仙台市歴史民俗資料館   宮城/仙台

 

仙台歩兵第四聯隊の兵舎だった建物。
現在は榴岡公園の中にあり、ここは第四聯隊の兵営のあったところ。
敗戦後は米軍が駐留し、その後昭和50年まで警察学校として使われた。
榴岡公園整備に伴い、昭和52年に残っていた6棟が解体され、
この1棟だけを今の位置は移動した。

明治4(1871)年に東北、東京、大阪、鎮西に4鎮台が置かれ、
明治6年の徴兵令施行後は、東京、仙台、名古屋、大阪、広島、熊本の6鎮台となった。

第四聯隊は、明治8(1875)年、仙台鎮台第一大隊と第三大隊とをもって編成された。
兵舎は明治7年に竣工、明治9年に増築されているが、
この兵舎が竣工時のものか、増築時のものかは不明。

その後、鎮台は明治21(1888)年に師団と改称され、仙台は第二師団となった。
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▲三八式歩兵銃


▲陶製手榴弾


▲鉄帽


▲飯盒、食器類


▲将校用水筒、昭五式水筒


▲内務班の復元

仙台歩兵第四聯隊は明治8年9月に軍旗を親授され、10年に西南の役に出動、17年には甲申事件で朝鮮に派兵された。
明治27年日清戦役に参加、28年には台湾に転戦した。
37年には日露戦役、43年朝鮮駐屯、大正11年にはサガレン守備についた。
昭和6年満洲駐箚で渡満してすぐ満洲事変が勃発。第四聯隊は長春の南、南嶺を占領した。
昭和12年支那事変に出動、13年北支派兵、14年ノモンハン事件を経て、17年ジャワ攻略戦に参加、これを占領。同年、ガダルカナル戦に投入され凄惨な戦いのあと18年に撤退、ブーゲンビル、ラバウルを経由、フィリピンで再建され、19年ビルマ、雲南を転戦。
昭和20年、敗戦時にはサイゴン北方に移駐、8月31日軍旗を奉焼した。

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▲手前の広場は営庭だった所。

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H16.12.19

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