店では柿田川の水を使っているのだとか。んーでも静岡県人として言わせて貰うと、静岡の水は比較的硬水なのでちょっと金属っぽい味がしてしまうのです。富士の湧き水はまだ随分マシですが、天竜川の水なんてとても使い物になりません。
 首都圏はどこの水を使っても不味いような気がするのですけど赤坂本店のかき氷はどこの水を使っているのでしょうかね。
8月11日  仙太郎

 今まで上級クラスにランクされている上生菓子屋さんばかりだったので、今回は庶民的な菓子の雄・仙太郎さんについてです。
 新京極・寺町通りから四条通りを渡り、藤井丸井の横を入ると京都市内最大にして唯一の電気街があります。といっても大阪の日本橋に比べれば寂しいもので、単に電気屋さんが数店並んでいるだけですけど。高島屋裏口を過ぎて少し行くと、左側に硯石で作ったような店構えがあります。そこが仙太郎の本店です。
 一見、高級和菓子屋さんで入りにくいのですが、売っているのは団子とか最中とかのおやつレベルの甘味ばかりなので安心してください。値段だって高くはありません。そういえば、高級和菓子屋さんで売っている菓子は庶民では手が出ないとか思っている人もいるようですが、それは誤解です。ほとんどの店は200円(上生菓子でも350円)以内で買えるものばかりです。たまに羊羹1棹6000円とかの規格外品もありますが、そんなのは特例中の特例です。
 さて仙太郎さんが有名なのは、天然素材に拘るあんこ作りです。採算重視と政府指導のためほとんど全ての和菓子屋さんが添加物を使用する中で、頑なに自然の味を通しています。といっても私のような鈍感な舌の持ち主では本当かどうか判別は出来ないのですが。ここはお店を信じるしかないでしょう。
 名物は『ご存じ最中』、以前ご紹介したこともある分厚いもなかです。餡の味は少し苦みが残り、一気に食べても甘ったるいしつこさが残らない感じがします。全国発送では、餡と皮が分けてあり、購入者が挟んで食べることになっています。このことに関して、どこかのHPで「消費者に作らせるとはなんたる手抜き」と憤慨していた人が居ましたが、これは完全な勘違いです。いえ知ったかぶり以前の愚鈍としか言いようがありません。あんこを挟んで2日も3日もふやけさせてしまった皮と、今挟んだばかりでパリパリしている皮とでは、どちらが最中として美味かなんて食べてみれば直ぐ解ることでしょうに。
 ところで粒餡至上派の私にしては珍しく、このお店で最も購入しているのはもなかではありません。秋口から年末まで販売されている『栗蒸し』がマイベストの菓子です。水無月の、小豆を栗に、白ういろうをこしあんういろう(?)に変えたものです。本当に毎日食べも飽きません(私個人の嗜好ですが)。今から年末が待ち遠しい限りです。
 その他にも季節の行事菓子は全て販売しています。工場が京都だけではなく東京にもありますので、関東でも出店がいくつかあります。「みかけは堅苦しくないのがいい」という人は、是非この店で購入してください。
8月18日  植村義次

 京都御所の正面を横切る丸太町通り、それと西を区切る烏丸通りとの交差点の近くに14代一子相伝で続く老舗があります。創業は1657年で、やはり禁裏御用の菓子司を営んできました。
 もちろん一般販売しているので店に直接訪れてみましたが……見つからず10分ほど周辺を彷徨きました。350年も続いているのならそれなりに大きく目立つ店頭なのだろうと思っていたのですが……ふと見上げると『銘菓すはま』と書かれただけの小さな看板が。
 普通の民家とほとんど変わらないそこが『植村義次』さんでした。確かによく見るとショーウインドゥがあって菓子が置かれてはいましたが、普通の家の玄関と変わらないそこが菓子屋だと解る人なんていないのではないかと思ってしまいます。
 気を取り直して戸に手をかけましたが……本当に普通の家におじゃまするようで却って気が引けたりします。ここまで来て引き返すのも癪なので意を決して入りました。
 つーか、マジに普通の玄関に無理矢理カウンターを置いたとかそーゆー感じです。売っているのも当然、大豆の粉を砂糖と水飴で練り上げたすはま関連のみです。ただし空豆大に丸めた『春日の豆』以外は予約制だそうで、代表菓子である棹ものは買えませんでした。一番小さい500円のすはまを田舎の祖母に贈りましたところ、大変好評でした。味は素朴で一本調子ですが、食べ始めると止まらない心地よさがあって癖になります。
 ちょっと話は戻って入店から購入までの間ですが……私の前に先客がいました。どうやら近所のおばちゃんのようで、カウンターのおばちゃんと世間話をしています。「もーこれって食べてると止まらなくてねー」ってそーゆー会話は後にしてくださいって。結局、3人はいると一杯の狭い店内で10分近く待たされました。一見さんだからって邪慳にしないで下さいよぅ。まーいーけど。
 ところで京都での“すはま“と関東での”すあま”は違います。後者は小型のういろうって感じのものです。前者はきな粉の固まりってイメージで良いかと。
8月25日  紫野源水

