仙台市戦災復興記念館   宮城/仙台

 

昭和20年7月10日未明、仙台市は米軍機により空襲をうけ、
約2時間の間に市内は焦土と化した。
ここでは戦災とその後の復興の様子の他に、仙台市の誕生なども展示している。
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▲三十年式銃剣


▲迫撃砲弾(81ミリ)


▲砲弾(75ミリ)


▲20ミリ弾薬莢


▲高射砲弾薬莢


▲機関砲砲弾(25ミリ)


▲6.5ミリ弾薬莢、13ミリ弾薬莢


▲将校用水筒、飯盒、鉄帽

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わが国は昭和19年にマリアナを失陥、米軍機による無差別爆撃が開始された。
同年12月29日、宮城県で最初に塩釜が空襲された。
昭和20年6月、宮城県知事は地方総督府総監に任命され、東北他県の知事や各省の出先機関を指揮し、本土決戦体制をとった。

7月10日の仙台空襲では約1400名の死者があったとされる。


▲米軍・M69集束焼夷弾の一部
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▲サイレン


▲防空壕の再現

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H16.12.19

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