![]()
江戸東京博物館 東京/両国
![]()
|
縄文時代から未来まで東京についての実物資料や大型の模型が展示してある。その中に「空襲と都民」というコーナーがあり戦時下の生活の展示がある。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
三八式歩兵銃 明治38年に制定され、シベリア出兵から敗戦まで陸海軍の代表的な小銃だった。前線、内地部隊はもちろん、小学校以外のすべての学校で軍事教練に使用され、日本人に最も馴染の深い兵器である。 |
|
|
「ふ」号兵器(風船爆弾)レプリカ 日本上空の高度1万メートルあたりに吹く偏西風に乗せて、米国本土まで気球で爆弾を運ぶというもの。いろんな分野から専門家が協力した。 |
|
|
|
|
|
B-29の機銃 昭和19年12月3日、千葉県香取郡〔現東庄町)上空で飛燕が撃墜、プロペラと機銃が小学校に寄贈され展示されていた。敗戦と同時に地中に埋められたが、平成7年に公園の建設工事中これだけ発見された。 250キロ爆弾の不発弾(レプリカ) 昭和20年2月25日、本所一帯が爆撃された時のものらしい。この博物館の建設中に発見された。工場建物の破壊に効果的で、コンクリートを貫通し内部で爆発する。信管は鈍感に設定され対象地点が柔らかいと不発弾になりやすかった。 M69集束焼夷弾 昭和20年3月以降、無差別爆撃に移る。ナパーム焼夷弾は効率良くB29に積み込むため38本ずつ(48本とも)束ねられ、オモリとして円盤状の 弾頭部がつけられた。B29一機に80発搭載、低空から投下した。 |
|
|
|
|
|
|
本土爆撃 |
|
B29による東京初空襲は昭和19年11月24日、サイパンから110機が飛来し中島飛行機などを爆撃した。そしてマリアナ基地の拡充で空襲に激しさが増すのだが、昭和20年3月それまで目標を軍需工場に絞っていた爆撃を、夜間低空で焼夷弾により攻撃する戦略がルメイ少将により決定された。火災に弱い日本の都市を焦土化し戦意低下を狙ったものである。 ルメイ少将はあとあと日本政府から勲章をもらったのだけど、なんで??? |
|
|---|
|
|
叙勲 |
|
●カーチス・E・ルメイ ルメイ大将は平成2年、83歳で死去。 |
|
.
|
H11.8.26 |
|