航空自衛隊 熊谷基地・教育参考館 埼玉/熊谷

熊谷陸軍飛行学校は「少年飛行兵の操縦者の養成」を目的として昭和10年に開校され、少年飛行兵と、主に将校学生、下士官学生を養成した。当時の雑誌などによく登場したそうだ。15年、東京陸軍航空学校と改称。昭和18年には陸軍特別操縦見習士官(将校を養成する)制度ができ一期生が入校した。
昭和20年2月に 熊谷陸軍飛行学校を廃止、教育部隊として新編成。3月には航空総軍司令部となった。

現在は航空自衛隊航空教育隊 第2教育群。

陸軍95式1型プロペラ
甲式4型
甲式1型

60キロ陸用爆弾

爆撃機・戦闘機等に装着。

三八式騎銃

四四式騎銃

  • 飛1号方向探知機
  • 車両無線機用一四二号型送信直流変成器
  • 戦車搭載用車両無線送受信機
  • 飛3号無線機(99式)送信機
  • 21号型手回発電機
  • 23号型通信機
    など

五式戦[キ-100]の機体の一部
昭和20年4月7日、B29とP51約100機の戦爆連合を長機故障のため単機で迎撃、B29一機に損害を与えたが集中火網を浴び被弾、越谷の水田に墜落した。搭乗員だった平馬曹長は熊谷陸軍飛行学校を昭和17年の卒業(少年飛行兵第九期生)。長らく埋没したままだったのを昭和47年、発掘して遺体を収容した。

この機体は靖国神社と聖博物館と陸上自衛隊海田駐屯地、木更津駐屯地にもある。

 

 

戦争末期のドラム缶
外殻が竹でできている。

 

 

H11.3.4

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