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| 中世の趣が色濃く残る旧市街を訪ねて 世界遺産の中でも、文化遺産の数は圧倒的に歴史のあるヨーロッパに集まっている。特にオーストリア、チェコ、ハンガリーを中心とする中欧3国 には文化遺産が多い。これらの国々はヨーロッパの歴史をリードし、あるときは歴史の流れに翻弄されてきた中欧3国は、中世の文化遺産がど こよりも多く残っている。また、アルプスの起伏、ドナウ川の渓谷、丘陵地に広がるブドウ畑など、自然の恵みを大切に受け継いできた。 これらは、かけがいのないものとして、この後も大切に受け継がれるよう、自然遺産として登録された。今回の旅は、ドイツベルリンから入りライ プツィーヒ、ドリスデン、マイセン、チュコ・プラハ、チェスキークルムロフ、オーストリア・ウィーン、スロバキア・ブラチスラバ、ハンガリー・ブタペスト 5カ国の文化遺産と自然遺産を求めて行って来ました。ヨーロッパの中でも古都と言われる中世の町並みが各地に残り保存され町並み自体が、 他の何よりも最大の見どころとなっている町がたくさんあった。世界遺産に登録されて保護されているところもあり、長い歴史を経ていまなお往時 の面影をとどめている。特に「エルベのフィレンツェ」と呼ばれる古都ドレスデン、旅愁を誘う風情ある城下街マイセン、ボヘミア王国の古都プラハ、 重厚は建物と路地が織り成す街ウィーンなど中世の情緒に触れ、日本とは異なる文化を改めて感じた。 中欧とは? ヨーロッパ大陸の中間に位置しているのがポーランド、チャコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、クロアチアなどである。これらの国は第二次 世界大戦後、社会主義国となって西ヨーロッパ諸国から遮断され、東ヨーロッパ(東欧)と呼ばれていた。1989年のベルリンの壁崩壊後、東西 の壁がなくなると同時に、政治的な意味での「西ヨーロッパ」「東ヨーロッパ」という呼び方も消えた。かっては社会主義国を意味していた「東欧」と いう名称は、現在おもにロシアや黒海に接する、地理的に東のヨーロッパ諸国に使われている。そしてかっての西ヨーロッパ諸国と国境を接する 国々は、現在は地理的にヨーロッパの中央にあることから「中欧」と呼ばれている。 今回、立ち寄った世界遺産
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| 日 程 | 見 学 地 | 備 考 | ||||||||
1日目 (9/8) (月) |
![]() 成田よりA-340-300 ![]() ミュンヘン空港内 (航空機乗り継ぎ) ![]() ベルリン・テーゲル国際空港 |
06:30、期待を抱いて自宅を早めに出発し中央線で新宿へ。 08:03、新宿発、成田エクスプレスで成田国際空港へ。 09:29、成田国際空港着。事前に空港宅配で送ったスーツケースを第1ターミナルビル4階南ウイ ングで受取、空港内金融機関で外貨(1ユーロ=156.49円)に換金。 待ち時間の間、軽い朝食を空港内のレストランで取りながら、出発準備。 10:25、第1旅客ターミナル4階南ウイング Kカウンター前に集合。 12:20、成田国際空港発、LH−0715(ルフトハンザドイツ航空)でミュンヘンへ(所要時間11時 間50分)。機内食2回。
17:10、ドイツ・ミュンヘン国際空港着。航空機乗り継ぎ。(日本との時差7時間) 空港レストランで、まずドイツ生ビールで喉を潤す。 18:50、ミュンヘン発、LH−0230で空路ベルリンへ(所要時間:1時間)。 19:50、ドイツ・ベルリン着、バスにてホテルへ。 21:00、ホテル着。 ●ベルリン泊 コンフォート ホテル リヒテンベルグ |
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2日目 (9/9) (火) |
![]() ベルリン大聖堂 ![]() ベルガモン博物館 ![]() ブランデンブルク門 |
