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香取神宮宝物館 千葉/佐原
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祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)。国家鎮護、国運開発、民業指導の神であり、武徳の祖神である。社殿創立は神武天皇18年というから2600年以上の歴史を持つ。
香取〔初代)の御紋章 |
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香取〔初代)はヴィッカーズ社バロー・イン・ファーネス工場で明治39年竣工、戦艦に類別。 大正3年/第一次大戦、南洋諸島占領作戦に参加。 大正7年/シベリア出兵、沿海州警備。 大正10年/皇太子殿下(昭和天皇)のヨーロッパ訪問御召艦。 大正12年/除籍、この年ここに奉納された。 |
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昭和天皇は皇太子時代の大正10年〔二十才)、婚約が確定した後、半年に亘って訪欧されたが日本ではできない様々な経験をされた。とくに日英同盟を結んでいた英国では厚くもてなされ、皇帝ジョージ5世は若い日本の皇太子に立憲君主の在り方を説いた。「それで自分の考え方の基礎が定まった」とのちに(昭和56年〕語られ、皇帝を「第二の父」と生涯尊敬された。また英皇太子とロンドンの街を歩かれた際、市民が皇太子に平身低頭しなくても警官に捕らえられることもないし、皇太子が劇場や食堂にも行けるし、そこで女性と踊ったり、普通の言葉で話したりもする、これが王室と国民の関係なのかといろいろ感じられたようだ。敗戦後、マッカーサー司令部記者団と会見のおり「これまでにいちばん楽しかったことは?」の質問に即座に「英国訪問でした」とお答えになっている。英国王室の在り方に大きな影響を受けられた裕仁殿下は、天皇と国民の接触をより密接に暖かいものにしたいと考えられた。だが、天皇を絶対神聖化することで兵馬の権を握っている勢力にとって、天皇と国民との距離が縮まることは身の破滅であった。 |
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海上自衛隊練習艦「かとり」の錨 昭和45年に建造され、毎年、海自の幹部候補生の航海訓練で世界各国を歴訪した。その時もらったものであろう世界各地の物品が、奉納されて宝物館に展示してある。 |
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H11.3.29 |
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