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夜の森公園 福島/原町
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提供者のHP→殉国の碑 |
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福島縣原町市の夜の森公園に行って来ました。 原町市は、神風特別攻撃隊敷島隊の二番機・中野磐雄海軍少尉の出身地で、 胸像の前に250kg爆弾のレプリカ?が置かれていました。 |
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昭和19年10月18日、捷一号作戦が発動された。後に、レイテ沖海戦、比島沖海戦とも呼ばれ日米双方の海軍が総力を結集し、史上最大の海戦となった。 この作戦では、神風(しんぷう)特別攻撃隊として最終的には9隊の編成となり、指揮官は関行男大尉、敷島隊の隊長でもあった。 |
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敷島隊は、24日までに3回出撃していたが敵機動部隊を発見できず帰投していた。 敷島隊は午前7時25分、爆装零戦6機(1機は不時着)と直掩機4機でマバラカット基地から出撃。10時40分にスルアン沖に機動部隊を発見、全機が突入した。 |
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第一神風特別攻撃隊敷島隊 海軍少尉中野磐雄之像 碑文 中野少尉名は磐雄 大正十四年原町に生る 父は松太郎母はひでよ 昭和十七年報国の志を立てて土浦海軍航空隊に入る やがて戦況逆転し国運の危殆に瀕するを見 概然身を挺して之を挽回せんとし率先神風特別攻撃隊敷島隊に加はり レイテ島沖に敵艦を急襲し身を以って弾丸として壮烈なる戦死を遂げたり 時に昭和十九年十月二十五日未明 享年十九歳 二階級特進海軍少尉に任じその戦功を表彰せられたり 小中学同級の友人追慕の情に堪へず相謀りて記念碑を立て永く忠烈を伝へんとす 文学博士 平泉 澄撰 |
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H19.7.17 |
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