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秩父御嶽神社 埼玉/飯能
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秩父御嶽神社 明治28年に開かれた。山頂の本殿までは階段で368段。 (これは東郷公園からなので、実質的にはもっとある)。 迂回路を通っても辿り着くのはけっこうキツイ。秋には紅葉が見事らしい。 途中に東郷公園というのがあり、 |
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▲戦艦「三笠」の甲板 |
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明治38年5月27日、日本海海戦は大勝利で終わった。敵の軍艦38隻のうち、逃げおおせたのはわずか3隻のみであった。 海戦では、彼我の艦隊が接近し
旗艦「三笠」が艦首を左に急転、敵前でUターンした。 三笠以下がつぎつぎと回頭している間、日本側は砲撃が不可能で、逆に敵にとっては静止目標を撃つほど楽な砲撃であった。バルチック艦隊の全艦が主砲、副砲を撃ちまくり旗艦である三笠に砲弾が集中した。。 しかし、三笠は応射しない。この間、三笠の被害は凄まじいものであった。 三笠はこの一日の海戦で右舷側に40個、左舷側に8個の弾痕をとどめたが、その大半はこの最初の回頭直後の2分間に受けたものであった。 . |
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東郷公園 |
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▲東郷神社。東郷元帥は昭和9年5月に死去、翌年4月に建てられた。 |
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▲ロシア・3インチ野砲 大東亜戦の後、部品が盗難に遭ったそうで、あちこち欠落している。しかし車輪やリコイルスプリングが、見た目には良好な状態で残っている。 |
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. 陸軍兵器本廠ヘ達 下附願は大正14年6月に出された。以下抜粋。 |
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報国楓友蓄積会 会長の鴨下清八氏は、当地出身の木曾御嶽山の行者。この神社を開山した人である。生涯をかけて、神社ならびに東郷公園を整備した。 |
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東郷元帥は生前、自分の銅像を建てられることを拒んでいた。生前に建立された銅像はこれだけだという。大正14年4月17日には元帥自ら除幕式に臨席した。 |
乃木大将像 |
![]() ▲鴨下清八氏の像 |
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H18.5.26 |
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