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館山海軍砲術学校跡 千葉/館山
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館砲の学生舎があった所に平成3年(開校50周年)、記念碑が建てられた。手前の井戸は当時からのものだが、今は噴水のようになっている。 同校は横須賀海軍砲術学校(横砲)の陸戦・対空など陸上での砲術部門が分離独立する形で、昭和16年開校した。いわゆる陸戦隊の術科学校である。広大な演習場と東砲台・西砲台の対空訓練砲台を備え、後には化学兵器に関する部門も加えられた。 術科教育の対象は、兵科将校学生・術科講習員、兵科予備学生・兵科予備生徒、下士官候補練習生、高等科練習生・普通科練習生、特別年少兵など多岐にわたる。 将兵の数は常時一万数千人、存続したのは僅か5年だったが膨大な人員が教育訓練を受け、北の酷寒不毛の孤島から南の炎熱瘴癘の島嶼に至るまで大敵に屈せず戦い抜き、倒れた将兵は一万数千柱に及ぶという。 |
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特別陸戦隊、基地警備隊、特別根拠地隊などの部隊編成および特別訓練も行われ、その発進基地でもあった。特別陸戦隊は通常は内地にあり、必要に応じて紛争地域に派遣された。警備隊は海外拠点に常駐する港湾防衛部隊で、その規模の大きいのが根拠地隊。 |
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▲記念碑は砲身をかたどった青銅製。 |
▲館山航空基地に展示してあった「館砲」の名入りの弁当箱。 |
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▲四一式山砲 |
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20センチ・ロツ弾(噴進弾) |
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三十年式銃剣(写真・峯一央氏) |
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現在は農園地帯であるが往時は学校本部・学生舎・陸戦講堂・戦車、山砲の車庫などの施設と演習場がひろがっていた。想像を超える猛特訓が6ヶ月ないし9ヶ月のサイクルで展開され、「鬼の館砲」と呼ばれた。 |
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JR館山駅前のロータリーにヤシの木がある。これは館砲にあったカナリーヤシを移植したもの。 |
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H13.3.19 |
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