北海道開拓記念館(札幌市)

立川 キ-106試作戦闘機[木製戦闘機](部分)

昭和18年後半、アルミ合金の不足が予測されると、日本陸海軍は現用機、試作機のいかんを問わず、木材での代用を考慮せざるを得なくなった。「大東亜決戦機」として期待された四式戦「疾風」(中島キ-84)もその対象となり、機体構造の大部分を木製化することにし、昭和18年12月、立川飛行機にその改設計が命じられた。外形はあまり変わらないが、胴体、主翼骨組みなどは根本から改められ、フラップも単純な開け下げ式になり、19年9月に1号機が完成した。テストが行われたが、重量増加によりキ-84に比べて上昇性能が大幅に低下し、離着陸、空戦性能なども劣ったため、軍はキ-106を練習機として使う方針で生産を命じた。立川、王子、呉羽で製作され、敗戦までに試作機を含め計10機が完成した。

その機体の一部が展示されている。

●以下の写真と情報はすべて本間浩司氏から●

キ−106・2型の模型。2型は、翼内砲を撤去したもの。

 太平洋戦争コーナーの一部。

主翼、増槽

王子航空機で木製戦闘機を作ろうとしていた頃、北海道工業試験場では、木製戦闘機の主翼と増槽の試作をし、3ヶ月かけてこれを完成させた。
主翼−−幅1.48m、長さ2.75mの主翼の先端部分(片翼のやや半分)小骨はエゾマツで、樺の合板を一部に使用。
増槽−−合板を張り合わせたもので、中心部の直径48cm、長さ192cm。
主翼、増槽、ともに釘は一切使用せず、全てガゼイン(牛乳から作った接着剤)で接着されている。これらの部品から、当時の合板技術を知る事ができるが、「現在の製品にも匹敵する高水準」と言うのが専門家の一致した意見らしい。

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キ−106の車輪
王子製紙江別工場で、車輪と主脚の取り付け部分の合板13枚を倉庫にしまい込んでいたのを年配の社員さんが思い出し、当時、王子航空機で働いていた職人さんに確認をしてもらったところ、間違いなく実機のものであることが判明した。

王子製紙江別工場のHPにも、ちらっと載っている。

http://www.infosnow.ne.jp/ojiebe/ojiebe_inf.htm

疾風と同じものかどうかは不明です。
戦後、ここの工場でリヤカーのタイヤとして使われました。ですから、ホイール中心部のシャフトは、キ−106とは無関係でしょう。
撮影した所まで、転がしたのですが、メチャメチャ重かったです。(ズシっと)エアーがあまり入っていなっかたのも関係あるのでしょうが、車のタイヤとは、なんかこう、バランスが違うんですよね。

キ−106の設計図
江別市の東光町の畑の土中に金属製の箱に入った設計図を発見。埋めた本人(地主)も忘れていたらしい。判読できるものが350枚あった。

上記の王子製紙江別工場の社員さんの話によると、埋めた人の当時の記憶を頼りに金属探知器を用い探したところ、トタンの箱に入った設計図を発見したが、50年以上経過していたため箱の底は腐り、下の部分1/3は水の浸入により、腐った状態だった。
が、江別市役所が復元し、現在は、江別市郷土資料館で保管されている。という、経過があったらしい。

しかし、私の問い合わせに対し、資料館の返事は、「???」でした。常設展示は、していないのでしょう。江別市郷土資料館で無事な姿で完全保存されていることを祈りたい。

 

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H11.6.19

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