天気:晴れ 08:30、バスで市内観光へ(約3時間)。 09:10、ベルリンの壁(約10分) 09:30、ベルリン大聖堂観光(約15分) 10:00、【世界遺産】、ベルガモン博物館入館観光(約1時間)。 11:15、ブランデンブルグ門観光(約15分)。 12:15、昼食はレストランでソーセージ料理(約1時間)。 13:40、お土産店(約20分) 14:00、ライプツィーヒへ(約190km、約2時間20分) 16:20、ドイツ・ライプツィーヒ着、市内観光(約1時間40分) 16:50、トーマス教会(約15分) 17:25、マルクト広場・旧市庁舎 18:00、ライプツィーヒ発、ドレスデンへ(約120q、約1時間30分)。 19:30、ドイツ・ドレスデンのホテル到着。 20:15、夕食はホテルで。 ●ドレスデン泊 ホテル メルキュール エルブプロード |
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3日目 (9/10) (水) |
![]() マイセンの磁器工房 ![]() 君子の行列 ![]() ツヴィンガー宮殿 |
天気:晴れ 08:10、バスでマイセンへ(約30q、約20分)。 08:30、ドイツ・マイセン アルブレヒト城(約10分) 08:45、マルクト広場、旧市庁舎、フラウエン教会(約15分) 09:10、国立マイセン磁器工房見学(約70分)。 10:20、バスで再びドレスデンへ(約30q、約40分)。 11:00、【世界遺産】、ドレスデン市内観光(約2時間) ゼンパーオペラ、大聖堂(旧宮廷教会)、ブリュールのテラス、聖母教会 12:10、君子の行列(ドレスデン城) 12:20、ツヴィンガー宮殿(約30分)。 13:10、昼食はレストランで魚料理(約40分)。 14:20、バスでプラハへ(約150q、約3時間40分)。
19:30、夕食はホテルでポーク料理。 ●プラハ泊(2連泊) トップ ホテル プラハ |
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4日目 (9/11) (木) |
![]() プラハ城 ![]() 聖ヴィート大聖堂 ![]() カレル橋の観光客 |
天気:晴れ 09:30、【世界遺産】、バスでプラハ歴史地区観光へ(約3時間)。 10:05、プラハ城 10:20、聖ヴィート大聖堂、大司教宮殿、聖イジー教会。 10:55、旧王宮。 11:15、黄金の小路。 12:10、カレル橋を散策。 12:35、昼食はレストランでチキン料理(約40分)。 13:40、旧市街広場(旧市庁舎、ティーン教会、聖ミクラーシュ教会、ヤンスキー宮殿 ヤン・フス像)、自由時間。 16:10、ヴルタヴァ川クルーズ(約1時間)。 17:30、夕食は、ビアレストランでビールを楽しむ(約40分)。 20:00、カレル橋のたもと、聖フランシス セラファン教会でクラシック・コンサート(約1時間)。 21:45、再びプラハのホテル到着。 ●プラハ泊 トップ ホテル プラハ |
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5日目 (9/12) (金) |
![]() チェスキー・クルムロフ城 ![]() チェスキー・クルムロフの市街地 |
天気:晴れ 08:00、バスでチェコのチェスキー・クルムロフへ(約175q、約3時間)。 11:00、【世界遺産】、チェコ・チェスキー・クルムロフ歴史地区観光へ(約1時間30分)。 チェスキー・クルムロフ城、エコン・シーレ・シェントルム美術館、地域博物館。 12:30、昼食はレストランで魚料理(約40分)。 14:30、バスでウィーンへ(約270q、約4時間)。 15:50、チェコからオーストリア・ウィーンへ国境越え。
20:00、ウィーンのホテル到着。 ●ウィーン泊(2連泊) メルキュール ウィーン ウエストバーンホフ |
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6日目 (9/13) (土) |
![]() シェーンブルン宮殿 ![]() ベルヴェデーレ宮殿 ![]() 自然史博物館 |
