天草海軍航空隊 神風特別攻撃隊慰霊の碑      熊本/天草


  • 三菱 零式水上観測機[F1M](破片)

 


.●写真と情報は峯 一央氏から●

提供者のHP→殉国の碑


熊本県天草市(旧本渡市)にある天草海軍航空隊の跡へ行きました。

慰霊碑の傍らに零式水上観測機の破片が保存されていました。

昭和20年5月24日、天草空から発進して沖縄沖・具志川島の岩礁に突入、
3名が戦死した神風特別攻撃隊の第一次攻撃隊の零式水上観測機2機の破片を、
平成2年に収集したものだそうです。

近くの海岸には水上機のスリップの一部が残っていました。


零式水上観測機(破片と珊瑚など)

碑文
これは昭和二十年五月二十五日未明
檜和田直成大尉  江代昭雄少尉  山口昇少尉
三柱が搭乗 沖縄具志川島の岩礁に玉砕した二機の零式水上観測機の爆裂した破片である
ここに安置して冥福を祈る
 平成二年七月八日 右岩礁において収容   天空会


零式水上観測機

艦隊決戦の際の弾着観測のために開発された艦載用水上機。昭和15年に制式採用され、ほとんどの艦艇に搭載されていた。複葉機(全金属製)であるが運動性に優れ、空戦も可能だった。乗員2名。


天草海軍航空隊

昭和19年3月15日に博多海軍航空隊天草分遣隊として開隊。第十二航空隊に所属し、水上機操縦の初期教育の訓練、練習機関であった。
九三式水上中間練習機や九五式水上偵察機、零式水上観測機など約50機があった。
ところが昭和20年2月22日、特攻隊の編成命令が下る。
ただちに練習航空隊の役目を終え、3月1日、天草海軍航空隊として独立、水上機特攻隊の発進基地となり激しい特攻訓練を開始、訓練中にも3名が殉職された。

昭和20年5月下旬に第一次攻撃隊、6月下旬には第二次攻撃隊が発進し、月明を利用して沖縄に向かい8機16名が玉砕された。8月18日頃を目途とする残存全機による第三次攻撃の準備中に敗戦となった。


H21.4.26

 

 

 

[帝国陸海軍現存兵器一覧]リストへ

[依代之譜]よりしろのふ トップへ