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盛岡市内某所 岩手/盛岡
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これは見学者に開放しているものではありません。
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ここの彗星は釜石に艦砲射撃を行なった金華山沖の米英艦隊攻撃に参加した急襲隊のうちの一機。昭和20年8月9日百里原基地から出撃、夕刻、帰還途中燃料切れのため金ケ崎飛行場(陸軍)に不時着した。 |
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A.正面から見て腹部の凹みがロケット推進器の「ミゾ」。側面には日の丸の赤が残っている。 |
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Bを上方から |
C.水平尾翼の付け根付近 |
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空技廠 艦上爆撃機「彗星」 九九式艦爆の後継機として実用化された海軍最後の艦上爆撃機。生産機数は零戦、一式陸攻に次いで3番目で初陣は昭和19年2月17日。当初配備された一二型は液冷の熱田エンジンを搭載、戦闘機より早い艦爆という性能と数々の新機軸を盛り込んだ。しかし電気系統のトラブルとエンジンの不調に悩まされ、後には空冷の金星に換装した三三型になった。 戦局の悪化に伴い、特攻を念頭に置いた彗星が計画された。
三三型をベースに、操縦員だけの単座とし、後部の旋回機銃と機首の固定機銃を撤去、後部胴体下面に加速用のロケットを装着。80番(800キロ)爆弾を搭載、大きすぎて覆いきれないので爆弾倉扉もなくなった。 |
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Cを後ろから |
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排気管の一部 |
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水平尾翼の昇降舵 |
盛岡市先人記念館(上とは別施設)
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米内光政さんの他に新渡戸稲造 さん、金田一京助さんを中心に,盛岡にゆかりのある125人の先人を顕彰した人物博物館です。雰囲気はおごそかで、なかなかのものでした。 |
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H11.10.4 |
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