戦没者慰霊碑                        岩手/矢巾

 

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▲日清の戦、日露の役、八甲田山の難、における矢巾町の戦没者を慰霊している。
紀元2588(昭和3)年建立。
揮毫は東伏見宮大妃殿下。

左の石碑には大東亜戦での戦没者の名前が刻まれている。
右は軍馬忠霊塔。

 

碑の後に機雷と砲弾が4個置いてあった。
錆が浮いているものの、割合状態はよい。

▲機雷(型名不明)   直径約112センチ。

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▲砲弾(四十五口径二十五糎通常弾)
 径25センチ、長さ96センチ。


H16.9.7

追加

防衛研究所にこの機雷と砲弾の「下付願」が残っている。
「廃兵器無償下付の件」(海軍省公文備考類 ) 昭和7年

当村では、すでに日清日露戦役其他国事に死亡せる軍人の為め忠魂碑を建設しているのだが、今回、在郷軍人会において石柵を設けることになった。ついては廃錨鎖、廃砲弾、廃錨、廃推進器、廃高角砲を下付していただきたい。入口に錨鎖を、石柵の内外にはその他を飾り付け、海軍を記念し、あわせて軍事思想普及のため使用したい、という内容。
下付願には「八角海軍中将より海軍当局に無償下付交渉済」の付箋が付いている。
(八角三郎は海兵29期。岩手出身、大湊要港部司令官、海軍水雷学校長などを経て昭和6年予備役、その後政界へ)

同年11月、下付の通知が出ている。
舞鶴要港部軍需部保管の四十五口径二十五糎通常弾四個、浮標水雷罐一個、大湊要港部港務部保管の錨一瓲未満、錨鎖三十二米未満を下付、とある。

ということは、以前は、錨と鎖もあったらしい。


H18.4.10

 

 

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