|
昭和16年、陸軍予科士官学校が市ケ谷から移転、57期生から61期生までがここで学んだ。57期生は市ケ谷から沼津の遠泳演習に出かけ、富士の野営演習を終えるとそのまま朝霞へ直行してきた。「振武台」の名は昭和天皇が命名されたもの。入校後、1年ほどの訓練が終わると生徒は兵科別に分けられ、それぞれの専門教育に入る。航空兵科は豊岡の陸軍航空士官学校(修武台)に移った。
卒業するとおのおの任地の部隊に隊付し半年ぐらいの訓練期間の後、座間の士官学校(本科)(相武台)に入学した。
敗戦後は米軍キャンプ・ドレイクを経て昭和35年から自衛隊の駐屯地となった。現在は東部方面総監部や輸送学校がある。
|