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陸上自衛隊立川駐屯地 史料館 東京/立川
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敗戦後は米軍が接収、その後30年にわたり、空軍基地として継続使用してきた。 昭和52年に日本政府に返還され、同年、陸上自衛隊が駐屯した。 現在東方航空隊などが置かれ、防災業務をメインとしている。 |
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飛行第五戦隊 昭和13年、飛行第五聯隊の戦闘中隊は改編して飛行第五戦隊となり、14年、柏に移駐。 昭和16年大東亜戦争が勃発、戦隊は首都防空任務を与えられ、17年から二式複戦・屠竜への機種改編を開始。 昭和18年、南方戦線に進出、ラバウル、ジャワ、チモール、ハルマヘタ、比島方面を転戦。 戦局の推移に伴い昭和19年、内地に帰還、小牧のちに清洲に配置され敗戦まで中京・大阪地区の防空を担任した。 |
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また東隣りの立川飛行機(当初は石川島飛行機製作所)はこの地で航空機の開発・研究を行ってきた。 西隣りには、昭和3年に航空本部の技術部が移転、陸軍航空技術研究所と名称が変わった。昭和20年、米軍が進駐、立川飛行場と一帯を接収した。米軍は空軍基地として使用、その後昭和52年に日本政府に返還された。陸軍航空技研や陸軍航空工廠のあった部分が国営昭和記念公園となっている。 隣接して立川広域防災基地があり、東京で大規模な震災が発生し行政機関の機能が失われたときには、ここが国の災害応急対策活動の中核拠点(災害対策本部)となる。そのため内閣府、国土交通省、防衛庁、警視庁、海上保安庁、東京消防庁、日本赤十字などの施設が集中して置かれている。 |
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H17.1.11 |
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