 京都の北大路付近にも和菓子屋さんは沢山有る……ようです。でも私はほとんど行ったことがありません。何故ってどこも駅から離れていて、徒歩では大変でしたから。
 その中でも偶然通りかかって見つけたのが『紫野源水』さんです。『源水』からのれん分けして独立したばかり(と言っても20年ほどになるそうですが)の若い店で、伝統的なものから妙な創作菓子まであります。
 中でも縦に切ると中に7色の層が見える饅頭『恋衣苞(れいんぼう)』はちょっとイっちゃってます。当然買って帰ろうと(笑)したのですが、予約制だとかでダメでした。名物である『涼一滴』も季節外れだったので売っていませんでした。ちなみにこれは茶碗に白餡の水ようかんが入っているものだそうです。
 というわけで買ってきたのが『松の翠』、小豆を砂糖で固めて松の皮に見立てた菓子です。後で調べてみたら本家『源水』のオマージュだったようです。包装紙は紫色、捻りが無いというか自然体というか(笑)。
 店の構造は横に広く奥行きは狭いです。カウンター後ろがガラスになっていて、作業場が見えるようになっていました。私が行ったときには残念ながら仕事風景は見られませんでしたが。

9月4日  林万昌堂

 四条寺町交差点という京都市内最大の繁華街には常に栗の香りが漂っています。季節の旬を大事にする京都老舗和菓子屋さんでは考えられないことですが、そこは一年中甘栗を売っていたりします。それもそのはず、使っているのは丹波栗ではなく中国産の河北栗子なのですから。
 というわけで厳密には和菓子屋とは呼べないかもしれませんが人気の高いのが『林万昌堂』さんです。天津甘栗なんてどこにでもあるのだから大して流行っていないだろうと考えがちですが、それは早計だと思い知らされます。実際、常に満員だったりします。
 ここで有名なのは当然甘栗ですが、その他に『御栗』の商品名が付けられて栗羊羹があります。容量はかなり少なく、その割りに値段は張ります。「マジ? 何これ?」と驚くほどに。
 でもまぁものは経験だと購入しまして家で食べてみました。……美味しいです。値段を考えると割高の感は否めませんが、本当に美味しかったです。栗羊羹と言っても羊羹に栗が入っているのではなく、羊羹自体が(小豆の変わりに)栗で作られているのです。純栗羊羹との呼ばれ方はダテではありませんでした。……でも高いです。常には買えません。
 さてこの店の近くには何故か天津甘栗の屋台が出ています。「甘栗の名店が直ぐ横にあるのにいい度胸だなぁ」とは思いますが、真っ向勝負しているのだと好意的に見ることにしました。「何も知らない観光客を騙している」なんて無粋なことは思っていませんよ。ええ、ちっとも。
9月8日  出町ふたば