天気:晴れ 09:15、バスでウィーン市内観光へ(約3時間)。 09:30、【世界遺産】、シェーンブルン宮殿(約1時間30分)。 11:30、 ベルヴェデーレ宮殿(約30分)。 【世界遺産】、ウィーン歴史地区の観光 王宮のミヒャエル門、国会議事堂、市庁舎、ヴォティーフ教会、オペラ座他。 12:15、昼食はレストランでチキン料理(約45分)。 13:20、美術史博物館観光(約2時間10分) 博物館内カフェー“クラナハ”でコーヒータイム(ケーキが美味しかった)。 15:50、免税店、自由時間(約2時間)。 16:10、シュテファン大聖堂。 18:15、夕食はレストランで魚料理(約1時間)。 20:00、楽友協会ホールでウィーン・モーツァルト・オーケストラのコンサート(約2時間)。 22:30、再びウィーンのホテル到着。 ●ウィーン泊(2連泊) メルキュール ウィーン ウエストバーンホフ |
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7日目 (9/14) (日) |
![]() ブラチスラバ城 ![]() ブラチスラバ市街地広場 ![]() ブラチスラバ オペラ座 |
天気:曇り、気温11℃、日中でも15℃と肌寒い。 10:00、バスでスロバキア・ブラチスラヴァへ(約70q、約1時間30分)。
11:40、国会議事堂。 11:55、ブラチスラヴァ城見学(約40分)。 12:50、ミハエル門、旧市街地。 12:55、ミハエル通り。 13:10、旧市街地広場、旧市庁舎、日本大使館 。 13:20、オペラ座。 13:45、昼食はレストランでビーフ料理(約1時間)。 15:55、ローカル列車(2等)でハンガリー・ブタペストへ(約2時間40分)。
19:10、夕食はレストランでグヤーシュ料理(約1時間)。 20:45、ハンガリー・ブタペストのホテル到着。 ●ブタペスト泊(2連泊) ノボテル コングレス |
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8日目 (9/15) (月) |
![]() マーチャーシュ教会 ![]() ブタペストを流れるドナウ川 ![]() 漁夫の砦 |
天気:小雨 08:30、バスで【世界遺産】、ブタペスト市内観光へ(約3時間)。 ◎マーチャーシュ教会、○王宮、○漁夫の砦、△くさり橋、△ゲレルトの丘。 09:11、漁夫の砦。 09:33、マーチャーシュ教会。 10:00、途中、ハンガリーギフトショップへ(約50分) 11:10、防衛省、王宮劇場、大統領官邸。 11:15、王宮の丘(ドナウ川、くさり橋の眺めが良い) 11:30、バスでブタ地区よりペスト地区観光へ 11:50、英雄広場(約25分) 12:30、昼食はレストランでチキン料理(約50分)。 13:30、自由行動となるが、雨のためホテルに戻り近くのショッピングセンターへ。 19:00、ホテルで夕食(約1時間) 20:30、ホテルよりバスでドナウ川の船着き場へ。 21:00、ドナウ川イルミネーションクルーズ(約1時間)。 22:30、再びブタペストのホテル到着。 ●ブタペスト泊(2連泊) ノボテル コングレス |
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9日目 (9/16) (火) |
![]() ブタペスト フェリヘジ国際空港 ![]() ミュンヘン国際空港 A-340-300 |
天気:曇り 10:00、バスでハンガリー・フェリヘジ国際空港へ向かう。 10:40、ブタペスト フェリヘジ国際空港着。 13:10、ブタペスト発、LH−3457でミュンヘンへ(所要時間1時間10分)
15:50、ミュンヘン発、LH−0714で空路成田へ(機内食2回)。 ●機中泊 |
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10日目 (9/17) (水) |
![]() 飛行中のルフトハンザ機 ![]() 成田国際空港 |
