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三崎公園 福島/いわき
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福島県いわき市で終戦後に堤防の基礎として埋められた、駆逐艦「澤風」「汐風」の遺跡を見て参りました。 |
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説明板 東北地方最大の国際港であり、日本一の広域都市いわき市の海の玄関でもある小名浜港は、かつては今日のような護岸も防波堤もない、遠浅の砂浜に小さな漁船を引き揚げておく程度の漁村にすぎませんでした。 長い苦しい戦争を戦い抜いて、生残った日本海軍の艦艇は武装を撤去し、過酷な悪条件下に海外の復員軍人のみならず、婦女子や病人など、十数万の国民の帰国に働いた後、本土沿岸の危険な機雷処理に働き、更にあるものは連合軍に引取られ、あるものは現在の海上保安庁に残されたりしましたが、横須賀港にあって15センチ9連発ロケット砲を装備し、対潜学校練習艦として沿岸警備に活躍していた駆逐艦「沢風」と、日本海方面にあって人間魚雷「回天」の搭載艦となっていた駆逐艦「汐風」の2隻は、日本再建の希いをこめて、福島県小名浜築港の基礎とするため回航され、「沢風」は今の魚市場の防波堤として、また「汐風」は現在の1号埠頭の中央付近に着底させ、コンクリートで固定してそのまま使用する事になったものです。 沢風・汐風は同型艦で、大正9年・10年の完成で、1.215トン、長さ97.5メートルの技本式(海軍技術本部式)バーソンス型タービン38,500馬力2基を備え、当時39〜40ノットの高速を出し得た駆逐艦であり、北洋警備などでも活躍して本県の北洋漁船員にはおなじみの軍艦であり、戦前、いわき市出身の艦長 小野四郎少佐が指揮をして、小名浜港に入港したこともあるのですが、これらの艦も今は忘れられた存在となっていましたが、小名浜在住の旧海軍々人有志の海桜会が廃棄処分となった同艦のタービン機関を保存し、その後ここに名前を連ねる福島県海友会を中心とする有志の人々の苦心と熱意によって、記念碑として永久に保存されることになりました。 |
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日露戦争終結後、日本海軍の主敵はアメリカとなった。 峯風級は大正6年の84艦隊計画により計画・建造され、15隻の同型艦がある。 大東亜戦当時には駆逐艦としては、すでに二線級化していたが峯風級はもっぱら地方部隊、護衛部隊に配属され奮戦した。 一等駆逐艦「澤風」は大正9年3月16日、三菱長崎造船所で同級で最初に竣工、一等駆逐艦に類別された。 |
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小名浜港は日本で初めて旧海軍艦艇を再利用した沈船防波堤の築かれた港である。 昭和23年4月「澤風」が漁港の波浪漂砂防止堤防の基礎として、また、8月には「汐風」を1号埠頭の基礎として海底に着底させ、コンクリートで固められた。 常磐炭鉱の盛況時、1号埠頭は石炭積み出しで賑わっていたが、現在は親水空間として再開発が進められ緑地帯などに整備拡張されている。 |
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「汐風」は、大正10年7月29日に舞鶴工廠で竣工した。 |
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H15.3.7 |
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