 京阪線終点の出町柳駅を降りて鴨川を渡り、河原町通りに出ます。そこの出町商店街付近に行くと列が出来ている和菓子屋さんがあります。そこが大福餅で有名な『出町ふたば』です。
 その大福の商品名は『豆餅』、羽二重の表面に塩味の赤エンドウ豆をちりばめたものです。ここには何回か足を運んだのですが売り切れていて買えませんでした。どうやら昼頃までに行かないと入手不可能のようです。それでもしつこく通ってついには入手できました。味は……うーん、おかきとおはぎの丹波屋とあまり変わりないと言ったら京都人に殺されてしまうでしょうか? もちろん丹波屋の防腐剤たっぷり混入商品よりは格段に美味しくはありましたが、明確な差を記述しろと迫られると難しいです。
 というか、多分この微妙な差で地元の人はずっと出町ふたばさんを選んでいるのでしょうね。私の舌修行不足です。
 このお店は本当に“餅屋”です。お茶会に出すような気品のある上生菓子など置いてありませんでした。餅とお赤飯、それと団子が少々だったと記憶しています。
 地理的なこともあってあまり利用していませんが、地元の人がこぞって買いに来るくらいなのですから美味しいことには違いないのでしょう。
9月15日  中村軒

 中華まんの店ではありません。明治時代、桂離宮の横に創業した和菓子屋さんです。こちらも餅屋系で、本店は桂離宮観光客相手の茶店です。朝早くからやっていて、出勤前に買えます。本当です。
 有名なのは『麦代餅(むぎてもち)』です。名前からして麦でも使っているかと思えば、普通の米の餅に粒餡を挟みそれにきな粉を乗せているだけのシンプルなものです。この商品名の由来は、次の通り。
 開店当時周囲は畑ばかりで(今でも桂付近は畑は多いですが(笑))、買いに来るのは農作業に従事する地元の人ばかり。昼飯やおやつとして買い求めたので当時は今の120%ほどの大きさだったそうです。この菓子のお代は金ではなく麦で物々交換しており、それで『麦代』と名が付いたとか。
 現在は麦代餅ミニサイズの他にも幾つもの菓子が販売されていますが、すべて添加物を使用せず炭で焼きあげた手作りだとか。でもHPによると炭焼きを復活させたのは最近のことだとか? 私が行った数年前にはまだガスだったのかもしれません。
 ちなみに本店までは最寄りの駅から少し歩きます。阪急桂駅ではレンタサイクルをしているので、自転車を借りて桂離宮に行くのが一番だと思います。見終わったら是非中村軒の茶店で一服していきましょう。
 また麦代餅は全国展開中らしく、かなり色々なデパートで最近見かけます。「本当に手間をかけて炭火でやってるの?」と疑心暗鬼に陥ってしまいそうですが……ここは信じてみたいと思います。
9月22日  長浜の和菓子屋

 滋賀県長浜は豊臣秀吉の元居城で、古城下町らしく歴史の香りがします。駅前風景は正直脱力しますが、長浜城付近はきちんと整備されている上に商店街も観光地も多く、楽しめる場所になっています。
 しかし私は仕事でちょこっと寄っただけなので全く行っていなかったりします(涙)。黒壁通りとか硝子館とか色々あるらしいのに……。観光マップにも和菓子屋さんが沢山載っていたので本当に残念です。
 で、僅かな時間で買えたのは駅と長浜楽市を結ぶ道路沿いにあった菓子屋さんのものだけでした。
・藤本屋
 創業100年の老舗だそうです。とりあえず売っていた生菓子と名物『浜ちりめん』を買いました。浜ちりめんは、干菓子でこしあんを上下に挟んで小さな四角く切った感じの菓子です。うーん、土産で保存性優先なのは解りますが、ちょっとくどいかも。
 えーと……さすがに130円の生菓子はアレでした。やはり一定以上の味を確保するためにはある程度の値段も仕方ないんじゃないかと思った次第です。まぁ、とある菓子屋さんに聞いたところでは、和菓子なんて材料費なんてほとんど掛ってなくて多くは技術料らしいのですが。

・豊公もなか本舗
 路地裏にあったにしては立派なお店でびっくりしました。商品はゆずもなかと普通のもなかの両方買いました。ゆずは自家製だそうです。

・小松堂重房
 長浜駅から一番近かった和菓子屋さん。というか和洋折衷菓子屋さん。生菓子がすごく綺麗だったのでほしかったのですが、注文のみだとかで買えませんでした。仕方なく最中を買ってきました(笑)。

 ……というわけで全然回れてないのですよね、長浜は。






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