10:10、成田国際空港着。(所要時間11時間20分)。 荷物を空港宅配で自宅に配送手配。 11:45、成田エクスプレスで東京駅へ。中央線に乗り換え高尾へ。 14:30、無事自宅到着。 |
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旅を振り返って 今回の旅は、長い歴史を感じさせる街や豊かな自然が昔のまま残る場所が多くあるドイツ・中欧のベルリン・マイセン・ドレスデン(ドイツ)、プラハ ・チェスキークルムロフ(チュコ)、ウィーン(オーストリア)、ブラチスラバ(スロバキア)、ブダペスト(ハンガリー)を、10日間で5カ国、7箇所の世界 遺産を見る駆け足での観光でした。世界で最も美しい古都と言われるプラハ。ヴルタヴァ川を挟んで西側の丘にはチェコ最大のプラハ城がそびえ、 東側に広がる旧市街にはゴシック、ルネサンス、バロックなど、時代の異なる様々な様式の建物が建ち並び、オレンジ色の屋根と建物群が見下 せる所より全体を見ると、本当に街全体が自然に溶け込んでいると言うより、その風景そのものが自然そのものという感じを受けました。 街の中(旧市街)に入ると、それぞれ由緒ある全ての建物が絵になります。しかし、現在ここで生活している人々は多分不便であろう、この中世 の街を大切にしていこうという強い意志を感じました。ヨーロッパに行って車や列車などで移動中思うことに、日本では見られない広大な畑が美し く延々と続いていて、よくここまで農地として開拓したものだと感心します。この風景を見ると、水田に代表される日本的風景を箱庭農業と言わざ るを得ません。農水省によると、日本の農家1戸当たりの耕地面積は1.8f。英国はその31倍、フランスは25倍、米国では99倍の規模があ り、日本の営農規模の小ささが際立っている。農地を再分配したり、農業法人なども利用しやすくしたりすることで大規模化を促す農地改革が今 秋(20年)にも日本でも検討される予定である。世界的な食糧危機で「金を出せば買える」保証がなくなった現在、日本の低い食料自給率(約4 0%)を考えたとき大型機械を駆使した欧米型の大規模農業を行い食の安心安全を図ることが出来ないものかと素人考えをしました。四カ国(ド イツ・オーストリアは同じ)の通貨はそれぞれ異なり、大変だと思っていましたが、ホテルやレストランではユーロが通って、現地の貨幣に両替す る必要がほとんどなく、助かりました。国境を四回こえましたが、パスポートを調べられることなく通過出来、国境が無いも等しい感じでした。いず こも観光客が多く、特にプラハは混雑しており、杖をついた老人も見受けられ、高齢化がどこの先進国にも進んでいることを実感しました。あわた だしい旅行で、現地の人々と接する機会が少なかったのは残念でした。いずれの国も個人所得はそれほど高くなく、生活はそれほど楽ではなさ そうでした。ハンガリーのガイドさんの話によると、一般的サラリーマンの所得は日本円換算で約14万円で社会保険、所得税等で約半分差し引 かれ手取り7〜8万円になり、アパート代5万円を払うと夫婦共働しないと生活が出来ない状況だそうです。音楽の都ウィンでも、オペラや音楽会 に行ったことが無い市民が70−80パーセントもいると聞きました。毎年元旦、ウィーン・フィル楽団が世界中にライブ中継する、ニュー・イヤー・コン サートでお馴染みの「楽友協会ホール」で、ウィーン・モーツァルト・オーケストラの演奏会に行くことが出来ました。当オーケストラは1986年、ウ ィーンの一流オーケストラと室内楽アンサンブルのトップメンバーによって結成され、ウィーンで催されるコンサートでは、メンバーが当時の歴史的 衣装で舞台に登場、18世紀の雰囲気を再現する。チケットは59ユーロ(日本円で約1万円)で前から2番目の席で、演奏者はもとより指揮者の 微妙な表情が見え感激しました。今回のツアー客は26名で、ほとんどの参加者が東京周辺在住者でヨーロッパ旅行3〜7回の経験者で旅慣れ た気さくなメンバーであった。今まで数十回ツアー旅行をしたが、初めての男性添乗員を経験しました。