埼玉県平和資料館 埼玉/東松山

昭和初期から敗戦までの時代の流れと人々の生活を中心に展示している。

松根油の製造釜
昭和9年頃からテレピン油やクレオソート油の原料として、松根油の生産が始まった。最初は採算面で見合わなかったが、戦局の悪化で石油の輸送が困難になると見直されることになった。松根油を2回蒸留して得られる精製1号テレピン油はオクタン価が高く、高高度を飛行する航空機の燃料として貴重だった。
全国に生産量が割り当てられ、陸軍と海軍で地域を分担した。関東七都県は海軍の担当地域だった。
昭和20年に最高の8,300トン生産され、戦後も続けられた。(昭和23年〜25年には年間6,500トン)

木銃、軍刀

陶製手榴弾

50秒時限信管

風船爆弾とM69集束焼夷弾(レプリカ)

風船爆弾は15キロ爆弾と焼夷弾を吊るし偏西風に乗せ米国本土まで運ぶというもの。
M69集束焼夷弾はナパーム焼夷弾を束ねたものでB29から低空で日本本土に投下された。

両方とも製造にあたっては、銃後の女性の手による部分が多かった、という展示の主旨である。

小学校の教室と防空壕が再現されていて、教室で授業を受けていると空襲警報が鳴り、防空壕に入ると音響と照明と振動で、爆撃や機銃掃射を疑似体験できる。

 

.

H11.7.2

帝国陸海軍現存兵器一覧リストへ

トップへ