今回の添乗員Sさんは、良く気がつきてき ぱきとした行動で、事故やトラブルもなく、スケジュール通り気持ちよい旅をすることができました。改めて添乗員のSさんに心よりお礼申し上げま す。 【参考】 プラハの名建築物 ゴシック様式 天を刺すような鋭い尖塔で装飾される建物がゴシックの特徴。聖ヴィート大聖堂、火薬塔、カレル橋が代表。 ルネサンス様式 ボヘミヤのルネサンス様式は、正面の破風屋根に切り込みを入れて装飾し、壁は浮き彫り模様やだまし絵などが使われた。 シュヴァルツエンベルク宮殿などがある。 バロック様式 各時代の中で最も華やかで重厚な建築様式。聖ミクラーシュ教会などがある。 ロココ様式 バロックの量感あふれる装飾に対し、軽やかで繊細な装飾が特徴。ゴルツ・キンスキー宮殿など。 中欧は音楽の都 今回旅をした中欧の都市の中でもウィーン、プラハ、ブタペスト、ベルリン、ドリスデン、ライプツィヒはクラシック音楽の町として名高い。いずれも 世界的に有名な質の高いオーケストラを有し、各オペラ座やコンサートホールがある。音楽祭が開催される町もあり、9〜6月のシーズンには町 のそこかしこで音楽に触れることができる。とくにウィーンは古くから「音楽の都」と謳われてきた、歴史の町だ。主なオペレ座、ウィーン国立歌 劇場、プラハ国立歌劇場、ブタベスト国立歌劇場、ベルリン国立歌劇場、ゼンパー・オーパー(ドリスデン)、ゲヴァントハウス(ライプツィヒ)は特 に有名である。今回、ウィーンの現地ガイドさんより、オペラ・クラシック・コンサートを進められましたが、先に触れたようクラシック・コンサートを 見てきました。 本場で楽しむワインとビール 今回、酒好き夫婦にとっては大変楽しい旅でした。 ドイツといえばビールと白ワイン。ことにビールはほとんどの町ごとに醸造所があり、6000種ほどのビールを作り出している。また、ドイツはワ インの産地として有名。とくにライン川流域のワインは口当たりが良く、味わい深い。生産の8割は白ワインで、フルーティな味わいである。 チェコではビールが美味しい!プルゼニュ(ピルゼン)で造られたピルスナー(ピルゼン・ビール)は19世紀になるとヨーロッパ各地に輸出され、 ビールの代名詞のように広まっていった。プラハには歴史あるビアホールが多く、旧市街には有名ビアホールが集まっている。アルコール度の 高い黒ビールも有名。 ウィーンの旧市街にはワインケラーという地下のワイン酒場が沢山ある。食べ物はおつまみ程度しか置いてない。食事時にワインを楽しむなら、 軽食のある居酒屋や、バイスルと呼ばれる家庭料理を食べさせる庶民的な店、新酒を飲ませるホイリゲなどで、気軽にワインを味わえる。 ハンガリーはワイン王国。名高いトカイワインは、かのルイ十四世が「王のワイン・ワインの王者」と褒め讃えたことで有名となった。トカイアスー と呼ばれる貴腐ワインがことに有名。高級レストランで料理とワインが日本の3分1程度の値段で味わえる。 ハプスブルグ家の歴史 現在の中欧を語るときハプスブルグ家の歴史を語らずを得ない。スイス・アルプス山中の小貴族であったハプスブルグ家が歴史の表舞台に現れ たのは、1273年ルドルフ一世がドイツ王国(ドイツ王国がローマ法王から帝冠を受けることで神聖ローマ帝国皇帝となる)に選出され、さらに12 78年にボヘミア王を破ってから。15世紀末には「婚姻政策」を打ち出し、戦わずして領土を広げていった。 17世紀にはボヘミアで反カトリック勢力とハプスブルグとの戦いが起こり、30年戦争へと発展した。そしてペストの流行など苦難の時が続くが、 18世紀のマリア・テレジア時代にハプスブルグ帝国の文化が花開く。18世紀末にはハンガリーが支配下に置かれる。ハンガリーでは各地で自 由独立戦争が起こるがいずれも敗北。19世紀末のオーストリア=ハンガリー二重帝国にはボヘミアも組み込まれ、ハプスブルグの旗のもとに オーストリア、ボヘミア、ハンガリーの三国が同じ君主を持った時代であった。 20世紀に入ると、第一次世界大戦でハプスブルグ帝国は崩壊。その歴史に幕を閉じる。 2008.9.25 木林伸介 |
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